治療後......
ほぼ1ヶ月後、奴隷だった若者の治療が完全に終わり、手術の切開痕が開かない様に投薬で睡眠を維持していた。それも丸々1ヶ月もの間だった。通常であれば筋力が落ち、多少のリハビリが必要だったが、電気的に筋肉活動を活発化させ、筋力の維持や増強を図るEMSパットを内蔵した病衣を着させていたので、問題は無かった。これから包帯や皮膚代謝の促進シートなど、全てが外れる予定だった。
始めに投薬を停止し、その若者を起こした。
だんだん身体の動きが増え、目を開けた。
「おはよう。身体の調子はどうですか?」
「どうだ?」
シノとユリウスは目覚めた若者を上から覗くように見ていた。
「ぉ......っおはようございます。えっ......と...とても元気です」
包帯やシートなどが顔や全身を覆っている若者は、とても動揺していた。
「じゃあ、全部外しちゃおうか?」
「分かった」
シノとユリウスの2人は一方的に若者から包帯などを一気に外していった。もちろんのこと、包帯やシートなどは長期間の貼付や切開痕の治癒による癒着で、剥がす際に皮膚が剥がれる事は無く、それに伴う痛みも生じにくく、むしろ無かった。
「おい、コイツの顔って......」
「すごい......」
その若者の顔を見て先にユリウスが反応し、シノも続いた。
「何ですか?何か付いて......」
「鏡でも見るか?」
ユリウスは手鏡を渡した。
「アザが無い......凹みも、傷も......」
「えっ、そっち?」
「確かに、イケメン過ぎる!嫉妬するレベル!」
ユリウスはその若者の反応に驚き、シノも続いた。
「そうですか?16歳の頃からあまり変わっていないと......」
「イケメンは、自分に自覚が無いのか......」
「治療前は集団暴行の真っ最中で、酷すぎたから」
その若者は自分の顔を見ながら、首を傾げていた。
「治療、お疲れ様。お風呂準備してるから、シートの低刺激ジェルも洗い流した方がいいと思うよ」
「はい。......えっ」
「危なっ......っと」
その若者がベッドから立ち上がろうとすると、身体のバランスを崩したが、すぐにユリウスが支えた。
「すみません。身体が言うことを聞かなくて......」
EMSパットはあくまで筋肉活動を維持し、筋力の維持や増強に効果があるが、脳からの神経伝達は維持できなかった。
「随分長い間、眠ってたから」
結局、念のため3人で湯舟に浸かった。
「すごい......」
「ほんと、すっげぇよな!こんな場所で湯が出る蛇口どころか、シャワーとか、打たせ湯とか......」
「そうかな?確かにすごい豪華だけど、この部屋が最上級のスイートだし......」
シノも現代の日本人としての感性でもとても豪華ではあったが、それ相応の費用が掛かっているので驚きはしなかった。
「何言ってる?温泉すら出ない場所で、これだけ湯が出るんだ。すげえだろ?」
「はい?」
「だから、温泉でも無い場所で、これだけのお湯が出てくることだよ」
「そうかな?第一、この街の地下にパイプラインが設置してあるし、給湯ぐらい......」
「パイプライン?」
「燃えやすい物質が流れている管だよ。その管から燃料電池で発電して、余った熱で給湯してる」
「へえ......」
「そうなんですか?でもどうして電気を作る必要があるのですか?」
「それは、部屋の明かりとか、空調とか、電話、インターホンだって電気が必要だろ?時計とか、このジャグジーも多分電気を使ってるし、水温調整も......」
「これ全部、魔法じゃないのか?生活魔法の照明とか、専門魔術の魔信とか......」
「第一、この建物自体、魔法なんか一切使ってないし。他の客室でも、この部屋ほど豪華じゃないけど、風呂とか電話もインターホンもそれぐらい普通にあるし......」
「「......」」
どうにも話が噛み合わないと思ったシノだったが、ついに納得した。グラファイア領経済圏内でも、未だに魔法が常識の大部分を占めており、サキシマやグラファイアですら先端魔術の先進国という認識だった。
「あっ......!」
シノは慌てた様子だった。
「どうしたんだ?何か急な用事か?」
「その......服」
その若者の着替えを準備し忘れていた。
「えっ...ああ、コイツの服か?コイツも背が高いから、俺の服でもやるよ」
「良かった......また、準備しておかないと」
「すみません、俺の為に......」
「構わないぜ」
それからユリウスはその若者に尋ねた。
「そういえば、お前、名前は?」
「確かに訊くの忘れてた......」
ユリウスが尋ねるまで、シノもずっと忘れていた。
「オズワルド......って言います」
「じゃあ、あだ名はオズでいいだろ?」
「そうだね。今、何歳?」
「26歳です......たぶん」
「シノ、俺は21だ」
「僕は、14歳」
「誠心誠意、励ませて頂きますので、よろしくお願いします」
オズの名前を訊いて、あだ名を決めたが、シノは首を傾げた。
「オズ、励むのはいいけど、君はもう奴隷じゃないよ」
「えっ......?」
「君の籍がこのアハト共和国にある事が証明されたから、国が君の人権を買い戻したんだ」
「でも、シノさんが確か......」
「あれは代わりに出しただけ。後で、国から交付金が支給されたから」
「それでも、ここの宿泊費とか......t...治療費とか」
「そんなのは別にいいよ。やりたい事があればそっちを優先すれば良いし、何もないのなら一緒にいて欲しいかな。欲しい物があれば用意できると思うし、どうかな?」
シノはオズに尋ねた。
「欲しい物はありませんが、一緒に居ても良いですか?」
「もちろん!良かった。これで友達は2人目になった」
「じゃあ、そろそろ上がって飯でも食おうぜ」
「そうだね」
「わかりました」