俺と市場④
2018/5/4
キャラクターの容姿に関して修正しました。
「まずはこいつ、一〇七〇五番。女だ。
こっちに送られてきたのが、二月前だ。壁に頭を打ち付けているが、正気じゃないぞ?
以前の主人は、こうなっているこれを救ってやろうと手を差し伸べ、通常の人間と変わらぬ生活を送らせようとした結果失敗。就寝時、心臓を近くにあった刃物で一突きにされたんだと。
凶暴さはナンバーワンだな」
頷く。
「でこっちが、九五八三番。女だ。
送られてきたのは、二日前だが、これはここを四回も出てる。
主人殺しっていうのは、これに一番適した呼び方だな。
容姿端麗、躾の必要なしってことから、初期は一等として扱っていたらしくてな、どこぞの御貴族に高値で買われたらしいんだが、そこの家がな、なんと一家心中を起こしちまったのさ。
で仕方なく、新しい主人に購入されるんだが、そこも一家心中。
どう考えてもおかしいってんで、もう一度これを別の主人に遣わせたところ、そこも一家心中しちまってな。で、これの仕業だと判明して、四等行きになったんだが、それでもこれの殺したがりは止まらねぇ。
ここで選択されなかったら、お咎めをくらうことになるが殺処分が適当だろうよ」
頷く。
「次に、八八七三番だな。女だ。
これは典型的な調教失敗パターンだな。
最初は三等で売買してたんだけどな、躾の方はどうやら成功していなかったらしくてな、購入された直後に主人の喉元をよ、こうガブッと噛み千切ったらしい。
でそれ以降引き取り手がつかない」
頷く。
「で最後が、五五〇一番。女だ。
これに関してはよくわからないんだ。資料が少ないのもそうなんだが、そもそも言語による意思疎通ができない。他国から持ってきたものだとも考えられてる。
これ自身無口だしな、何がし言葉を発してくれれば、どこの言語かもわかるんだが、いつも口元をもにょもにょさせて終わり。解読のしようがない
で、キレさせると特に制御できん。一回な、ちゃんと躾し直そうとうちの部下が挑戦したことがあったんだけどな、あんときゃやばかった。
髪の毛掴み上げた右手をよ、こうメキメキメキって反対側に折りたたんでな、そのまんま右腕を肩からかっさらっていきやがった
いやぁ、あのときは流石に恐怖だったな」
頷く。
「さて坊主」
ニカっと歯を出して笑う鮫頭。
顔面だけで十分恐怖なのでやめていただきたい。
「こんなかからどれを選ぶ?
自由に選んでいいからよ」
言われ改めて牢の中を見る。
全員が全員、ボロ布一枚を身に着け蹲っている。
しかし、その行動に一貫性はない。
赤髪、長髪の女性はしきりに壁に頭を打ち付けている。
頭部から出血があるものの、まるで痛覚が無いかのように意に介していない。
金髪、セミロングの女性は恨みがましくこちらを見つめている。
小声ではあるがはっきりと「絶対許さない」と呟いているあたり、意識はまともなようだ。
黒髪、長髪の女性は恍惚とした表情でこちらを見つめていた。
時折、檻の外へと手を出しこちらを招くようなジェスチャーとともに、「私を選んで。いいことしてあげるから」と言ってきている。
白髪、ショートの女性(いや、少女?)は隅で膝を抱え身動き一つない。
俯いているため表情もよくわからないし、本当に生きているのかどうかさえ判別不可能だ。
この中で、一人を選ぶ。
つまり、三人を選ばない。
それがどういうことを意味するのか、まだわからない。
少なくとも、あの黒髪の人は選ばれなかった瞬間、死ぬことが確定してしまうだろう。
でも。
でも、だからといって彼女を選ぶ気にはなれない。
そうして感じる。
俺って本当に偽善的なんだな、と。
他人を助けることより、自身の身の安全を優先してしまっている。
あのドラゴンを助けようと考えたのは、結局のところ自身から沸き上がった勇敢な心意気、などではない。
あのドラゴンを助けることで、いいかっこしいなところを見せつけたいがためだったのだ。
でも、だからといって。
それを非難する気はさらさらない。
偽善で結構だ。
自身の命が最優先で何が悪い。
危ない女は選ばない、当然の選択だ。
ちなみにと、コルクに尋ねてみることにしよう。
「ち、ちなみに、女性しか、い、いらっしゃらないのでしょうか?」
「ああ、そうだな。今はこの四体しかいない。
申し訳ないがこの中から選んで……って何か? お前そっちの気があったのか? ならすまないことをしたと思うが……」
全力で首を横に振る。
全否定。
あるわけない。
「じゃあいいじゃねぇか。
女を好き放題にできんだぞ? 何の問題がある?
まあ、こいつらに限って言えば、好き放題にされる可能性の方がデカいわけだが……」
確かに。
そのあたりの点から見ても、女性なのは正解なのかもしれない。
俺のこの細っちい体つきでは、こちらの世界の男性には全くもって歯が立たないであろう。
年齢は関係ない。
幼い男の子にさえ、簡単にねじ伏せられてしまう自信がある。
悩む。
誰も彼も凶暴なことに違いはない。
すなわち安パイは存在しない。
誰を選んでもバッドエンドになる確率は大いにあると思うし、下手を打てばデッドエンドになることだって考えられる。
でも。
でも、その中でも一番問題なさそうな者を選ばなければ、俺に未来はないのだ。
不意にコーラルさんから助言をもらいたくなった。
声をかけようとそちらを見やると、しかし、コーラルさんは視線を外していた。
真剣なまなざしで。
「これはお前の問題だ」とでも言わんばかりに。
なら、本当に自分の意思で決断せねばなるまい。
頭を打ち付ける狂人か、人を誑かす娼婦か、復讐に燃える戦士か、言葉の通じない外国人か。
うーん。
こめかみに手を添えて考える。
考える。
考える。
そして気づいた。
口元をもにょもにょと動かす彼女の口の形が、ある単語を発していることに気が付いたのだ。
「タ」
「ス」
「ケ」
「テ」
それで答えは決まった。
仮にこの決定が独善的だったとしても、口元が本当はそんな風に動いていないとしても、俺はそう決めた。
「決めました」
「五五〇一番、彼女にします」




