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俺と日記 六日目


――――――――――――――――――――――――


20××年 日付不明 六日目

天候 晴れ

・いたるところぬかるんでおり、今日は一日身動きをとるのが億劫だった。

・二日間のゲリラは流石に退屈。

・コーラルさんに一日かけて、魔法の鍛錬を付けてもらうこととなった(地味にうれしい)。

 これをひと月続ければ凡にはなれるとのこと……

・ギンにも教えたが、どうしても使えなかった(なぜ?)

・使い方を忘れないように記載。


魔法の基礎

・魔法は体内に取り込まれた魔力(マナ)と体外に存在する魔力とを、掛け合わせることで発生する現象の総称。

・発動には細長い棒状のものが必要、エクスペクトパトローナム。

・上級者になると棒は必要なくなり、代わりに高密度の魔力を収集できる杖が、更に強くなると指一本で事足りるらしい。ちなみにコーラルさんは人差し指のみ。


空弾(エア)

・初歩中の初歩。

・いわゆる空気砲、どかん。

・空間内の魔力(マナ)を集中させ射出する魔法。

・詠唱込みが一番楽らしいのだが、それだと実践で使えないので無しで特訓。

・未だ成果なし。


爆裂(エクスプロード)

・名前はカッコいいが威力はそうでもない初歩。

・火花を散らす、魔法。

・見た感じ線香花火くらいが成功、同じく詠唱は(ry。

・未だ成果なし。


今日の発見

コーラルさん

・先日思いついたことを何気なしに言ってみたところ、ひどく慌てていた。十中八九当たりだろう。

・ともするとどうして彼は俺に興味を抱いたのか……

・流石に魔法はすごい、月とすっぽんどころの話じゃない。

・おだてると照れるあたり、やはりとても純粋。


ギン

・魔法に対して真剣さは垣間見れなかった。しょうがないことではあるが。

・今後一緒に練習することはないだろう。

・時折空を見つめていることがある。

・未だに話しかけてはくれないが、信頼されている……様に見える、ことがある。


ヴィオ・カーバッジ

・謎しかない。


ヒワ・リコット

・相変わらず手際がいい

・どう見ても執事。


明日以降の予定はたってない。

特訓は続ける予定。

まったりスローライフを始めるのもいいだろう。


――――――――――――――――――――――――


 日記、という名の手帳を閉じ思い切り伸びをする。


 今日は特に疲れた。

 コーラルさんに魔法の鍛錬を付けてもらったこともその理由の一つにあたるのだが、本質としてはもっと別のところにある。


 いや、確かに特訓を行ったこと、それ自体は疲労の原因であることには違いはないんだけれども。


 それ以上に、だ。

 それ以上に考えること、そのことに頭を使った。


 まず、コーラルさんに対する確認の取り方だ。

 直接「もしかしてコーラルさんって……」という尋ね方もありだったのかもしれないが、ここまでボロは出そうとも、それを実際に認めることはしていないのだ。

 なら、何らかの目的、意図があってそうせざるを得ない状態にあると考えるのが必然であろう。


 だとすれば、直球で聞いてしまうというのは野暮だ。

 と言うか、単純に可哀想でもある。


 こうしてまたガーガーといびきを掻く彼女に、親しみを感じてしまっている以上、この関係性を崩すことに消極的になってしまうのも無理ないと感じてほしい。


 その一方で。


「ん……ギン?」


 物音に反応したのか、いつものソファから身を起こしたギンは、薄目を開けてこちらに視線を送ってきた。

 薄目どころか、まだ寝てるんじゃないかっていう顔ではあるのだけれども。


「どうかした?」


 その言葉に首を横に振ると、彼女はそのまま倒れ込む様に眠りについてしまった。


 全くもって。

 この生活にも少し慣れてしまった感が否めない。


 それと同時に。


 ギンに対して、申し訳なさがどうしても存在してしまっている。


 それは、今の彼女の生活環境に関してではない。


 そりゃあ、奴隷として扱うことに抵抗が無いわけじゃない。


 しかし、どうしても「慣れ」というものはついて回るのだ。

 日が経つに連れ、彼女を奴隷であるという認識は薄れている。


 今だって、こんな風に改めて今日発見できたことや、今日起こった出来事を簡潔に文に纏めているから、事実としての奴隷と呼ばれる存在を再認識できるのであって、日中においてはそんなこととうに忘れてしまっていたりもするのだ。


 もう服装もボロ布を着せているわけでもないし(今の衣服が女の子らしいかと問われると、流石に違うとしか言えないものではあるが)、食事も同じものを食べている。

 行動は基本的に一緒にしているし、就寝時間、起床時間もだいたい同じなのだ。

 そうなると奴隷としての認識は薄れる。


 だから、彼女の生活に関して申し訳なくは思わない。


 俺が思うのは、彼女の名前に関してだ。


 すなわち、「ギン」と言う呼称に関して。


 彼女から奴隷という認識が薄れること自体は良いことではあるのだが、一方で命名に違和感を感じる自分がいるのだ。

 奴隷だからこそ、命名と言う作業を行うことで、自身の所有物であることを認識することができる。

 しかし、奴隷ではないことを意識してしまうと、俺にとってはその名前自体が枷になる。


 現に今がその状態だ。


 ギン、と呼ぶことに抵抗を感じている。


 本人はどう思っているか知らないが。

 いや、本人もあまり良くは思っていないだろう。

 勝手に命名されて、以後その名で生活させられることになるのだ。


 意思を介することのできぬ動物ならまだしも、相手は少女、一人の人間なのだ。

 どうしても、忌避感が高まってしまう。


 そのことを申し訳なく感じてしまうのだ。


 だから。


 スイさんを受け取り次第、彼女は新しい引き取り手に渡すことにする。


 奴隷と言う身分のため、人身の譲渡自体は問題ない筈だ。

 無論確認はとる。

 ここ最近コルクさんのところには出向いていないから、それは明日するとしよう。


 もし正式な後継人が見つからなかったら、コーラルさんに預けるのもいいだろう。

 彼女ならきっと引き受けてくれる筈だ。


 時には逃避と言うのも必要だ。


 逃げられる物事から逃げることの何が悪い。


 世の中には逃げることのできない物事の方が多く存在するのだ。


 ギンは逃げられる。


 元々彼女は成り行きで引き取ったのだ。

 なら成り行きで他者に渡ってしまっても問題ない。

 問題ないのだ。


 きっと。



 きっとだ。

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