妹とオレ
剣戟の音が響いている。
これは人間たちのいさかいの音だ。
よくもまぁ飽きもせず、何年も、何十年も、何百年も、何千年も、何万年も繰り返すものだ。
この小気味良い音の羅列は、オレたちが人間という種を確認してからというもの、各地で絶え間なく奏でられてきた普遍的な事象の一つだ。
だからこそオレは人間に興味を持った。
初めて出会った人間は初老の雄だった。
初老と言っても、本人曰くほんの八十年やそこいらだったので、赤ん坊としてしまってもいいくらいだが。
それでも人間的には長く生きた部類らしい。
あれが接触してきたのは、オレがまだ親父の世話になっていた時だったか。
どんな理由だったかはもうとっくに忘れてしまったが、あいつの死に際の一言だけはいつまで経っても褪せることはない。
必死に憶えた我らの言語で一言。
「人間は愚かだが興味深い」
それは竜種にはない感覚だった。
竜種にも確かに愚かな奴はいた。
裏切りを頻繁に行う者、虚言を行う者、自身の快楽のために殺戮を行う者。
その誰もが竜種としての尊厳を忘れたとして、里を追い出されたり処刑の対象となったりした。
だが奴らに関してはそれだけだ。
処罰の対象になったのか、ふーん。
それで終わりなのだ。
何故なら生まれついた時点で、竜種は運命が定められてしまっているから。
裏切り者は生を受けている限り一生裏切り者であるし、正直者は生を受けている限り一生正直者だ。
それは竜種として当然の解である。
だから本人の性質がわかれば後は興味など湧くことはない。
その経過を知り、その結果を見届け、終わる。
それだけだ。
だからあれの最後の言葉によって、人間というものに興味が湧いた。
あれ自身俺たちに対する興味は尽きなかったらしいが、同族に対する思いなどは既に無くしてしまっていたように見えた。
しかし、それだけではない。
それだけでは終わらない。
あれは故郷に家族を残してきていた。
娘夫婦と孫と言ったか。
そのことだけが気懸りだと。
そのことがとても面白かった。
竜種であれば一辺倒だ。
一部の例外なぞ存在する筈も無い。
それは血の繋がりでも関係ない。
だからこそあれの死の後、オレは人間に対して興味をより一層深めた。
時には研究対象を集めた。
まぁ基本的に志願者だったし、向こうも向こうで楽しそうだったからウィンウィンの関係だっただろう。
それを妹は不気味そうな顔で見ていた。
人間に対して興味を持つオレを恐れているかのように振る舞う彼女と、人間との親和性を目指しているだけのオレとの間に、不和が生じてしまうのは止むを得ない結果だった。
妹が最後に言い放った言葉はというと、
「愚かだ」
その一言を残し妹は里を飛び出した。
普段から口数が多い奴ではなかったが、それでも最低限の感情表現はあった。
だから兄弟仲自体は良好であったと思う。
それが初めて破綻した。
いやそもそも仲が良かったかどうかさえ曖昧だったのかも知れない。
あいつの気持ちを把握して、あいつの気持ちを先回りして、事を荒立てないように演じていただけなのかもしれない。
それは今でもわからない。
だから今のオレはそれが知りたくて妹を探していた。
謝罪をしたいというのも虚言ではない。
だがそれ以上に、あいつについてまだ知らなければならないことが多く存在する、そのことに気づいてしまった以上は、どうあってでも探し出したかったのだ。
だが、ローが連れてきた雌は偽物だった。
外見上の特徴から言えば、紛れもなくスイの人竜化した姿だったであろう。
しかし、オレの鼻は誤魔化せなかった。
ローにはだいぶ迷惑をかけてしまった。
どころかオレの所為で窮地に追いやられている。
ならば、オレはどうにかして、地を這ってでも竜種の誇りにかけて、彼、ローを守る義務というものは生じるのだ。
だが、現在のオレはというと、背中に受けた棒状の武器数本を抜くことは叶わず、恐らく塗り込まれた毒の影響だろう、身体を思うように動かすことができず、こうして地に伏せてしまっている。
杭が打ち付けられているわけでも無いのに、微塵たりとも身動きが取れない。
まったくもって情けない状態だ。
ローの位置すら把握できない状態で、しかしオレの興味は既にローに無い。
この繰り広げられている音。
鉄と鉄が打ち付けられあっているこの音を、一体誰が奏で合っているのかということ。
一つはもちろんあの雌だろう。
小回りの利く体つきであったし、オレを狩ろうというくらいだ、相当な実力者であることは申し分ない筈だ。
では、それに相対するこの音は何だ?
数日会っていなかったローに、筋力的な強化は見られなかった。
だから、それは除外だ。
第一不意打ちされるほどだ、今の剣戟を行えるほど実力があるわけない。
では誰だ?
毒の所為か鼻も上手く利かん。
目も……うむ、重いな。
だが、それでも開かない程ではない。
よし、視界は開けた。
砂煙が酷いが、その向こうに二つの人影が薄ぼんやりと見える。
一人はあの雌だ、間違いない。
そうしてもう一人は、なんとなく見覚えがあった。
銀の髪。
金の瞳。
軽やかに相手を牽制し、しかしその動きは苛烈そのもの。
気性の激しさは母譲り、技の多彩さは父譲り。
オレ以上に相手に食らいつき、そうして仕留めるまで必要以上に追い込んでいく獰猛さ。
紛れも無い。
においを確かめるまでも無い。
「スイ……」




