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追憶~真面目なのがいいところなんだから

 ――少年達が剣道部を引退して3か月後。

 3年生の2学期の中間テストの結果が掲示板に貼り出され、大きな話題となった。

「おいハル! 来てみろよ」

 少年は直哉に腕を引かれてその結果を見に行った。

 それは、少年が学年同率2位の直哉と結衣を2点差で押しのけ、単独で学年1位であることを示していた。

「……」

 学年中がどよめいたのは理由は一つである。

 直哉と結衣は元々成績学年ベスト5に常に食い込むような成績を残していたが、少年の成績は200人単位の学年の中で常に20位前後(それも少年の周りにいた人間は目に入れていなかったので、誰も知らない)だった。少年が二人を抜いて1位を取るなど、誰も想像してなかったのである。

「うお」

 そしてそれは少年にとっても同じである。目の前に貼り出されている結果を一番信じられなかったのは少年自身であった。

「ハル、すごいじゃないか。この時期に学年1位だぜ。進路相談で最高の条件を勝ち取ったな」

 まるで自分のことのように直哉は少年の学年一位を喜んでいた。

「まぐれだろ――素のスペックだけでお前たちよりいい点とれるとは思ってないよ。お前とユイは後輩の引き継ぎやら生徒会やらでろくに準備してなかったろうしな」

「だが今回のテスト、俺はお前がいい点とると思ってたぜ」

「……」

「剣道部の主将と生徒会の副会長を同時に務めても学年20位をキープしてたお前だ。時間が一気に増えたら俺達を捲れるだけのスペックはこの1年で蓄えていたと思っていたからな」

「……」

 掲示板を見上げていた折に、校内放送が響いた。

『三年の小笠原、日下部、神子柴の『団地三兄弟』は、生徒指導室まで』



 それを聞いて少年と直哉は生徒指導室にすぐに向かうと、そこには既に結衣が到着しており、3人の担任教師と学年主任と共に待っていた。

「先生、公共の電波で『団地三兄弟』はないでしょう」

 直哉は先生の顔を見るや、そう言った。

「思いっきり団地に住んでるって個人情報、全校に垂れ流しじゃないっすか」

「はは、すまんすまん。放送を聞き漏らさんようにそう付け加えた方がお前達もわかりやすいと思ってな」

 そう言って学年主任は3人を椅子に促した。少年達は各々席に着く。

「さてお前達、テストの結果は見てきたか?」

「はい」

「神子柴、まさかお前がこの二人を抑えて1位になるとは思わなかった。剣道部での全国大会出場もそうだが、この1年で随分とステップアップしたな」

「――どうも」

 少年は軽く会釈した。

「――さて、お前達を呼び出したのはほかでもない」

 教師はそう前置きした。

「お前達、神代(かみしろ)高校のことはわかるか?」

「そりゃあ、わかりますけど」

 少年達は西武池袋線の江古田駅と東京メトロ有楽町線の千川駅の中間あたりに位置する、東京都板橋区の境に近い豊島区内の区営団地に住んでいる幼馴染である。『団地三兄弟』とはそんな三人をまとめた通称である。

 神代高校、通称神高(カミコー)は、神楽坂にある都立ナンバーワンの偏差値73を誇る超有名校である。千川駅から有楽町線で6駅先の飯田橋駅から徒歩3分という好立地にあることで、元々成績優秀の直哉と結衣の志望校であった。

「うちの学校は毎年神高に推薦する入学枠をひと枠持っているんだが……今回の中間テストの結果を踏まえて先生達で議論をしたんだが……今年はその候補をお前達3人の中から選ぼうと思ってな」

「……」

「小笠原は成績優秀にして多数の行事に自主的に手伝いをして、生徒会にも協力しているし剣道部の成績も申し分ない。日下部も成績は3年間文句はないし生徒会長も務めてくれた。そして神子柴は中学3年間のトータルでの実績は二人に劣るが――今回のテストと剣道部の成績を踏まえて、お前も十分候補になると教師の間で議論された」

「……」

「そこでだ。これからすぐに今回の中間テストの結果を踏まえて進路を決定する二者面談、三者面談を行う予定だが、そのことについて私達も早急に3人のご両親と話し合いたいし、お前達の気持ちも聞いておきたいと思ってな――」

「なんだ、それならその必要はないっすよ」

 神妙な面持ちで話す教師に直哉は飄々と答えた。

「俺は辞退しますよ。それはハルのもんです」

「え?」

「私も辞退します。推薦はハルにしてあげてください」

「お、おい……」

 少年は珍しく逡巡した。

 少年は二人の志望校が神高であることを昔から知っていたのだ。それなのに、こんなにあっさりと辞退を決める二人の心情に戸惑ったのである。

 教師もこんな話であれば全員闘志むき出しで競い合う――両親を通せば下手したら大揉めになると思っていたので、あっさりと意見が出たことに口をぽかんと開けた。

「し、しかし二人とも、こんな将来の大事なことを親御さんと話し合わないと」

「大丈夫っすよ。ちゃんと一般試験で入ればいいだけでしょ」

 直哉は自信のある笑みを見せた。

「俺、絶対神高に行くんで、安心してください」

 そう言って直哉は教師達に会釈して、進路指導室を出ていく。結衣もそれについていく形で出て行った。

「お、おい」

 廊下に出た少年が二人の背中に話しかけた。

「お前達――何でこんなおいしい話を俺に譲った?」

 直哉と結衣は立ち止まって振り向いた。

「こんなあっさり譲る理由は何だよ。俺が一般入試で神高の合格率が低いからか?」

「バカ、そうじゃねぇよ」

 直哉は笑った。

「もうお前は『泣き虫ハル』じゃないってこと。それにもっと気付いた方がいい。そのためにはお前は今は勉強なんかしないでいい」

「今のハルは放っておいても勉強するから、一般入試で神高に入ることも無理じゃないと思う。でも、ハルにはそんなことよりももっと考える時間が必要だと思うの」

「……」

 少年には二人の言っている意味がよく分からなかった。

「ま、幼馴染のおにいちゃんとおねえちゃんをもっと信頼しろよ。ちゃんと一般で決めてやるからよ」

 直哉はウインクして親指をぐっと突き出した。

「――同い年じゃないか」

「それでも、ユイは5月、俺は7月――お前は3月生まれだ。ほとんど1学年違うし、俺達の方がおにいちゃんおねえちゃんだ」

「……」

「よーし、まずは期末で学年一位を目指すぞー」

 直哉は笑って廊下を歩いていく。

「……」

「ナオ、ご機嫌ね」

 結衣が少年の隣に立った。

「きっと嬉しいのよ。ハルが学年トップになって、みんなにハルの努力が分かってもらえるの。それに高校でも一緒にいられるってね」

「……」

「私も頑張るから、ハルはその間に高校で何をしたいかしっかり考えて」

「高校で……」

「そうよ、ハルの将来の夢とか、なりたいものとか、高校でどんな風に過ごしたいかとか」

「……」

 少年は逡巡する。

 今までそんな希望を言っていいと言われたことが人生の中でほとんどなかった少年にとって、その問いの答えを何も持っていないことに気付いたのだ。

「――高校デビューでもしろっていうのか?」

「あはっ、それもいいかも知れないね」

 そう言って結衣は少年の前に出る。

「でも、髪を金髪にしたり、ピアスをいっぱい開けたりしちゃダメだよ」

 そして振り向き様に結衣はにこりと笑った。

「ハルは真面目なのがいいところなんだから」

「……」



 中間テストを終えた3年生はそのテストの結果を材料に、本格的に願書を出す高校を決める進路相談が始まる。

 だが学年200人を面談するのは多大な時間がかかる。進路相談をする生徒を順次呼び出すために、3年生は中間テストの慰労も兼ねて、球技大会を行うのが恒例になっていた。

「ほとんど本職の部活の独壇場だろうけどなぁ」

 直哉は少年の前の席から体を捻って少年に言った。

「ナオ、俺達とサッカーにしないか?」

「いや、バスケだろ、その長身じゃ」

「バレーもやってよ!」

 さっきから直哉の机にはひっきりなしにチームを組んだ連中からの勧誘が来ている。

「おいおい、男にこんなに勧誘されてもなぁ」

 直哉は苦笑いを浮かべる。

「……」

「ハルは何やるんだ?」

「――人数の足りないのに入る。ぼっちに選択肢はない」

「ははは――まあ率先してそういう役をやるのは悪くないが、一緒にやろうぜ」

「お前が入った種目は人が集まる。俺一人入っても余計になるだろうからいいよ」

 少年には結局オファーがなかったので最終的に数合わせでソフトボール。直哉はバスケとサッカーの二つに参加することになった。



 球技大会の合間に少年の進路相談の番が回ってきた。

 進路相談の相手は少年達の担任にして、剣道部の顧問の白崎。50代に差し掛かる、温和だが剣道の腕は確かの社会科教師だ。

 進路指導室の窓からは、校庭の楽しそうな声が聞こえてくる。

「……」

「球技大会、楽しんでるか?」

 白崎はにこりと微笑みかけた。

「――まあ、脇役なりに」

「ははは、脇役か。そいつが神高の推薦枠になるんだから。まったく出世したな!」

「……」

「どうした、浮かない顔して」

「――いや、俺が神高に行くことがほぼ確定したなんてのがイマイチ実感わかなくて」

「そりゃ教師達も全員そうだよ。中学1年の頃は、学年で30位前後、2年で20位前後――悪くはないが成績で全然目立ってなかったお前が、この1年で一気にそれを勝ち取るなんて誰も想像してなかった」

「……」

「――いや、でも想像してた奴は二人いるかな」

「え?」

「小笠原と日下部だよ」

「……」


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