俺と接敵
「は…………へ?」
痛い。
「い……」
いや熱い。
『おい、ロー、どうした?』
腹に異物があるのがわかる。
『何だこの匂い、おいロー!』
二時間ものサスペンス劇場ならこのあと、数日後に第一発見者に通報してもらい事件が発覚、警察が動き出し怪しい人物が浮上して、それが最後まで犯人で、
『おいロー! ロー!!』
警察には伊東四朗がお父さん役とか、毎日のように資格を取りまくってる婦警さんとか、切れ者のタクシー運転手とかそういうのが事件に首を突っ込んでくれて、スピード解決みたいな展開があるに違いない。
あぁ、これが走馬灯ってやつか……
刑事ドラマしか出てこないとか、俺の人生何だったのだろう……
『竜神様に奉る。
彼の者に癒しの安らぎと救済を与え給え』
『トリーシアの風とミューランドの大地が祝福を』
『治療!』
痛みが和らいでいく。
昇天も近いのか。
『馬鹿なことを考えるな! 起きろ!』
聞き覚えのある声がする。
『全部声に出てたからな、「ニジカンモノサスペンス」とは何のことだ?』
「ほんとに全部だ……」
薄目を開けると、正面には汗だくになったレッドがいた。
あの巨体で俺を抱きかかえ、息を切らしている。
魔法詠唱が聞こえてきたことが空耳でなければ、随分急ピッチで色々ことを為してくれたのだろう、感謝しかない。
はいそこー、爬虫類に汗? とか言わない。
俺だって驚いてるんですぅ。
汗腺あるのかとか聞かないでください。
変温動物なら必要ないじゃんとか言わないでください、俺にもわかってないんだから。
「……今、どういう状況?」
『下を見てみろ』
下?
そりゃあ地面が広がっているに決まって……
決まってなかった。
いや、確かに地面自体は広がっている。
青々とした草原と、川面が日の光に反射してキラキラと光っている大地がある、それ自体に間違いはない。
だがそれは、自身の両足に接触していなかった。
だがそれは遠くの町すら一望できるほどであった。
そして同時にスイさんも俺の足元に見える。
そう、俺がいるのは空中だった。
空中。
これは眺めとしては五階建てマンションの屋上と言ったところか。
凄まじい高さ。
高さの空中。
く、
「く、くうちゅう!?」
『ど、どうした?』
「いやいやいや! 無理無理無理無理!! 降ろして降ろして降ろして! こわいこわいこわいこわい!!」
『無理だ』
何でさ!? とか言う前に自分で気づいた。
自身がどうして今こういう状況にあるのか。
どうしてレッドに魔法を使ってまで、治療してもらう必要があったのか。
下方で小さく見える人影を捉えた。
あの長く美しい緑髪は、手に持つ短剣で切り落としてしまったのだろう。
肩よりも短く揃えられ、初対面のときに受けた可憐さはもう無い。
服装もボロ布は捨て去り、軽量に特化した革の防具を身に着けている。
腰には短剣と、魔法を行使するためのスティック魔具。
そしてその瞳には怒りを込めた、憎悪の光のようなものが鈍く灯っているように見える。
「レ、レッド、あの人は……」
一言呟いたのみで気づいてくれたらしい。
頭を振り静かに言ってくれた。
『スイでは無い』
そっかぁ。
つまり騙されたということだ。
あの女性にレッドを誘き寄せるための餌にされたということだ。
いや、もしかするとあの人自身も餌だったのか?
妹を探すレッドに対する囮。
もう今となっては確認しようもないが。
では、今後とるべき行動は決まっている。
「逃げよう」
『無理だ』
まじか。
でも待て、ちょっと待て。
「飛んで逃げればいいんじゃないの? このまま滑空してくとか」
俺を抱え上空に飛ぶことができた、そのことだけでも逃走することができるという証明になっているのではないだろうか。
そのまま風に乗りこの場を離れてしまえばいいのだ。
何ら難しいことはない。
『無理なのだ。ここに飛び上がったのは反射的にだしな。
それに今オレは目を潰されている。反撃も回避も困難な状況にある』
目?
いや、さっき顔を確認した際に目に傷らしきものは存在しなかった。
それで潰されたということは、
『強い光を浴びて、前後不覚に陥ってしまっている。
今お前を抱えて飛び上がれているのは、光を受けた際に近くにいたからだ。
これ以上の飛行は、他の魔物にも目をつけられる危険性がある、おすすめできない』
なるほど、ゲームでもよく出てくる閃光弾のような何かを受けたということか。
俺はその際意識混濁だったから有効ではなかったと。
その上前後不覚というのなら、これ以上この場を動くべきではないだろう。
あのスイさん、では無い何者かに正体を問いただすことも、今はまだできない。
何であんなことをしたのか、何で今あの棒状の魔具を取り出して……
取り出して!?
「レッド! 何か魔法が来そうなんだけど!」
『焦るな、この魔力流ならこちらに向かってくるものじゃない。
大地に対して何かしら行っているんだろう、慌てるんじゃない』
魔力流?
そうか、こちらの世界では大気の観念が魔力として称されている。
鳥だって風を読んで飛行しているんだ、ドラゴンに魔力の流れを読む力があったところでおかしくはないのかもしれない。
レッドの言葉に従い下を見ると、彼女を先端にして扇状になるように、五つの紫色の光が草原から迸っているのが見えた。
「あれは……魔法陣? かな?」
『オレ対策だとすればそれは召喚陣だな。
何か来るはずだ、用心してくれ』
用心って……
この高さで逃げられなくて、攻撃もできなくって、地上に降り立てもしない。
そんな状況で用心していても、対処のしようが無い。
どうしろっていうのさ。
やがて紫の光は五つとも同様の形を作った。
一つの光につき数人の兵士と、人間の身の丈の倍以上は大きさのありそうな長大な槍と、それを発射するためのバカでかいボウガンのような兵装が計五台。
兵士の装備はコーラルさんや、あの町で見かけた衛兵が使用していたものに酷似している。
でも似ているだけだ。
正しく同じと言うわけじゃない。
つまりあの町の衛兵じゃない。
「でも」
そう、でもだ。
見知った顔がある。
名前まではわからないが、しかし確実に見たことのある顔だ。
つまりあの町の人間。
「あの町の人間で、衛兵に似た装備だけど衛兵ではない……」
あの町で冒険者はあんな軽めの装備は身に着けない。
最初に出会った暴力番兵とも姿は違う。
消去法で考えるとつまり、
「竜伐隊……!」
気づいた時には遅かった。
レッドに対して、
「逃げろ!」
と言ったときには、既に轟音は鳴り響いた後であり、
『ぐ……』
と呻き声をあげ、俺はレッドとともに地面に叩きつけられていた。




