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俺と宿屋

 この世界における魔法とは、神秘の発現やら超人的な武器。

 というわけでは無いらしい。



 ごくありふれた努力の結晶。



 生きる為の知恵。



 文化の発展の中で築き上げられてきた生活の一部、とのことである。


「だからと言って、誰もがその全てを使えるってわけじゃ無い。

 荷車の移動に使われるビッグリザードとか、飛空船のワイバーンだとか、ああ言うのは今じゃ生活の一部になってるが、完全に乗りこなせるのはキャラバンのやつとか農民だったりするだろう?

 それと同じさ」


 二件目の酒場で、コーラルさんにそんな風に教えられた。


「魔法の原理って言うのはね、呼吸と同じさ。

 じゃあ、常識問題その一。人間が呼吸をするときに体に取り入れてるものとは、何だったかな?」


 常識的に考えて酸素、そう答えた。

 O₂である酸素を吸ってH₂Oである二酸化炭素を吐き出す。

 小学生でも学校教育で教わる基礎的な知識だ。


 しかし、そうではないらしい。


「サンソ? 何だそりゃ? ふざけてんのかい? 魔力(マナ)だろう、魔力。学が無いにしても程があるよ。もしかして阿呆(あほう)なのか? それとも学び舎にも行ってない口か? あたしはそんな阿呆に説法しなきゃいけないと? ああ嫌だ嫌だ、何でそんなに阿呆なのさ?」


 めちゃくちゃ馬鹿にされた。

 それもネチネチと数分も。


 普通ここは「酸素? 何だそれ?」になって、「息を吸ってみ?」って言って、「今吸ったのが酸素」、「て、天才か……?」、「吐いたのが二酸化炭素」、「初めて知った」とかって言うチート展開になるだろ普通。


 ネチネチネチネチネチネチネチネチ。


 うざい!!!

 うざいうざいうざい!!!


 酒が入っているとは言え、普通にイラっとした。

 この世界の常識なんて知ってるわきゃねぇじゃんか、阿呆はそっちじゃボケ!


 とか思ってただけなのだが


「ボケとか言っちゃあダメだよ? 少年くん? あたしだからいいけどさ」


 アルコールを摂取してしまうと、何でもかんでも口にしてしまうらしいことが証明された。

 つか、人のこと阿呆呼ばわりしている奴に言われたくはない。


 閑話休題。


「何も知らない少年くんの為に説明すると」


 そう言って説明されたのは以下の三点。


 ・こちらの世界の呼吸では魔力を吸って、(はい)魔力(マナ)を吐いていること。

 ・魔法を使うには魔力が必要であること。

 ・人間では魔力を自己生産出来ないこと。


 ん? どうしてここまで理解出来てるのに、前の話で説明出来なかったのか、だって?


 そりゃあ考えがまとまらなかったからですよ。

 アルコールを摂取した状態は、考え事するのには向いてないんですな、たぶん。


 あと、考えていることが全部独り言になっちゃって、コーラルさんにいちいち茶々入れられちゃうっていうのもあるんだけども。


「体内にある魔力を一点集中させて、それを祈りと共に放出する、それが魔法ね」


 じゃあ魔術とは何か。


「魔術っていうのは、魔具とかマジックアイテムとかっていうものを使った、代理魔法のこと。

 先に祈りは済ませてあって、そのアイテムに魔力を込めれば発動するっていう仕組み。

 この酒場の空調とかもそう。今の時期は「三つ星」って言ってね、あの自称太陽神が現れる頃でさ、異常なまでに地表が熱せられちまう。そんなときにいちいち魔法なんて使って涼んでたら、色々持たないだろう? だから魔術っていうものが必要なのさ」


 とのこと。


 というか、言われるまで気にもしていなかったことだが、確かに酒場の中は居心地が良かった。

 それが単に十数時間ぶりに腹にものを入れたためだと思っていたのだが、どうやら快適な室温に保つための空調がなされているらしかった。

 つまりは魔力で動くエアコン、と言ったところなのだろう。


「魔法に関しては練習次第だね、頑張りたまえ」


 と言われたのが、小一時間ほど前のことである。


――――――――――――――――――――――――


「まったくコーラルのやつ、こんなになるまで飲みやがって。

 お前がお目付け役だろう? なのに監視対象に負ぶわれてちゃあ、世話無いね」


 そう言って俺の方からコーラルさんを引きずりおろし、宿屋の従業員(なのか、女将なのか、判別はつかない)は宿のカウンターから裏手の部屋へと強引に運び出していった。


 うーむ。

 何と言いましょうか。


 何とも質素な宿だ。

 床も壁も心なしか所々穴が開いているようにも見えるし、ときどき軋むような音が聞こえもする。


 いや、むしろこれが一般的なのだろう。


 ここまでで見てきた家屋と言えば、あのヴィオ・カーバッジの屋敷、もとい換金所のみだ。

 あれを基準に考えてしまうと、いささか規模も小さく古いように感じてしまう。


 木造二階建て。

 室内はオレンジの灯りが静かに光を(とも)していた。

 入り口のすぐ脇にはカウンターがあり、さっきの女性はそこに腰掛けていた。

 俺らを見るや否や、大きく溜息をついて、飛び出したのが先程の言である。


 何と言うか、それに対してフォローする余地が全くと言っていいほど無い。

 呆れ返ることにも納得だし、無理矢理引っ張っていくことにも納得してしまったあたり、もしかすると俺と彼女は気が合うかも知れない。


「待たせたね」


 部屋から戻ってくるなり、俺に声をかける。

 これまた眼を見張るほどの美人である。


 絹のような黒髪を短く纏めている。

 健康的で血色のいい肌。

 年齢は三十路あたりだろうか。

 コーラルさんのような姉御肌にも見えなくは無いが、どちらかと言えばその美しさも相まって、言うなれば人魚とかその類。

 宿屋の名前も、この人が働いているからかも知れない。


 こういう女性関係に関しては、異世界転生モノ感があってとても良い。

 とても良い。

 とても良いんだけど、


 何でだろうか、自分のタイプではまたしても無い。


「あいつから一通りの事情はきいた。とりあえずこっち来て」


 呼ばれ、コーラルさんが運び込まれた部屋へ這入る。

 従業員室、管理人部屋と言ったところであろうか。

 ログハウスを思わせる小ぶりな部屋には、木材でこしらえられた机と椅子、奥のソファにはコーラルさんが寝かしつかされている。


 そして。

 そしてと言うか、この部屋でまず目に入ったものは、そういうところではない。


 壁面だ。


 何だろう、これ?

 魚……なのだろうか。

 見たこともないような魚類の頭が、壁面に所狭しとかけられている。


 ああ、あれだ。

 打ち取ったトナカイの頭をはく製にして飾っとくみたいな。

 ああいうのが大量に壁にかけてある。


 つまり、職業は漁師なのだろうか?


 そんな思考をしつつ促されるまま席に座ると、黒髪の女性は席を外してしまった。


 落ち着かん。

 所在ない感半端じゃない。


 何がって、大小無数の魚類の頭部に四方八方から見つめられるとか、どう考えても圧倒的なストレスがある。

 

 キョロキョロと部屋を見渡して気づいた。

 一つ明らかに違うものが飾ってある。


 写真、だろうか。

 小ぶりな用紙に一組の男女が写っている。

 片方はここの女性。

 もう一人は、


「イケメンだろう? うちの旦那」


 はいよ、と言って部屋に戻って来た女性は、俺に小さなカップを差し出した。


「酔い覚ましの薬。頭がスッキリするよ」


 どうもと言って受け取る。

 カップには、湯気の立ったほんのりと赤い液体が注ぎ込まれていた。


 手、(あった)かいわ。


 日中の気温は、真夏日とか言う単語では表現し切れないほど、身体的に悪いものだった。

 それはもうこれまでさんざん言ってきたけど、脱水症状で死んでしまってもおかしくないレベル。

 つか死にかけたレベル。


 しかし、日の落ちた夜闇の世界では話が逆転する。

 寒し。

 ただただ寒し。


 寒暖の差があまりにも激しい。

 昼間はそれこそ、元の世界における学校指定のワイシャツやらスラックスやらを脱ぎ捨てて、なんならトランクス一枚で生活していても良かったくらいだが、この時間はこの服装ではあまりにも足りない。

 アルコールを摂取したためなのかはよくわからないが、宿屋に向かう道のりはほんのりと体が火照っていたのだが、人心地着くなり、その寒さが身に伝わってきた。


 だからこそ、この酔い覚ましが特にありがたい。


 まずは一口。


 うん、甘くて程よく酸味が効いて、何より温かくてうまい。

 骨身に染みる感覚とはこういうことを言うんだろうな。


「こいつのことだ、キミのペースなんかお構いなしに飲ませ続けたんだろう? 人には人の飲み方があるっつーのに、こいつはまったく」


 やれやれと肩を竦め、俺と対面する形で机を挟んで椅子に座った。


「それじゃあ自己紹介だね。

 わたしの名前はウィスタリア・ライトラス、この宿屋、「大海の歌声亭」で主人をしてる。まぁ、代理なんだけどね。

 ()()()()からもろもろの話は聞いてるけど、とりあえず名前を確認しても良いかしら?」


 どうやらただの従業員ではないらしい。

 女主人、と称するよりは若女将のような風貌である気はする。


 それにしても、


「パプル様? とは?」

「へ?」


 間の抜けた声を出された。

 何だ? そんな有名人なのか?


「コーラルから聞いてないのかい? もしかして?」


 聞いてない、のだろう。

 名前がわからないのだから、何を聞いてないのかすらよくわからないのだが。


 あっちゃー、と言ってコーラルさんをちらりと見やった女主人ウィスタリア・ライトラスは、こほんと大げさに一つ咳ばらいをした。


「パプル様っていうのはうちの領主様の名前さ。

 こいつはそのお方の直属の部下でね。この町で知らない人間はいない、超がつくほどの有名人さ。覚えといて損はないね」


 なるほど。

 確かに、コーラルさんから領主様の話は、耳にタコが、いやイカができていてもおかしくないほど何時間もかけて教えられてはいたが、その実、本人の名前までは教えられていなかった。


 ただ妙ではある。


 何がって、それだけ崇拝というか、忠誠というか、崇め奉っているような存在だというのに、その名前自体は俺に特に教えなかったことが、だ。


 いやたぶん、というか十中八九だと思うが、俺がすでに名前を知っていると考えたからなのでろう。

 この町において、知らない者がいないほどの有名人であれば、当然外部の人間にもその存在は知れ渡っているはずだ。

 その人間の一人として、俺自身も数えられていたとしてもなんらおかしいことはない。


 だけど、


 だけどなんというか引っかかる。

 何がというわけではないのだけれど。


「で、だ」


 女主人から声をかけられ意識をそちらに戻した。


「お名前はなんと言うのかな?」

「あ、はい、ろ、ロクロウ・サクラガワです」

「ロクロウ?」


 はてな? と顔をしかめる女主人。

 何がであろう。


 別段、不自然な名前ではない筈だ、たぶん。

 こちらの命名における常識を知らないから、なんとでも言えてしまうが。


「ふむ、まぁそういうこともあるか。

 うん、わかったわ、ロクロウ・サクラガワくんね、よろしく」


 しかし、その疑問は向こうの方で勝手に解決されたらしく、納得してこちらに握手を求め手を伸ばしてきた。


 いや、何もわからないんですけど。

 勝手に解釈されても困るんですけど。

 

 と思い、しかし声には出せず、握手を返した。


「じゃあ商談に移るとしようか」


 その言葉を皮切りに、目の前の女主人は表情を変えた。

 客寄せの朗らかとした笑顔から、商売人としての堅い顔へとだ。


「紹介されたとはいえ、うちも慈善で部屋を貸しているわけじゃあない。そいつはわかってくれるね?

 とりあえず、換金して受け取った持ち金、見してもらっていい?」


 言われるがまま、件の巾着を取出した。

 あの換金所で受け取った時よりも、よりパンパンに膨らんだ例の巾着袋だ。


 それを女主人は無作法に中身をぶちまける。

 ジャラジャラと大量の銀貨、それに数枚の金貨が卓に広がった。


 酒場で多少使ったため(奢ると約束してしまったため、大分浪費してしまった感が否めないが)、たぶん金額的にはもらった当初よりも大分少ない筈だ。

 しかし、金貨とか言う、どの世界観においても最上位に位置するであろう、金銭価値のあるものを酒場なんかで崩したおかげで、貨幣の内容量自体は数倍にも膨らむこととなった。


 小学生なら喜ばしいことこの上ないであろう。


 わーいお金が増えたー、だって重いもん!


 的な。


「サクラガワくん、キミ金銭価値についてどのくらい知ってる?」


 おっと珍しい、呼び方がファミリーネームだとは。

 大体、こういう中世的世界観の異世界だったら、ファーストネーム呼びしかしないものだと思っていたのに。

 まあ、そういう人もいるのだろう。


「全然知らないです」

「ふむ、じゃあこの金貨一枚、一ゴールドでできることはどんなことがあると思う?」

「え」


 具体例、だよな。

 酒場では、結果的に金貨一枚で支払ったら、一件目は九百枚の銀貨に、二件目ではそこからだいぶ減って、三件目は……よく思い出せない。


 ついさっきのことなのに。


 でもそこから推理しても、一食あたり百枚ほどの銀貨が必要となる筈だ。

 ならここの宿泊費で考えると、朝昼晩で三食、そこに宿代が入るのだから……


「えっと、一泊二日くらい宿泊できる、とか? ですか?」

「残念。正解は()()宿泊できる、うちならね。

 もっと安いところなら、少なく見積もって一年間は衣食住に困ることはないね」

「え」


 え、何それ?

 え? 何それ!?


 つまり?

 つまりつまり?


「ぼったくられた? のか?」

「ぼったくり? 何? この巾着もともと十枚の金貨が入っていたんだろう?

 それを酒場だけで使ったっていうのかい!? それは……」


 ちらっとコーラルさんを睨みつけるも、しかしすぐに怪訝な表情で俺を見る女主人。


 いや嘘じゃないから。

 ほんとにほんとだから。

 酒場に行っただけだから。

 巾着は俺が肌身離さず持っていたんだから、盗みようがないんだから。


「そこにこいつの知り合いとかいた?」


 唐突だなぁ。

 それが今回のことに何か関係するのだろうか。


「いました。セピーさんとかいう、ねこみ」


 み、と続けようと思ったが、そもそもこの世界に猫というものがいるのだろうか。

 猫耳って通じるのか?


 ……言い直そう。


「け、獣耳(けものみみ)の人が、いました、はい」

「セピー?」


 より一層訝しげな表情になっていく。

 そしてハッとひらめいた顔をすると、彼女はうんうんと頷いて、にっこりとこちらに微笑みかけてきた。


「そういうことなら大丈夫だ。それはぼったくりじゃないから安心しな」


 もう何が何やらさっぱりわからない。

 読者にもわからないと思うが、俺にも何が何やら全然わからない。


 何度も言うようだけれどさ、

 勝手に納得なさらないでいただきたい。

 勝手に解釈なさらないでいただきたい。

 勝手に解決なさらないでいただきたい。


 この世界の人間(ドラゴンも含め)はどいつもこいつも、脳内で勝手に解決する奴らばかりで非常に困る。

 他人(ひと)と話しているんだったら、他人に分かりやすく説明するのが義理だろ?


 馬鹿なの?

 やっぱりこういう世界観になると、脳筋しか存在しなくって自己解決するほかないの?

 文明が退化しているのかな?

 もう猿からやり直したほうが


「じゃあこの金貨一枚担保にして住まわせてあげるから。

 部屋案内する、こっち来て」



 話ぶった切んなって言ってるじゃろがボケィ!!

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