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俺と距離

「ほいよ坊ちゃん。

 これが竜笛だ、大見栄切った割に日数かかって悪かったな。使い方はわかるか? 先端の方から思いっきり息を吹き込む、それだけだ。

 おっと、ここで使うなよ? いくら頑丈に作ったからって言ったって、物には使用限度ってーもんがあるんだ。

 竜笛の平均的な限度は一回限りだがよ、そいつは三回までなら問題なく使えんだろ。

 チャンスを逃しても、三回までなら討伐の機会はあるってこった。

 なんにせよ、アフリアお抱えの、領主様直属魔物殲滅部隊『竜伐隊(りゅうばつたい)』に依頼せにゃ話は始まらんがな。坊ちゃんはどうするね?」

「え、えっと、あの、そ、そのうち……」


 曖昧な返事をし、完成した竜笛を受け取る。


 加工店の爺さんはそうかいそうかいと、にたりと笑みを浮かべこちらに手を差し伸べた。


「今日発つんだろう?

 家族探しと竜種討伐、坊ちゃんならやり遂げられるよ。頑張りな」

「はい、あ、ありがとうございます」


 しっかりと爺さんの手を握り返し、ギンとともに店を後にした。


「……」

「……」


 こちらの世界に来てからというもの、幾度と無く見てきた快晴の空だが、今日は特に、と言うか焦げるんじゃないかってほどに暑い。

 いや、旅立つなら雨より晴れの方がいいんだけどもさ。

 それにしても暑い。


 初っ端脱水症状で死にかけた俺が言うのもあれなのだが、冗談抜きに干からびて死にそうなほどである。


 無論、今回はそんなへまを起こす気はない。

 バックパックにはありったけの準備を整えて、詰め込めるだけ詰め込んできた。


 隣町までの食糧三日分、水五日分、火を起こす魔具と薬草数種類。

 野営のための便利道具と、夜間における魔物除け用の香。

 その他諸々、()()()をまとめて現在背負っている。


 通りを歩く足取り自体は軽いのだが、背中にのしかかっている重量が半端じゃない。

 どうにもこうにもいままで体感したことのない重みだが、まぁたぶん問題ないだろう。


 スイさんを見つければそのお礼が何かしたいとか、助力をさせてほしいとか恐らくレッドの方から言ってくれるに違いないのだ。

 言ってくれなかったとしても、こちらから頼むだけだ。


 すぐ近くの町まで背中に乗せてほしい、と。


 ずうずうしいという自覚はある。

 でもこのぐらいの見返りは求めたってよくない?

 他にほしいものなんて、今はないんだからさ。


 そりゃあ、チートはほしいけども。

 ハーレムはほしいけども。

 それは一個人に願うものではない。

 あくまでも、こちらの世界に転生してくれた神様かなんかに願うべきものだ。


「…………」

「…………」


 勿論、装備の方も万端にさせてある。

 安くて丈夫な鎧と短剣、それに魔法用の棒をすでに購入、装備済みである。


 これに関してはコーラルさんに選んでもらった。

 案の定、喜んで引き受けてくれたし。


 それはいい。

 それはいいのだ。


 そうじゃなくて問題は、


「…………」

「…………あ、あのさ」


 隣を歩く銀髪の少女、ギンについてである。


 軽装で、まるで活発な少年のような格好である彼女は、いつものように表情の変化はなく、身軽な背中を気にせず俺の左隣を陣取っている。

 大通りを人混みをかき分け進んでいるのだが、その間この子との絶妙な距離感は全く変わっていない。


 そう、全くだ。


 気まずさがあるからと思って、離れようとすれば近づいてくるし、逆に話したいことがあるのかななんて思い、距離を縮めれば避けていく。

 そんな行動を、今日ここに至るまでの間に幾度と無く繰り返している。


 今だってそうだ。

 意を決して話しかけてみるも、反応はゼロ。

 声を発したこちらに、見向きをするような素振りは一切垣間見ることはできない。


「……」

「……」


 長い沈黙の理由は何となく把握している。


 先日、ギンを手放すことを決めて、そのことをコーラルさんとコルクさんに相談した。

 そのとき何気なしに、ギンにことの成り行きを漏らしてしまったことが発端だろう。


 どう考えてもミスだ。


 あり得ないミス。


 大体、別れを告げるっていうのはどんな作品においても、その後の関係性を悪化させる重要なフラグの一つじゃないか。

 それを考慮せず、ギンに話してしまったことは間違い以上の何物でもない。


 後悔先に立たず。


 でも、しょうがなくね?

 むしろ、唐突な別れの方がショックでしょ?


 あのときはああするのが最良の行動だと思ったのだ。

 後に引き延ばせば引き延ばすほど、そういったことは言い辛くなる。

 それは自明の理だ。

 いつまでもダラダラと言えずに、当日を迎えてしまうよりは、早め早めに行動しておいた方が得だと思ったから行動したのだ。

 だからこそ、話してしまったことに対して、スッキリしている自分がいることも確かなのである。


 でも。


 ギンのことを考えると。


 そう、ギンの思いを考えると、心中穏やかではないだろうことは一目でわかる。


 なぜ別れることになったのか。

 なにかしくじってしまったのか。

 この先自分はどうなってしまうのか。

 新しい主人はどんな人なのか。


 そういう思いに囚われていることだろう。


 だがどうしても伝えておきたい。


 ギン自身に不手際があったわけではない、ということを。


 問題があったのは俺自身だ、ということを。


 でも、話せない。


 こんなにも町は喧騒に包まれているというのに。


 俺はまだ。



 この無表情の少女に何も告げられず、再会の日を迎えようとしていた。

明日更新出来るかは未定です。

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