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俺と竜種誘拐殺人事件⑤

「どうしたんだい?

 そんな風に頭を抱え込んで?

 何か悩み事が増えたような面持ちだが?」


 まさしくその通り、だとは言いたくない。

 言うことはできるけれど言いたくない。


 自身が理解できていないチートの正体が「動物会話」とか言う、クソどうでもいい能力とか知られたくもない。


 既に貸しだ借りだという話をしているところなのだし。

 それなのにも関わらず、その上更に弱みを握られる、そんな状況はどうやってでも避けたい。


 というか避ける。


 目の前の人物はこの町随一(と言うよりトップ)の権力者であり、尚且つ特別に得体の知れない男なのだ。


 だからこそ言わない。


 それに、だ。

 そも、三番目の貸しと言うものがまだイマイチ理解できてない。


 俺がドラゴンと関わっていることを知っている。


 それはわかった。


 あの取り引きの日から三日経過している、それもわかった。

 現状レッドとスイさんがどこにいるのかわからない、それもわかった。


 その上で貸し、となると、


「……二人は今どこです?」


 あっ、と思うのも束の間、気づけば自身の声が勝手に出ていた。

 「君のような勘のいいガキは嫌いだよ」などと返事が来るはずもなく、かと言って無言でこちらを見据えるわけでもなく、パプル・グレイブルは静かに目を閉じ答えた。


「今は私の屋敷にいる。

 安心したまえ、傷は治療済みだ。

 彼女たちの安全は保障されているよ」


 これは……何だろうか、非常にまずい気がする。


 ドラゴンと人間が相容れない存在同士であることはレッドから聞いた。

 通常の人間なら交流を持とうと接触するよりも先に武器を取り、ドラゴンとは戦うことになることを聞いた。


 だからこその違和感だ。


 傷は治療済み?

 安全の保障?

 竜伐隊なるドラゴン殲滅部隊を配備して、巧妙にもレッドの妹に成り済まし、奇襲にも近い状況に持ち込んでまでドラゴンを撲滅しようと考えている町の長が、ドラゴンを助けた?


 完全に嘘だ。


 つまりこの嘘を利用して、情報の漏洩を防ぐために俺自身の命も、


「あ、言っとくけど、ロクルくん、君を殺すつもりはさらさらないよ。

 助けた、というのは真だ。

 そこに嘘、偽りは存在しない」


 はいー、違うー。


 じゃあ、この神妙な面持ちの出し損じゃん。


 だったら何さ?


「だけど、君以外は保証しないけどね」


 全然出し損じゃなかった。


 つまり?


 レッドとスイさんを助けはした。

 けれどその後をどうするかは決めてないってこと?

 生かすも殺すも俺次第ってこと?


 それはー、なんと言いますかー、避けようがないじゃん。

 どう考えても選択肢二つしかない奴ですじゃん。


 一、二人を見殺しにする。

 この場合、俺の命は保証すると言ってくれてるわけだから、俺に関しては助かるのだろう、恐らく。

 でも、その場合俺は恩知らずの恥知らずだ。

 命の恩人であるあのドラゴンを見捨てるのだから、今後自身が誰かに裏切られたとしても文句は言えない。


 一、御領主様に服従する

 貸しだ借りだという話をしているのだ。

 要は命令を忠実に聞き入れる部下が欲しいということなのだろう。

 命を助ける代わりに奴隷となってあくせく働けよ、と。

 そうした場合この世界において、個人の自由というものはなくなる。

 せっかくの異世界なんだ、世界を牛耳る魔王を打倒するも良し、のんびりスローライフを送るも良し、奴隷ハーレムなんて築いても良し……などと考えていたのだが、それらの自由は無くなることだろう。


 二人を救うか救わないか……


 ん?

 二人?


「あ、あの……」

「何かね?」

「二人って誰のことなんですか?」


 レッドとスイさんのことだと思い込んでいたが、そもそもあのスイさんは偽物だったのだ。

 助けた二人に、俺を襲ったあの正体不明の女が含まれているのだとすれば、俺の選択もだいぶ狭まる。


 殺人未遂の女を助けるか否かということだ。


 それ次第では何かと


「君のそばにいた真紅竜と、竜伐隊を全滅に追い込んだ銀髪の少女。

 ええと、君が『ギン』と呼び慕っていた? んだったかな? 本名スイ・ドラゴルーツという人竜の少女。この二名だよ」


 ………………………………ん。


 …………ん?


 ……んん?


 すんげえ不意にとんでもないこと言われた気がするんだけど。


「ギンがスイ、さん……?」

「ん? 気がついてなかったのかい? てっきりそう言う理由で購入したものだと思っていたけれど……

 まあ、名前も変なものにしていたし、わかってなかったと言われても違和感はないけども」


 いやいやいやいや。

 ギンがスイさん?


 待って待って。

 全然理解が追いつかないんだけど。


「え、だって人竜って元の鱗の色が髪色になるんですよね?

 ギンは銀髪じゃないですか、それにあの女性は緑色で……」


 だからこそ誤認したわけだが。


 緑の髪をしている、ただそれだけの理由で彼女をスイさんだと思い込んだ。

 レッドから言われた情報も、「見ればわかる綺麗な緑髪」程度だったし、勘違いしたところで何も非はないとは思うけど。


 ただ、伏線というかフラグというか、確たる証拠と呼べるようなものではないが、それでも彼女がスイさんであるかもしれないという動きは少なからずあったのだろう。


 彼女を購入するとき、彼女に関する資料が少なかったのは、彼女が人竜化してからまだ日が浅かったから。

 彼女が、奴隷商であるコルクさんの部下の腕を、もぎ取るほどの人並外れた怪力を有していたのはドラゴンだったから。

 彼女が当初俺のことを恐れていたように見えたのは、もしかしたらドラゴンの言葉が俺に通じてしまったせいかもしれない。

 竜笛の作成依頼のときのしかめ面も、渡した素材が自身の兄のものであると理解したからなのかも。


 それに、だ。


 彼女をギンと呼ぶことに忌避感があった俺の感情も、もしかしたらただの感傷ということ以上に、彼女の本当の名前に何がしかの察しがついていたのかもしれな……


 いや、無いな。


 それは無いな、うん。


 何にしても彼女をスイさんとして考察できる要因があるにはあったのだ。


 でも……


 でも、それらの不確定な根拠を元に、推論だけで真実に辿り着けるとは、答えをわかった今であっても、到底思わない。

 今現在だって、未だギンとスイさんがイコールでは結びつかないのだ。

 だったら尚更である

 あんなノーヒントの状況で察しがつけるほど、俺は人間として完成されているわけでもない。


 だからこれは俺の怠慢とかではない。


 ただ単に間が悪かっただけだ。


「で? どうするね?」


 黙々と考え続けている俺に対して、御領主様はもうその態度は見飽きたと言いたげに、俺に言葉を投げかけてきた。


「正体は判明した。

 安否もわかった。

 私が示している交換条件も理解している。

 その上で君はどう答えるのかな?」


 そうズバリその通り。


 そりゃあ問題なく、後腐れなく、この地を後にするには心を鬼にすることが肝心だ。

 そう、そうだよ。


 だってそうじゃん、よくある異世界転生モノだって、主人公はかわいい女の子は助けて、そうじゃない子とかおっさんとかは見捨てるじゃん。

 あれと一緒だ。


 ギン、というかスイさんは別段俺の好みじゃないし、それに元々すでに俺のもとを離れた奴隷だ。

 レッドだって貸し借り的には、俺の方が一回分くらいは多めに貸してるわけだし、なんなら余計な時間を割いてまで妹探しを手伝ったんだから、逆に俺に対して何かしてくれたっていいくらいじゃないか。

 特別な人間っていうのは、こういうときに迷わず物事を切り捨てられるものだ。

 だから俺は、



「こ、この身を捧げてあなたに、ち、忠誠を誓います……」


 特別な人間にはなれないのだ。

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