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俺と嘘

 槍はあっけなく抜けた。






 とはいかなかった。


 長さにして二メートル近くある槍状のものは、赤色のドラゴンの肉にしがみついてなかなか離れようとはしなかったのだ。


 無論、俺自身はそこでも多少のチートさを期待していた。

 今まで試す機会がなかっただけで、実はもしかすると超パワー(今回の場合「超握力」とか「超腕力」というのが好ましい)が宿っていて、今回ドラゴンの背中に刺さった槍を抜くという唐突すぎるイベントは、それを確認するだけのイベントなのかもしれないのでは? と。


 しかし、机上の空論。

 絵に描いた餅だ。

 当然のごとく、いくら力を込めても、槍はピクリとも動かなかったのである。


 それそのものの頑丈さは言わずもがなではあったが、それ以上に、ドラゴンの肉質自体が、槍を離そうとはしてくれなかったのである。


 このドラゴンには再生能力でもあるのだろうか。

 槍自体は刺さったままではあったが、傷口には血液の跡のようなものはない。

 刺さりっぱなしの状態で、肉体自体はそのまま回復してしまったようだ。


 当然、どんなに力を入れても抜ける気配はなく、ついには


「背中を足場にしてしまってもいいですか?」


 などと聞き、ドラゴンの背中に対して自身を垂直にする要領で動かしたことで、二時間の死闘の挙句、やっとのことで引き抜くことに成功したのである。


 たんたんと言ってるように見えるかもしれないけど、意外とマジだからね?

 普段、バイト先で力仕事には慣れてるとはいえ、規格外の働きだからね?

 むしろ、抜けた事実が今でも信じられないくらいだよ。


 しかし、そんな俺の苦労をよそに、背中を差し出したドラゴンは意外とあっけらかんとして、俺がそれを抜こうとしている間は、俺の行う作業をたんたんと見守っていた(観察結果から、首は二百七十度以上回ることが判明した)。


 なんと言うか、端から諦めていたと言うか、期待はしていなかったと言うか。

 俺という協力してくれそうな存在に頼んでみた(俺からしてみれば、ほとんど恐喝のようにも感じたが)のはよかったものの、しかし、本人にとっては駄目元以上に考えてはいなかったようだ。


 だからこそ、俺がとうとう槍を引き抜いた時には、想像もできないほど大はしゃぎをしていた。


 引き抜いた俺以上にである。

 

 はしゃぐという言い方は少し子供染みていたかもしれない。

 正確に伝えるなら、大騒ぎと言うか、大仰天と言うか。

 一周まわって大はしゃぎと言うのが、やはり一番意に即しているような気もする。


 泣いて喜ぶというほどではないが、しかし、雄たけびをあげまくっていた。

 咆哮。ただの咆哮である。

 鼓膜がいつ破れてもおかしくないほどの大音量であった。


 そして現在。

 一通りの喜びを表現し終えてすっきりしたのか、ドラゴンは俺の方へ向き直り、例の『竜神』に捧げる格好をしながら、俺に深く頭を垂れていた。


『童よ。いや、我が大恩ある者よ。相済まなかった。

 急な申し出、断られても仕方ないと思っていたのだが……

 まさか、ここまでしてもらえるとは』



 あれは絶対に断れないです。



 言葉にはできるはずもない文言だが、表情には出てしまったのかもしれない。

 面前のドラゴンは俺の顔を見ると、微かに口角を上げて笑っていた。


『さて童よ、大恩ある者よ。

 我が命の恩人であるおまえには、この恩を返さねばならぬ。

 と思う一方で、その方法がわからん。

 何かしてほしいことはあるか?』


 唐突に真剣な顔に戻り言う。

 お約束のお礼イベント。

 ランプの中から久しぶりに出られただとか、俺に実体を与えてくれた礼だとか、どんな創作作品においても必ずあるといってもいいテンプレ的な展開。


 願い事。

 何かしてほしいことと言われれば、無論枚挙に暇がない。

 いっそのこと、「叶えられる願いを百に増やしてください!」とでも言ってしまおうか。


 うーむ。


 だが、しかし……

 ちょっと待て。


「あ、あの、別に俺、いや僕、そんなに大したことしてないですよ?」

『いや、大したことだ』

「で、でも傷口自体は治っていたし……」


 そう、治っていた。完治していたのだ。

 ぶっちゃけ思ってしまうが、あの槍自体はあのままああして刺さっていても、なんら問題はなかったのではないだろうか?

 それこそ今の今までこのドラゴンは抜いてこなかったのだ。

 傷が治ってしまうほどに放置していた。

 それが命に直結する程の傷なら、早々に治療しているはずなのだ。

 それをこのドラゴンは放置していた。


 それに、俺の様な得体の知れない奴に声を掛けられるほど、このドラゴンはコミュニケーション能力が高い。

 仲間のドラゴン、がいないのならばその辺の人間なんかに頼んでみればいい。

 そうすれば、ここまで傷を回復できるほどに放置する必要もないじゃないか?


『童よ、大恩ある者よ。

 おまえが人竜なら知らぬはずはあるまい』

「え、あ、は、はい」



 人竜などと言うものではないのだが……



 そこまで思いしかし、俺は話を合わせることにした。

 その方が絶対いい。


 俺はまだこの世界に関してよくわかってない。

 なら、この世界に詳しい目の前のドラゴンに話を合わせておくことが、自分にとって最も行動をさせやすくするだろう。


 だからこそ、ここでの俺は何も知らない人竜だ。

 世間知らずの人竜。

 うん。なんか特別感があって良い。


 と思っていたのだが、


『ん……』


 唐突にドラゴンが顔をしかめた。

 なんと言うか、嫌悪するものを見たと言うか、もしくは嫌な匂いを嗅いだと言うか。


 いや、あの顔には見覚えがある。

 いつだったかのテレビ番組でやっていた。


 納豆(・・)を食する習慣のない国の人に、それを食べさせようとしたときに出てきた顔だ。


 嫌な匂い、それもとびきり臭い。

 そんなことを体験した顔に似ている。


 ドラゴンはそんな顔をしたまま眉をひそめ、俺をじっと見つめる。


何故なにゆえ嘘をつく』

「え」


 嘘。

 つまり、隠し事。

 俺がドラゴンの話に合わせて、人竜なるものであることを認めたこと。


「そんな、う、嘘なんて……」


 ついてないです、そこまで言おうとして口をつぐんだ。

 目の前のドラゴンが鬼のような形相で睨んできたからだ。

 まあ、ドラゴンなのに「鬼のよう」って称するのもおかしな話なんだけども。


『俺たち竜種は鼻がいい。

 ハウンドには比べものにならないほどのものを持っている。

 加えてオレは、仲間内でも特別(・・)でな。

 通常の匂いを判別する嗅覚とは別に、嘘を見抜くものも持っている。

 オレの前に嘘は通じん。

 真実を述べろ、お前は人竜か?』


 は? 嘘を見抜く鼻?

 「鼻」なのに「見抜く」?

 

 じゃなくて。

 なにそのチート?

 なんで異世界に連れてこられた俺じゃなくて、元々異世界の住人であるところのドラゴンがそんなもの持ってんのさ?

 ただでさえドラゴンなのに、その上嘘が通じないって?

 ズルくね?


 え? てか何?

 俺もしかして死にかけ?

 ここで真実言わなかったら、俺嬲り殺されるんじゃね?

 嘘を嫌うドラゴンの逆鱗に触れて、炎で丸焦げ、もしくは喉元をガブリかも?

 唐突なイベント展開はやめろし。

 今、「願い事」言う感じだったじゃん。

 いきなり違う展開とか本当に無理。


 とかかんとかイラついている間にも、ドラゴンの顔面は俺に近付いていた。

 逃げ場はない。

 なら、ありのままを話すしかないのだろう。

 その結果死ぬことになっても、詮無きことだ。


「じ、人竜では、あ、ありません……」


 恐怖からなのか、必要以上にどもってしまう。


 だってさ、口から炎漏れ出てんだぜ?

 それで慌てない方が無理じゃない?


『では、人間か?』

「お、恐らく……」


 こっちの世界で言うところの、「人間」がどのような形をしているかわからない。

 よくある転生モノとか召喚モノだったらいざ知らず、俺はまだこちらの世界に来てから人間という人間に出会っていないのだ。 

 俺には、こちらの世界における「人間」の枠組みの中に、自分が入ることができるのかわからない。

 だとすればこの言葉は嘘ではない。


 その言葉に少しの引っ掛かりを感じたのか、ドラゴンは俺の匂いを確かめるように、鼻をひくひくと動かす。


『ふむ……』


 問題はなかったらしい。


『では、お前はその言葉(・・)を誰から学んだ?』

「え……?」


 言葉?

 今話しているこの言葉?

 つまり日本語のこと?

 それならそれは、


「両親……でしょうか? もしくは、環境?」


 こんな回答でいいのだろうか?

 真実を言っているには違いはないのだけれど、どうにも不安。


 ドラゴンの方もドラゴンの方で、匂いを再度確認しているが、特に怪しい点はないらしい。

 しかし、その結果に少し訝しげな表情を覗かせている。


『……親族に竜種との接点は?』

「ないはずです」

『両親が人竜ということは?』

「な、ないと思います。

 それに、さっき僕が人竜? であることを肯定した際には、嘘の匂い、がしたんですよね?

 じ、人竜の子供って人間になるんでしょうか?」

『……いや、ないはずだ』


 どうやら悩んでいる。

 「何に」とまではわからないが、しかし眼前のドラゴンは俺の言葉に対して、逐一匂いを確かめ、しかし異常がないことに首を傾げていた。


『……最後だ。

 何故俺を助けた?』



 脅されたから。



 言いかけて口をつぐんだ。

 確かに真実だけど、それを言ったら別の意味で死にそうだ。

 だとすれば嘘にならない程度に、婉曲させて伝えるべきだろう。


「困っているように、見えたから……です」

『……ほう』


 匂いを嗅ぎ、目を細めるドラゴン。


 バレバレかぁ。

 ならヤケだ。


「た、確かに、一番の動機としては「あなたに脅迫に近い形でお願いされたから」ですけども!

 で、でも、それだけじゃなくて……

 そ、そりゃあ、恐かった事は恐かったです、今でも。

 そ、それでも、助けを求めている人を、見過ごせるわけないじゃないですか。

 だ、だから、人として、ごく当たり前のことをしたと言うかなんというか」


 って。


 え? 何言ってんだ? 俺?


 え?


 自分で言ってて恥ずかしくね?


 「見過ごせない」?  「当たり前」?


 恥ずかしすぎる……


 高校二年生にもなって中二病か?

 しかも、ドラゴンに脅されて死にそうな顔できざったらしいセリフ吐いてるとか、なんなん?

 もうアホみたい、死にたい。


 いや、前言撤回、死にたくはない。


『……』


 ドラゴンはその言葉を聞いてから、押し黙ったままである。

 いや、何か言ってくれよ。

 反応がない方がより一層恥ずかしくて死ねる。


『……童よ、お前の言葉に嘘がない事はわかった』


 俺の気持ちを察したのか、ドラゴンが少し申し訳なさそうに口を開いた。

 何に申し訳なく思っているいるのかは知らないが。


『だが、その言葉を全て信じるには矛盾が存在する』


 矛盾?

 嘘をついてないのに、矛盾なんてあるのだろうか?


 確かに所々の内容を嘘で構成していれば、ある程度の矛盾はあってもしょうがないだろう。

 しかし今は、このドラゴンのチートのせいで、まともに嘘をつく事はできない。

 それなのに、このドラゴンは矛盾があると言うのだ。

 さっぱり意味がわからん。


『人竜はな、通常、竜種とは接触を持とうとは思っていない』


 なるほど、とかそういった相槌を打ったほうがいいのかもしれないが、ここでは自重しておく。


『だから、お前のことは世間知らずの人竜だと思っていたのだ。

 オレに臆面なく接してくるし、草原で孤独に野垂れ死のうとしているしな』


 草原で野垂れ死ぬことまで人竜のせいにすると、流石に可哀想と言いますか……


『だが、お前は嘘をついた。

 お前は人竜ではなく、ただの人間だった。

 つまり、ここで矛盾が生じる』


 うーん。

 さっぱりわからぬ。

 理解していないことを表情に出すわけにはいかないが、それでも隠しきれるかどうか。


 この世界の住人じゃないからなんだろう。

 どこに矛盾があるのかイマイチ把握できてない。


 理解力がないわけじゃないとは思う、たぶん。


『人間はな、我ら竜種を忌み嫌う。

 我らもそれと同様に人間を忌み嫌っている。

 もし童よ、お前が人間ならオレに話しかけようなどとは思わない。

 逃げて武具を用意し戻ってくるか、もしくはそのまま一人で立ち向かうかのいずれかだ。

 だがお前はそのどちらもしなかった。

 何故だ?』


 なるほど。

 なんとなくわかった気がする。

 ただ、話は分かっても、どう対処すべきかは分からない。


 俺には既成概念がある。

 俺の中でのドラゴンのイメージは、世界を救う冒険のボスキャラ、もしくは仲間になり一緒に戦ってくれる頼もしい味方、あるいは下界の者に語りかける神のような存在。

 少なくとも人間が対等(・・)にぶつかって勝てるとは思えないのである。


 しかしこの世界では、人間は一人でもドラゴンに対して立ち向かおうとするのだ。

 こんなにも体格差がある相手に対して、臆することなく立ち向かう。

 勝ち目がないと判断すれば、すぐにでも武器を揃えて討伐しようとする。

 それぐらい肝が据わっているのが、こちらの世界における人間という生き物なのであろう。


 それを考えると俺は人間じゃないのかも。

 特別強くないし、チートもないし、臆病だし。


 そんな俺を見て、目の前のドラゴンが俺のことを

「こんなのは人間じゃない、きっと人竜だろうな」

 と、判断したところで何らおかしくはないな。


 腑に落ちた。


 そしてがっかりした。

 俺、こんな貧相な特別感は望んでない。


「「何故」と言われましても……

 理由を話すと相当複雑になってしまいそうなのですが……」


 そして、理由をどう説明するべきなのか迷った。

 理由、つまり俺がどういう奴なのかという点だ。

 いや、結論は見えている。

 ありのままを話せばいい。


 嘘をつけば殺されるんだから、嘘はつけない。

 なら正直に言うしかない。

 

『全て聞こう、話してみろ』


 問題なのは、


「実は僕、異世界から来たと思うんです。たぶん」




 異世界のことを伏せることができない、異世界召喚モノになってしまいそうだという点であった。

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