俺と天井
目を覚ますとそこには見知らぬ天井があった。
なんてよくある定型文で、この状況を説明したくはない。
だいたい見知らぬ天井なんて、そもそもそれが本当に天井かどうかも定かでは無いわけだし、ましてやそれを自身で天井であると確認が取れるくらいなら、そいつの意識はだいぶはっきりしているから、ここがどこかっていう推測もおおよそつけられてもいいようなものだ。
まあ確かに、重力があるんだから、背中を地面や何かと接することが出来ていて、正面には青い空でも赤い夕焼けでもきらびやかな星の夜でもなく、板張りの何か、漆喰造りの何か、光源となっている何かしらが目につけば、天井であると判断してもおかしいことは何もない。
ただそれは意識が正常ならの話だ。
目覚めた瞬間、目を覚ますと見知らぬ天井が、なんて言い出す奴は相当自分の記憶力に自身がある奴か、さもなければ二度寝をして意識が覚醒した奴くらいなものだろう。
うん、絶対そう。
そして俺は完全なる後者。
一度目を覚ましたものの、眠気が酷かったためもうひと眠りした。
無論、いつもより寝心地のいい寝具ではあるなとは思いましたよ、はい。
ちなみにライトラスさんの宿屋のベッドはと言うと、堅いしぼろいし埃っぽい。
普段は鎧を装着した冒険者等を商売相手としているため、寝床は存在しているそれだけで結構有り難がられるようだ。
野営での雑魚寝、もしくは簡易的な寝袋のみの生活だろうから、布団とか毛布とか柔らかく温もりを感じられるものさえあれば重宝されるのだろう。
しかし、それは冒険者の話。
俺は一般市民だ。
埃っぽさに安心を感じることはできないし、堅いベッドで安眠できる筈も無い。
そんな雑なベッドが嬉しかったかどうかはさておいて、それでも寝床としてあの空間に慣れを感じていしまっているのも確かなことだ。
あの異様に広い部屋も、おおよそ三人で暮らしたあの時間にも、日中の異様な暑さを緩和させるクーラー的な魔具にも、少なからずの愛着を持ってしまっている。
だからこそ、二度寝を終えた今、目の前に見える真っ白な天井は、俺が知っているものでは無いとすぐにわかった。
俺がこちらの世界に着いてから見たことがある天井なんて、結局あの宿屋、「大海の歌姫亭」における宿泊している部屋の天井、それを除いたら他に何があると? といった具合なんだからな。
あの木目を基調とした、良く言うと古くて趣がある、悪く言うとボロ臭いあの宿の天井は、それでも俺が一週間ほどを過ごすうちに愛着というか、馴染み深さというか、そういうものを感じてしまっている。
それ故の見知らぬ天井である。
決して根拠も無く言っていたわけではないことを理解してほしい。
ここまでの話はそれの具体的な理由づけだ。
面倒くさい? ごめんなさい。
で、だ。
この真っ白で一片の穢れのない天井と、ふかふかで弾力性のある香りのよいベッドは印象こそ悪くはないが、しかして違和を感じずにはいられない。
一体ここはどこなのだろう?
「少年くん」
重い体を無理やり起こし声がした方向に向き直ると、そこには見知った女性が開け放った扉を背にして立っていた。
やあ、と手を上げる彼女はそのままこちらに近づき、勢いよく俺のすぐそばに腰を下ろした。
顔が近い……
「……コーラル、さん?」
「そうですよぅ。コーラルさんですよぅ。
そういう君は自分が一体何者なのかわかるかな?」
ふざけた質問、とは言っていられないだろうな。
意識が混濁していたり、吹っ飛んでしまっていたら、思考することは可能でも記憶まで正常かどうかはわからない。
なら、ここは大人しく質問に従うとしよう。
「ろ、緑郎です。櫻g……じゃなくて、ロクロウ・サクラガワ」
「へえ。歳は?」
「じ、十七」
「へえ。この指何本に見える?」
「五本……です」
「へえ。じゃあ最後に。
昨日はどこで何してた?」
昨日?
昨日っていうと……?
何してたんだっけ?
「え、と、その、あんましよく覚えてないです……」
「ふ~ん、そうかそうか」
うんうんと大層満足気に頷くコーラルさん。
全然思い出せん。
まぁ、満足したのは俺もなんだからいいんだけれどな。
記憶が不確かなのはさておいて、また一つ謎は解明された。
はてさて、この話をどのタイミングで持ち出すべきか……
にやけ面が収まらないぜ……!
「何笑ってんのかな?」
本当に収められてなかった……
反省。
「い、いえ、何でもないです……
あ、あの、それでですね」
「何かな?」
「ど、どういった御用件でしょう?」
そうだ、コーラルさんが俺を訪ねてきた理由は一体何なのだろう。
昨日のことを思い出せないことも気がかりではあるが、それ以上にコーラルさんが俺に会いに来た理由の方が知りたい。
大体、自分がいるこの場所のことをどうしてコーラルさんは知っているのだろう。
俺ですら理由を知らないし、地理的な位置もわかっていないというのに……
まさかとは思うが、
「御領主様がお待ちだ、面会するよ少年くん」
解決編がスタートだな。




