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彼女とわたし

今回だいぶ短いです。

戦闘描写を苦手にするのはどうにかしないとですね……

「ぐっ……!!」


 動きの軽やかさ、宙を浮くかのような連舞から、この女の戦いにおけるセンスというか、勘というものだろうか、そういったものがよくわかる。

 加えて対人戦の経験量も見て取ることができる。

 途切れることなく繰り出される連続した斬撃は、わたし達竜伐隊共通の支給短剣から繰り出されているのだ。

 恐らく後方部隊から奪い取ったものだろう。


 王護剣、ガーディアンズナイフ。

 リーチの短さから対人戦闘向きの武具であり、祭礼用の装飾剣としての色合いが強いものとなっているが、そもそも竜種との戦闘間に間合いなどは関係しない。


 竜種の鱗は特殊であるためだ。


 素材の良し悪し次第では、オリハルコンで作成された剣であっても傷一つつけることはできない。

 ごく稀に竜殺しの魔剣なんかも存在することはあるらしいが、それでも極めて珍しい。

 だからこそ、近距離戦闘を仮定した剣は携帯する必要が無く、むしろ主武装にこころがけ訓練は行われるのだ。


 しかし、それはそれだ。


 わたし達は本来領主様の護衛役として仕えている。

 それ故に本来の役務は「王の守護」、つまり御領主パプル・グレイブル様の身の安全を守ることが主業務であるのだ。

 だからこそ、この剣は他者を守るために存在し、その為にわたし達は携行しているのだ。


 しかし彼女はというと。

 自身は武具を一切準備することなく、その場に合った戦闘を行う。

 なるほど理に適っている。


 理には適っているが、どうしてもそれを受け入れることはできない。


 だがそんなことを思っている猶予があるというわけでも無い。


 魔物を主として戦闘を行う都市や国家が運営するわたし達のような討伐隊や、ギルドからの支援を通して依頼を完遂する冒険者というのは、万全の準備を行い接敵する。

 例えばスライムであるなら剣術主体の攻撃は無意味であるし、ゴーレムなどの鉱石系の魔物は極端に水に弱かったりもする。

 だからこそわたし達はそれに応じた対抗策を考じ、確実に目的を排することができるのだ。


 しかし彼女はそうではない。


 そも剣戟に一貫性が無い。

 今回の場合それは最も対処し辛い動作だ。


 教科書通りの忠実な剣舞かと思いきや、一方で野獣の様に剣を振り下ろす動作もあり、こちらに動作を慣れさせる気が無い。

 相手の動きに振り回され、こちらも反撃に転じようとしてもタイミングを掴むことができず、どうしても二の足を踏んでしまう。


 ただの攻撃かと思えばフェイントであったり、フェイントかと思えば大振りの斬撃であったり、斬撃かと思えば確かに斬撃であることに違いがなかったり、もうここまで混ぜ込まれるとどれに対処すべきかどれに対処するべきじゃないかわからない。


 手練れだ。


 だからこそ気後れするわけにはいかない。

 気持ちだけでも負けるわけにはいかないのだ。


 の、だが。


 彼女の表情はというと。


 激憤だ。


 怒りに怒っている。


 彼女の内側から漏れ出ているそれは、彼女のそのきれいな顔立ちを歪ませるほどに、わたしへと向かってきているのがわかる。

 そしてその表情に気圧されてしまう自分がいた。

 

 数時間前に初対面だった彼女は、事実表情の変化に乏しい娘だと思っていた。

 顔をフードで覆い、わたしと対面する際にも彼を盾にするようにしていた。


 だからこそ今は非常に面食らっている。


 怒りに身を任せ、その顔さえも怒りに支配されているはずなのに、しかしてその攻撃は正確無比に、わたしの急所を目がけ飛んでくる。


 全くもって気が抜けない。


 つい数分前までは、わたし達があの竜種に対して攻勢だったはずだ。

 だが今のこの状況はどうしたことだ。


 後方部隊は全滅し、わたしはというと彼の所持していた奴隷風情に追い詰められている。


 何とも不甲斐ない。

 情けない。


 そして単に、死にたくない。


 無様な話ではあるが、こんなときにまでわたしという存在は自身の生死に関して、貪欲な生存本能を望んでしまっている。

 これだから彼に問うべきでは無かった。

 その場ですぐに殺して撤退してしまえばよかったのだ。

 わたしの失態だ。


 勝手に作戦を遂行し、対象にとどめを刺すことは叶わず、更には彼の道具風情に追い込まれている。


 それにただ生き残りたいというだけでも無い。


 いや、純粋な生存願望が無いわけでは無いのだけれども。

 それに関しては嘘偽りなく本心だ。


 ただそれ以上に、奴にとどめを刺すことが出来なくなってしまう、そのことだけはどうしても避けたい。

 今回この期これを逃してしまえば、わたしが奴を仕留める機会を逸してしまう、そのことは紛れも無い事実だ。

 奴は警戒深い、一度接触したことのあるわたしは、今後一切奴と会い見えることは無くなってしまうだろう。


 だからこそ死にたくない。


 彼を犠牲にしてでもと抗ったのに、結果が殺せませんでしたでは済まされない。

 否、済ましたくない。


 それがわたしの意地であり、彼に対する覚悟の証明だ。


 そう証明だ。



 そのはずだったのだ。

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