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俺と竜種誘拐殺人事件③

お久しぶりです。

生きてます、書いてます。

「確かにコーラルの性質に関しては、私でさえ知らない箇所がいくつもあった。

 そこを享受願えたのは又とない機会であった、そのことは紛れも無く事実だろう。

 だが、それだけでは足りない。それは君もわかっているね?」


 そう言葉を並べ、こちらへの姿勢を一切変えることなく、この町の領主であるパプル・グレイブルと名乗る人物は仮面の奥からギラリとこちらを睨みつけている。



 ような気がする。



 白い仮面の向こう側で、俺のことを観察するように見つめている。



 気がする。



 いや間違いなくその通りなんだろうけれどさ。


 コーラルさんの「正直さ」は立証できた、と思う。

 それ故、発言に矛盾があることも理解はしてもらえてはいる、と思う。


 ただし、それだけだ。


 パプル・グレイブルがヴィオ・カーバッジと同一人物かどうかまでの証明には至らない。

 至らないのだ。


 ……では、だ。


 俺のちょっとした言葉から広がってしまった今回の論争ではあるが、ここまで来てしまうともう収拾がつかなくなってしまっているような気がしないでもない。

 それに、あの目だ。


 あのギラついた(ように感じる)目。

 そこから発されるこちらへの反応。


 これは試されてると考えてしまって差し支えないだろう。

 俺のただの戯言のために、正面の御方は真剣に問いを投げかけてきてくれている。


「私をヴィオ・カーバッジとするその証拠。

 それを教えてもらいたい」


 そう言われてしまっては解決せずには終れないってものだ。

 このまま面会を終了できないってもんだ。


「……では」


 どこから切り崩すべきだろうか。

 換金所の主とこの町の領主が同一人物であることを証明する、そのために。

 俺は一体どうすればいいものなのだろう。


 そういえば、


「コーラルさんを監視として俺に付けたのはヴィオさんでしたよね?

 でもコーラルさんの直接の上司はパプル様です。

 命令はパプル様しか受け付けないのでは?」


 だとすればそれは同一人物と言ってしまえないだろうか?


「問題はない。コーラルには適宜自身の判断に応じて、私以外の人物からの指示に従えと言い含めてある」


 普通に流された。

 それが俺に言われたからなのか、元々そういうものなのかはわからないが、どちらにしても逃げ道を一つ封鎖させられてしまった感が拭えきれない。


 では、違う視点でも攻めてみるか。


「コーラルさんがヴィオさんと面会する際や、彼についての話題を口にするとき、必ずと言っていいほど言葉の初めに「ぱ」と言ってしまう癖があります。

 これはどうでしょう?」

「ぱ?」


 コーラルさんの体が硬くなったのがわかった、目に見えて。

 また全体的に青ざめているし。

 もうコーラルさんを嘘発見器として使ってしまった方が、一番の近道なのではとも思えなくもない。


 だがそれでは、この御方を納得させるまでには至らないだろう。

 ここまではっきりと証拠を求められているのだ。

 最終手段として用いるには最適かも知れないが、それでも説得させるだけの材料としては乏しいと言わざるを得ない。


 それでも、俺がコーラルさんの疑惑を勘付く要因となった行為の一つだ。

 この「ぱ」の一字にしたって、何となくで口に出した言葉じゃない。


「コーラルさんは意図的に「パプル・グレイブル」という名称を、僕に提示しないようにしています。

 特に領主に関する話をしている際に目立ちました。

 自身が嘘を苦手としている、そのことを自覚してはいるんでしょう。

 そのことでボロを出さないよう、「パプル・グレイブル」という単語を僕の前では一切口にしていません。

 ただ、根っからの正直者であるコーラルさんはそれすらも隠すのが苦手だった。

 そのため、どうしても頭文字である「ぱ」と言ってしまった」


 根っからの正直者ってなんじゃいな。

 昔話系かよ。


 まあコーラルさんが掌で顔を覆ってしまっているあたり、この言葉にも間違いはないんだろうよ。


「コーラル」

「……は、はいはい?」


 依然ポーカーフェイスを崩そうとしないコーラルさん。

 顔が見えないからその意図は読み取れないんだけどさ。


「ふむ……」


 顎に手を添える領主、パプル・グレイブルはしかしその反応を見ても態度を改めようとはしていない。


「私にはコーラルが嘘をついているようには見えないのだが?」


 いや、どう見ても嘘ついてるでしょ。

 とは言えない。


 コーラルさんの特質はさっきも話した。

 それを忘れてしまった、と言うわけではないだろう。

 鶏のように三歩進んで頭から抜け落ちたというわけでも、若年性の認知症と言うわけでもない。


 ではなぜこんな風にとぼけているのか。

 答えは簡単だ。


 先ほどのコーラルさんの嘘がわかるという話は、全て俺からの視点で話が閉じてしまっている。


 第三者的な観測はなされていない。


 つまり否定してしまおうと思えば、否定しきれてしまう。


 次いでコーラルさんはあちら側とグルなわけで。

 本人が認めず、第三者も同意していないとなればこの論理はあっさりと崩れ去ることができる。


 あれ? これ無理ゲーじゃね?


「じゃ、じゃあ、ぼ、僕はなぜこの町に不法に侵入した際、さ、最初に面会したのが、り、領土の自治に関係している者ではなくて、か、換金所の主人だったのでしょう?」

「さあね、私にはてんで理解できないことだ」


 コーラルさんの表情は青い。


「ま、町を出た後に、すぐ討伐隊がやってきたのは?

 あ、あれは、ぱ、パプル様の直属の部隊のはず。

 ど、どこで情報を?」

「そんなものを君に話すつもりはない」


 コーラルさんの表情は緑色。


「で、では、仮面は?

 仮面はなんでつけてるんですか?

 正体を隠して……そう、自身がヴィオ・カーバッジと同一人物であることがわからないようにする、か、カモフラージュなんじゃ」

「私の趣味だ。

 いいだろう?」


 コーラルさんの表情は黄色。


 無理だ。


 コーラルさんの顔色を窺い見る限り、俺の言葉は真意に着実に近づいている。

 そのことは確実だ。


 でもコーラルさん自身は、自分の嘘を必死に誤魔化そうとしている。

 そしてその主人、目の前の玉座に鎮座する白装束に身を固めた男は、断固としてその事実を認めようとしていない。


 無理だ、無理すぎる。

 こんな状況下で相手を屈服させられる気がしない。


「……ふむ」


 一つため息をついて、目の前の男は呟いた。


「ロクルくん、君のどもり症はあれだね、自信がある事柄について話すときは全く無くなるんだね」

「え、あ、その……」

「惜しいんだ、惜しい、非常に惜しい。

 君の言葉は確かに核心を捉えてはいる。

 その言葉は真だ。

 だが現実と言うのは真実だけでは語りきれん。

 第一、真実と言うのは皆が嫌悪する対象だ。

 小奇麗な真実よりも薄汚れた嘘の方が、聞く者によっては心地よく感じるものだし、それにすがって生きる場合だってある」


 なんか語りだした。


 コーラルさんはその場で固まっちゃてるし。

 顔色とかそんなもの存在しない。

 石だ。

 コンクリート感が漂っている。


「君の自信と言うのは非常に危うい。

 真実が自信に繋がり、自信がどもり症解決に繋がるというのであれば、どもっていない君は破滅的なまでに嫌悪の目を向けられ、どもりがちな君の方が好意を寄せられるだろう」


「いいかい? 君は手順を間違った。

 だがそこには可能性が見える。

 だから私はこう言う。

 真実を言葉にしたいのなら、自信を表に出すべきではない。

 嘘、詭弁、はったり、騙し討ち、大いに結構だ。

 現実と言うものはそれら全てを内包し、うまく成り立っている。

 ならばその程度虚言、真相はいくらでも飲み干すさ」


「だからこそ、君には大きな貸しを作っておくことにした」


 そう言って正面の男は仮面を外した。


「その通りさ、私の名はパプル・グレイブル。

 またの名をヴィオ・カーバッジと言う。

 久しぶりだね、ロクルくん」



 全く訳が分からない。

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