俺と市場③
「結果から言うとだな、坊主。お前さんの父親、母親、叔父に関してはちょっとよくわからん」
「え、あ、そ、そうですか……」
「いや、気に病むことじゃあねぇ。何せ外見的特徴が少なすぎたからな。
同年代の商品ってだけで俺らの情報網外でも、数万は存在していやがるからな。これは地道にアタックしていくしかなかろうよ」
まあ、実際のところ気には病んでない。
どちらかと言えば、むしろ申し訳ない気持ちでいっぱいである。
俺の脳内設定としては、両親も叔父さんも俺と同じ極東の島国出身ということになっている。
だが設定としてはそれだけなのだ。
身長も体重も、実際の両親を参考に設定してみたが、あまりにも細かいものを付け足してしまうと、どのタイミングでボロが出てしまうかわかったもんじゃない。
だからと言って情報が無さ過ぎては、捜索を本当に行っているのかすら疑問に思われてしまう可能性がある。
だから、それこそこじつけで、適当で、当たり障りのないことを言っておいたのだ。
曰く、俺より年上であること。
曰く、身長は高すぎず低すぎないこと。
曰く、俺とよく似ていること。
自分の主張に、曰く、なんて付けるべきではないが、もう俺自身が喋っているとも感じられない。
口が勝手に話し出してしまっていた感覚だ。
実際、考えずに言ってしまったからこそ、こんなにも極めて曖昧な文になってしまったであろうことは、否めないところではあるのだが。
だからこそ、ここの従業員の人には大変な苦労をさせてしまったと思うのだ。
コルクと名乗ったあの鮫頭の男は、俺から家族の情報を聞き出すなり、下っ端従業員に声をかけ、紙資料を片っ端からかき集めさせたのであった。
大部屋が一体となってどよめく中、収集された資料は実に七万弱。
用紙一枚に一人分の奴隷の資料が書かれているようで、要約するにおよそ七万人もの奴隷の情報が書かれた書類が集まったのである。
ものの十分足らずで。
見ていてそれは壮大だった。
あのヴィオ・カーバッジのお付きのヒワとか言う人の、片付け術も目を見張るものではあったが、それは単体であるが故の凄さだ。
今回は数人での共同作業。
迫力の度合いが異なる。
それこそ、舞台でのセット替えのごとく、コルクと名乗った人物の左右やら背景やらが瞬時に資料で埋め尽くされていくのだ。人の手によって。
そう、人海戦術だ。
魔法などではない。
一瞬、自身の目を疑うことも考えたが、紛れもなく人海戦術であった。
だからこそ余計に、労力に対する感謝と言うよりも、申し訳なく思うのだ。
適当な設定から、ここまでの資料を集めさせたことに対して、非常に申し訳ない気持ちしか浮かび上がって来ない。
「悪かったな」
いえ、悪いのはこちらです。
全面的に俺の所為です。
傷だらけの鮫がこちらに頭を垂れている姿と言うのは、一見すると非常に恐怖を感じる光景ではあるが、その実、このコルクと言う男はとても俺に対してフレンドリーであり、コーラルさんとも一緒に飲みに行くような間柄と言うことで、見た目以上の恐ろしさというものはほとんど感じられなかった。
この世界における亜人種とは、頭蓋の形状で決定するらしい。
要するに頭の形が、元の世界で言うところの人間を含まない動物よりなら亜人種になるそうだ。
コルクはいわゆる魚人族とのこと。
「亜人種っつーのはそれだけで忌避されるからな。
坊主くらいの歳の奴らは知らないと思うけどな、大戦中はそれこそ亜人種ってだけで命を狙われたもんだ。
切った張ったの繰り返しでよ、顔の傷跡はその勲章みたいなもんだ」
「そろそろ治療すれば?」
「馬鹿言え、コーラル。これは残っているからカッコいいんだよ。
それにこれがあるおかげで、商品も部下も黙って俺に従ってくれてるんだ。抑止力だよ、抑止力」
傷うんぬんではない。
顔だ。
とは言えない。
「亜人種の中でもな、魚人っつーのは珍しいんだ。
いや、魚人が珍しいんじゃねぇ、魚人が地上にいること、それが珍しい」
亜人種というのは、自身が定めた領域から外に出ることはほとんどないらしい。
要するに縄張りだ。
領域内での格差は凄まじいものの、生存そのものは保証されており、敵の侵入に対しては集団の力をもってこれに対抗する。
また、亜人種の縄張りは、その他の人種が決めた国土、もしくはその他の亜人種の縄張りと重複してしまうことがほとんどだと言う。
そのために起きた戦は数知れず。
つい六十年前まで争いは活発的であったらしい。
その中でも、魚人族の縄張りは地上ではなく海底に存在する。
浅瀬ではなく、深い海の底だそうだ。
故に、人間との争いは滅多に起こらないし、
「お互いにお互いの存在を知らないことの方が多い。
だからその存在自体に畏怖を感じて、俺に忠誠を誓う奴が多いんだろうな」
存在うんぬんではない。
顔だ。
とも言えない。
俺が一言付け足そうとして、他の従業員から「黙っとけ」と人差し指を立てたジェスチャーをされた当たり、みんながみんなそれに気づいているらしい。
コーラルさんも視線外したし。
「で、妹さんの件だが」
「はあ……」
こちらも望みは薄いだろう。
情報としては名前と髪の色、のみ。
それだけだ。
ぶっちゃけこれは俺に非があるわけじゃない。
あのドラゴンの所為だ。
あのドラゴンが言ってくれた外見的特徴が、「きれいな緑髪」、この一点しかなかったためだ。
あのときに抗議しておけばなぁ……
まぁ、あのドラゴン自身は「必死に探さなくていい」って言ってたから、本当にその通りだったのかもしれない。
俺が深読みして、勝手に必死に探してほしそうだと曲解して、勝手に人身売買に遭ってるんじゃないかって想像して、勝手に奴隷市場で探してもらっているだけなのかもしれない。
でもさ。
それにしたって、ヒント少なすぎでしょ。
珍しい髪の色だからすぐわかるとか言ってたけどさ、よく考えてみるとさっきの大通りに赤髪とか青髪とか黄巻髪とか普通にいたよ?
さすがに緑はいなかったから、珍しいことは珍しいんだろうけど。
何が言いたいかと言うと、こんなどうしようもない情報しかないのに、探してもらって期待薄になってる現状に対して、少しばかり落ち込んでいる自分が、非常に腹立つということだ。
何落ち込んでんだ。
当然だろ。
責任はドラゴンにあります。
俺は全然悪くないんだからな。
「坊主、一件だけ該当資料があるぞ?」
勝訴!
……ん?
何て?
該当、有り?
「つまり、スイs……スイが、み、見つかったってこと、ですか?」
「確定的ではないけどな。おおよそ当たりだろう」
何ということでしょう。
こんなに早く見つかってしまうとは。
一般的なRPGなら、この町では情報だけもらって、次の街に進んだり冒険を重ねたりして、次第に悪の複雑な陰謀に巻き込まれていくわけなんだけれども。
それが無し?
ここでクエストオールクリア?
何それ?
コーラル様様じゃあないですか。
神様、仏様、コーラル様と言うか。
コーラルさんに出会っていなければ、ここまで簡単に進むことはできなかったのではないかと、言ってしまっても過言ではない、全然ない。
陰謀、あるんじゃね?
そう思わずにはいられない。
「ただ……二点、坊主には頼みがある」
「頼み、ですか?」
うれしい気持ちを押さえつけ、極めて冷静な表情(感情を抑えるのは無理)で話を聞く。
「ああ。まず一点目。
これは簡単だ。この商品はここにない。別の支部に厳重に保管されている。特に抵抗されなかったみたいでな、俺の方に回されなかったらしい。
だから、到着までは時間がかかる。大体一週間ほどが目安だな」
コクリと頷く。
そこら辺は許容範囲だ。
むしろこの場で引き渡されて、持って帰れと言われる方が気まずさが半端じゃない。
スイさんにとって俺は全くの赤の他人だ。
その俺が必死に探していたと彼女に知られてしまえば、不信感を与えてしまうかもしれない。
否、かもしれないじゃない、確実に与えてしまう。
それに、俺はまだ竜笛なるものを加工業者に引き渡してもいないのだ。
当初の予定としては、スイの情報が手に入り次第ここを発とうと考えていた。
だって最初の町だもの。
ここが俺の旅の始まりだと思うじゃん。
でもそれには至らなかった。
なら、予定は変更したっていい。
スイさんを受け取るまでの一週間の間に、竜笛を作成し、旅の支度を整える。
引き渡しに成功の後、この町を出発。
町を離れたのちに竜笛を使用し、レッドと合流しスイさんとさようならする。
その後は、冒険者になるなり、田舎でのんびりスローライフを送るなり自由、と。
完璧である。
「で、二点目なんだが……」
若干ではあるが困ったように顔をしかめた。
何だ何だ?
今の俺が考えたメインストーリーを崩そうっていうのか?
「まあ、坊主だけ特別扱いにするわけにもいかないか」
よし、と何かを合点したように呟くコルク。
「ちょっとこっちついてきてくれ」
手招きされ、先ほどコルクがやってきた店の更に奥に案内される。
暗い。
ひたすらに暗い。
一点の明かりも無い通路を、ただただ黙ってついていくしかないというのは、弱冠どころでは無い不安を感じる。
不安三倍増し。
俺を挟んで前にコルク、後ろにコーラルさんがいるのはわかっているのではあるが……
「うちはな、商品の格付けをして、それで値段設定を行ってるんだ」
おもむろにコルクが話し出した。
前方にいること自体は知っていたのだが、しかしこうして声を飛ばしてくれるだけで、安心感がこうも異なってくるとは思いもよらなかった。
たとえ、数分前に知り合った人物でも関係ないな、うん。
「一から三で区分されててな。
一等は躾の必要が無い程従順で、純潔を守られている見目のいい奴。男女問わずこれが一番値が張る。
二等は一等と基本は変わらないが、見た目が若干悪い奴だ。これは、それを担当した奴の判断次第でいくらでも融通がきく。
んで、三等は躾を行ったもの。その際、どこかしら欠損していることもあり得るが、それだけだ」
なるほど、なるほど。
って、ん?
今聞きなれない言葉が出てたような気がする。
躾? 躾って言ってたか?
躾ってあの? 犬とか猫とかにするあの?
空耳? 空耳だよね?
欠損とか純潔とか聞こえた気がするけど、空耳なんだよね?
「で、問題はその先なんだが」
十分問題過ぎることは言ってたと思うんですけど。
つまり空耳でいいんだよね?
いいんだよね?
ね?
「うちには、未登録の四等っつーのが存在してな。
いわゆる『割れ物注意』って感じでよ。
いや、『割れ物襲い掛かってきますよ注意』が正しいな」
止まれ、不意にコルクから指示された。
ギィっと前方から音が聞こえ、そしてまた進むことを促される。
鉄扉のようなものが開いたのか?
確認のしようはないんだけど。
「主人殺し。要するに反逆だ。
高い金払ってもらって購入してもらうんだから、そりゃ最低限の調教自体はこっちで済ましておかなきゃいけねぇんだけどさ。中には物好きな奴がいてよ、自分で躾を行いたいとか言いやがる。
別にそのこと自体は構わねぇんだ。でもそういう奴に限って、自分で手綱を緩くしちまってるもんなのさ。そういうことに虐げられてる側は敏感でよ、ちょっと気が緩んだ隙にグサッてな。
で、そういうことした輩はこっちに送り戻されてくる。生憎、こいつらは人間じゃない、商品だ。
罪には問えねぇからよ、こっちでどうにかしなきゃなんねぇ」
つまりだ。
「つまり、不良品には引き取り手が必要なんだ。
対象は高額商品購入者ってとこだな」
ここだ、そう言ってコルクは足を止めた。
さっきまでとは違い、ここは仄暗い。
どこに光源があるのかさっぱりわからないが、青黒い光が部屋を満たしている。
目に映るものは、あたり一面の鉄格子。
何の比喩もない、鉄格子、牢だ。
そして聞こえてくるのは、
呻き声。
叫び声。
泣き声。
笑い声。
顔が強張っているのがわかる。
ここは、
「基本的にここには三等、もしくは四等しかいない。
今は特に注文も入ってないからな。こっちだ」
息苦しい。
ここは、
「一番奥のここ。この四体」
吐き気がする。
ここは、
「ここが四等だから、じゃあこの中からだな、坊主」
ひどく寒い。
ここは、
「さあ、選びなよ、少年くん」
「好きな奴、持って帰っていいぞ?」
自分の想像以上に残酷な景色だ。
念のためですが、コルクは悪人ではありません。
まじめな人なんです。




