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俺と竜種誘拐殺人事件①

 豪奢な一室。


 いわゆる玉座の間といったところか。

 王様ではないんだけれども。


 金と赤で敷き詰められたこの空間は、視界に入れているだけで目が眩む。

 金色の床にレッドカーペット、金の装飾品の数々は素人目で見ても相当高価なものだろう。

 成金趣味もいいとこだ。


 そうして。

 そうして片膝で頭を垂れる俺の前方には、御領主様らしき人物が大仰な素振りで椅子に腰掛けている。

 真っ白なローブを身に纏い、静かにこちらを見据えている。


 しかしてその表情は読み取ることができない。


 別に俺が頭を下げているからではない。

 チラ見とかしようと思えばできるからね。


 そうではなくて。


 御領主様自身が顔を隠しているためだ。


 仮面。

 仮面だ。


 御領主様は自ら仮面を身に着けている。

 白い仮面。

 部屋の豪華さには似合わない、何の面白みも無い仮面だ。


 パプル・グレイブル様。

 この地域を発展の寄与に従事した超重要人物。

 コーラルさんの雇用主で彼女にとって大切な人。

 金持ちで人脈も広い。


 コーラルさんが暇な時間に数多くの武勇伝を語ってくれた気がするんだけど、今はほとんど、と言うか全くと言っていいほど思い出せない。

 あんなに耳にたこができるほど言われたはずなのに、一切合切思い出せない。

 たぶん俺自身が必要のない記憶と判断して、諸々まとめて脳内から削除してしまったんだろう。


 そのくらい他愛ないことを色々教えてもらった。


 だからこそ、この人物の凄さは考えるまでも無くわかる。

 わかりきっている。


 で、そんな雑談をしてくれたコーラルさんはどこにいるのかと言うと。

 俺の真左で同じ体勢をとっている。


 つか、俺より畏まっている。

 自身の主人だからと言うこともありそうだが、これは、


(おもて)を上げよ」


 低く渋い声が響く。

 拡声器を使っている様子は見られないのに、こんなにもバカでかい声が出るとは。

 いやまあ、どうせ魔法とか魔具とかだろうけどね。

 仮面の裏側に何か仕込んでいるのかもしれないし。

 まあ十中八九そうなんだろうけど。


「ふむ……」


 俺の顔を見て(いるようにこちらに顔を向けているだけで、本当に見ているのかどうかは定かでは無いが)声を漏らした。

 悩む様に腕を組み、そののち右手を前方に突き出した。


「我が名はパプル・グレイブル。

 この町の長であり、運営を取り仕切っている。

 此度はコーラルが世話になったな。名を……何と言ったかな? ロクル?」

「ロ、ロクロウです。ロクロウ・サクラガワ」

「そう、ロクル・サクラガワだったか。大義であった」


 ロクロウだっつーの。

 訂正したのに間違えんなよ。

 この辺りの詰めが甘いというか、何と言うか……


 つか、世話になったのは俺の方じゃね?

 コーラルさんがいなけりゃ俺はこの町に這入ることはおろか、門番によってなぶり殺しにされてたかもしれないわけで。

 まあ、貰えるものは全部貰う主義ではあるのだが、憶えのない感謝までは流石に受け取ることを躊躇せずにはいられない。


「あ、あの……」

「口を慎め少年くん……!」


 横から拳骨で殴られた。


 痛い!

 普通に痛い!


 過剰暴力でしょこれ!

 面を上げろって言われてんのに一向に頭下げたままだし!

 命中精度良すぎか!


「何するんですか!」

「あの御方は君が不用意に話しかけられるような人物ではないのだ。

 訊ねられた問いにのみ応えればいい」

「あ、その、でもですね……」

「コーラル」


 狼狽する俺に対して、御領主はコーラルさんを諫めることで俺との仲介役を買って出てくれた。

 俺が気にすることじゃないけども、部下と客人の合間を保とうと上司が頑張るって、どうなのさそれ。

 コーラルさんこそ色々慎むべきなのではないだろうか。


 それはそれとして。


「ロクル君、だったかな?

 何か言いたいことがあるんだろう? 言ってみたまえ、遠慮なく」


 まあ本人がそう言っているのだから話してしまってもいいのだろう。

 コーラルさんは気にしない。


 凄まじい歯ぎしりが聞こえている気もするが気にしない。

 目からビーム発射しそうな勢いがあるが気にしない。

 口元からなんか呪文が聞こえている気がするが気にしない。


 気にしなーい、気にしない。


「えと、それでは、一つだけ」

「構わん。言ってみなさい」

「ヴィオさんです……よね? ヴィオ・カーバッジさん。

 パプル・グレイブルはヴィオ・カーバッジと同一人物、ですよね?」

「ほう」


 その一言で室内の温度が変わった気がする。

 なんか変な汗が噴き出してきたし。

 その代わりと言っては何だが隣からの圧力が消えた。


 コーラルさんの圧力が消えた……だと……?


「根拠は? 当然あるのだろう?」


 威圧感が凄い。

 まあ否定しないあたり間違ってはいないのだろうが、とりあえず考察を述べるとしよう。


「えと、まず一つ目なんですけど、コーラルさんのことで気になることがあって……

 と言うかほとんどコーラルさんのことなんですけど……」


 表情に変化は無いが視線はコーラルさんの方へ向かっている。

 そしてその当の本人の様子はと言うと、


「フーフーフフーフー」


 口笛吹けてない。


 口笛、吹けてない。


「あの、えと、確認なんですけど、僕とパプル様って今日が初対面ですよね?」


 ちなみに本人が認めていない以上、彼をヴィオ・カーバッジと呼称するわけにはいかない。

 否定していないって時点で、ほぼ認めているようなものだと思うけど。


「……その筈だが?」

「僕がここ数日、コーラルさんと行動を一緒にしていたのは知ってますよね?

 四六時中監視役として、それこそおはようからおやすみまで。有り難くないですけども」

「それで?」

「朝は早いし、夜は酒場で前後不覚になってるコーラルさんなんですけど、前に言ってたんですよ。

 コーラルさんはパプルさんとの面会を欠かしたことが無いって」


 実際に俺に話してくれたわけじゃない。

 酒場でのたわごとだ。


 あたしー、ぱ……じゃなくてー、御領主様とのー、面会ー、欠かしたこと無いんだよねー。

 的な。


 それで思い出すのはこの世界に来て三日目のこと。

 コーラルさんは一日中付きっ切りで俺たちの面倒を見てくれた。

 それこそ一分の暇も無い程に。


 まあ実際は暇な時間しかなかったんだけど。

 ギンと俺との服装選びで終わったし……


 ん? ギン?


「あ、そう言えば、ギンって……」

「後にし給え。それでそれがどうしたと?」


 制された。

 ならしようがないか。


「あ、えと、それで彼女にはその日パプルさんと会う余裕は無かったんです。

 でもその代わりと言ってはあれですけど、ヴィオさんとはここ数日会わなかった日は無いんです」

「彼女が勘違い、もしくは嘘をついている可能性は?」

「勘違いってことは無いです。

 そのことを話してくれたのは、その日の酒場でしたし」


 酒を飲んだ後に面会した可能性もあるが、その日はべろんべろんに酔っぱらってた。

 それこそコルクさんが辟易するほどに。


 そんな前後不覚の状態で、上司であるパプル様には会いに行ったりはしないだろう。

 行ったら行ったで追い返されそうだし。


「なら嘘は? この女が嘘をついているとは考えられないか?

 例えば、そうだな、その日君が目を離した隙に密会していたとか」

「それに関しては何となくですがついてないかと」


 大した自身だな、と言いたげな仮面。

 ごめんなさい、仮面に表情なんてないです。

 そんな風に感じただけです。


「コーラルの嘘は見抜けるとでも?」


 そうそこだ。

 それこそがここに来て言いたかった内容。

 ネタバラシしたかった話の真相である。


 で、結論はと言うと、



 次話に続かせていただきますわ。

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