サキシマ国の真相
サキシマ国への道すがら、大型空母やそれを囲む艦船、カタパルト発進するジェット機、極超音速巡航の景色、洋上空港が目に入り、現代文明が多少進んだ様な光景だった。
「これから、第一首都ロイヤル・ホテルに向かいます。会議はそこで行う予定です」
「わかりました」
空港を出ると、意外と娯楽関係の広告が少なく、良く言えば機能が洗練された街、悪く言えば面白みのない退屈な街だった。デジタルサイネージが街中のビルのガラスに映り、良く見る街の大型の液晶は、姿を消していた。
移動車はとても静かで、道路のアスファルトとタイヤのゴムとの摩擦音、風切り音すら聞こえず、電気自動車や燃料電池車特有の高いモーター音も聞こえ無かった。車窓は、拡張現実の様な表示、点滅や映像が切り替わる度に外の景色が見えるガラス、建物名や店舗の名前や説明、広告などが、様々なピクトをタップすると表示され、道路は車線がカラーでAR表示され、国道や都道など種別によって色が変わり、道路名や交通情報、迂回路の提案などが次々に表示された。
気付くと、ホテルの正面玄関の車寄せという、良くニュースで見る政財界の重鎮が降車する、まさにあの場所に車が停車し、ドアが開いた。シノは場違いに感じていたが、顔には出さず降車を急いだ。
「こちらです」
そう案内されると、スーツ姿の3人がシノが入室するのをを見て席を立ち、一礼した。
「どうぞ、お座りください」
シノは緊張しつつ、席に座った。
「この度の長距離の移動、お疲れ様です。我々は、サキシマ国法務省入国管理局、同省特別外事局、外務省所管独立行政法人サキシマ国国際協力機構、通称SICA、からの職員です。よろしくお願いします」
「俺は、グラファイア領次期領主、シノ・グラファイアです。よろしくお願いします」
「今回、サキシマ国西側海域にて、貴船舶群の出現を観測。周辺に展開中だった1艦隊を急行させました。その後、貴船舶から火薬武器の発砲音を観測。海中の特定脅威指定生物の出現を確認した為、法に基づき、害獣駆除を実施。指定生物の生体反応が極めて微弱になった際、貴船舶のマストに表示されている日本語を発見し、その後、アラビア数字、アルファベットを船体側面に確認し、[日本人がいる]という表示など、情報が政府に上げられ、協議の結果、救助を決定しました」
シノは頷きながら、中央の女性の言葉を聴いていた。
「あなたが日本人、という事ですか?」
「はい」
その後、記憶の欠損を含め、これまでの経緯を説明し、身体と記憶の不一致を訴えた。
「わかりました。そこで、地球文明の簡単な情報を答えて頂きます」
「はい」
「ロシア連邦は以前、何と呼ばれていましたか?」
「ソ連、ソビエト連邦」
「日本国の首都は?」
「東京」
「日本標準時子午線は?」
「東経135度」
「日本国の防衛組織の名称は?」
「自衛隊」
「第二次世界大戦後、日本と連合国各国で結ばれた平和条約の名称は?」
「サンフランシスコ平和条約」
「日本国のほぼ中央にある、東西に分かれる境目となる地溝帯は?」
「フォッサマグナ」......。
などなど、小学校・中学校レベルの簡単な質問が終わった。
「以上で質問は終わりです。日本国文部科学省より告示された中学校学習指導要領の範囲内から、一部を抜粋しました。これで、あなたが地球人類であり、日本人である蓋然性を確認しました」
「はい......」
中央の女性が両手を組み、シノを直視した。
「これから話す事は、サキシマ国の経緯と現在の状況です」
すると、タブレットを机に置き、説明を始めた。
「我々は、西暦2051年12月28日14時23分40秒、レーザーによる時空遡行の最終実験である、過去への情報送信実験で、電磁波によるデジタル暗号文を送信した際、この世界への転移現象が発生し、現在に至ります。実験の1年前である、2050年12月28日14時23分40秒、複数高出力のレーザー光を螺旋状に収束させ、その螺旋の頂点に高精度電磁波観測装置を設置し、受信を試み、1年間点灯状態を維持しました。そして1年後、螺旋の開口部に情報送信する単純な実験でしたが、このような事態を生じさせる結果となりました」
「サキシマ国は、旧先島諸島G7共同研究特区であり、徹底した規制緩和と参加国の企業誘致、高速増殖炉や核融合炉などの国家間での共同研究などを行う、世界最先端科学の研究都市でした」
「きっかけは、東シナ海へ海洋進出を進める世界第2位の経済大国が、尖閣諸島周囲を公船で封鎖する実質占領を行い、離島防衛の脆弱性が露呈する事態になり、政府は国土強靭化基本法を制定し、法律に基づき、政府が指定した離島を特区とし、中央自治を先島諸島に設置しました」
「政府の迅速な意思決定はその後、航空宇宙、軍需、製薬、医療、バイオ、農業、電子などの多様な分野の企業の研究施設や実証施設が設置される様になりました。離島の人口増加に伴うメガフロートが建設され、ついに、人口が200万人規模に達しました。世界最先端科学の研究都市として、最先端技術が次々に導入、更新され、機能性が追求されています。その後G8に変わり、ロシアが参入しました」
「その後、2051年12月28日14時23分40秒、我々は629年前のこの世界に移動しました。研究都市には豊富な備蓄と食料生産工場、実証ステルス戦闘艦など、10年以上は生活を維持できる基盤が揃っており、多少の混乱で済み、そのすぐ後に、付近に無人の列島を発見し、新たな生活圏を得ました。その後、無主地の先制を繰り返し、管轄権を拡大しました。転移から200年を経た429年前には、宇宙空間での藻類による燃料生産が実現し、循環型社会の構築を終えました」
「研究都市は、技術研究からコストという概念が消え、74年前までの555年間もの間、地球人類によって絶えず研究されていました。しかし184年前、転移した地球人類の一部から自己複製機能障害が発生しました。そして154年前転移した地球人類はその機能を完全喪失し、以降新生児がいなくなりました」
「地球人類は対応策を見出せず、我々、調整体が、エミュレート・プログラムに基づく人類を模倣した活動を維持しています。遺伝子研究の副産物として生まれた我々は、50年未満という比較的短寿命と、自我や思考の矛盾といった、地球人類の思考特性を継承できず、演算による予測が可能な、合理的な思考しか出来ません」
「決して、自我や意志と呼ばれる思考が無いわけでなく、地球人類のそれとは全く異なるものであり、自我は、自己と他者の境界を認識するのみであり、意志は演算による行動予測が厳密に出来る程、パターン化された、合理的な思考しか出来ません」
「以上が、サキシマ国の現状、及び我々調整体についての真相です」
次に、右側の人が説明を始めた。
「我が国の国際協力機構からの支援を提示します。サキシマ国の保有するあらゆる能力について、国家維持が可能な範囲で、提供します。支援範囲の最終決定は、エミュレート・プログラムの根幹に当たる人工知能が判断します。技術提供、基盤整備、あらゆる種類の支援を提供する予定です」
「特にこの惑星には随意エネルギー、通称魔法が存在し、その最も根幹にある素粒子xが発見され、その動作は世界の構成情報を直接書き換えているかのような挙動を生じさせます。しかし、この魔法が存在する為に、文明水準や技術力を単に、地球と同一に比較するのは、困難です。我々は、素粒子xの制御を行う装置を開発しており、重力や加速度などの観測に用いています。それをさらに、小型化し、携帯出来るサイズのデバイスとして、既に実現しています。これは、あらゆる脅威から身体を防護する為の装備になります」
「バイザータイプですので、実際に掛けると、AR表示で説明されます。どうぞ、ご活用下さい」