俺と視界
我ながらこれほどの無様さは、今まで生きてきた中でも中々に無いことだと思う。
そこの人、たったの十数年とか言わない。
俺にはそれでも充分長いの。
探し人を見つけたと思ったら実は殺し屋で、依頼した人(ドラゴンではあるが)のついでに襲われて、負傷までして、助けられて、その上俺の所為でドラゴンは窮地に陥っている。
たぶん俺を置いていけば、レッド自身はこんな状況など朝飯前に解決できていたのだろう。
ドラゴンという、恐らく異世界における食物連鎖ピラミッドの頂点に君臨するであろう種族は、どう考えたってこんな攻撃ごとき日常茶飯事のはずだ。
俺と出会ったときだって余裕で槍が刺さってたし。
それを何でもないようなこととしていたし。
俺が引き抜いたときには、引くほど感謝していたが、致命傷と言うわけでもなかったのだ。
だからこそ、俺と言う荷物が無ければと思わざるを得ない。
俺と同様に地面に叩き付けられ俯せにされた彼、レッド・ドラゴルーツは呻き声を上げながらも、俺とは違い、目の前の敵に対して牙を剥き出し、威嚇ともとれる罵声を浴びせながら必死に体勢を整えようとしていた。
例えばこんな感じで。
『貴様ら!!! それでも同種なのかぁぁぁ!!!
我ら竜種に対しての憎悪はまだ寛容になってやってもいい!! しかし! 同種族に対する攻撃行為は断じて許すことはできん!!!
我が友が傷つけば、それはそのまま貴様らゴミカス共に相応の制裁として現れることになるだろう!!
死をもって自身の罪を悔い改めるがいい!!』
うーん、厨二。
ひたすらに厨二臭いセリフではあるが、俺が死にかけたことについて怒りを露わにしている点は、正直言って照れ臭くもあり嬉しくもある。
まぁそんな悠長なことを考えている場合ではないんだけれど。
体のあちこちが痛い。
激痛だ。
何とか意識を保っていられてはいるが、こんなどうでもいいことを考えていないと、すぐに痛覚がすべての思考を塗り潰してしまいそうな予感がある。
予感じゃない、確信だ。
蹲っている体を無理にでも起こそうものなら、体中に広がる痛みが俺の意識を刈り取ってしまうだろう。
だからこそ動けない。
レッドが治療してくれた傷口でさえ、またパックリと開いてしまうのではないかという予感すらある。
だからこそますます動けない。
どうしようもない。
現状、レッドがどうにか足掻いてくれている様子を、俺はただただ声も出せないその体でじっと見守っている他ないのである。
中々の無様さである。
一方でスイだと思っていた彼女たちはというと。
「次弾装填準備!」
とか言っている。
彼女以外に人影らしきものは見えないが、恐らくは後方、あの紫色の光が発生した周辺に数人がいるのだろう。
この位置からでは、背の高さはそれほどではなくとも、青々と茂る草原の所為で彼女と彼以外にいるであろう人物たちの動きは一切垣間見ることはできない。
そもそも視界も靄がかかったように悪いし。
意識も朦朧としているし。
もしかすると視界自体には映っているのかもしれないが、意識がそれを判別できていないだけなのかもしれない。
まぁどちらにせよ、周囲の状況がうまく言い表せないことには違いないのではあるが。
そういえば、どうして俺は地上にいるんだっけ?
確か数分前までは空中にいたはずだ。
数分前まではレッドに抱えられ、かなりの高さまで急上昇させられていたはずなのだ。
それが今は何故か地に叩き付けられている。
何故か。
いや、理由は考えるまでもないことだろう。
攻撃だ。
攻撃によって撃ち落とされたのだ。
次弾装填と言っていたし、恐らくあのとき見えたバカでかいボウガンのような、その発射台の様なものの攻撃によるものだろう。
よく見るとレッドの背中には、いつの間にか数本の棘が生えていた。
極太の棘。
レッドの鱗とは明らかに色彩は異なっているが、しかし背中には人の背丈ほどもある棘が生じていた。
ヤマアラシ的な自衛行動がドラゴンにもあるのだろうか。
いや、違うな。
あの棘には見覚えがある。
というか見覚えが無いわけ無い。
レッドと遭遇したあのとき。
レッドが俺に頼んできた最初のお願い。
レッドを(自称)致命傷に追い込んでいた原因。
あの槍だ。
俺が苦労して引き抜いたあの槍が、レッドの背には数本刺し貫かれていた。
つまりあのとき引き抜いた槍だと思っていたものは、その実ぶっとい矢、ボウガンの矢であったということだ。
なるほど納得。
こんな状況で何言ってんだって感じだが、それでも納得したことはした。
翼を持ち強靭な鱗を備え、(恐らく)火を吐くであろうドラゴンが、人間の腕力・動体視力で本当に刺し貫くことができるのかどうか不安ではあったが、納得した。
この武装ならば可能だろう。
現に今も結果を出してるし。
しかし、レッド自身はまだ諦めていないようだ。
未だに視界自体は回復していないように見える。
鼻をひくひくと動かし、周囲の状況を確認しようとしている。
俺はそれを最小限の動きで見守ることしかできない。
辛うじてある意識を保つためには、たぶん余計な行動はできない。
息をするのも精一杯なのだ。
こんな思考を重ねる余裕があるように見えるけども。
外傷はたぶんひどいと思います。
寒いし。
レッドが力強くはばたくのが見える。
それに合わせスイだった女性は命令を下しているように聞こえる。
そして、数回の轟音とともに目の前に赤い物体が墜落した。
ゲームセット。
無理だ。
どう考えても無理だ。
俺、負傷して立ち上がれない。
レッド、意識がありそうには見えず、出血多量。
敵、複数。
どこにいるか不明。
兵装も不明。
無理です。
ふと気が付くと正面にはあの女性がいた。
スイだと思っていたあの女性。
よく見ると必要最小限の防御を敷く軽微な革の防具は、纏う身体のすべてを守れてはいない。
傷だ。
数か所、いや数十か所に古傷を含めた生々しい傷がある。
彼女が本当に竜伐隊であるのなら、その傷は覚悟の表れということなのだろう。
だからこそ、俺をも殺そうとしている。
それは。
それは簡単に否定していいものではない。
瞳も決して非情なものではない。
覚悟の伴った決心の目だ。
自身の決定を揺るがせないようにするための目。
その目が俺を捉え、そして首元に短剣を添えてきた。
「……許してくれるとは思っていない」
でしょうね。
そりゃそうだ。
覚悟があるからって殺されたくはない。
そうだ。
死にたくない。
死にたくない。
死にたくない。
「……死に、たく、ない」
必死に絞り出した声がこれとは。
流石に笑える。
殺されるフラグ全快じゃないか。
「申し訳ないが」
謝られた。
謝るくらいなら助けてほしい。
いっそのこと素直に掻き切ってほしい。
「最後に」
そう言って彼女は俺に顔を寄せてきた。
綺麗な顔だ。
戦闘には向いてない綺麗な顔だった。
現実世界だったら相当モテたんだろうな。
俺とは生きる世界が違うほどに。
「最後に何か言いたいことはあるか?」
お約束ってやつか。
じゃあ素直な疑問をぶつけてみよう。
これが最後というのなら。
「……ほ、本名、は、なに?」
口元が動いたのが見える。
だが声は聞こえない。
視界もぼやけついには、
俺の意識は唸るような叫び声とともに、銀色の波に飲まれていった。




