帰還......そして、半年後......
サキシマ国から帰還し、調査団の船でグラファイア領に戻る道中に、バイザーを通じて支援を要請、港を超大型船に対応する工事、仮設空港の整備と、メガフロート洋上空港の整備を先行し、物資を運ぶインフラを整備する為だった。
熱系魔法の臨界状態を用いた加圧水型臨界炉の高耐久高効率化への技術協力、世界通貨銀行券より偽造の困難な紙幣発行業務、金融機関の電子取引の導入、防衛協力など、以降の協力内容は膨大な数に上り、国家基盤が一新される、大規模公共事業だった。
グラファイア領に到着したシノは、報告と事業承認を得る為、父に会いに行った。
「シノ、戻ったのか。15〜6日という所か。どうした?」
シノは、サキシマ国との協力事項が記載された書類を差し出した。
「件の文明国との接触に成功し、我が領への協力要請に応じて頂けました。それで、この申請書を委員会に提出するに当たり、お口添えを頂きたいと思い、ここに来ました」
「構わない。シノは次期領主だ。委員会はシノを支持してくれるはずだ」
父親が即答で同意した。
「......わかりました!やってみます」
結局、申請は承認され、議会での防衛協力に関する条約も無事、過半数の賛成による承認を得た。防衛協力には、6隻で構成される空母打撃群、別に水上艦による空域や水上、潜水艦による海中のマルチ警戒網を構築する為に必要な艦が配備される予定で、メガフロート洋上基地、陸上基地を整備する旨が書かれていた。
その後6ヶ月でグラファイア領の雰囲気はガラリと変わり、上下水道網、交通インフラ、電力網、魔法を一切用いない、全く新しい基盤整備が行われ、特に医療、教育の無償化は評判が良かった。
とはいえ、実物資産である金保有量が世界最大の国であり、世界一の債権国であるフィルツェーン王国は常に戦争の標的になり得た。しかし、王国の中枢には金塊は無く、極東の銀行券が使われており、グラファイア領に資産が集中していた。その上、グラファイア領から納められる税の割合は、年間歳入を89%を占めており、王国で唯一、完全自治権を付与されている貴族領だった。つまり、国王でもグラファイア領に文句を言える立場で無く、王国に納めている税の75%は、偏在調整金としてグラファイア領独自の判断で行っており、打ち切られると王国財政は困窮するとさえ言われていた。
世界通貨銀行は、銀行券の紙幣を現行のgF|(グラファイア領紙幣)からYen|(円)へ変更された。
理由は、従来の銀行から貸与または補助金を設け偽造検知機を購入し、銀行券を通す方法か、銀行券に魔力を帯びさせると、文字が浮かび上がり、確かめる事が出来た。しかし、魔力を帯びさせる技能を持つ人が少数で、銀行券鑑定士という職業が出来る程、使い勝手が悪かった。そこで、発行業務をサキシマ国に委託する事で、サキシマ国が独自に保有する特殊材質、透かし、デジタル量子暗号の特殊照明を用いる4次元ホログラムバーコードによる紙幣番号管理、特殊インク、などにより、通常は生活光があれば判断できる。その上、厳密な鑑定では、文字や像を構成するインクのドットパターンには、デジタルとアナログを組み合わせた特殊二元量子暗号が含まれており、電子取引の際、偽造された紙幣を用いたりしての入金や送金は不可能だった。4次元バーコードの読み取りによる偽造検知器は安価で、広く普及し始めていた。
通貨単位の変更は、迅速にサキシマ国の電子取引を採用する為だった。
一万円札の肖像は、加圧水型臨界炉の提唱、発明者であるキース・グラフェンだった。
五千円では、軍事分野において、艦砲では世界最大射程の5kmを実現したゼクス・グラフェン。
千円札では、情報経済学の父とされる、ブライアス・グラフェン。
姓が全員統一されているのは、グラファイア領発展の功労者の称号をセカンドネームに冠する事で、子孫へその名誉を継承し、領全体を盛り上げる為だった。
五百円硬貨には、グラファイア領を開拓したアモルファス・グラファイア。
百円硬貨には、グラファイア領のシンボルである、世界通貨銀行本部の建物が刻まれた。
五十円から一円までの硬貨には、穴空き硬貨に、暗号ドットが刻まれた。
全てがカラー紙幣、カラー硬貨であり、色彩パターンにも量子暗号が用いられていた。
というシノは今、船の上だった。
グラファイア領の造船ドックで初めての鋼鉄を用いた貨客船で、サキシマと共同開発された臨界炉を搭載し、スクリュー方式が採用され、航続可能距離の大幅延長、駆動軸の信頼性向上などによる原子力船と同様のメリットを持ちながら、臨界炉そのものの大規模整備の間隔は、30年に一度という劇的な進化を遂げた。
とはいえ、現時点で鋼鉄を用いた造船技術が無い為、船体はサキシマから輸入され、機関の設置がグラファイア領内のドックで行われた。
ところで今のシノは次期領主としてではなく、14歳としての冒険者デビューする為だった。通常、12歳からギルドに加入できるが、グラファイア領に冒険者ギルドは存在せず、海外で取得する必要があったからだ。
そもそもシノは次期領主であり、現時点でもグラファイア領から一定の個人収入と、その他経費の利用を認められており、生涯困窮する可能性はほぼ無い。その上、サキシマ国への居住権などで、万が一の時でも、避難できた。
今のシノは、地球での日本人としての思考が占めており、その上、サキシマからデバイスの供与もあり、生命の危機が無い事でハードルが下がり、好奇心によって突き動かされていた。
目的地は、海上貿易での航路上の隣国であるアハト共和国。
グラファイア領との通商条約締結前は、港は無く、木々が生い茂り、そもそも国が無かった。そこで、シノの父親が近隣の村々へ交渉し、国家樹立を支援した。今では、世界有数の物流中継大国であり、グラファイア領との提携で、大陸鉄道輸送網の始発駅となり、インフラ整備も順調だった。
このアハト共和国には魔物の出現があり、冒険者ギルドの支部が存在する。街中にこそ出ないが、西側に樹海が広がっており、魔物が潜んでいた。アハト共和国の現地人は元来、屈強な戦士を輩出する事で知られ、戦士が魔物から集落を守護する事で、村々が維持されてきた。その能力は、国王や貴族の騎士、大富豪の従者から、剣闘士の様な戦闘奴隷としてまで幅広い人気があり、国家樹立後は、戦闘奴隷にされた者を買収し、解放するなど、自国民族の保護を行っていた。
ちなみに、シノ自身のグラファイア領貴族の身分は隠していた。後々の面倒を回避する為だった。