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悪党の才能(2)

初春はその状況を見回すと歩を進めた。

「君、随分怖い顔をしているけど、何か勘違いしてない?」

 後ろにいる少年が鉄柵から腰を上げる。童顔で声変わりがまだ完全に終わってないような高めの声域――体が初春よりやや小さい分とても幼く見えた。

「ちょっと遊んでただけなんだよ。『失神ゲーム』ってやつさ」

「財布抜いてるように見えますけど」

「やだなぁ。財布が落ちたからポケットに戻してあげたのに」

 目の前に白目を剥いて完全に落ちている人間がいるというのに、妙ににこやかな声で話す少年だった。

 初春は鼻から息を吐いた。

 そして携帯電話をポケットから取り出した。

「おいテメエ、どこに連絡しようってんだい」

 目の前の大男達が詰め寄り、初春の携帯を持つ右手を掴んだ。そして強引に携帯を奪い取り、液晶画面を確認する。

 画面にはダイヤルで『119』と打たれていた。通話ボタンはまだ押されていない。

「その人は白目剥いて泡吹いてるんだ。もう10秒以上経ってるがまだ起きないってことは、相当深く極まってる――後遺症が残ったり、下手したら命に関わるぞ。最優先はその人を助けることだろ」

 腕を大男の大きな手に掴まれたまま、初春は淡々と言った。

「それとも何? 警察呼ばれると思ったのかよ」

 大男を見上げるその初春の顔は、酷薄な笑みが浮かんだ。

 男の手を振りほどいて自分の携帯を取り上げると、初春は後ろにいた少年に向けても同じ笑みを浮かべた。

「お前等を裁くのなんて今は問題じゃねぇよ。警察呼ばれると思って携帯持っただけでビビるし、元々こんな弱そうな人を落とさなきゃカツアゲもできない時点で、お前等がどの程度の人間なのかは大体分かったからな」

「何だと!」

 いきり立った大男が丸太のような拳を振り上げた。

「よしなよ」

 よく通る声で後ろの少年がガムを噛みながら大男をたしなめた。

「で、でもよぉ、この野郎俺等をなめてやがる……」

 大男は素直に言うことを聞き、拳を下ろした。

「見ない顔だよね君、僕達と同世代っぽいけど、スーツってことはここの生徒じゃないでしょ」

「ああ」

「ふぅん……」

 それを訊いて、少年はガムで風船を膨らませた。

「君達、今すぐここから離れて。特にゴウくんはすぐに」

「で、でも……」

 大男は明らかな狼狽を見せる。

「僕の言うことが聞けないのかい?」

「わ、分かったよ……」

 狼狽しながら、大男と気を失った生徒を囲んでいた男達がその場を立ち去っていく。

 場には童顔の少年と初春が残った。

「……」

「そんな怖い顔しないでよ。僕と彼らは友達なんだから」

 そう言って、初春の前に歩み寄ってくる。

「とりあえずこれで今見たことは黙っといてくれない?」

 少年は笑顔でポケットからピン札の一万円札を取り出した。

「分からない奴だな。俺はお前に用はない――その人を起こすのが最優先だ。どけ」

「清廉潔白な振りしないでよ。君この学校の生徒じゃなくてこの年齢で、しかも旅行者のいないこの学校にいる――ってことは、プータローでしょ。金はほしいと思うけどなぁ」

「……」

「ま、これ取っといてよ」

 そう言って少年はピン札を折り曲げて初春のワイシャツの胸ポケットに一万円札を押し込んだ。

「……」

 初春はポケットに入った一万円札を手に取った。

「誰か助けてっ!」

 その瞬間、目の前の少年は真に迫るよく通る声で叫び声を上げた。

 その直後、声に引かれて初春を追いかけてきていた紅葉、雪菜、夏帆は皆追いついてここにやって来る。

 それと時を同じくして、40代くらいの総髪の男性教師二人――そのうち一人は体育教師らしいジャージとポロシャツ姿で、もうひとりはスーツを着た一般教員で恰幅がよかった。

「ど、どうした鳴沢(なるさわ)!」

 体育教師が駆け寄る少年は、学生服のボタンを外して尻餅をついた様子を見せた。

「こ、この人にお金を取られて!」

 少年は初春を指差した。

 初春は一万円を手に持っている。

「この人が歩原(あゆはら)くんを叩きのめして!」

怯えた声で倒れている男子生徒を指差す。

「そ、そんな! 彼はさっきまでずっと私達と一緒にいたんです! そんなことをする理由なんて」

 夏帆の言葉をもうひとりのスーツ姿の教師が遮った。

「はぁ……」

 初春は溜め息をついた。

「み……」

 雪菜はその姿を見て体が震えた。

「柳さん……」

 紅葉にはその雪菜の震えた理由が分かった。

「み、神子柴くんはそんなことしません!」

 紅葉は声が震えながらも、精一杯の声を出した。

「――君、ちょっと話を聞かせてもらうよ。」

 体育教師は初春の肩に手を置いて逃げるのを防いだ。

「――あんたさ、あれが見えないわけ?」

 初春は肩に手を置いた体育教師を睨み、校舎裏で今も倒れている男子生徒を指差した。

「え……」

「失神の蘇生は放っておいて10秒以上目覚めなかったら後遺症の危険があるんだよ。その人の無事を確かめるのが最優先だ、どけ」

 初春はそう言って一万円札を掌で握り締めてぐしゃぐしゃにし、倒れている少年に投げつけると、体育教師の手を払いのけて倒れている男子生徒に駆け寄り脈を見た。

 命には別状がなさそうだが、相当強く血行を抑制されていたようだ。体がひんやりと冷たかった。

 格闘技に精通している初春は、絞め技で落とされた時の対処法も少しは知識がある。初春は男子生徒の首元のシャツのボタンとズボンのベルトを緩めて両足首を持ち、足の裏を空に向けるよう垂直に上げた。脳に血流を向けるためだ。

「葉月先生、担架を持ってきてくれませんか? 学校ならあるでしょう?」

「う、うん、保健室にあるはずだから」

「わ、私も行きます……」

 夏帆の後を雪菜もついていく。

「……」

教師達は生徒の蘇生に的確な対応を取る初春を眼前に立ち尽くす。

 初春の睨みは教師達に、教師失格の烙印を押されたような屈辱を与えた。

 目の前の状況で校外に騒ぎを拡散させないように、火元に見える初春を拘束することを優先し、危険な状態の生徒を放置した判断ミスを、初春に心底軽蔑されたことを示す睨みだった。

「う……」

 初春が処置を行うと、男子生徒は虚ろに目を開ける。

「大丈夫ですか。これ、見えますか」

 初春は虚ろな目の生徒の前に指をかざす。

「これだけ深く極まってたんじゃ、まだ頭がふらふらするはずだ。無理に起きない方がいい。意識が戻ったなら、体の力を抜いて深く息を吸って……」

「ハルくん! 担架借りてきたよ!」

 さっき走ってきたばかりの夏帆と雪菜が息を切らせて戻ってくる。

「よし、この人を横にして休ませるんだ。保健室に運ぶぞ。手伝ってくれ」

 初春は立ち尽くす教師と童顔の男が見えていないような手際で生徒を担架に乗せ、紅葉と雪菜で両端を支える担架を持ち上げる。

「保健室の場所は?」

「正門の中央玄関から入って右!」

 紅葉に道を聞いて初春は前に立ち、担架を持ちながら校舎の方へ歩を進める。

 すれ違い様、立ち尽くす教師と童顔の男をすごい目で睨みつけ、足を止めずに吐き捨てた。

「話があるならそこに来いよ……」

「……」

 背中を向けていて顔は見えなかったけど。

 そう吐き捨てた初春の声に、紅葉と雪菜の二人は背筋が凍った。

 でも――それは怖いからじゃなくて……



 保健室はもう養護教諭も帰っているようで誰もおらず、初春達は勝手に保健室のベッドに男子生徒を横にならせた。

 初春はベッドの横にパイプ椅子を置いて座り、男子生徒の顔色を見た。

「こ、こういう場合どうすればいいの……」

 紅葉はおろおろしている。

「意識が戻ればあとは酸素の欠乏だからな。リラックスさせて酸欠状態が収まるのを待つ方がいい」

「そっか……」

「……」

 男子生徒の顔色はまだ真っ青だ。血色が引いている。

「うぅ……」

「気分が悪いですか?」

答える気力も起きないほど、男子生徒は苦しそうに呻いていた。

「……」

 仕方ない――3人が後ろにいるが、これは相当体調が悪そうだしな。

 初春はおもむろに自分の両手を組むと、その組んだ手を男子生徒の左胸――心臓の位置にシャツの上から置いて、目を閉じた。

「いいですか、軽く『おまじない』をかけますので体の力を抜いて、深い深呼吸を繰り返して……」

「――神子柴くん」

「ちょっとだけ静かにしていろ……」

 そう囁くような声で言った初春の言葉に、3人は口をつぐんで初春の後ろから様子を伺った。

 はじめは土気色だった男子生徒の顔色は、30秒ほど経つと段々と血色がよくなっていき、1分もすると薄く頬がピンク色になり始めた。

「よし」

 初春がそう言うと、男子生徒は再び目を開け、がばと起き上がる。

「どうですか、気分は?」

「――なんか、さっきより随分と楽になったけど……」

 男子生徒は意外なほど体調がよくなった自分にびっくりしていたが、それと同時に顔を少し引きつらせていた。

「多分トイレに行きたいはずですけど」

「わ、分かるのか?」

 男子生徒は初春に自分の我慢していた尿意を見破られてぎょっとした。

「行ってきた方がいいですよ。自分で立てます?」

「あ、ああ――うおお、漏れる漏れる……」

 さっきまで気絶していたとは思えないほど、尿意に抗えずに急いでベッドを抜け出て保健室を出て行ってしまった男子生徒であった。

「……」

 初春は自分の両手を確かめるようにこきこきとほぐした。

「え、え? 今、何をやったの?」

 正直な紅葉はその疑問を真っ先に口にした。

「あんなに体調が悪そうだったのに……」

「酸欠が収まったんだろ。とりあえずよかった。あの調子なら後遺症は残らないだろう」

「……」

 明らかに初春が嘘をついているのが三人にも分かった。

『おまじない』と言っていた初春の行動から、明らかにあの人の血色がよくなったのだ。

 でも……

 それを見ていた周りの三人は、その疑問を追及するよりも、今は深く安堵していた。

さっきまで初春が何かをしたというあの童顔の少年の主張に狼狽していたが、自分がどんな状況になっても、危険な状態の人のことを最優先に考えたこの人があんなことをするはずがないのだ。

 蘇生を試み、無事を確認するまでの初春は相変わらず仏頂面だったが、仕草が優しさに満ちていた。

「……」

 保健室に男子生徒が戻ってくると、申し訳なさそうに初春達に頭を下げた。

「葉月先生――それとあなた方も、すみません。ご迷惑をおかけして……」

「君、二年の歩原智(あゆはらとも)くんよね?」

 夏帆が生徒の名を確認した。

「まだ横になっていたほうがいいわ。保険の先生はいないけど、落ち着くまで私、残ってるから」

「え――そ、そんなこと」

「俺達のことよりも、本当に少し休んだ方がいいですよ」

「……」

 智は再び元いたベッドに戻る。

「あと――財布を確認した方がいい」

 ベッドに入ると、初春がそう言った。

「え?」

「あの連中、先輩を落とした後にポケットから財布抜いてましたよ。やったのはあのチビじゃなくてでかい奴だったけど」

「い、いいんだ……」

「は?」

「もういいんだ、それで……どうせ大した金は入ってない……」

「大した金って……」

「いいんだよ!」

 やや激した声で叫ぶ智の声は震えていた。

「……」

 沈黙の走った保健室の引き戸が開く。

 そこにはさっきの二人の教師と童顔の少年が連れ立ってやってきていた。

「歩原くん、大丈夫かい?」

 少年は智の寝ているベッドの横に心配そうな面持ちで駆け寄った。

「ごめんよ、近くを通りかかったのに止めてやれなかったんだ……」

「……」

 初春には反吐が出そうなほど臭い演技だったが。

 ベッドに横たわる智は震えながら掛け布団をかぶって目線を逸らした。

「さて……」

 そんな智を一通り見ると、少年は顔を上げ、初春を見た。

「君は僕のクラスメイトを傷つけた。僕の金は返してくれたみたいだけど、それについてはきっちり報いを受けてもらうよ」

「……」

「ちょ、ちょっと待ってください」

 夏帆が間に入った。

「ハル――彼は歩原くんを助けてここまで運んだんですよ。自分でやったのにそんな介抱をするなんて……」

「葉月先生」

 スーツの教師が夏帆の言葉を制した。

「うちの生徒を介抱したことについては一定の酌量はする。だが校外の人間が現場に居合わせているんだ。最低限身元くらいは確認させてもらうよ」

「身元?」

 初春は首を傾げた。

「俺に今すぐ身元を証明する書類なんてありませんよ。学校に行ってないんで学生証もない――強いて言えば住所のない国民保険証くらいでね」

 そう、初春には顔写真つきの身分証明がない。

これがないために初春の行動は大きく制限されている。人間の世界では簡単な契約も行えず、引越しも携帯電話の新規契約も出来ない。

「――何だ、学校に行ってないのか……こんなことをやりそうなことだ」

「何?」

「どうせ遊ぶ金ほしさに鳴沢と歩原を狙ったんだろう?」

「鳴沢……」

 雪菜が首を傾げ、すぐに狼狽する。

「――それが俺がやったって理由にはならないと思うけど」

「先生、先生はこんな身元の分からない奴と僕と、どっちを信じるんですか?」

「……」

 教師は初春を睨む。先ほどの顛末で自分のプライドを傷つけられた教師としても初春に味方する理由はなかったし、自分の学校の生徒に罪を着せれば対処が難しくなる。

 初春が悪者の方がすっきり話が収まるのである。

「そ、そんなのおかしい……」

 紅葉が口を開いたのと同時に、初春は溜め息で紅葉の声を制した。

「生憎俺は中卒なんで学がないんでね。単刀直入に何をしてほしいのか言ってくれるか」

「ふぅん、罪を償う気になったんだね。感心感心。ご両親が泣かなくて済むね」

「……」

「とりあえず名前と住所を控えさせてよ。その後のことはうちの親とも相談して通達するよ」

「質問をするなら先に名乗るのが礼儀だと思うが?」

「それを言うなら外部の得体の知れない人間の身分証明は礼儀に優先するでしょ」

「俺に礼儀は必要ないってわけか……」

 沈黙。

「神子柴初春、住所は……」

 素直に初春は身元を述べた。

「よし、じゃあひとまず今日は帰りなよ。追ってこっちも連絡を入れるからね」

「あんたの名前は?」

「僕は鳴沢鳴(なるさわめい)、神庭高校の二年さ」

 メモ帳をしまうと鳴沢は二人の教師を見て慇懃に頭を下げた。

「ごめんなさい先生。もう帰る時間だったでしょうにお時間をとらせてしまって……」

 そう言って鳴沢は二人の教師に手間を取らせたことを詫びると、保健室を3人で出ていった。

「な、何なのあれ!」

 紅葉が珍しく不快そうな声を上げた。

「な、鳴沢って――確かこの町の町長の苗字ですよ」

 雪菜はやや自信がないながらもそう言った。

「そうなの?」

 この町に来て日の浅い夏帆も驚いた。

「鳴沢くんって――確か二年の成績は学年上位だったわね。すごく優等生だって噂で」

「ふぅん……」

 初春は興味なさげに頷いた。

「み、神子柴くん――何だか大変なことになっちゃったね……」

 紅葉が何とかかける言葉を捜して、初春にそう言った。

「はぁ、どいつもこいつも……」

 初春は棘のある静かな息を漏らした。

「問題は俺がどうなるかよりも、もっと切迫していることがあるだろうが」

 そう言って初春はパイプ椅子に座り、ベッドで布団をかぶっている智の横に座る。

「先輩、あのチビに随分やられているみたいですね。あいつのあの薄ら笑い見るだけでその怯え方だ……相当追い詰められている」

「あ……」

「俺のことははした金で済むかも知れんが、先輩はそうじゃない……このままだとあいつらに血の一滴まで絞られるぞ。暴力だけじゃなく、金まで盗られているんだからな。それもあれはもう日常化してたやり口だ。完全に上下関係が成立している」

「……」

 自分がこんな状況になっても、今いじめられている人のことを最優先に案じる。

 三人はそんな初春を見て、自分を酷く恥じた。

「一体何でこんなことに……」

 雪菜は身につまされる思いだった。

 雪菜自身元々気弱で学校のグループに率先して加わるようなタイプではない。紅葉と夏帆――そして初春がいなければ雪菜はいまだに学校に話し相手がひとりもおらず、本を読み耽っていたかもしれない。

「そんなの聞いても無意味だろ」

 初春は慈悲なく雪菜の疑問を切り捨てた。

「どうせ聞いたって、ムカつくとかキモいとか抽象的なものだろ。仮にこの人に多少の落ち度があったって、それで落とされて金盗られるような理由にならないだろ。意味ねぇよ、やる奴の心情なんて。個人的に分かりたくもねぇしな」

「……」

「先輩、俺があなたに聞きたいのはひとつだけなんで、よく考えてください」

 初春は布団の中でうずくまる智に強い口調で訊いた。

「助けてほしいですか?」

「え……」

「あなたの迷惑じゃなきゃ、俺はあなたの味方になりますよ。俺、何でも屋なんで」

「何でも屋……」

 智が布団から出て初春に顔を向けた瞬間。

 ガラッと勢いよく保健室の引き戸がまた開く。

 そこには鳴沢と、さっきまで鳴沢の下についていた大男の取巻き達が薄ら笑いを浮かべてやってきた。

「よぉ」

 先頭にいた一際大きな体の男がにやついた笑みで初春に挨拶した。

「友達の見舞いに来たんだよ。誰かさんに落とされちまったから体調が心配でよぉ」

「……」

 明らかに初春を挑発していた。

「――葉月先生、こいつらは俺と先輩に話があるみたいなんで少し席を外してくれませんか? 秋葉と柳も」

「え?」

「そ、そんなわけに行かないよ、私は」

「はっきり言って――邪魔」

 初春は静かだが激しい舌鋒で、夏帆の怯えながらも教師の責務を果たそうとする気持ちを砕いた。

「……」

 夏帆は不覚にも、初春のその時の目をはっきりと『怖い』と感じた。

「うん――でも保健室も最後鍵をかけなきゃいけないから、10分後に戻ってくるよ。それは――許してね……」

「それでいいです。ありがとうございます」

 誰とも言わず、三人は席を立ち保健室を出ていった。

「いいのかい? 味方を帰しちゃって?」

 鳴沢はへらへら笑っている。

「証人がいたって新任教師の言葉なんてお前等がもみ消すだろ。さっきお前がやったのと同じだ。学校の内部の人間よりも部外者の俺の方が罪をかぶせるのに都合がいい――俺に発言権はないってことだろ。なら証人にもならない味方なんて、邪魔なだけだ」

 初春はそう吐き捨てた。

「それに――教師の葉月先生がいない方が、本性出せるだろう」

「本性? 嫌だなぁ。僕達は最初から遊んでいただけなんだって。君が勝手に被害妄想で話をでかくしただけさ」

「そうだよなぁ、ポチ」

 先頭の大男が布団を引き剥がして、智から隠れる場所を奪った。姿を晒された智は大男の姿を見てあからさまな怯えを見せる。

「ポチ?」

「歩原智――歩智(ポチ)だよ。情けねぇこいつにぴったりのあだ名だろ?」

「そいつゴミ臭ぇからなぁ。犬小屋の臭いがするしな」

「……」

「しかしさすが鳴くんだぜ。こいつをぶちのめすよりも言うことを聞かせる方が面白いからあの時俺を止めたのか」

「こんな外部の人間の言葉、聞く奴なんていないしね。一応僕もここじゃ優等生で通ってるし、教師の信頼が違う」

「ふっ」

 思わず初春は鼻で笑った。

「君に落とし前を付ける方法、考えたよ」

「へぇ、何をする気だい?」

「とりあえず10万――慰謝料として僕達に納めてもらおうか」

「は?」

「君はポチを落として僕からも金を奪った――診断書は僕のかかりつけの医師が発行するし、僕の家は町長だ。専属の弁護士もいる――法的に君を取り立てさせてもらうよ」

「ふぅん……」

「逆らおうなんて考えない方がいいよ。この田舎町じゃすぐに君の行動は噂になる――すぐにこの町に住めなくなるからね」


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