俺と魔法
「へぇ、これがかの有名な真紅竜の鱗ねぇ……」
そう呟くこの換金所の主人、ヴィオ・カーバッジはルーペ片手に薄ら笑いを浮かべながら、手にする鱗を観察している。
豪奢な外見とは裏腹に、質素な内装の屋敷だなと第一印象で感じたわけだが、全然間違ってなかった。
と言うか、中はどこもかしこもそんな感じだった。
立ち話もなんだから、と言われ通された客間であったが、部屋にあったのは向かい合わせになった一対のソファらしき長椅子と、その中央に据えられた長机、それだけだった。
屋敷の外装はとても中の様子を窺うことはできないほど、豪華な装飾が施されたものであったが、しかしこの調度品群にそういった点は見つけることはできない。
ソファは木組みに無地の布を組み合わせただけの様であるし、机も下手をすると、廃材だった木材を張り合わせたようにしか見えなくもない。
その上、部屋自体はとても広い。
にも関わらず、空間にはその三つの物しか存在していなかった。
質素で、簡素で。
もっと言えば殺風景に近いだろう。
奇妙だ。
違和感しか感じない。
部屋を照らす光源も、窓から差し込む対になった太陽(と言っていいのか知らないが)の光だけであるし。
ああでも、中世イメージだったらそんなものなのかも。
電力なんてあるはずもないだろうし。
あってもガスランプくらいのものだろう。
その一方で、そんな空間に連れて来られ、監視役のコーラル・マンスチンは何故か上機嫌だし、俺の左隣に腰を下ろしてなんか知らない鼻歌歌いだすし、ヴィオ・カーバッジは気味の悪い笑みを絶やさないし、鼻歌を咎める様なそぶりも見せないし、って言うか気にしてないみたいだし、それを俺の正面で見せてくるし、もう最高に意味がわからない。
もう換金とかいいから帰して欲しい。
どこにって尋ねられても答えられないけど。
「状態から察するに、相当腕の立つハンターが剥ぎ取ったようだね。
なかなかここまでの上物、見る機会もないよ。
この辺りだと最後に見た竜種関係の素材は翡翠竜のものかな、あれはねぇ」
終いにゃうんちく始めるし。
俺はあんたのうんちく聞くためにそれ渡したんじゃないからな?
あんたが換金するにあたって、どのくらい品質が保たれてるか知りたいなんて言ったからだからな?
主目的忘れてんじゃねぇぞバーカ。
「へ、へぇ、そうなんですか。
く、詳しいですね」
なんて言えるはずもなく。
適当に相槌を打つ。
こういう自分の性格が一番むかつくわけだが。
今回に限って言ってしまえば、最適解なのは間違いないだろう。
レッドだったらこういう変な嘘をつくと、あとあと厄介なことになるのだが、この二人は人間だ。
ものすごくラッキー。
「鱗の質はA、希少価値はBプラス、部位としてはDか……」
やっと品定め始まったし。
どうとでもしてくれ。
「これじゃ判断着かないな。まぁ適当に渡せば文句もないだろうし……」
あれ?
今、聞いてはいけないことを聞いたような?
「あ、あの」
「ん? ああ、「適当」ってそういうことじゃないよ。
悪い方の意味じゃなくて、だいたいこの辺って意味の方」
そう言ってヴィオ・カーバッジはゆっくりと腰を上げると、不意に自分の正面で人差し指を突出し、そして文字を描くようにそれを振るった。
『時生神、命生神、我逆らえる竜神を討つ者なり』
ヴィオ・カーバッジはそう唱え、そのまま動かした手を開き、手の平を上に向ける。
瞬間、眩い光が部屋を満たした。
それこそ目の前で大量のフラッシュを浴びる様な。
バトル漫画によく出てくる閃光弾ってこんな感じなのかも。
すんごく目がチカチカする。
しかも視界が真っ白になったし。
全っ然、何にも見えない。
「少し刺激が強かったかな?
目を瞑ってみるといい、少しはましになるはずだよ」
言われるがまま、目を閉じる。
数分そのままにした後、瞼を開いた。
幾分か治った気がする。
まだ視界は霞んでいるけど。
その上、幻覚も見えるし。
幻覚?
いや、幻覚じゃないのかも知れない。
ただ、フラッシュが焚かれる前と後で目の前の風景に変化があっただけだ。
ただそれだけ。
ただし、少しの物音も無く。
よくわからないが、赤い巾着袋が机の上に置いてある、様に見える。
更に言えば、妙にコーラル・マンスチンの目元が歪んでいる、様にも見える。
なにこれ?
あの人怒ってるの?
何故?
って言うか、巾着袋?
なんで巾着袋?
幻覚?
にしてはやけに現実味がある、様に見える(そもそもこの世界に現実味が無いとかは言っちゃいけない)。
じゃあ現実か?
にしては取り出すときの音が聞こえなかった。
衣擦れの感じね。
ヴィオ・カーバッジが着席する音は聞こえたけど、それ以外は特に何の音もしていなかったように感じる。
あとは懐からっていうこともあるんだろうけど、他二人の服装には、巾着袋が入るような余分なスペースがあるようには見えない。
じゃあ何だ?
さっきのあの特徴的なセリフに、指の運び、
「話を進めるよ?」
「……は、はい……」
「これにだいたい十ゴールドくらい入っている。
それは前金だ。
ちゃんとした額は後日、日を改めて渡そうと思うんだが、それでいいかな?」
え、いや、待て、その、えと。
ぎ、疑問点をまとめよう。
まず、ゴールドってどのくらいの価値なんだ?
その上、前金ってどういうことだ?
あと、時生神ってなんだ?
それと、命生神ってなんだ?
つかこれ、
「ま、魔法、ですか?」
「見るのは初めてかい?
この辺りじゃ珍しいものでもあるまい。
そういう機会がなかったのかな?」
魔法。
魔法ね。
ん?
魔法?
魔法。
魔法!
それって!
疑いようの無いほどの!
異世界感!
じゃないか!?
多少、求めていたものとは齟齬がある様に感じるけど、間違いなく、間違いなくだ。
魔法の杖とか枝とか使ってないし、エクスペクトなんちゃらかんちゃらみたいな短い詠唱じゃ無かったけど、概ね期待通りのものだ。
うっわぁ、すげぇ。
いやまじですげぇ。
認識するのに多少時間を使ったし。
でも、
今は抑えろ俺。
真っ先に「使い方を教えて欲しい」って頼みたいところだけど、そこは一旦パスしよう。
つか、教えて貰う必要なんてないかも知れないし。
俺のチート性はきっと魔法なのだ。
だからこそ、さっきレッドを助けるときには発揮されなかったのだ。
だって詠唱方法を知らなかったから。
ならそれは、いつ習ったところできっと変わらない。
必要になればきっといつだって使えるはずだ。
今すべきことは、話を進めること。
つまり、
「あ、えと、ありがとうございます。
ご、後日ということでお願いします」
少し強引だったか?
魔法に興味を示していたのに、いきなり元の話に戻してしまったことは違和感を感じないこともない。
でも、まあ大丈夫なのだろう。
ヴィオ・カーバッジはあの気味の悪い笑みを崩していないし、態度にも変化はない。
「それで、えっと、ロク? ロクルくん? だっけ?」
「あ、はい、ロクロウ・サクラガワです」
「そうかい。ではロクロくん。
君はこのあとどうするんだい?」
微妙に間違っているのだが。
まぁ、あとで訂正すればいいだろう。
それよりも考えるべきはこのあとのことだ。
このあと、つまり換金後。
無論、それは明白だ。
「か、家族を探します。
こ、この辺りで山賊に、お、襲われて、逸れましたから、た、たぶんこの辺りで人身売買とか、さ、されてるのではないかと……」
というのは建前で、事実としてはレッドの妹探しということになる。
ただ、人身売買のことに関してはあながち建前というわけでもない、確信はないけど。
レッドから与えられた情報は極めて少ない。
妹の名前は「スイ」であるということ。
人竜と呼ばれる、人間とほとんど姿が変わらないものに変身し、人間社会に紛れているかもしれないこと。
髪の毛の色がきれいな緑色をしているということ。
終わり。
つまり、髪がきれいな緑色の人間を探せということだ。
はっきり言おう。
これ無理じゃね?
普通に無理ゲーじゃね?
でも、
だからと言って、諦めるつもりは毛頭ない。
もちろん探さないという手段もある。
レッドからの頼まれごとの一切合切を忘れてしまって、こちらの世界を思うがままに生きてみるとか、第二の人生を始めるだとか、のんびりスローライフをしてみるとか、そういうのも無い話ではない。
元の世界に帰る方法を探すというのもありだ。
別段、帰りたい世界と言うわけでもないが、やり残してきたことがないとは言えない。
明日もバイトのシフトが入っているし、未完結の漫画の続きも読みたいし、アニメも見たい。
どちらにせよ、依頼を無かったことにして過ごす方法ならいくらでもある。
でも、
でもなぁ、
無下にできるわけでも無いわけで。
恩を恩とも思えない様な、都合のいい性格をしているわけじゃなく、
頼まれごとを無視して、のうのうと暮らせるほど恩知らずでも無い。
だとすれば自ずと、人竜となったレッドの妹を探すことが目下の目標と言えるだろう。
ではどうやって探すか。
この広大な土地を。
世界がどれくらいの広さになっているかもわからないこの状態で、一体どうやって探すのが最も効率がいい方法なのか。
そこで考え付いたのが人身売買、つまりは奴隷商だ。
髪の色がきれいで、レッドが言っていたように一般的ではないとすれば、普通人間社会に馴染むには時間を要することだろう。
しかし人間側にとってそんなことは関係ない。
無知な人間ほど悪人のつけ入るすきは多いわけで、ドラゴンと言うのは人間社会に関して無知であるに違いない。
つまり、人間として不当な扱いを受けていても、本人はそれに気が付いていない可能性は相当大きいはずである。
もちろん、この町の奴隷商は知らないかもしれない。
そうしたら次の町へ行って探す。
次の町でも知らなかったら、さらに次の町へ。
その次の町でも知らなかったら、さらにさらに次の町へ行くことにしよう。
それをこの世界での目的、生きる意味に設定するのだ。
その間にパーティも増やしていき、ヒロインを見つけ、ライバルとの熱い戦いだったり、パーティ内でハーレムを築いたり、新たな魔法、新たな装備、モンスターとの激戦、ついにはこの世界を牛耳るいるかもしれない魔王を倒すなんてこともあるやもしれない。
うん、そうしよう。
「つ、つきましては、こ、この町の、奴隷市場なるものがあれば、お、教えていただきたいのですが……」
「ふむ」
そう呟き、ヴィオ・カーバッジは一回乾いた音で指を鳴らした。
「ヒワ」
ヴィオ・カーバッジの一声とともに、先程自分が入ってきた扉から一人の黒衣の男が現れた。
男っていうかじいちゃん?
髪が全体的に白髪だし、しわも相当なものだし。
なんというか、世界観的にはアンバランスと言っても過言ではないのだが、服装はタキシードの様に見える。
黒のタキシードに、黒の革靴、白の手袋。
そして、いかにもな佇まい。
姿勢正しく、礼儀正しく、一礼をして部屋に這入ってきたその初老の男は、その場でさらに頭を垂れた。
「なんでしょうか」
「この少年に入町証を発行してやってくれ」
「御意に」
完全に忘れてた、不法入町中だっけか俺。




