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俺とスイさん

「よう坊主。一昨日振りか?」


 大通りに面した飯屋、大繁盛の副業店、詰まるところ件の奴隷市場にて、俺はコーラルさん、コルクさんの両名と待ち合わせをしていた。


 竜笛を受け取るのに、そう面倒な手続きは必要ではない。

 行って、会って、顔見て、受け取る。

 それだけだ。


 なら大所帯で移動するよりも、二人とは別行動をし、後で集まった方が楽なのでは。

 事前の打ち合わせにて、コルクさんが発した言葉だ。


 コーラルさんとコルクさん自身は、俺に付き合う必要性は全くと言っていいほどない。

 ただ、ギンに関しては俺が律する立場にあるということで、行動を共にするのがいいのでは。

 その提案に三者三様に納得し、最終的に市場にて二人と合流することで話はまとまっていた。


 まとまってはいたのだが、


「いよぉう、しょうねんくーん。いいふえはー、もらえたのかーい」


 心配していた以上のものが出現していた。

 顔面をトマトの様に真っ赤に変質化させた、魔物がそこにはいた。


 いや、出来上がっていた、が正しい。


 この二人を待たせることに一抹の不安が無かったわけじゃない。

 コーラルさんとコルクさんは飲み友達の様だったし、ここはコルクさんの店だ。

 町には酒場が多いわけだし、昼間っから飲んだくれている冒険者がいることもここ数日で確認は取れている。

 安全な領域の中で、この二人が羽目を外さないことを心から信じていたかと問われれば、それは否定の一言で事足りる。


 でもなぁ。


 それでも多少の信頼はあったのだ。

 今日ここから俺の新たな旅立ちが始まるんだから、それまでは我慢するなり、俺の到着を待ってから、出発を祝う形で祝杯をあげるなり、形式としてはどれもとれたはずなのだ。


 それなのに、すでに奴は出来上がっており、なんなら目も座り、大声をあげ、どこぞの見ず知らずの冒険者と意気投合し、店の客連中の中心を担っている。

 コルクさんもそれに乗じてはしゃぎまわっているのだが、コルクさんの部下の方々、いわゆる従業員の方々はと言うと、


「…………」


 俺に鋭い視線を向けている。


 ごめんなさい。

 本当にごめんなさい。

 監督不行き届きです。


「んー? しょうねんくーん? どうしたね? はやくこっちこっち」


 そんなことは知ってか知らずか、コーラルさんはこちらに早く来いと手招きをしている。


 はぁ。


 正直言って、


「がっかりです」

「なにが? あたしが? どうして? こんなにいしきしっかりしてんのよ? きょうはまだまだだいじょうぶ。だいじょうぶでありますたいちょう!」


 コメントが大丈夫じゃない。

 目つきが大丈夫じゃない。

 敬礼が大丈夫じゃない。


 スリーアウトチェンジ。


 こちとらそんなノリに付き合っている場合じゃないっていうのに。


「……坊主」


 そんな思いに察してくれたのか、コルクさんがこちらに話題を振ってくれた。


「すぐにでも会いてぇんだろ? 妹さんによ?」


 そうじゃないんだけど……


 まぁそういうことにしておこう。


 あからさまにでも嬉しそうな表情はすべきだろうし。


 俺はこの町にいる限り、家族の行方を必死で探す健気な商家の息子であらねばならない。

 だからこそ、この町に居れるのだし、行動も一部の縛りがありつつ罪人であっても許されているのだ。

 例え本心としては、「この酔っ払いの制御は俺の責任じゃない、あんたの所為だ」と声を大にして言いたかったとしても、今は余裕で演技の方が重要だ。

 

 口元を少しほころばせて。

 目元は泣きそうなほど、でも涙は見せず。

 まだ姿をちゃんと見るまでは安心できない、という不安と期待を込めた表情を作り。

 言う。


「ス、スイ、も、もういるんですか?」


 自画自賛。

 アカデミー賞ものだ。

 主演男優賞だなこりゃあ。


 コルクさんも怪訝そうな顔で見ているs……

 怪訝?

 ん? なんで?


「……嬉しくねぇのか?」

「え? いや、えと、嬉しい、ですよ?」

「……そうか。なら付いて来い」


 店の奥、ギンと出会ったあの場所に案内されることとなった。


 なんだ? さっきの間?


 疑われている?

 何を?

 スイさんのことを?


 いやいやいや、ないないない。


 そりゃあ、演技力に関しては持ち上げすぎた感は否めないけども、それでも誤魔化す程度には上手くいったと思いますよ。


 でも。

 それでも、さっきの表情は気になる。


 コーラルさんを置いて店の奥までたどり着いたが、しかし、コルクさんから懐疑的な表情は消えてない。


 何に?


 何に対するものなんだろう?


「坊主」


 そう言って案内された冷たい室内の先、一つの檻の中に彼女は入れられていた。


 うん。


 間違いない。


 と言うか間違いようがない。


 彼女が、


「……スイ?」


 そう呼びかけ、そして自分の中にその名が浸透するのがわかる。


 そうだ、間違いなく彼女はスイさんなのだ。


 檻の中で腰を下ろす彼女は、ボロ布をその身にまとっていても尚、美しく高根の花のような可憐さがあった。

 透き通るような白い肌と、床に着くほど長いエメラルドグリーンの様な綺麗な髪。

 そして何より肌には、


「何の病か知らんが肌に鱗が付着していてな、一体化しちまってるみたいなんだ。

 坊主の妹さん、最初っからこうだったか?」

「…………はい」


 ドラゴンから人間になったのが人竜であるなら、その過程でドラゴンらしさがその身に残ってしまうことだってあるだろう。

 それは髪の色であったり、鱗であったり。

 レッドは髪の色しか言っていなかったが、なんだ、他にもわかりやすい特徴があったということか。


 まったく。


 もう少しヒントを与えてくれればよかったのにな。


「間違いなく、い、妹です……」

「そうか、それじゃあ商談だな。

 四等と仲良くやれてるみたいだし、少しは値を下げてやってもいい。

 そうだな、金貨二枚、二ゴールドぴったりでどうだ」


 どうもこうもない。


「金貨二枚、これで丁度です」

「毎度」


 そう言ってニカっと笑ったコルクさんは、檻の中からスイさんを連れ出した。


「家族なんだしよ、もっと大事にしてやんな」

「は、はい」

「家族探し再開するんだろ? 上手く見つかるといいな」

「は、はい……」


 そうしてようやくスイさんと対面することとなった。


 身長は俺より若干低い。

 これで妹と言うんだから、相当無理あるな、俺。


 金色の瞳でまっすぐに俺を見つめ、不思議そうな表情を返してくる。


 どうして私を助けてくれたのか、そんなことでも聞きたそうに。


 それを俺は黙って抱きしめた。


 はいそこ、セクハラとか言わない。

 あくまでも演技だから、発情しているわけじゃないから。

 

 妹との再会を喜ばない兄がどこにいるよ?

 嬉しさのあまり抱き着いて、「もうお前を離したりしない、母さんと父さんもすぐに見つけ出してやるから」って伝える感はあってもいいじゃん。


 例えそれを行う俺自身がガチガチに緊張していたとしても。


 いや無理じゃん。

 俺に欧米的文化は染みついてないの。

 初対面の人を、ましてや女性を抱きしめる胆力なんて、本来俺には備わってない能力なんだから。


 それを無理して行ってるの。

 わかっておくれ。


 でもって、本人には赤の他人がいきなり抱き着いてきた状態だから、耳元でこうフォローした。


「ぼ、僕は、レッド……レッド・ドラゴルーツに頼まれて、あ、貴方を探していました。

 ス、スイ・ドラゴルーツさん。い、今から、お兄さんに会いに行きましょう」


 レッドの名を口に出した瞬間、スイさんから強く抱きしめ返された。




 ふおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ。




 ……失礼。

 感動のシーンで高ぶっている場合ではありませんでした、ごめんなさい。


 そして小刻みに震える彼女を、俺は優しく包み返し、



 彼との再会に向かうのだった。

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