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俺と酒場②

 この世界に太陽は三つある。


 こちらの世界が異世界だと、俺に気付かせてくれたもの。


 脱水症状。


 それを引き起こした、真夏日を思わせる灼熱の大気を作り出している要因は、この三つの天体にあるそうだ。


 否、天体はそのうち二つしかない、とのこと。


 中空に浮かぶ二つは確実に天体としての太陽。

 そしてもう片方の太陽の様に見えた球体は、「神様」、らし、



 ん? 前話も聞いた?

 鬱陶しい?

 設定厨は帰れ?


 それはすいません。

 大変申し訳ございません。


 悪気はないんです。

 ブラウザバックしないでください。



 ……はい。



 いやね、何でこの話をもう一度したのかと言うと、


「で、太陽神はその五大神を模倣したわけ。

 でも、太陽神自身も五大神から創られた存在だから本来の神様にはなれなかった。

 だから、その他の生命にはなくてはならない太陽としてお空に浮かぼうとしたわけ」


 こういう話が進んでいるからです。


 つい先刻まで、俺に酒を飲まそうと、懸命に動いていた(強引に注文して飲まされた、つまりアルハラをそうとは知らず知らずのうちに受けてしまったわけだが……)コーラル()()ではあったが、ここに来てとうとう話の本筋を思い出した様で、ぐいぐいと酒を飲みつつ、俺に語って聞かせるほうに尽力していたのです。


「なんでその時点で気づかないのかな、ってみんな思うわけさ」


 顔全体、ついでに言えば耳や首筋にかけて、いたるところを真っ赤にして話す彼女は勢いよく木目のジョッキを振り下ろす。


「既に太陽二つもあるんだから、三つ目になる必要ある? ってな」


 酔いに少しの怒りがこもった声。

 いや、これは愚痴なのだろう。

 誰に対するものなのかは知る由もないが。


「ただでさえ陽光は多いのにさ、その上さらに増えるとか、は? 何それ? ってなるでしょう?」

「ええ、まあ」


 だいぶ曖昧な返事を返す。

 数分前からこの返事をし、それをし続けることに決めた。


 俺に酒を勧めるよりも前は、俺の返事ひとつひとつに言葉を返していたコーラルさんだったが、もう無理が来ているらしい。


「だから言ったわけさ、

「さっさとそこから降りてこい! 地上でしっかり働け!」って」


 俺の返しなど気にすることなく、言葉を紡ぎ続けて早數十分。

 そろそろ終わりかな?

 終わりだろ?

 終わっておくれ。


「それにキレた「自称」神様は、その言葉に従うことなく、空に浮いたまま。

 今も地上をその熱で灼き続けてて、あたしたちはそれに対応するために「()()」を作り出して今もこうして快適に暮らしてるわけ、わかった?」


 はいはい、わかりましたわかりました。

 長ったらしい御高説ありがとうございました。


 つまり、三つ目の太陽の正体は「自称」神様ね。

 神様になりたくてしょうがなかった球体。

 そいつが地上にいたとき、「太陽神だったらワンチャンなれるんじゃね?」とか考えて、そのまま空へと昇ってしまったと。


 なるほどね。なるほどなるほど。

 なるほど。


 ってなるか!


「神話レベルの話じゃないですか!」

「そんなことないって。つい三千年くらい前の話だから。あたしは流石に産まれてないけどもさ」


 「つい」?

 「つい」って千年単位で使える言葉だっけ?

 産まれてないけどもさ、って当然じゃん!

 産まれてたらただの、


「ただのババアじゃないですか!?」

「……誰のことだい、そりゃ?」


 コーラルさんの顔が笑みを含んで強張る。

 青筋が浮かんで見え……ない、と思いたい。

 ミス。完全なるミス。ミス中のミス。


「そ、そりゃあ、太陽神に決まってるじゃないですか。ん? ジジイか? あ、あれ? どっちなんでしたっけ?」


 誤魔化し下手くそか。

 慣れない事はするもんじゃない。

 こんな言い訳直ぐにでもバレて、


「あれに性別なんかないさ。強いて言うなら老害さね」


 余裕でセーフでした。

 ちょろいわ、この人。


 普段なら気を遣ってるから、失言なんてものは一切していない、はず。

 一度、吐き出したい言葉は全て咀嚼して、そこから必要な分だけを発しているのだから、失言なんてものは一切していない、はずなのだ。


 でも、今はなんと言うか。

 考えが安定しないし、まとまりがない。

 頭の中がほわんほわんして、脳みそが宙を浮いているような感覚がある。


 どう考えても原因は一つしかない。


「酒だ……」

「どうした? 追加か? ごめーん! エール二つ追加で!」


 勝手に言葉を拾わないでほしい。

 勝手に言葉を解釈しないでほしい。

 つか、あんたまだ飲むのかよ。

 もういい加減帰してほしい。


 そもそも今の会話だって、半分以上理解できてない。


 「自称」太陽神って誰さ?

 人間? 亜人種? 魔物? そのどれでもない?

 でも下手には訊ねられない。

 「太陽神って魔物ですか?」の問いに対して「魔物って何?」の反応が返ってきてしまったらそれに続いて、「あんたそんなことまで知らないなんて、もしかして異世界人か?」とか返されて、異世界転移ものである意味がついぞなくなってしまう。


 あと、「魔術」って何さ?

 色々な媒体において「魔法」と区別されることがあるけれど、この世界ではどう言う扱いなのだろうか?

 でも下手には訊ねられない。


「魔法と魔術の違いってなんですか?」


 の問いに対して、


「魔法は自然界の魔力を自身に集中させて、神の御意思に沿わせることで、性質を変える力のこと。

 魔術は道具に魔力を貯めて、性質を発揮させる力のこと。

 って言うのが一番わかりやすいかな」


 の反応が返ってきてしまったらそれに続いて、


「実践してみるかい、少年くん?」


 とか返されて、異世界転移ものである意味がついぞなくなって…………しまってない。


 ん?

 実践?

 なんの?


 いや、そんな事は決まっている、魔法のだ。


「……え、いいんですか?」


 思わず聞き返してしまった。

 違う、そうじゃない。


「ん? 全然構わないよ」


 気楽な返事!

 やったね!

 これで魔法獲得だ!

 クエストクリア!


 じゃなくて!


「あ、と、その、どの辺から口に出してました?」

「「余裕でセーフでした」あたり」


 はい、アウトー。

 余裕でアウトー。


「まあ、ほとんど小声で何言ってるかわからなかったから、そこまで気にすることはないよ」

「は、はあ」


 もう逃げ出したい。

 何で異世界に来てまで、こんな辱めを受けなきゃならんのさ。

 酒の力は恐ろしい。


 それはまあ、ともかくとして、だ。


「魔法、どうやって使うんです?」

「それはだね……」


――――――――――――――――――――――――


 んで、今はと言うと、


「…………うぷ」

「まさか、吐かないですよね?」


 人生初の飲み会で、一人の女性に肩を貸しつつ、たどたどしい歩みでゆっくりと帰路についているのであった。

 あの後小一時間ほど、魔法を習いつつ酒を飲まされ、二軒目にハシゴをして、更に二時間ほど飲み飲まされ、三軒目に行ってとうとうコーラルさんの意識が途切れた。


 空には月らしき天体が二つ。

 太陽はとうに沈み、あたりは昼間以上の盛り上がりと、酒臭さ、多くの灯りがともり、耳に残る騒がしさがあった。

 天体の数から考えるに、どうやら三つ目の月になろうとした存在はいないらしい。


 この地域独特のものなのか、陽が落ちてから急激に冷え込んで来たように感じる。

 昼間は何をしていなくても、脱水症状で朦朧としていたのに、夜はと言うと凍え死にそうなくらい寒い。


 まあ、実際はそうでもない。

 一人肩を貸してる人がいることもあるが、コーラルさんから習った魔術のおかげで、だいぶ気分としては楽な状態にある。


 ザ・ウォームビズ。

 適切な気温であることは大切だわ。


 ちなみに魔法に関してだが、結論から言おう。


 世の中そんなに甘くはない。


 自分の頭でも理解が追いついていない内容を、ここで大っぴらに説明できるものでもないので、詳細は省かせてもらうんだが……

 何ともまあ、難しいよね。


 魔法に関する原理もやり方も、一通り教わったには教わったが、それをものにするには相当な時間がかかるようだ。

 そして理解したことといえば、本格的に魔法に関するチートは持ち合わせていないだろう、ということだけだ。

 コーラルさん曰く、


「才能としては凡より少し劣る」


 とかと言う、最も聞きたくない評価をいただいてしまった。

 凡人でさえ、一つの魔法を習得するのにひと月はかかるという話だったのに、自分はさらにそれ以上できないレベルにいると宣告されてしまった。


 何と言うか、何だろね。


 筋力の増強、無し。

 魔法の才能、無し。

 不死身の肉体、恐らく無し(これに関してはまだ確定したわけでは無いのだが)。


 何だろう。

 何でこんなに転生先でも、人生ハードモード何だろう。

 だいたいどんなタイプのライトノベルでも、話がスタートすれば数秒でハーレム、チート能力のオンパレード、どんなことをしてもこの世界では常識外れで革新的、それが息つく暇もなくやって来る、そう言うものではなかろうか。


 チート、欲しい。


 ……チート欲しい。


 チート欲しい……!



「チートが! 欲しい!!」


 …………。


 やばい。

 普通にやばいやつだ。

 声に出してた。


 チート欲しさに叫びだすとか、独り言の域超えてんじゃん。

 変質者かよ。


 恐る恐る、今肩を貸しているコーラルさんの方を見やる。

 むすっとした顔の半開きの目がこちらを向いていた。


「あははは……」


 とりあえず笑って見せたが、表情に変化がない。


 こういうときは、どのように誤魔化すべきなんだろうか?

 こんな段階で変人だと思われたくはない。

 

 いざとなれば記憶を消そう、物理で。


 剣士に対して可能なのかは知らんが。


 俺の非力な筋力で可能なのかは知らんが。


「あ、あの、コーラルさん?」

「……ん? チートガシ? チイト菓子かな? ああ、売ってるよ? 昼間なら露店に。明日連れて行ってあげようか?」


 しかし、不安は徒労に帰した。


 チートが欲しい、を、チイト菓子と勘違いしてくれた。

 勝手に。


 つか、何だチイト菓子って。

 最強の装備みたいじゃん。

 ムテキ的な。ヒットポイント、スタミナ全回復的な。

 神の才能さえあれば作れそうでもある。

 ブハハハハハ。


 おほん。


 さて。

 肩を貸し、帰路についているわけだが、読者の皆々様においては一つ疑問があることだろう。


 そして俺自身も疑問に思っていることがある。


 更に、それら二つは全く同一のものだろう。


 それは、


 「今日はどこに帰るのか?」


 である。


 回答としては、俺に選択の余地はなかった。


 「コーラルさんの宿泊先」


 これ一択だ。


 無論、事前に了承済みのことではある。


 二軒目の居酒屋での会話の際、今日の宿が無い旨を伝えたところ、ヴィオ・カーバッジからコーラルさんの宿泊先を案内しろと言われた、らしい。

 なんでも、信用に足る宿屋だから安心して身を任せられるということ、らしい。

 飯もうまい、らしいし、評判もいい、らしい。


 そしてもちろん、同室ではない、らしい。

 ありがたいことに。


 まあ、全てがコーラルさん経由で教えてもらった話なので、どこまで信用してもいいのかはわからない。


 第一、コーラルさんはこの土地で生活しているんだろう?

 何故宿屋に宿泊しているのだろうか。定住していてもおかしくはないはずだ。


 更に言えば、何故宿屋の手配をコーラルさん本人が主導ではなく、ただの換金所の店主であるヴィオ・カーバッジからの指示で行ったのかも疑問だ。

 単純に気が利く男なだけなのかも知れないが。


 とにかく、今はそういった理由で歩を進めている。


 道も事前に教えて貰ったが、全く自信がない。

 そもそも初めての土地で、道に自信があるやつとか見たことない。

 普通の人でも余裕で迷子だわ。

 んで、そのことに関するチートが俺に備わっているかと言えば、


「そっち右ね」


 左の小道に這入ろうとするところを、コーラルさんに制止されるあたり、可能性は無いですな。


 そして紆余曲折、右往左往し、到着する。

 飲み屋が立ち並ぶ小うるさい通りを抜け、静まり返った民家や宿屋が立ち並ぶ一角にそこはあった。


 宿「大海の歌声亭」



 もうなんでもいいから一息つきたい。


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