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俺と竜種誘拐殺人事件④

2019/02/19 少し修正しました

「これで君には、私に対して三つ程貸しが出来たわけだが……

 それに関して君はどのように答えてくれるのかな?」


 にやけ面を浮かべる眼前の金髪領主は、そう尋ねると頬杖をつきながら、トントンと人差し指を一定のリズムを刻むように動かしている。


 何を求められているのかさっぱりわからん。


 率直な感想がそれだった。


 なにがしかの思惑を持って話しかけられている、ということは理解できる。

 貸しだ借りだと言っているのだ、それくらいのことがないと逆に拍子抜けというものである。

 だが、その「なにがしか」というもの、それ自体がまったくもって俺には判別ができていない。


 いやさ、日本において空気を読むっていうのは、非常に大切な行為で、それ無しには生きられないような社会体制ではある、そのことは把握しているけどもさ。

 でもここまでノーヒント過ぎると流石に無理でしょ。


 そもそも「三つの貸し」というのも、正直言ってよくわかっていない。

 そんなザマで、答えるも何もあったものではないのが現状なわけで。


「わからないかい?」


 こちらの長い沈黙を見かねたのか、金髪領主のパプル・グレイブルはこちらの回答を待たずして口を開いた。

 まぁ、その質問には肯定するしかないんだけれども。


「ではまず一つ目だ。

 私の正体を君に話した、このことが最初の貸し、もしくは三番目の貸しだね。

 まぁこの件に関しては、あまり大きな意味合いは持ち得ない。

 なにぶんこの事実、領主パプル・グレイブルと換金所の主人ヴィオ・カーバッジが同一人物であるという事実は、多くはないにしても既知の話ではある。

 君の疑問点を解消するという以外に、効果はないと言えばないんだ」


 確かに。


 俺のたどたどしい推理は、ただ単に俺が感じた疑問について確かめる以上の意味はない。

 だからそれについて、事の真偽を明らかにする必要性は無かったのだ。


 それ故に、貸しとしての重要度は低い、か。


 ではそれ以外は?


「二点目の貸しは、君をこの町に入れてあげたこと、だね。

 ぶっちゃけ、私にはこの町を統治する義務はあっても、この町の出入りを管理する権限は持ち合わせていないんだ、残念なことにね。

 私事で親類を呼ぼうとしても、少なからず一度は町の貴族たちの承認をとらなければならない。

 なにせ私はこの町において、まだまだ新参の身だからね、古くからこの町を支えている先人たちには頭が上がらないのさ。

 ヒワは例外にしてもね」


 だからこそあの場で刻まれた入町証は、本来存在するべきではないものなのか。

 あの執事の様な形をした(と言うか十中八九執事だと思う)老人、ヒワ・リコットから行われたあの儀式は違法であると。


 あの場で授受の話を提案したのは、ヴィオ・カーバッジの方であるが、しかしその益を受けたのは他でもない俺自身だ。

 故に、貸し。


 違法行為をしてまでお前を入れてやっただろ? だからその代わりに何をしてくれるのかな?


 と言う事だ。


 うーん。


 その程度ならまぁ、逃げればいい気がする。

 ダッシュで。

 この町から出てしまえば、その恩情は効力を発揮しない。


 だからこそ問題は三つ目。


「最後の一つは……ロクルくん、君、ここに至るまでの記憶はあるかい?

 ここで私と謁見するまでの記憶、正確には()()()()()の話だ。どこまで憶えているのかな?」


 だからロクロウだって。


 え?


 と言うか、何?

 三日前? 三日前!?


 俺がこの町を出ようとした日から、見知らぬ天井っていう表現は好きじゃないとかっていう下りに入るまで三日もかかったの!?

 現実感乏しすぎない!?


 じゃなくて! そう!


 レッドがどうなったか! ……は聞けないし、スイさんがどうなったか! ……も聞き辛いし。


 うん! 何も言えない!


「君のことだ、竜種との関わりについて話そうものなら、火炙り、磔、晒し首になるのでは無いかと戦々恐々なのだろうが、それはあり得ない。

 確かに奴らは我々からしたら、害獣以上の意味には成りえない。

 それでも奴らをペットにすること自体には何ら問題はないんだよ。

 途中で放置しなければ、の話ではあるがね」


 そっかぁ、良かったぁ。



 ……じゃない!!!


「ど、どうしてドラ、じゃなくて、竜種のことだと、か、考えたのですか?

 ぼ、僕は竜種と関わりなんて、あ、ありませんよ?」

「竜伐隊の戦闘区域で、赤色(せきしょく)の竜と同様に倒れていたのにかい?

 流石にその嘘には無理がある。

 そもそも、私はもっと前から君のことは知ってるんだ。

 それこそ君があの竜種と遭遇するずっと前、君が暗雲立ち込める平野に落雷と共に現れたその瞬間からね。

 異世界人だろう? 君?」


 なんでさ。


 なんでさなんでさ。


 なんで俺の異世界召喚物語は、俺が話してもいないのに、俺がボロを出したとかそういうわけでもないのに、こうもバレていくのかな?

 異世界モノにおいてそういうのって重要じゃん。

 この世界の住人じゃないことが明るみにならないことで、チート的な能力を、うわーすごーい、的に使えるわけじゃん。


 いや、そもそも、俺にチートなんてなさそうなんだけれども。


 それにしたってバレ過ぎじゃん?


「異世界人の出現というのはね、少なからずこの世界に、悪、とは言わないまでも、あまり良くない意味での影響を及ぼすのさ。

 過去に来訪した二人の異世界人のときもそうだったようだしね」


 過去の奴ら……

 何してんの、俺の評価悪くしてんじゃないよ。


「だからこそ君の行動は初期から注視していたんだよ。初期の初期からね。

 それこそ、君が異世界への転生なのか、転移なのか、はたまた自身の夢なのか、ひたすらにブツブツと独り言を続けていたあの辺りもきちんと耳にしていた。

 そして、竜種との接触も見た。

 まぁ率直に言わせてもらえば、真紅竜とあんなにも和気あいあいと関係を持つとは思わなかったけどね」


 そこは想定外だったってことか。


 つーか聞き耳立てんじゃねぇよ、一気に恥ずかしいわ。


 それ以降は何となくではあるが、想像に難くない。

 ドラゴンと会話した男が自分の町へとやってきているのが見え、危険人物に成り得ると考え監視下に置くべきだと考えた。

 門番は、疑わしきは殺す、みたいな厄介な性格をしている。

 それは監視には向かない。


 だからこそコーラルさんという人をつかせ、自分のもとへと案内させた。

 対外、対内双方問題なく俺個人を観察するために、町への滞在許可証を発行した。

 目的が不明だったから自由に行動させた、と。


「ただ、あの竜種の妹を探しているとは思わなかったよ。

 そのぶん対応も遅くなってしまったわけだ。

 遠目から見て、あの竜種とは仲良しこよしのように見えたのだけれど、なかなかどうして君も腹黒い男だったみたいだね。

 人質、ならぬ竜種質でもとって一儲けしようとしていたのかい?」


 いや、そんなわけがない。

 あれは頼まれたからだ。

 そうでなければ、あんな面倒なこと、もとい、時間がかかりそうなこと率先してやろうだなんて思うはずもない。


 だからこそここで嘘をつく必要はないだろう。


「た、頼まれただけ、です……」

「頼む? 君があの竜種にかい?」

「い、いえ、その、ドラゴ、竜種が僕に……」

「何の話だい?」


 ん?

 何だろうか?


 なんか違和感を感じるような気が……


「あ、あの……」

「どうしたのかな?」

「えと、僕たちの接触を見て……いたんですよね?」

「そうだね?」

「え、と、会話は?」

「会話?」

「そう、会話。それは聞こえていたんですか?」


 俺とレッドの間には少なからずの約束はあった。

 何となくでいいから妹を探して欲しい、という適当ではあっても重要な内容の会話があった。

 俺の恥ずかしい独り言をそばだてて聞いていたこの男には、どう考えても聞こえているはずなのだ。


 しかし返答は異なる。


()()()()()()()()()()()()だろう?」


 一層の違和感。

 どゆこと?


「ドラゴ、じゃなくて、竜種の妹を探していたことは知らなかった、んですか?」

「当然じゃないか。

 むしろどうして君が探していたのか、未だに真相はわかっていないのが本音だよ。

 何だい、そういう趣味だったりするのかい?」


 いやいやいやいやないないないない。


 違う、じゃあ、ちょっと待て。


「そんなことできないだろう、って、ど、どういう意味ですか?」

「そのままの意味だけど?」

「つ、つまり?」

「竜種は言語というものを持たない、これが通説だ」


 つまり、何だ?


 俺のあの時の会話は確かに日本語だった。

 レッドとの意思疎通もきちんとできていた。

 そこに間違いはない。


 しかし目の前の男、俺のことをずっと監視していたこの男はドラゴンに言語能力はないという。


 つまり?


 俺の無い無いと散々言っていた、転生者なら誰もが持っているであろうチートは、


 『動物会話』ということなのだろうか?



 ……くそくらえ。

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