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悪党の才能(14)

「な、何あれ……」

 紫龍の八卦陣によって姿を現された恐ろしい容貌のアヤカシは、ここにいる全ての人間の心に巣食っていたのだった。

「キ――除霊ノ結界か。いイ寝床だッタのに……」

「――やはり憑鬼(ヒョウキ)か――こいつらは湿った瘴気を好み、人間の心に巣食って魔を差させる――だが他の妖怪を喰って取り込んでおるようじゃな。野衾(のぶすま)のような姿をしおって」

 紫龍は口の裂けた蝙蝠のようなアヤカシ達を睨んだ。

「ギ――な、何ダこノすごイ神力ハ!」

 皆紫龍の体から発する仰々しいほどの神力に背筋さえ凍ったのだった。

「う……」

 雷牙の背に乗って初春の体を指で指す音々は、苦しそうに歯を食いしばっていた。

「お、お師匠様……す、すごい力で、もう……」

 まるで見えない糸に縛り付けられたように初春は鳴沢を殴ろうと仕掛けた状態のままぴくりとも動かなかったが、初春の放つ白い光は依然力強さを増し続けていた。

 バリン、という大きな音がして、初春と音々の間に強い静電気のような衝撃が走った。

「きゃあっ!」

音々はそのまま衝撃で吹き飛び、雷牙の背に尻餅をついた。

 術が破られた音々はその瞬間に気を失い、体の透明化が目に見える速度で進行し始めた。

「まずい、雷牙は八卦陣の中央に音々を運べ! そこなら結界が強いからそいつの体も保てる!」

 初春のこの力はどうやら音々を激しく消耗させることは以前の桜の一件で紫龍も分かっていた。

 だが。

「いイニオい……」

 瘴気の中で好戦的、猟奇的な性質を備え、他の妖怪も食う雑食の憑鬼は、力も弱く無防備な神力の音々の匂いに惹かれて舌なめずりをした。

「アれを喰えバ俺達ノ力ハ更ニ上がるゾ!」

 そう言って2匹の憑鬼が雷牙の背に乗る音々に襲い掛かった。

 四足歩行の姿の雷牙にとって頭上は攻撃の死角であり明確な弱点である。雷を使えば背にいる音々がかえって危険であり、雷牙はもうやってくる憑鬼を振り払うしか手はなかった。

「ユキクモ」「青龍」

 しかし飛びかかり雷牙の頭上に憑鬼達が来た瞬間、音々の術の呪縛から解けた初春と紫龍がそれぞれ獲物を取り出し、その進路を迎え撃っていた。

太刀になった『行雲』の一の太刀を食らった一体はそのまま唐竹割りに体を真っ二つに裂かれ、紫龍の青龍偃月刀の連続突きを受けたもう一体は、四肢を吹き飛ばされるように捥ぎ取られて、最後は頭を吹き飛ばされた。

「む」

 紫龍は初春のその剣にわずかに目を奪われた。

 大した血も出さずにふたつの憑鬼の死体が黄泉の青い炎を纏って燃やし尽くされ、跡形もなく消滅した。

「……」

 紅葉達はそんな初春の立ち振舞いに声を失っていた。

「魔、魔さか、四獣ノ名ヲ冠する獲物――」

「デ、伝説の戦神、紫龍ダ!」

「弧、弧の小僧も、紫龍の仲間だったのカ」

「ほぉ、瘴気の中で引きこもるアヤカシも、少しは世間を知っておるようじゃ」

 紫龍は『青龍』を構え直す。

「に、逃ゲロ!」

 もう紫龍の正体を知った憑鬼達は完全に戦意を失い、恐ろしい容貌を引きつらせて最早体裁もなく逃げ出した。

 憑鬼の蝙蝠のような形の羽根は風を切る独特の音がする。その羽根を全力で羽ばたかせて倉庫の入り口に向かい、そのまま外へ出て山奥の自身の住処へと帰ろうとした。

「ふん――」

 追ってもよかったが自身の名にあれだけ怯えたあの連中はしばらく人に取り付くことはない――と判断した紫龍は追撃を無視し、いまだに手錠にかかっている紅葉達の手錠の鎖を『青龍』の横薙ぎで起こした真空波で切断した。

 紅葉達は柱にくくられていた鎖を切られて崩れ落ちる。

 だが。

「『行雲流水(コウウンリュウスイ)』」

 紫龍の横にいた初春が右手に大きな水の塊をためると、その拳を倉庫の出口に向かって思い切り正拳突きした。

 拳から放たれた水は龍のようにうねりながら伸び、外に出ると天に向かって伸びていく。

 同時に初春は太刀の形で持っていた『行雲』をスケボーに変化させる。変化時の白色の光に紅葉達は思わず目を覆った。

「む、あの技は……」

 すると初春は紅葉達の目も眩む間にスケボーに乗ると、自身が出したその水龍の背のような道の上をスケボーで走り出し、そのまま道に沿いながら逃げた憑鬼を追っていったのである。

 時速100キロを超えるような勢いでスケボーのモーターは車輪を回す。

 紫龍も出口へと駆けていく。

「み、神子柴くん」

 紅葉達も破られたワイシャツの前を手で抑えながら倉庫の外に出て、空を見上げた。

 もう外は薄暗く、薄暮の中に満月が浮かんでいた。

 群青色の空に向かって水の路が伸びて、追われていると悟った憑鬼達は慌てて上空で散開した。

「速い……」

 この『行雲流水』は、あの白い光を纏わなくても初春が練習していた術である。

拳から生み出した水を撃ち出し、風とスケボーで生みだす浮力で一瞬だがその水の上に乗ることで空中を移動できる。

 先日火車の息子を奴が一人で捕まえたのも、スケボーの速度に空に逃げた火車を、この技で空を追って捕まえたのだった。

 だが元々初春の操れる水は量も少なければ、手から離すとすぐに威力が弱まってしまう。

 水を出しながら空を移動できるのはせいぜい数十メートルが限界な上に、水を体の近くに留めなければ落ちてしまうために速度も大したことはなかった。火車の息子を自力で捕らえられたのも、奴の技が意表を突いたからこそできたことだったが……

 今の奴の技は――火車の息子や雷牙の空中闊歩より速い。

「ギ――紫龍でなけレばこンな奴!」

 憑鬼達は初春の作った水の路から距離を取りながら、撃墜するか逃げるかの選択を強いられていた。

 蝙蝠は種類にもよるが大体時速50キロほどの速度で飛ぶと言われている。このままのスピードでは初春の方が速いのである。

 それに悩んでいる間に初春はスケボーの上で印を結んでおり、左手に大きな緑の光を帯びているのだった。

「『天縫(アマヌイ)』」

 初春はその左手を鎌を刈るように横に凪ぐと、緑の光はまるで空を抉った傷跡のように宙に残り、、初春の乗ったスケボーはすぐにそこを離脱する。

「う……」「わっ……」

 するとその緑の光に向かって周囲の空気を吸い込むような気流が巻き起こる。もう30メートル近く上空にいる初春だが、緑の傷跡は地上の空気さえ吸い上げるほどで紅葉達も巻き起こる砂埃に目を覆った。

「ギイッ!」

 憑鬼たちはこの中心に集まる気流に翼が抗えず、どんどん引き寄せられ、やがて味方同士で衝突を繰り返す。

 緑の傷跡は空気を吸い上げる毎にふさがっていき、10秒もすると完全に塞がって当たりは静かになった。

 憑鬼達も空中で衝突して落下しかけの体勢を整えながら。

「や、奴ハ何処ダ!」

 周囲を見回し消えた初春の姿を探した。

「む……」

 紫龍だけがずっと初春の姿を捉えていた。

 次の瞬間、ちゃきっ、という太刀の合口を切る音がして、憑鬼達はその音のした方向――自身の頭上を見た時。

 目を見開いた。

 満月に重なり、月の光に隠れるようにした初春が眼前に迫り、スケボーもなく落下してきたまま太刀に変えた『行雲』の鞘を握り、抜刀の体勢をとっていたのだから。

「『乱飛沫(ミダレシブキ)』」

 そのまま抜刀した剣は水の飛沫を小さく飛ばしながら、密集した4体の憑鬼をまとめて胴斬りにしてしまい、初春はそこから目にも留まらぬ速さで『行雲』を両手で小枝のように幾重にも斬り付け、憑鬼の体を血も出ないうちにバラバラにしてしまった。

 空が絶命した憑鬼達が炎を纏った青い光で星のように照らされる。

 だがそれと同時に初春の体を纏う白い光と烏帽子と羽織袴が消えていく。

「む、まずい」

 初春の体はだらりと力を失い、自由落下しているのを見て初春が気を失っていることに紫龍は気づく。

 雷牙が飛んでその大きくふかふかした背で初春の体を受け止めた。

 初春は気を失い、服装もTシャツとジーンズという先程までの姿に戻っていた。体の傷はある程度塞がって入るが、エアガンで抉られたところや、左手の大きな傷はまだ痛々しく残っている。

「……」

 紫龍は空を見上げる。

 成程――真空の場を作り、周りの空気を吸引させて敵を一箇所に集め、自分がその間に上空に昇り、そして急降下――どんな達人でも無防備の頭上に回りこんで、自分も真空の吸引の影響で中心に引き寄せられながら弾丸のように加速しつつの一撃か。

 十分必殺に相応しい戦術だ。

 だが――それだけであの斬れ味が出るか?

 最初の一体を一の太刀で斬った際もあまりにも斬れ味が良過ぎた。その証拠にあまりに綺麗に斬っているから、斬られた憑鬼は血も流さず、こいつも返り血も浴びていない。

 何か他に秘密があるか……

 ――おっと、それよりも。

 紫龍は初春の隣にいる音々の方を見る。

 音々の体は結界に長い間いたことと、初春の力が収まったことでとりあえず透明化の進行は止まったが、それでも体の向こうに寝そべっている雷牙の体毛が透けて見えるほどに姿が薄まっていた。

「まずいな――火車! こいつだけは先に家に連れて帰るんじゃ。家にいる比翼達に結界を補強しろと伝えよ」

 瘴気が収まったことで外に待機していた火車の息子を呼び、音々だけを背に乗せて空に飛び立たせた。

「……」

 紅葉達は目の前で起きたあまりの出来事の凄絶さに立ち尽くしていた。

「さて――」

 しかし紫龍はそんな3人を意に介せずに倉庫の中を見た。

 初春の水の矢を喰らって体中穴だらけになって地面に叩きつけられた連中は死んではいないが――このまま放置するわけにもいかんし、まだこの倉庫には瘴気の残り香が渦巻いているから後でそれも浄化せねばならない。

「何から手をつけるか……」

「あ、あの」

 頭を抱える紫龍に夏帆が声をかけた。

「い、一体これはどういうことなんですか? は、ハルくんが急に姿が変わって……」

「何? お主等、儂が見えておるのか?」

 紫龍は今の今まで自分の姿はこの3人に見えないと思っていたのである。以前のようにわざわざ人間に自分の姿を認識してもらう必要がなかったため今夜は元々神力の調整をしていなかった。

「は?」

 その質問の意味が分からない夏帆は首を傾げた。

「……」

 紫龍は頭を抱えた。

「あぁそうか――ここは以前小僧と来た時に儂が結界を張ったんじゃったな――さっきも八卦陣を使ったし……」

 自身の結界の影響で3人にも彼岸の世界を見せてしまったことに今更気付いたのであった。

「……」

 まあいいか。瞳術や『忘却の術』で記憶を消してしまえば。

 臭いものに蓋をするようだが、もう長いこと生きているとこんなことを随分やってきている。慣れたものだった。

 だが。

「あ、あの……」

 だが、紫龍のその思案に耽った表情を見て、人見知りの雪菜が怯えるように声をかけた。

「も、もしかして――私達の記憶を――け、消すつもりですか?」

「え?」

 紫龍も、横にいる紅葉と夏帆も驚いた。

「で、でもそっか――この状況――あの時とそっくり……」

 紅葉も今まで見ていた不可思議な現象から、雪菜の言葉が最後のピースとなって『自分達の記憶が消された』ことを確信したのである。

「だ、だったらお願いします! 私の記憶――消さないでください」

 紅葉は潤んだような目で紫龍にお願いした。

「このまま神子柴くんのことをまた忘れちゃうなんて――嫌だよ……」

「お主等……術を破っておるのか」

 紫龍はまた再び驚いた。

 この時初めて、以前紅葉と雪菜にかけた『忘却の術』が解けていることに気付いたのである。

「……」

 さて、これは長年生きている儂もあまり経験がない状況じゃな。

 儂の『忘却の術』は相手の記憶のある場所に蓋をする術――蓋を取れば記憶はまた外に溢れ出てしまう。

 そして一度蓋を外した人間には、本人がまた忘れたいと強く願わない限り、術は改めてかけることはできない……

 この二人の小僧のことを忘れまいとする想い――これでは術はかからない……

 そして、その儂の術をこじ開けたこの女子共の感情は……

「――あの阿呆め……記憶を消してまた惚れさせる奴があるか……」

 紫龍は溜め息をついた。

「まあいい――この件は自業自得じゃ。尻を拭わせてやる」

 そう言うと紫龍は持っている錫杖をカランと鳴らした。

 すると日も落ちた空からゆっくりと一台の牛車が倉庫の前に下りたった。

「あ、これ……」

 紅葉は見覚えがあった。これは初春が花見をさせてくれた時に自分達を桜の下まで運んだ牛車であった。

 紫龍は雷牙の背から気を失っている初春を担ぎ上げ、牛車の荷台に寝かせた。

「話があるなら乗るがいい。詳しいことはこいつの手当てが済んでからじゃ」

 そう言って、紫龍は3人を牛車の荷台に促した。

「大丈夫、これは私も乗ったことあるから」

 紅葉が率先して牛車の中に乗り込んだ。



 牛車の中に乗り、どこかに運ばれている感覚のある中。

 わずかに簾の隙間から月明かりが漏れるが、外のことは分からない。

 3人は蝋燭の明かりで照らされる牛車の中で。

 気を失っている初春に目を奪われていた。

「……」

 夏帆が気になって、初春の左手を取り、掌を開く。

 そこにはまだあの時に初春が交渉の材料のために、掌を深く貫いた跡が残っていた。血は止まっているがもう左手で固まった血でガチガチに乾いており、赤い肉がむき出しになり白い骨が露になっているのがわずかに見えるほどだった。

 思わず3人ともその傷から目を背け、手を隠した。

 だが……

 その思考に行き着くと同時に、牛車の簾が開く。

 そこは山の中にぽつんと一軒だけ建った、小さな家の庭であった。

「ここは……」

「こいつの家じゃ。適当に上がれ」

 紫龍は初春を担いで縁側から上がりこんだ。

「み、神子柴くんの家……」

 3人とも初春がどんなところに住んでいて、どんな生活をしているのかをよく知らなかった。「貧乏」と言っていたから小さなワンルームにでも住んでいるのかと思ったが、予想外に立派な家に住んでいることが、特に夏帆を驚かせた。

「音々は――そうか、落ち着いたか。これなら小僧より先に目を覚ましそうじゃな。後で小僧にも治癒術をかけてやってくれ」

 先に居間にいた紫龍はひとりで何かを喋って忙しく周りを見ていた。初春を居間の隅に横にし、ちゃぶ台の前に座って煙管を取り出した。

「やはりこの家では『見えん』のか……」

 紫龍が煙管に火を点けながら、さっきまで一人芝居を見るような目で自分を見ていた3人に言った。

「先に言っておくが――これからお前達を驚かせることになる。だが安心しろ、危害はないものだから。騒いだり暴れたりするな。心を静めるんだぞ。いいな」

「は、はい……」

 紫龍は3人の返事を聞くと頷き、煙管を一度置いて両手で印を結び、経文を唱え結界を強めた。

 その瞬間。

「う、うわっ!」

 紅葉達は腰が砕けるように居間の畳にへたり込んだ。

 その居間から、外の縁側の庭に至るまで、異形の者が溢れ返っていたのだった。

 さっき倉庫で気を失っていた少女は気を失ったまま、初春の横に寄り添うように寝かされていた。だがまだ体は朧に見えており、完全には姿を取り戻せていなかった。

 美しいが不気味な雰囲気を漂わせる白装束の女性など、人の姿の者もいるが大半が異形の姿であった。

 その周辺には一つ目の大きな頭の人型の妖怪や、頭から二つ角を生やした、二足歩行の牛の姿をした者などがいた。庭には、まるで象のような大きさの、真っ白な毛並みの狼のような姿の生き物と、これまた大きな、背中のたてがみと尻尾に赤い炎を宿した巨大な馬がいた。

「ははは、久々に人間らしい反応が見れたな」

「神子柴殿はあっさり我らを受け入れてしまったからなぁ」

 しかしそんな異形の者達は紅葉達の正直な反応にむしろ「してやったり」と言わんばかりの表情をして、和やかな雰囲気であった。

「……」

 その和やかな雰囲気に、はじめは驚いた紅葉達もすぐに、この人達に害意はないのだと悟った。



「神と妖怪の隠れ家――さっきハルくんがやっつけたのは、人の心の『瘴気』に取り付く悪いアヤカシ……」

「じゃ、じゃあもしかして神子柴くんも……」

 紅葉は後ろでまだ目を覚まさない初春を見る。

「いや、こいつはちょっと特殊だが、人間じゃな」

 そう言って紫龍は初春の上着を捲り上げて、裸の上半身を見せる。

「あ」

「結界を強めたから今は見えるじゃろう。こいつはこの刻印でそこにいる音々と主従の関係を結んだ。こいつの『徳』を集める為に働いているうちに少しだけ術が使える程度じゃ」

「で、でもあの時の神子柴くんは……」

「あの力に関しては儂等もよく分かっておらんのじゃ。どうやらこの娘の力を媒体にすることはわかっておるのじゃがな。どうやら今回の件でその条件を満たしたようじゃが……」

「う……」

 そこで音々が体を起こす。

「え、え?」

 起き抜けに目の前にいた紅葉達を見て音々は目をぱちくりさせた。

「な、何で人間がここに? え? も、もしかして私達が?」

「――見えておる。結界を強めたのでな。お前もその影響ですぐに体も戻るじゃろう」

「あ……」

 音々はまだ少し透明な自分の姿を見て、記憶を反芻する。

「そうか――ハル様が『あの力』を使ったんでしたね……」

 不意に音々ははっとする。

「そ、そうだ、お客様が来たのならお茶をお淹れします……」

 音々は立ち上がったが、その瞬間に着ている小紋の裾を踏んづけ、前のめりに転んだ。

「いたたた……」

「――見ての通りちょっと抜けてる子でね。坊やも世話に手を焼いてるんだ」

 比翼が面白そうに言う。

「この()が、ハルくんの主……」

 3人とも音々を一目見て同時に悟った。

 この娘が家の外に出るといつかは消えてしまうという境遇はさっき聞いたけど。

その境遇を抜きにしても、神子柴くんが放っておけないの、何か分かる……

「ちょ、ちょっと待って!」

 お茶を入れようと薬缶を取りにキッチンに行った音々を紅葉が呼び止める。

「はい?」

「てことは――神子柴くんはこの娘と、ど、同棲!?」

「ふえっ……」

 紅葉のうろたえ様に音々も驚いてしまった。

 それだけ3人から見た音々はまごうことなき美少女だったのである。艶やかな小紋に身を包み、華奢なその姿は可憐な和服少女そのものであった。

「大丈夫、坊やはこの娘の『体でお支払い』を断ってるから」

 完全に悪戯モードに入った比翼が火に油を注いだ。

「かっ、から……」

 雪菜は思わず赤面する。

 そして自分が今手で抑えている露になった自分の貧相な胸元を見て肩を落とした。

「神子柴くん……やっぱり大きい方が……」

「その話は後でいいでしょう」

 珍しく夏帆が場を落ち着かせた。

「後でハルくんに教育的指導しなくちゃ……」

「う……」

 そんな話をしている頃に、初春が小さく呻いて意識を取り戻した。

「おや、坊や、目が覚めたかい」

 比翼が声をかけた。紅葉達も少し浮ついていた声を抑え、純粋に初春を心配する。

「あれ――俺は……」

 まだ初春の視界は覚束ない。

「どうやら記憶が少し飛んでおるようじゃな。気を失ったんで家に運んだ。まず体の調子はどうだ?」

「――全く体が動かない………目を開けてるのもだるいや……」

 初春は目を閉じる。

「元々体調を崩していたし、あれだけ派手に能力を使えばな。しばらくは体を休めることに専念しろ」

「――左手がすげぇ痛い……」

 初春は目を閉じた。

「それは相当深い傷口が抉られているから、治癒術をかけても一日じゃ治らないねぇ。仕事をしばらく休んだらどうだい?」

「――俺の代わりで働いてくれる人間なんかいないっての……」

「あ――じゃ、じゃあ明日は私がバイト代わるよ」

 そう言って紅葉が立候補する。

 その声に初春は目を開ける。

「は?」

 初春は珍しく目を見開いた。

「な、何でお前等がここに……あ」

 不意に初春が顔を赤くして目を閉じた。

「す、すまん」

「え……」

 そう初春が言った瞬間、紅葉達は同時に悟った。

 胸元を破られたワイシャツを着たままの3人は初春の眼前で自分の胸を下着をつけているとは言え、見せてしまったことに。

「うぅ……」

 3人とも顔を真っ赤にする。

「そういえば着替えさせるのを忘れていたね」

 比翼が言った。

「と言ってもこの家には坊やの服しかないが――坊や、この娘達に貸しても大丈夫かい?」

「俺の服は着古しばかりだけどな――それでいいなら部屋のクローゼットから適当に選んで勝手に着てくれ」

「え?」

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