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俺と出発

「じゃあね少年くん」

「はい、コーラルさんもお元気で」


 滞りなく進む別れの挨拶。

 一歩外に抜ければ、俺が初日脱水症状で苦しめられたあの青々とした草原が広がっている。

 俺の左隣にはレッドの妹、スイさんが、俺の正面にはコーラルさん、コルクさん、そしてコーラルさんを障害とするようにギンがこちらから目を背け立っている。


「俺からも念のために言っておくが、ここから先は魔物も多く出る。

 昼間はそうでもないけどな、夜間なんかは特に危険だ。

 キャンプで夜を過ごす時は、必ず香をたくのを忘れるなよ?」

「はい」

「あと食料はちゃんと持ったか? 少ないより多い方がいいのは鉄則だ。

 遭難してからじゃあ遅い。大丈夫か? もう一度バックパックを確認した方がいいんじゃないのか?」

「大丈夫です」

「そうか。

 あとは竜種だ。うちには領主様が任命した『竜伐隊』っつーのがあるが、本当に必要ないのか?

 通常の魔物は香で追い払えるけどな、竜種はそうはいかねぇんだぞ?

 あいつらは専門部隊だし、竜種に対する並々ならぬ思いがある。あいつらがいるといないとでは安心感が違うってもんだが……」

「大丈夫です」


 これに関しては断固断らせてもらう。

 と言うか、俺は今からそのドラゴンに会いに行くのだ。


 そんな物騒な連中を引き連れるわけにはいかない。


 てか、さっきから思うんだけど。


 コルクさん、おかんか?

 俺のおかんなのか?


 別段心配してくれることに関して、不満に思っているわけではない。

 どちらかと言えばそれはありがたいのだ。


 こちらの世界で親しくなった人間関係と言えば、俺の監視役の人間と換金所の主人、宿屋の女将と奴隷市場のボス、そして奴隷の女の子、このくらいなものだ。

 本来ならどの役職においても、自身を心配するような立場にないことは一目瞭然なのだ。

 そこをコルクさんは心配してくれている。

 何の義理立てなのかはさっぱり掴めないが、それでも心配してくれていることに関してはとても感謝している。


 感謝してはいる。


 してはいるのだが。


 さすがにくどい。


 コーラルさんといい、コルクさんといいくどいほど長話をしないと、この世界の住人は生きていけないのだろうか?

 まるで修学旅行前のおかん、というのが最も正しい例え方だと思う。


「それからな……」

「はい! はいわかりました、はい! 全部了承済みですはい! 全部確認しましたはい!」


 まだまだ話したりないのか、しかし、食い気味のコルクさんを抑え込み俺は話の腰を折った。


 やれやれと言いながらも、口角を上げるコーラルさん。

 何他人事みたいな顔してんだよ。


 ちょっとだけイラつく。


 なれば、


「そう言えば換金所の主人、ヴィオさんって、ぱ」


 目を見開き、表情が強張るコーラルさん。

 彼女だけ時間が止まったかのように、身じろぎ一つすることがなくなった。

 コルクさんもスイさんもよくわからないと言ったようにコーラルさんを見るも、当の本人は顔面蒼白で「マヤ、恐ろしい子……!」とでも言いたそうな月影先生の表情を浮かべている。


 わからない?


 じゃあググりなさい。


 正直このままにしておいても十分面白いが、ここらでやめにしておこう。


「パ……イナップルってお好きでしたっけ?」


 顔色が戻り、時間も動き出す。


「ぱ、ぱいなぷる? 何だいそりゃあ? よくわからないね」


 平静を装いながら言葉を返す。


 もうこりゃ確定だな。


 なんてことを思いつつも、答え合わせをする気はない。

 コーラルさんにとってそれは都合がいいものとも思えないし、何より俺にそれをする理由はない。


 まぁ、なんでそれを隠していたのか自体は、気になることではあるのだけれども。


 それはそれだ。


 コーラルさんというこの町での恩人に、これ以上の迷惑をかけるわけにもいかないし。


 だから、


「いえ、何でもないです」


 そう言ってお茶を濁すことにした。

 うん、これでいい。

 あとは、


「ギン……」


 コーラルさんの陰に隠れ、一向にこちらを向いてくれない少女に声をかける。

 初対面のときの様な対応。

 でもそれは、たぶん初対面のときと同じ状況ではないはずだ。


「ギン」


 改めて声をかける。


 反応はない。


 顔も見えない。


 なら、


「……」


 見えるように移動するほかない。


 コーラルさんの後ろに回り込み、そしてギンに声をかける。

 でも、反応はない。

 顔も見えない。


「……ギン、ごめん」


 それでも声をかける。


 かけ続ける。


 個人的には中々勇気のいる行動だ。

 無視する相手にひたすら声をかけ続ける。


 並みのメンタルではとうにダメになっていた。

 しかぁし。

 それを俺は克服した、たぶん。

 ここ一週間のギンとの生活で克服することができたのだ、たぶん。


 だからこそ俺はこうして堂々とギンと話してい


「あ、あの、その、ね。

 えと、その、えと」


 る、のか? 俺?


 いや、後悔ならもう結構前にしたじゃないか。

 なら、あとは言うだけだ。


「その、ごめん。

 か、勝手に決めたことも、そうだし、き、急だったことも悪いと思ってる。

 で、でも、僕にはもう君のことを奴隷として扱えない。

 だから、か、勝手だとは思ったけど、き、君とはここで離れなきゃならないと思ったんだ」


 反応はない。


「ギン、って呼ぶことにも、ちょっとした抵抗があって。

 今も、本当にそう呼ぶべきなのか迷ってる」


 反応はない。


「でも、ここまでの一週間とちょっと、君がいてくれて助かった。

 ぼ、僕にとって、その、えと」


 反応はない。

 けど、


「ありがとう。これからも元気で。

 名前の知らないあなた」



 そう伝え俺は町を出た。

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