悪党の才能(9)
女性にとって気分の悪いだろうシーンありです。御了承ください。
「さて、お前等にサービスする気はないが、せいぜい祈れよ。お前等がノーリスクで助かるためにはこいつが勝つしかないからな。逆にこいつが倒れればお前達の命運は尽きたも同然だ」
「く……」
「こいつを勝たせるために横槍を入れるのもいいが、それをした場合、俺が勝ったらその後でその落とし前をつけてもらうんで、そのつもりで」
別に初春はどっちでもいいのだが、睨みを効かせる。
「あんたは武器を使う? 見たところ俺に触られて一発で勝負がつくのを警戒してるっぽいし、距離をとるためにも持ってきた鉄パイプを使った方がいいと思うけど」
初春は血痕の残っている隈武の持参した鉄パイプを指差す。
「テメエはどうするんだ?」
「俺はあんた次第かなぁ。まあ素手同士でやっても体重が違うから俺が不利だけど、あんたが素手で俺が武器持ちってのもね」
「……」
隈武は逡巡した。
こいつは少なくとも俺とは一対一で勝負をする気だ。しかも上を脱いでいて丸腰をアピールしている。
そんな奴に武器を持って闘るのか。それは……
「ゴウくん!」
鳴沢の声が倉庫に響く。
「君が負けたらみんな終わりだ! ここは何が何でも、武器を使うんだ! そいつとの接近戦の一対一は触られたら終わりだ! 距離を取って戦うのが確実だ!」
「あ、あぁ……」
鳴沢は馬鹿の直情での迷いに苛立つような声になった。
「そうそう、そうやってお前はどんどん策を披露しなよ」
初春は涼しい顔をしていた。
「じゃあ、俺も武器は使わないが――水は使おうかな」
初春は右手を隈武の前に差し出す。
「四海」
初春が唱えると水が初春の掌の底に球体になって現れる。
そしてそのままジークンドーの構え――水のある右手を前に半身の形に構えた。
柔道やボクシングなど、格闘技は基本利き手が後ろの構えが基本だが、ジークンドーの構えはやや独特だ。
その意図を隈武はすぐに見抜く。
この構えだと水が前に来る。攻撃をする側からしたら正面に水が来て邪魔だ。
しかし――
それだけか? あんな水があるのは確かに邪魔だがあれで俺の攻撃を防ぐつもりか?
しかもあれでは奴の攻撃にとっても邪魔だぞ。
「さあ、来いよ」
初春は隈武を誘う。
「……」
「うう……」
隈武の耳に酸欠で呻くクラスメイトの声。
だが行かなければ他の連中の体調はどんどん悪化しているのだ。
考えている暇はない――その状況も隈武を焦らせた。
隈武も触られたら必殺の能力がある初春を警戒し、鉄パイプを長く持ち、フェンシングのように前手一本で持っていた。
隈武はそのまま突進して、初春に横薙ぎに鉄パイプを振った。
初春は水の球を鉄パイプの前に向ける。
鉄パイプはばしゃっと水の表面を叩いてしぶきを出すと、隈武の手首にググっと重さが乗り、水の中で鉄パイプは減速する。
初春はそのまま体を返して右足を軸に体を回転させて水を後ろに持っていきながら、隈武の鉄パイプを振ってがら空きになった横腹に左足の回し蹴りを入れた。
どんっ、という激しい音。
隈武は大柄で太っているように見えるが体は筋肉に覆われている。その脇腹も分厚い腹筋があり、自身も初春と同様殴られることを想定してかなり腹筋は固めてあるが、それでも自分の体重の半分ほどしかない初春の回し蹴りは想像以上の衝撃があった。
「くっ」
初春は追撃をかけずに距離を取る。隈武もすぐに体勢を整える。
「うーん、やっぱり体重差がありすぎるか。水月を打ったけど距離もあった分浅かったか」
「……」
初春の蹴りは確かに洗練されている。隈武はその蹴りひとつでやはり初春も格闘技の心得があることは分かった。
「……」
隈武も予想以上に強い水の抵抗にパイプを振り抜けなかった。
だが――これが防御だとしたら大したことはない。
かなり鉄パイプの勢いは落ちるが、初春の出せる水の量はそんなに分厚くはない。あの厚さでは当たれば一発で骨を持っていけるような威力にはならなくても、十分痛いはずである。
それにどうしても前に水があるために攻撃が遠い。あいつのリーチではベストの攻撃を入れることは難しい。
隈武は今度は両手持ちに鉄パイプを持ち変える。水の抵抗に負けないようにしっかりと握る。
初春は変わらない構えで前に水の球を出す。
隈武は突進し、そのまま上段に鉄パイプを構えてそのまま初春の脳天に向けて鉄パイプを振り下ろす。
「波濤」
初春は眼前に鉄パイプが来るとそう唱えた。
右手にある水は球体から腕を覆うように形を変えると、そこに激しく白波を立てる。
鉄パイプは白波を立てた水の表面を外に滑り落ち、初春の右の肩口をかすめて初春の体には当たらない。
逆に邪魔な水がなくなった初春の体は右手で鉄パイプを跳ねのけると一気に距離を詰めて、今度は初春の左拳が隈武の顎を捉えた。
「がっ!」
隈武は瞬時に顔を横に振って人体急所の顎への直撃を回避し、横顎で受けて威力を緩和したが、それでも脳が揺れるような強い衝撃――カウンター気味に入った初春の拳は初春が軽量であることが幸いして、何とか意識を失わずに済んだ。
闘争本能のみで隈武は横薙ぎに鉄パイプを振るうが、初春も追撃をかけずにもう一度距離を取り直していた。
「う……」
脳天が揺れるような感覚を整えようと息を直しながら、眼前の初春の姿を見る。
初春の拳には、先程よりも水の量は3分の1ほどに減っているが非常に速い時計回りの高速回転をかけた水の薄い層が滝のような白波を立てて肘あたりまで覆っていた。
「……」
初春の後ろにいる紫龍は頷いた。
分厚い水の『四海』と高速の渦を作る『波濤』。
あの二つの水の組み合わせは相当試行錯誤と訓練を繰り返した。初春も言葉を出せば1秒もかからずにこの二つを展開できるように訓練した。
左手の風の力で高速回転させた水は相手の攻撃の軌道をずらさせ、決して直進できない。回転は初春の体の外側にずれるように時計回りだ。
元々ジークンドーの攻撃の起点は前にある右の縦拳。ボクシングなどの横拳に対し縦に拳を出すことで相手の拳の前に自分の肘が立ちはだかり、相手の拳の軌道をずらし、自分の拳を当てる理念で考え出されている。
初春はこの基礎理念に回転する水の抵抗を付与して相手の攻撃を滑らせてはじく性質を強化した。元々相手の攻撃に目を閉じないことが徹底されており、ギリギリまで相手の攻撃を見ることができる初春にとって眼前の攻撃に自分の拳を出して軌道を変化させることは、相手の攻撃をいなして後の先を取る格闘スタイルにもマッチしていた。
「うぅ!」
攻撃を終えて初春の視点が隈武の方を向いている中、隈武の旗色が悪いと判断した無事なギャラリーの一人が初春に隠し持っていた石を投げつけた。
「四海」
初春は眼前に球体に変えた水を出し、飛んできた石の前に出す。
石はどぶんと着水音を立てるとそのまま速度を失い、初春の掌の直前で落下した。
「水の抵抗は空気の約800~1000倍――水中で地面と平行に撃ったライフル弾は銃弾が発射後3メートルで直進能力をゼロにされて落下。ショットガンの散弾は1メートルも進まない。それほど水の抵抗は強い――更にこの『四海』の中の水に逆方向の水の流れを作ることも可能だ。こうすれば水の抵抗は更に上がる――届かないよ。お前らの攻撃は」
「……」
『四海』は攻撃の表面積の広いもの、『波濤』は表面積の狭い攻撃に有効な防御法。
その二択を軸にしたことで判断の基準がかなり明確になり、初春のこの二択の選択は判断速度を増した。神力なしなら紫龍との組手でも遅れを取ることはない。
初春は石を拾い上げた。
「この盾を破らないとあんたの攻撃は俺に届かない。攻撃をいなされてカウンターの餌食だ。さて――どう破る?」
「ゴウくん! 突きだ! 突きを使うんだ!」
鳴沢が隈武に叫んだ。
「水の抵抗は接地する表面積が小さければ小さいほど小さくなるはずだ! 一点集中の突きなら水の抵抗を受けずに攻撃できる!」
隈武もぴぃんと来た。
そうか。確かに一点集中の突きなら水の抵抗を受けずに直進する。体の真ん中を狙えばいくらずらされても体のどこかには当たる。
隈武は鉄パイプを両手持ちのまま、肘を引いて構えた。
「なるほど、突きか……」
初春は頷くと、一度右肘まで覆う『波濤』を展開すると、肘から水の覆う面積をさらに狭めて拳のみに集中させ、回転をかける。
初春の操れる風の力はさほど強くはない――水の重さとの両立はまだできないが、水の量を減らしてその分回転の力を上げることは可能だ。
「策士さんよ。それがあんたの策でいいんだな?」
初春はジークンドーの構えを取ると、隈武の後ろにいる鳴沢を睨みつけた。
「サービスでもう一度確認してやる。いいんだな?」
「……」
鳴沢はもう自分の策にずっと前から『これじゃない』感を味わっていた。
初春のその得体のしれない自信を前に、最善手のみの策がずっとかわされている。
今までの策も悪手とは呼べなかったはずなのに。
だが――これしかない。
あの盾を破るには、小さな攻撃を一点に集中させて破るしかない。
「行くんだ!」
「おおっ!」
隈武は突進し、そのまま引手に構えた鉄パイプを前に向けて突き出した。
初春は右手を開いて鉄パイプの表面を薙ぐように払う。
鉄パイプは側面を水でコーティングされた初春の手によって払われ、はじき飛ばされる。
「な!」
強い力で押されたことと、パイプに滴る水で鉄パイプは隈武の手からつるりと滑り、手から離れて落ちる。
初春は突きの突進に任せて突っ込んできた隈武の顎を頭突きで強くカチ上げる。
「ガハッ!」
先程の顎のダメージに重ねる形で、身長差から下から突き上げる形で決まる頭突き――これはいかに体重差があっても強烈な衝撃を隈武に与え、よろけさせた。
しかし。
初春はその頭突きを入れると眼下に落ちた鉄パイプを拾い、そのまま間髪入れずに頭突きでちかちかしている隈武の鼻先に向けて、野球のバットのように横薙ぎのフルスイングを叩き込んだ。
バァン、というすさまじい音に、体重100キロを超える隈武は反応もできずに後ろに背中から倒れ込む。隈武の体はぴくぴくと痙攣し、鼻が右に曲がり鼻骨が骨折していることは明らかだった。
「俺にとっても抵抗が働くことを忘れてもらっちゃ困るな。最小面積で展開すれば水の抵抗がクッションになって一瞬だが相手の攻撃を受けてはじき飛ばすことができるんだ」
激しく回転した分厚い水で覆った手はちょっとやそっとでは傷つかない。この最小面積で相手の攻撃を掌で捌けば突きのような一点攻撃も防げない――『波濤』の真骨頂だ。
「う……」
しかし隈武が意識不明になったことで、鳴沢とその仲間達の顔はもう酸欠状態を抜きにしても蒼白と化した。
「お、終わりだ……」
隈武が倒されたことで、これでもう初春を倒して全員で助かる道は完全に閉ざされたことを全員が悟ったのだった。
まして隈武の顔面に鉄パイプをフルスイングするような男――俺達を拷問にかけることを何とも思っていない……
この時改めて皆悟ったのだ。
目の前にいるこの男の、『悪党の才能』の違いを。
「意識が残っていて聞こえているか分からないけど――俺は最初から両手持ちで鉄パイプをブンブン振り回される方が突きより嫌だったよ。俺にとって一番嫌なのは水の抵抗以上の力で攻撃を打ち込まれることだから。あんたはすぐにそれを判断したが、素人の生兵法を鵜呑みにして戦術を変えてしまった――それがあんたの敗因だ」
初春はそう言って、後ろの鳴沢を睨んだ。
「お前の生兵法が希望を消したな。それがなけりゃ筋力のあるこいつが勝ってたかもしれないのに……だから『いいんだな』って確認してやったのに」
初春はこの戦法の弱点も既に知っている。
それ故にこの戦法が全力の紫龍を止められないことを理解していた。
紫龍の獲物は『行雲』よりはるかに重い太刀の『白虎』、槍の『青龍』、斧の『玄武』――どれも鎧すら断割るだけの剛である。触れて圧力を加える戦法も人間とは別の生命を持つ紫龍には通用しない。
つまり初春はいつ背後の紫龍に斬られてもいいという覚悟で今の所業を行っている。
「さて、軍師さんよ。攻撃は最大の防御――って言葉、知ってる?」
初春はゆっくりと――実にゆっくりとした足取りで、怯える連中に向かって歩を進める。鼻がもげたようになって倒れる隈武のことなど眼中にも入れていない様子で。
「あれってシビアな生存確率の計算に基づいているんだぜ。防御をしていないように見えて達人の生存確率の計算は頭で行われている――まあ感じるってレベルでだけどな。達人は常に攻防一体――頭で常に防御を行っているものさ」
「……」
「俺は達人って程でもないが集団を一人で相手にしなきゃいけないから、一手ごとに自分の生存確率を上げないと生き残れない――だから必死さ。必死で生存確率を上げることだけを感じ、考えている。お前達とは必死さが違う」
既に恐怖で動けない鳴沢の前で立ち止まる。
「そういう戦い方をしている俺からしたら、お前の戦い方はムカついて仕方ないぜ。俺が何のためにお前に判断を委ねていたかわかるか? さっさと俺に謝って助けてくれっていうのが、この倉庫の扉が閉まってからずっとお前達の最善手だったからだよ。テメエに何度もその判断をするチャンスをくれてやったんだぜ。生存確率の計算のない攻撃の代償――これから身を以て味わってもらおうか」
「く、来るな!」
鳴沢はポケットに隠したタクティカルペンを抜いて初春に振り上げる。
だがそのタクティカルペンが当たる前に、初春は水も使わずに手首を右手で掴んで止めた。
「モーションがでかいんだよ、当てることがどんなに大変だと思ってやがる。それが生存確率の計算のない攻撃だって言ってんだよ」
初春はそう言って左手を鳴沢の肩にポンと乗せる。
「ガハッ!」
鳴沢の体内で肺胞が割れ、内臓の表面を覆う毛細血管が引きちぎれるような音がしたが、外にそんな音は全く届かない。激痛に吐血、左耳の鼓膜が潰れ、三半規管もおかしくなり平衡感覚すら失う一撃が入る。
「敗因を教えてやろう――お前、馬鹿だから」
初春は倒れる鳴沢の両肩に手をのせて、追撃の一発を入れる。
「ア、アアア……」
一撃でもトラウマ級の激痛と苦しさ――二発目は既に肺に穴が開いているため苦しさは一撃目が強いが、急激な体内気圧の変化をまた短時間内に繰り返される二発目の痛みは、一発目以上に体を壊す。
「テメエの追撃はもういつでもできるからまた後だ。残りの雑魚も一人ずつ片付けていこうか……」
倒れる鳴沢に見向きもしないまま、初春は残りのクラスメイトを見る。
「ま、待って! お、俺、お前の条件を飲む!」
一人の無事な男子が真っ先に手を上げる。
「は? お前?」
「ひ! い、いえ! あ、あなた様の要求に従います!」
「へぇ、じゃあこの中で売る奴を決めたのか?」
「は、はい! 平瀬を」
「はぁ! テメエ何で俺を!」
「うるせぇ! 前からテメエのことは気に入らなかったんだよ!」
「じゃ、じゃあ俺は三枝を指名する! 俺のことは……」
「だ、だったら私はユカを指名する! だから助けて……」
「ちょっと! あんた私からの恩を忘れたの?」
恐怖が恐怖を呼び、皆訳も分からずに錯乱したように仲間を売り始めた。
「……」
紫龍は何も言わずに首を振った。
「五月蠅いんだよ」
初春の怒りをはらんだ声に皆黙った。
「ひとりずつ裁いてやる。最初に手を挙げた三枝――それと指名された平瀬――前に来い」
初春は歩を進めて二人の手を取り、二人の貧血した体に酸素を送り、完治とはいかないが多少楽にしてやる。
「あ……」
かなり体が楽になったが初春に抵抗して逃げられるほどの体調ではない――
「さて、お前らは互いに互いを指名したな。さて」
初春は自分の荷物からノートを取り出してページをめくる。
「出席番号11番、三枝充――口座内の引き出し履歴のないままモバゲーに累計2万4000円の課金――出席番号26番、平瀬聡――同じく金の出どころのないままネットショッピングで3万2000円の買い物履歴があるな。お前等にはこの金を歩原先輩に返してもらうが、いいな」
「は、はい」
「よし、じゃあお前達に課す金額は――これだ」
初春は鞄に入れておいた領収書を切って渡す。
「え? 額が違うんだけど……」
二人への請求額はそれぞれ34560円、46080円だった。
「ちなみに返済は今月7月31日までだ。払えない場合は親に払ってもらうし、それでも払わなければ警察にお前等の恐喝を提出する」
「だから額が違うだろうが! 謂れのねぇ額請求しているだろうが!」
「は?」
睨み返す初春。
「利息制限法って知ってる? 法律で10万円以下の貸付金には年20%までの利息をつけることは法的に認められている――1万円借りて放っておいたら1年後には12000円、2年後には14400円返す――お前等は入学時から2年生になる2年間で歩原先輩から金を借りていたって考えたら、合計44%の利息が付く――金貸してるんだからそのままの額返しておしまいなわけねぇだろ」
「う?」
「これはお前達に金を貸したってことにして手打ちにしてやろうって提案なんだぜ。違法働いたお前等に法的金利守ってやっているだけでも大サービスだろ。文句があるなら速攻で恐喝罪を訴えてもいいんだぜ。俺としてはお前等が捕まってもお前等の親に金も請求できるし、ついでに慰謝料の目も出てくるからそっちの方がありがたいんだけどね」
「く……わ、分かった」
「じゃ、さっさとその領収書にサインを。朱肉もあるから拇印も押しな」
言われるままに二人はサインと拇印を押す。
「よし、じゃあ三枝くんに最初に指名された平瀬くんには、とっておきのお仕置きをプレゼントしようか」
「ひ!」
初春の視線が向くと、まだ体調の悪い平瀬も這いずり回って逃げようとした。
「ま、残りの犠牲者一号の君に耳寄りなことを教えてあげるよ――」
這いずり回る平瀬を抑えつけながら初春は言う。
「少なくとも俺は全員にこれを喰らわす――指名されたお前の苦しみはお前だけのものじゃないから」
「ガハッ!」
両手で触られた平瀬はそのまま血反吐を吐いて苦しみ出した。
「あ、あんた約束が違うじゃないか! 仲間を売って言うことを聞けば解放してくれるって……」
「俺が言ったのは、売った奴の『命は助けてやる』ってことだけだぜ。売った奴にお仕置きしないなんて一言も言っちゃいない」
初春は邪悪な笑みを浮かべた。
「何? それともお前ら、俺がお前等みたいな人間、見逃してやると思った?」
「そ、そんな……」
「じゃあ、何のために仲間を売って……」
更なる絶望に沈むクラスメイト達。
いたずらに壊れた人間関係を更に粉々にする自白を恐怖によって自供させる。
もう智に報復しようにも同士は集まらないし、集まっても初春の恐怖は十分刻み込まれているし、もう抵抗もできない。
「さて、三枝くんも痛い目にあってもらおうか……」
「ひ!」
這い回って逃げる三枝の腰を踏みつけて動きを止め、両手の一撃で血だるまにする。
「さて――男ばかりってわけにもいかねぇ、次は女にも行っておこうか」
初春は三枝にも罰を与えた後、その中で一人触られずに酸欠状態も起こしていない女に目をやる。
女子達も青ざめる。
「ち、近寄らないでっ!」
無事な一人は後ずさって逃げる。
「さ、触ったらあんたにレイプされそうになったって訴えてやるからっ!」
「へぇ」
初春は涼しい笑みを浮かべた。
「その脅しは最低限守るような人生がある幸せな奴に使うんだな。俺みたいな社会の最底辺にはお前を犯そうが犯すまいがとっくに人生終わってるんだから何の意味もねぇ。むしろ――それを聞いたらその脅しが全ての男に通用すると思っているような幸せな場所にいる贅沢な人間様に、喰らわせてやらなきゃ気が済まなくなったぜ」
「ひ!」
「だが俺も人間は嫌いでね。お前みたいな女を犯す趣味もねぇし――あぁ、そうだ」
初春はにこりと笑った。
「そんなに俺に犯されるのが怖いなら、お前に保険をかけてあげるよ」
「ほ、保険?」
「ああ」
そう言って初春は女の首筋に手を回す。
「うっ!」
その瞬間、女の腰が砕けて下半身に力が入らなくなる。
「い、いやぁーっ!」
初春の水を体内に流すことで利尿作用を刺激された女は、制服のスカートの中から勢いよく水が溢れ出し、悪臭を放って最後にぼたぼたと茶色い塊がびちゃびちゃとしたほとんど液体の状態で溢れ出すのだった。
「ほい。お前はその漏らしきった汚い下半身なら俺は触る気も起きないし、俺もお前を犯したなんて言いがかりも付けられることはねぇ。まさにwin-winの関係ってやつだな」
「い、いや……いやああああああああああああっ!」
にやつく初春の横で女子生徒はもう狂ったようにそこにうずくまって泣き崩れた。
クラスメイト全員に、小ならず大までも失禁した姿を目の前で見られるという恥辱と屈辱――年頃の娘にとってこれは精神崩壊に近いトラウマを刻み付けた。
「おい、泣く前にお前が盗んだ金、返してくれないか? お仕置きもまだだぜ?」
初春は女の髪を掴んで顔を上げさせた。
「丁度いいや、女子全員にこの保険をかけといてやるよ、これで俺に犯される心配はしなくて済むだろうよ」
「い、いや、助けて……」
「や、やめて……」
女子生徒達はある意味強姦されるのに等しい恐怖を感じ逃げ惑う。
「何ビビってんだよ。少なくとも犯される心配のなくなる保険をやるんだぜ? 極めて人道的な交渉をしようって言ってるんだぜ? 喜べよ」
「……」
酷い……
初春の拷問する姿を見ながら紫龍は目を閉じた。
人間に対する慈悲の心など一切ないかのようなその所業……
もはや人間に対する怒りなどではない。
呆れているのだ。
心底の軽蔑が、あそこまでの拷問を可能にする。
それを、たった十五歳の小僧がやってのける。
どんなに自身の優位が磐石になっても薄笑みひとつ浮かべもせずに。
人間の顔面に鉄棒を振ることさえ厭わない程の『悪党の才能』――か。
『四海』と『波濤』に関しては声に出して切り替える仕様上名前を考えたんですが、空圧水圧で相手を内部破壊する技や、気泡や水を血管に流す技、リフレッシュ技に関してはある事情によりまだ名前を決めていないという…
作者はキャラ名もそうなんですがカッコいい名前を考えるのが苦手なので、割と本気で技名考えてくれる人を募集させてください。いなければ自分で考えるしかないけど…
それにしても水の抵抗は意外にすごいですね。ネットで水の中で銃を撃つ実験とかやってますけど本当に銃弾が進まないので。興味のある人は見てみるといいでしょう。
今回の女性の尊厳を踏みにじる初春の所業は何か最近よくある、女性のハニートラップの狂言で強請られるという展開のアンチテーゼとして作者個人がやってみたくてやってしまいました。
あの脅しって本当の悪人とか人生終わっている人にやっても無意味ですよね…初春の『保険』はある意味犯されるよりエグいかもしれませんが。
しかし作者も女性を出すならもっと色っぽいことに使えばいいと思うのに、何をやらせているんだろうと思う今日この頃…我ながら露骨なお色気展開に話を展開させられないのが嫌になる…




