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悪党の才能(8)

「あ、ああああ! け、血管の気泡がどんどん心臓に向かって動いてく……」

「く、くそ! どうやったら取れるんだよこれ!」

 自分の不調の原因が目に見える、初春に左手で触られた人間は、可視化により恐怖が顕在化する。人によっては血管の気泡を潰そうと自分の腕を必死に叩いている者さえいる。

「俺も霧の中で視界のない中あてずっぽうに相手に触ったんで、何人かは触れずに助かったみたいだが、運がよかったね」

 初春は軽くにこりと笑ってから、鳴沢の方を見る。

「だが、主犯さんよ。あんたに関してはわざと外してやったんだぜ。仮に触っていたとしても解除してやるつもりだったんだ――テメエは貧血や失神程度の苦しみで許す気はねぇからな」

 今まで鳴沢が見ていたのは、感情の起伏の少ない初春の涼やかな表情だけだったが。

 ここに来て初春は青筋の立つような恐ろしい形相で鳴沢を睨んだ。

「予告してやるよ。これからテメエが自分の策で状況を跳ね返せなかったら――お前には特別コースのお仕置きが待ってるからな。そうならないためにもさっさと策を講じな」

「……」

 初春に奥の手があることはその刺すような視線が物語っていた。

「も、もう嫌だ! 早く病院に行けば……」

 初春が鳴沢を牽制する最中、苦しんでいる一部の人間が後ろを向いて、息も絶え絶えになりながら入り口の扉に手をかけて扉を開けようとした。

 しかし扉はびくとも動かない。

「く――な、何で? この扉に鍵はないはずなのに……」

 この倉庫に入った瞬間、紫龍がこの倉庫内に貼った結界のおかげでこの倉庫は現在、以前に紅葉や心達を花見の山桜に連れて行った牛車の中と同じく外界と遮断された空間となっているのである。

 他の者達もそれを見て、この扉を開けようと息も絶え絶えながら力を貸す。

「お前等にサービスで忠告してやろう」

 扉に大挙する連中の必死さに比べ、ひとりだけ涼しい初春の語勢だった。。

「こんな田舎町の病院にこんな夕方も過ぎた時間に大挙して押し寄せて、全員の治療を全部同時に捌ききれると思う? この田舎町じゃ5時過ぎたら病院も閉まって看護師も家に帰ってるかもね」

「な……」

「そりゃすぐに病院に行けば収まるような治療だけどさ。それは医者や看護師がいればの話さ。仮に病院が開いてたって全員を検査した後同時施術は無理だぜ。後回しにされる奴が必ず出てくる。その間に待たされている奴は限界来るかもね――あと30分もすりゃ、『失神ゲーム』みたいにゆっくり落ちていく奴も出てくるだろう……落ちても長引けば痙攣や呼吸困難――果ては心配停止。酸欠が脳に及べば蘇生しても後遺症残るぜ」

 その説明が沸き立った脳に氷柱を突っ込まれたように、皆の頭を冷やす。

「全員が病院にいくことを決定した時点で、全員の生還を放棄することになる――『仲間』とか『友達』とか言ってコミュニティ作ってたお前達の関係の崩壊だな」

「く……」

 それを聞いて皆手を止める。

 このクラスは鳴沢を中心としたコミュニティの中で成立している。逆らったり弱いと認められれば智のように搾取の対象という関係になっている。

 そんな中で周りを見捨てて助かった場合――それを皆想像した。

 つい先ほど『裏切り者』の存在で皆あれだけ自分を疑ったことを見ているだけに、この方法で助かった後、周りにいる人間が自分を疑い、また疑心暗鬼に陥ることや、助からなかった者からの報復がすぐに想像できてしまうのである。

「全員ノーリスクで生還したいなら俺をぶっ倒すのが一番いいだろうな。俺に頭を下げりゃ助けてやらんこともないが――その場合は条件を二つ飲んでもらうぜ」

 初春は目の前に指を二本立てる。

「ひとつは歩原先輩から奪ったものを返すために、俺の要求に従うこと――もうひとつは――自分の分も苦しみを受ける奴を仲間の中からひとり名指しで指名しろ。指名された奴には俺が用意している『もうひとつのお仕置き』を叩き込むがな」

 その言葉に全員の顔面が蒼白になった。

「つまりお仲間さんをひとり売ってもらうってわけだ」

「ふ、ふざけるな!」

 だが無事なひとりが初春に敵意を向けて怒鳴った。

「お前のやっていることは最低だ! こんな犯罪行為をして俺達を苦しめて」

「前半は同意だが、後半は聞き捨てならないな」

 初春は怒鳴った男を睨み返した。

「確かに俺の今やっていることは最低だな――だが言っただろ? お前達が今苦しんでるのだって、原理はお前達が歩原先輩にやってた『失神ゲーム』と同じさ。酸素を圧迫する方法が違うだけだ。お前等のやったことの範囲内なんだけど、それならお前等も『犯罪者』だろ?」

「う……」

「それが『犯罪』ならここにいる連中はその上先輩から金盗ってるんだけど。金を取らないだけ俺の方が優しいと思わない? 俺達はお前達の『犯罪』の証拠を握ってる――これをネタに脅して強請ることもできるのによ。お気に召さないなら速攻でこれを警察に持っていってもいいんだぜ?」

 初春は狂的な顔に顔を歪めて自分の怒りを最大限こらえているようだった。その迫力に相手も気圧される。

「――ま、お気に召さないようならお前は別の方法で裁いてやるよ……」

 初春は静かにそう言うと前に歩を進め、怒鳴った男の前に詰め寄った。

「な……」

 怒鳴った男は初春の表情と迫力に後ずさって4,5歩後ろに逃げた。

「や、やめろ! 来るな!」

 男は学生服のポケットに入れていた乾電池を入れた古い靴下を取り出し初春に振り上げた。

 だが初春はそれを小さい動きでかわすと、逆に大振りした男の攻撃後の隙を逃さず一気に間を詰め、両手同時に男の両肩に触った。

 別に派手な音や強い空気の振動があったわけでもなかった。

「ガハッ!」

 だが次の瞬間男は口から吐血、耳や鼻からも血を噴出し、眼球が大きく眼底から飛び出て目玉の輪郭も分かるほどに盛り上がり、体中をびくつかせその場に倒れこんだ。

「カ――アアアア!」

 男は胸を押さえて苦しそうに体を痙攣させ、その場でのた打ち回った。声にもならない苦悶の声が倉庫にエコーがかって反響し、恐怖を煽る。

「ハア! ハア!」

 苦しそうに必死に息を吸おうとするようにもがくその目は血走り、血だらけの鼻や口で必死に息を吸いながら激痛にもがいていた。

「う、うわあああああああっ!」

 一瞬で血だるまになったクラスメイトを見て、もう体調も悪く体のだるさも極みの連中も目を見開いて初春達の前から逃げ出し、倉庫の隅にパニックになって逃げ出した。

 倉庫の中央に悶え苦しむ男と初春――それを遠くに見ている紫龍の3人だけが残される。

 初春はしゃがみこんで男の髪を掴んで顔を上げさせる。

「速攻でこうしてやることもできたけど、お気に召さなかったようだね、お詫びにもう一発くれてやろうか?」

「ハア……ハア……」

「おい、どうするかって聞いてるんだよ」

「――どうやら鼓膜が両方とも破れて聞こえんようじゃな。耳の出血を見るに」

 初春の後ろで紫龍が言った。

 紫龍の指摘の通り、男は両の鼓膜を破られていたのである。

「あぁ、なるほどね……確かにそんなことも起きるか」

 初春は残念そうに舌打ちする。

「破れるなら片方が理想だったな。両耳が聞こえないんじゃ後始末が面倒だ。お前は後回しにしてやる」

 初春はゴミを焼却炉にぶち込むが如く興味なさげに男をぽいと投げ捨てた。男は体を痙攣させながら体を抑えて苦しそうに息を漏らす。ヒューッ、ヒューッと漏れる息も何かおかしな音がしており、呼吸もままなっていないのが見て取れる。当然もう起き上がることもできなかった。

「……」

 紫龍は血だるまになり、今も吐血をしながら呻く男を見つめる。

『ぼいるしゃるるの法則』の応用とか言っておったか――えげつない威力じゃ。

 体の水分と空気に両手でそれぞれ干渉して圧力をかけて体内の気圧を上げ、内臓が気圧によって収縮――それを一瞬で急激に正常に戻すと一呼吸で縮んだ肺に高圧の空気が入り込み肺胞を破裂させ、他の内臓にも激痛を与える。鼓膜が破れたのも気圧の変化によるものだ。

 これは気泡や赤血球の不足による苦しさなど目ではない。致命的な苦痛を伴うこちらが奴の拷問の真骨頂だ。内臓は人間の人体急所の宝庫である上、気胸効果で喰らった後も肺が上手く膨らまずに呼吸が苦しい、『痛い』と『苦しい』の二段構えの拷問。

 その証拠に、こいつは威力を敢えて抑えて『気絶しないように』使っている。

『痛い』『苦しい』の上に『長く続ける』――

 一口に『人体急所』と言っても顎やこめかみを打たれて落ちるのは気持ちいい――天国を味わうが、内臓にある人体急所は打たれれば苦痛と呼吸困難で意識がある分地獄を味わう。

 こいつは拷問の仕方も心得ておる……

しかもこれだけのことをしても涼しい顔をしているのだからな。

 ――まあもっとも、この拷問の恐ろしさ、精巧さはこれだけではないのだがな……

「まあいいか、丁度いい具合に逆らった場合の見せしめが出来たようだし」

 初春はそう呟いて倉庫の隅に固まって怯える連中に、同じくゴミを見るような視線を向ける。

「見ての通り、こいつが『もうひとつのお仕置き』だ。俺に頭を下げて助かりたい場合、指名された奴はこいつを食らう……仕組みは――まあ高1物理をやっている奴ならピンと来るんじゃないの?」

「……」

「さて――それを踏まえて慎重に選択肢を選べ。選択肢は3つもある。全員が助からないことを承知で病院に行くか、仲間を売って自分が助かるか、俺を潰してノーリスクでの全員生還を狙うか……さあどうする? 策士さんよ……」

「く……」

「何人か無事な奴もいるんだ。友達のためにも俺をぶっ倒しに来てみたらどうだよ? お前等武器持ってるんだろ? 使っても構わないぜ? 俺の両手を塞ぐために一人が特攻して抑えこんで他の奴で止め刺す――殺し方もはっきりしてるだろ?」

「う……」

 煽るような攻撃的な口調ではない。静かに――実に淡々と、まるで交渉のカードを提示しているかのような口振りである。

 だが――初春がさっき見せた、触れただけで一瞬で人間を血だるまにした技――

あまりに静かで一体何が起こったのかよく分からないが、あの苦しみ方は普通ではない。

初春の言うとおり一人が先陣で初春の両手を押さえ込めば勝機はあるが、その先陣はあの技を食らう。

そんな苦しい役を心理的に誰もやりたがらない。

 無事な奴等は皆目配せをしながら、互いの名乗り出るのを待っているのである。

「――人間様の『友情』は美しいねぇ。目の前で苦しんでいる友達がいても自分が傷つきたくないことが優先で――助けようともしねぇんだな」

 誰も自分を止めに来ず貧乏くじを避けようとしている連中を見て、初春は心底軽蔑した言葉と視線を向けた。

「ま、この場合で全員が助かる可能性のある俺を倒す選択肢を即答できない時点で、少なくともリーダーはお前等を仲間と思っていなかったか、度胸のねぇ臆病者(チキン)だったかってことだな」

「……」

 そのやり方を見ながら紫龍はううむと心の中で唸っていた。

 上手い――敢えて選択肢を与えることでリーダーの無能、臆病さを晒け出すやり口。

 こいつらの薄い友情ごっこも初春の選択肢によって既に完全に崩壊している。仮にここから大逆転で初春を倒せたとしても、仲間が弱っていても誰一人助け合おうとせず、初春に向かおうともせず、自分だけ助かることばかり考えている姿を晒した直後だ。もう関係の修復は極めて困難で、初春を倒しても皆で生還を喜び合おうという雰囲気ではない。

 この小僧は人間の『言葉』を全く信用していない。

 証拠を自白させるのではなく、言葉にせずとも可視化し晒させることがより説得力があることをよく知っている。

 そして実際に相手に『見せしめ』をして恐怖を植えつけたり、『裏切り者』を臭わせて疑心暗鬼を植えつけたり……

 ここに来る時点で崩壊の『種』を撒いていた。

 そしてそんな奴が次に行うのは……

「結局お前達は武器を持っていようがはじめから自分が戦う気も傷つく気もないんだ。その理由が……あんただよ」

 初春は先頭で苦悶の表情をあげて苦しむ隈武を見た。

「あんたがそういうことを全部やってくれるとみんな思っていた――ここにいる全員、虎の威を借る狐――あんたの暴力を自分の力と思っていい気になってただけみたいだな」

 そう言って、初春は先頭の隈武の前に歩み寄る。

「――けっ。電話で正々堂々とか言ってやがったが……どっちが臆病者(チキン)だよ」

「うん、だから今からお前だけは元に戻してあげるよ」

「は?」

 隈武は勿論、他の連中もこの状態で隈武を初春が助けるという選択肢を予想していなかった。

「動かないでね」

 初春は右手で隈武の心臓のあたりを触り、活を入れる。

「お、おお……」

 今までの不調が嘘のように隈武の体のだるさはみるみる楽になって、ここに来る前よりもすっきりした状態に戻った。

「こいつを使ったのは外野がお前がいることで強気になって横槍を入れられるのが面倒だったからなんだ。はじめからあんたとは一対一(サシ)でやるつもりだったよ」

「……」

 隈武もまさか初春が自分を助けるとは思わず、呆然とした。

「――いいのかよ。はじめから俺もさっきので潰せばいいじゃねぇか」

「それなら簡単だしそうしたいんだが――この能力って基本俺の先手じゃないと有効じゃないんだよね。血管に真水や気泡を入れるのだって、相手に触って1秒くらいはどうしても触り続けないといけないし。相手に先手を取られてしまうともう後手後手なんだよ。あんた達も帰ってからそれに気付いたら、今度は逆にあんた達が先手を取って奇襲で俺を潰しに来ることもちょっと頭のいい奴なら考えるだろ」

 紫龍も頷いた。初春のこの触って相手を『破壊する』戦法は初春の先手時限定の戦法である。相手のパンチをガードしながら、その一瞬でついでに流すような使い方は出来ない。

 実際に向かい合って戦闘をする場合、1秒以上相手に触れると言うのはかなり危険な行為である。能力の発動に意識も集中する分、触っている間は無防備に近い。

 1対1ならクリンチなどでそれも出来るが、複数の敵がいる場面では後手に回ったら使いにくい。

 だからあいつは……

「俺、人間嫌いだから出来れば一回でそういう無駄な報復する気も起こさせなくしておきたいわけ。そのためには先手を取らせたあんたをちゃんと倒すのが一番だ。一応俺が後手番だった時の使い方も用意してきたしね」

「テメエ――もう勝った気でいるのか」

 腹が立ったが自分を助けたという行為をされたことでやや毒気を抜かれており、口調が大人しい隈武である。

「水は方円の器に従う――勝つか負けるかは流れた先に起こることだから別にこだわらないよ。負ければ酷い目にあうなんて当たり前のことだし」

 さらりと言ってのける初春を見て、隈武の目は初春の裸の上半身に向く。

 服を着ている時は着やせしていて分からなかったが、俺の経験上――こいつは結構腕も立ちそうだ。強い奴を感じる勘が働く。実際裸の腹筋――ありゃ単なるトレーニングで鍛えた腹じゃねぇ。殴られて鍛えた腹だ。相手に殴られることを想定しなきゃあそこまではなかなかならない。

「それに――俺はお前みたいな奴はそんなに嫌いじゃないしね」

「は?」

「暴力って手を汚す役をこいつらの分も担っているだけ全然ましだろ。世間はお前を『悪』扱いするだろうが――少なくともそれを自分の手でやるだけまだいい。俺に言わせりゃ後ろにいる手も汚さずにいた野郎共の方がよっぽど腐れ外道だ」

「……」

「少なくともあんたは仕える主人を間違えただけだ。好きってわけでもないが、仲間のために手を汚すことも辞さないって点に関しては多少の敬意は表するよ」

 初春には持論がある。

 物語やファンタジーで、自らや表に立ち戦の腕も大層立つという王やリーダーがいるが。

 王がそんな仕事をやることはほとんど無駄だ。

 何故なら暴力は『誰でも出来る仕事』だから。

 王という特別なことが出来る立場の人間が誰でも出来ることをやる必要性が一切ない。

 別に王は戦を一切やらなくてもよいのだ。

本来王がいくら剣の達人だろうと、自軍が敗れれば個人の力でどうこうできるものではない。王が剣を使わねばならない時は、既に大勢が決している時なのだから、その状態でひとりの達人の剣など、自身の生存確率をほんの僅か上げる程度でしかない。

そういう意味では自らの手を汚さない鳴沢は、代わりに手を汚すこの大男を横に置いて身を守る――実に合理的な行動を取っているのだ。

「……」

 俺で言えば直哉と結衣――

 天賦の才に恵まれたあいつらの前に敵が現れた時――暴力であれ交渉であれ排除に自ら手を汚すのは非効率だった。むしろ手を汚すことで奴等の株が落ちることが害でしかなかった。

 だからそういう時には代わりに俺が手を汚すことを覚悟した。俺の手が汚れることよりも、あいつらの手が汚れないことの方がはるかに意味があった。

 暴力とは塵芥のような者――手を汚しても汚れたのが分からない程に卑しい者がやって初めて意味がある。

 この大男がそんなことを考えていたのかは知らないが、少なくともこいつの暴力がこいつらの薄っぺらとは言え『仲間』を成立させていた一因であることは変わりない。

 こんな腐れ外道のためとは言え、仲間を守るために手を汚し続けたこいつは少なくともこの中では仲間のために一番リスクのあるやり方で体を張っている。

一番ましな人間だと初春は思っていた。一種の同属ゆえの共感もあったかもしれない。

「……」

 しかし隈武はさっきから初春に毒気を抜かれっぱなしである。

 助けてもらったこともそうだが、今までの人生で暴力しか取り得のない俺に、恐怖抜きで敬意を払うような奴はいなかった。

 そして隈武は初春との話をして、鳴沢という主に疑問を持ち始めていたのである。

 仕える主を間違えた、か……

 俺は昔暴力事件で少年院に行くところを鳴くんに助けられ、揉み消してもらった恩で一緒にいたのだが……

 いつの間にかこいつの言うとおり、ただの『番犬』と化していたのかもしれない。

 確かに鳴くんは俺に金も渡しはするが……

「なあ、もしかしてあんた、毒気抜かれてるんじゃないのか?」

 初春は呆けている隈武に声をかける。

「勘違いするなよ。俺は別に心理作戦をしたいわけじゃないんだ。俺はこれからあんたを潰しに行くんだぜ。お前は後ろのお仲間の命運を一身に背負ってるんだ。お前が倒れりゃ後ろの奴等の希望はほぼないからな――」

 紫龍は頷いた。

 そう、この大男をさっきの技などで一思いにやらないのは。

 こいつが今ここにいる儂と小僧以外の者にとって唯一の『希望』だからだ。

 こいつらが何の代償もなく助かる唯一の方法である小僧を潰す事――それを叶えるこいつらの戦闘力のほぼ全てを握るのがこの男だから。

 逆にこれだけ分かりやすい『希望』――潰す事は逆に相手にとっては『絶望』だ。

 この小僧が腐れ外道どもを処刑する前にやるのは……

 そうした『希望』を一つ一つ摘み取ることだ。

 残酷――いや、残虐な手段だ。


今回の使い方は『ボイルシャルルの法則』をわざわざ作中で解説した複線を使っていたので分かってしまった方もいたのではないでしょうか。



スキューバダイビングをやっている人にとって水深と気圧の関係って馴染みが深いんじゃないですかね。

通常の海抜0メートル地点に立っている人間には1気圧がかかっています。そして海に約10メートル潜る度に空気の重さの1気圧に水圧の1気圧がどんどん加算されます。

ここまで潜った時に一気に水面に出ようとしたりすると体内に気泡が溜まって体調が悪化します。(エアエンボリズムという)

また気圧がかかるごとに内臓が圧迫され、肺の空気も圧縮されます。スキューバでこの水深でボンベから吸った空気を肺に残したまま浮上すると、肺の空気が膨張して肺を膨らまし過ぎた風船のように破裂させるわけです。

僅か10メートル、2気圧と言うと大したことなさそうですが人を殺すだけの危険な環境です。



初春の能力は、そういう「大したことがないのが使い方次第で怖い、極悪」と言うコンセプトで考え出されてます。多分こういうの映像化、可視化するとすごい地味でしょうけどね…


詳しく知りたい方は『スキューバダイビング』や『減圧症』というワードでググるといいでしょう。


次回、多分女性にとってはかなり胸糞描写があると思いますので読む際はご注意を…

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