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大学の卒業式を間近に控える、とある日曜日。私はテニスコートの片隅で、こっそり溜め息をついていた。
目の前をいったりきたりするボールを追う振りをしつつ、私の意識が向いているのは、実はその向こうのコート。
――あぁ、笑ってる……。
私の所属するテニス部は、比較的ガチな体育会系の部活だったが、これは部活ではなくただの遊びのテニス。
私たち四年生と、二年生。通称親子学年と呼ばれる二個下の学年と、学生最後のテニスをしようと企画されたのは一ヶ月も前のことだった。
とっくの昔に授業など終了し、後輩はおろか、同級生に会うのも久しぶりで。部活を引退し、動きが鈍くなっている私たちに、手加減しつつ遊びのテニスをしてくれる後輩達。ほんわかしたムードで、誰もがこの一時を楽しんでいるというのに……。
――なんで、こんな、タイミングで。
私はどうしても、別のコートにいる彼から目が離せずにいた。
彼氏いない歴=年齢。化粧は薄く、髪は染めたことがなく常にひっつめ。仏頂面しか出来ない私の心を奪ったのは、一人の後輩男子だった。
彼の名は、森岡孝平。こーちゃんの愛称で呼ばれていて、ザ・お人好し。北に迷っている人がいれば率先して迎えに行き、南に財布を無くした人がいれば、一緒に探してくれる人だ。多趣味な男で、車やらバイクやらを乗りこなし、追い出しコンパの時にはかなりのクオリティーの動画を作って親子学年の涙を誘い、あとドラムやトランペットが出来るらしい。
イケメンの範疇には入らないものの、目が細いせいか常に笑っている様に見えるので好感度は高い。一年生の後輩が、彼のことを見て萌え~と言っていたのを聞いたことがあるので、どうやら可愛い存在でもあるらしい。
私は真面目な先輩では無く、クラブでは舐められることも多かったが、こーちゃんは常に○○さん、と親しげに話しかけてくれていた。
こーちゃんとは、それだけの関係……のはずだった。
いや、薄い関係は何もこーちゃんだけではない。
自分でいうのもなんだが、私の性格は自分勝手。要らないことをよく口ばしるし、基本的に他人に興味を持たない。およそ恋愛には向いていないのだ。
だからこそ――。
視界の中でこーちゃんが、他の男子達と騒いでいた。敬語を決して崩さず、大人びて見えるこーちゃんの等身大の姿……。およそ女子では口にすることのない、、ウェイウェイした口調。
――か、可愛い……!
同じ部活に所属しながら、そんな姿を目にすることすら無かった私。
――恋愛なんて、しちゃ駄目なのに。
胸の鼓動を誤魔化すように、私は視線を無理矢理ずらした。
他人に言うと大概退かれるのだが、私は中高六年間で好きな人がずっと一緒だった。自ら告白することもなく、告白されるよう努力することもなく。ただただ好きな人を見続けた。
その人の好きな物、好きな場所、好きな人……。まるでストーカーの様に、私は彼のことを知っていた。
その人が親友と付き合い始めても、私はその人を見続けた。
ある日私に、親友が無邪気に話しかけたことがある。
「○○は、彼氏出来たら何したい?」
「え……」
凄く返答に困ったことを、私は覚えている。
好きという感情は確かに存在するのだが、その次に繋がらない。だから私は、その人を見続けることしか出来ないのだ。なんという、幼稚な恋……。
それは中学の時から、大学生になった今でも変わらない。見ることさえ出来れば満足だから、綺麗になる努力も、好きになって貰える努力もしない。そのくせ、他の人と喋っているとムカムカっとする謎の独占欲……。
面倒な女だという自覚はあったから、高校を卒業する時にもう恋はしない――否、してはいけないと決めた。
好きになりさえしなければ、私は冷徹とさえ言われる程誰とも距離をつめたりなどしないのに……。どうして、今なのか。
――まあ、卒業さえしちゃえば、もう会うことも無くなるし。あと一週間。一週間の我慢。そうすれば全部忘れられる。
始めから期限が決まっている恋ならば、誰に迷惑をかけることも無いはず。私はそっと溜め息をついて、また彼を目で追い始めた。




