影法師のラーメン(1)
柳雪菜は緊張していた。
日曜日、時間は午前10時――この日雪菜は図書館の前で受付のお姉さんと共に人を待っていた。
「うーん、雪菜ちゃんもうちょっとお洒落をしてきても良かったかもねぇ」
受付のお姉さんは雪菜の格好を見る。
「肌を出すの苦手で……」
薄着で表を歩く暑い夏は雪菜の苦手な季節である。そうでなくても今日は初夏の日が高く昇っており、湿度も高く暑い。
そんな日に雪菜の格好は長袖の白黒のボーダーシャツにジーンズとスニーカーだった。シャツのサイズは少し大きめで、体のラインが見えにくい。
雪菜は借りたばかりの『踊る人形』のページをめくる。時間より早く来て、雪菜はずっと本を読んでいる。
「男の子と待ち合わせだっていうのに本ばかりで色気のないことで……しかも恋愛小説とかじゃなくミステリーだもんね。折角あの彼と二人でいっぱい話せるのに。何なら仕事は適当でデートしてもいいのよ」
「で、デートってそんな……」
「あ、来た来た」
受付のお姉さんが自転車置き場に入ってきた一台の自転車を見つける。
「どうも、すいませんギリギリになっちゃって」
初春が小走りでこちらにやってくる。
「……」
受付のお姉さんが渋い顔をする。
「――折角女の子と一緒なのに、君もお洒落をしていないねぇ」
初春の格好は黒のTシャツにジーンズ、スニーカーである。短剣型のシルバーアクセサリーと将棋の駒のネックレスをつけている。
半袖のシャツから覗く腕の筋肉は小さく隆起し、短剣のアクセサリーも含めて無口な初春の佇まいは怖々しい。雪菜は萎縮してしまいそうになる。
「ここに来る前に農場のバイトがあって、そのまま来たんで」
「まったく――若いのに枯れてるなぁ二人とも。じゃあまずはこれをつけてね」
そう言ってお姉さんは二人に『神庭町立図書館』と書かれた緑の腕章を渡した。それから自分の横においてある小型のリアカーを指した。都内で空き缶を回収している人が引いているような奴だ。車体の側面にも図書館のロゴが入っており、本の寄贈の旨が告知されている。
「取り合えずこれを引いて色々歩いてみて。一応回覧板で今日図書館が本の回収をすることを伝えてあるから玄関先に本を出してくれている家もあるけど、ちゃんと読んでない人もいるからある程度声も出した方がいいわね。一応7000円の日給が最低保証で、集めた本に応じて日給アップ。0冊でも取り合えず最低補償の額は出すけどまめにこちらから進捗を確認する電話が入るわ。それを無視するとか明らかに非協力的な働きぶりを見せた場合は減額、または賃金ゼロも検討されるの。回るルートや集め方に関しては基本お任せだけど、社会的にまずい行動を行った場合は即クビ、賃金ゼロ。仕事の内容はこれだけね。簡単でしょ」
仕事の説明は非常に単純明快だった。
要するに一応来ることは伝えているが、半分は飛び込み営業のようなものだ。予想通り雪菜には最も適さないスタイルの仕事だ。まあ俺も人のこと言えないけど。
「よろしくな」
初春は自分に萎縮している雪菜に声をかけた。
「は、はい――や、柳雪菜です……よろしくお願いします……」
声の震えを何とか誤魔化そうと頑張っているのだが、どうしても初春の雰囲気に気圧されてしまう。
「……」
――そうか、記憶を消してからお互いに名前を名乗ったのは初めてだっけ。
「神子柴初春だ。よろしく」
――しかし本当に記憶がなくなって接し方が元に戻っちまったな。最後の方は結構俺にも自分から話しかけられるようになってたから、少しは柳の人見知りも薄れたかと思ったんだが……
「じゃあ役柄的に俺がリアカーだな」
初春はリアカーの前に立つ。バンパーがついていて丁度リアカーの車体を地面と水平にして初春の腰の高さに来る。
「じゃあ雪菜ちゃんがスマイル担当だ。雪菜ちゃんが本を寄贈する人を集めて!」
「えぇ?」
「特に雪菜ちゃんのルックスはおじさんに受けそうだから、おじさんには徹底的にスマイルで!」
「そ、そんなこと言われても……」
「……」
初春は困惑する雪菜のことを窺った。
小柄な体に童顔、白い肌、前髪で隠しているが丸くて大きな瞳、室内で見ると前髪で顔が隠れて陰気だが、こういう太陽の下に出ると白い肌が一層映えて見える。黒い髪は一度もカラーをしていないからつやつやした光沢が見える。
確かにおっさん受けしそうな顔だな、柳って……
そんなやり取りがあって、初春と雪菜は今リアカーと一緒になって田園地帯を歩き、取り合えず駅前の商店街から住宅街に向けて歩くことにした。
いい天気だ。もう外にはTシャツ一枚でも汗ばむくらいの陽気。最近は夜になると寝苦しい上に初春の家からは山や近くの田園に生息している蛙の大合唱が夜通し続いて五月蝿い。東京育ちの初春はまだ慣れず、疲れていないと寝つきが悪く、最近やや寝不足だ。
朝に軽く体を動かして丁度体も目覚める時間に晴れている空は眩しいが、体内時計が動き出すようで心地よかった。
「……」
そんな初夏の陽気の中で凍えているようにガチガチになっている雪菜。
「なあ、そんなに気にしなくていいと思うぞ。別に無理して笑わなくても駄目だったら駄目でいいだろ。一応最低賃金はもらえるんだし」
「そ、そうですね……」
「……」
俺と一緒にいることも影響しているんだろうが、自分にハードルの高い仕事にガチガチに緊張している雪菜であった。
駄目だこりゃ……本のことを話す時は結構生き生きするんだけどな。
とは言っても仕事の意味では雪菜は『華』であることは間違いない。
依頼ではないので成果はどうでもいいのだが『何でも屋』を名乗る以上成果を出せなければ客も増えてこない。図書館の職員が客を紹介してくれるかもしれないので、それなりに結果は欲しいところだ。
だが無愛想な初春が頼んで人間が本を出してくれるとも思わないので『華』である雪菜の笑顔は成果を求めるならどうしても欲しいところである。
――何とかハードルを下げなきゃな。
「――なら、ノープランで古本屋に行くと思えばいいんじゃないの?」
「え?」
「今日探した本、どうせ柳は読むんだろうから自分が本を買いに来たと思えばいい。掘り出し物があったら儲けものと思って今日は古本屋に来た――そんな感じでいいんじゃないの?」
「……」
「それとも柳は、新刊をネットのレビューを読まないと本を買わないタイプか?」
「そ、そんなことありません。私は古典作品だって読みます。さっきまでだって、コナン=ドイルの『踊る人形』を……」
初春は心の中で、よし、食いついたとガッツポーズした。
「だよな。人気の新刊もいいが、期待してなかった話が当たりだった時って、宝物掘り出したような気分になるよな」
「……」
あれ、まただ……
さっきまでずっと、知らない人と話したり、話したことのない男の子と一緒にいることで緊張でガチガチだったのに。
この人の一言で、ふっと気持ちが楽になる。
不思議な人――ぶっきらぼうで何も見ていないようで、ちゃんと私が不安だったことを分かってくれてるんだな。
雪菜は自分の持っている鞄に入っている『踊る人形』のことを思い出す。
まだ私が何も言ってなくてもお見通しなんて。
それってまるで――シャーロック=ホームズみたいかも……
「えー、本を寄贈してくれる方を探しておりまーす。町立図書館のために本の寄贈をお願いいたしまーす」
駅前の商店街の方へ出ると、初春は声での呼びかけを始める。選挙カーのように常に騒ぐのも鬱陶しいと思い、5分置き程度を目安に声を出しながら歩く。
「す、すごい声が出ますね……」
物静かな初春がこんな良く通る声量を持っているとは思わず雪菜は驚いた。
「あぁ――中学の時は剣道部で先輩にやたら声出しやらされたからな」
初春は戦闘で声を出すことに合理的な意味を感じられなかったので渋々やっていたので、いつも最後まで残らされていた。
何故わざわざ相手に叩く場所を宣言するような声を出すのか、いまだに謎である。
「あぁ――だが出し慣れてない声は出すもんじゃねぇな……もう喉が痛いぜ」
初春は喉を押さえた。
「ちょっとちょっとぉ」
駅前の自転車屋の小太りのおばさんが手招きしている。二人は自転車屋の前まで小走りで行く。
「丁度よかった、これ引き取ってよ」
そう言っておばさんは紐で束ねた女性週刊誌をリアカーに有無を言わさずどさりと乗せた。芸能人の不倫や政治家の汚職など、ワイドショーのネタを集めたゴシップ誌ばかりでかなり古い日付のものばかりだ。
「あ、あの、古いゴシップ誌は図書館に置けないのでこれはお引取りは出来ないのですが」
「置けないならそっちでついでに処分しといてよ、図書館の方が本の処分は上手でしょう」
押しの弱い雪菜を電車道で押し切ってそれだけ言うとおばさんは店の奥に引っ込んで、ぴしゃりと扉を閉めてしまった。
「――ゴミを断ってる相手に平気で押し付けんのかよ。不法投棄と変わらないぜ」
「す、すみません断れなくて……」
「いいよ、むしろ下手に関わったらああいうモラルのない手合いは厄介だ。どうせ話を聞きやしない相手に無駄な労力を使うことになるさ」
初春はリアカーに乗った紐でつるした雑誌を拾い上げる。『行雲』の太刀よりやや軽いくらいだから2キロ程度あるだろうか、結構重い。
「どうせやるなら実力行使といこうぜ」
初春の顔が悪巧みを考えた怪しい顔つきになる。
「な、何をするんですか?」
「丁度重いものがあるしな。ここは日本の古典的伝統に従ってサルカニ合戦方式で行こう」
「さ、サルカニ合戦?」
「知らないか? 囲炉裏で栗がはじけて、猿が冷やそうとしたところに水瓶に隠れていた蜂が刺して、家を逃げ出そうとしたところに屋根から臼が潰す――つまり柳があのおばさんをインターホンで呼び出してリアカーのパンクを見てもらおうと頼んだところに、屋根に潜んだ俺がおばさんの頭にこの雑誌の山をズッシーン、ってわけだ」
「そ、そんなの駄目です!」
「ん? そうか、それだと柳が共犯だとばれちゃうか。よし、じゃあインターホンを柳が押してくれればいいや、指紋が残らないようにボタンを拭き取れば完璧だ」
「そ、そうじゃなくて……」
雪菜は慌てているのでなかなか舌が回らない。
「せ、折角本も役目を終えていますから――そんなみんなからゴミみたいに扱われたら可哀想だな、と思うんです。ちゃんと処分出来るならしてあげないと……」
「……」
「いらない、ってみんなから言われることは――とても悲しいことですから」
「……」
その雪菜の言葉は弱々しい語勢だったが、初春はその言葉に自分の今の立ち位置を酷く再認識させられてしまった。
いらない――そう言われる事は俺も散々体験してきたんだが。
「ふふ――なるほど」
初春は自嘲気味に笑った。
俺はまだまだ未熟かもな。俺は自分が生まれてからこの町に来るまで、会う人会う人に必要のない人間扱いされてきたっていうのに。
柳みたいにそれをされる他のものの気持ちに上手く目がいってなかったみたいだ。
――危うく自分の嫌いな人間と同じことをするところだったぜ。
「――優しいんだな、柳は」
「でも――ふふ……」
不意に雪菜は口元を抑えて静かに笑った。
「ん? 何だ?」
「すみません――サルカニ合戦って、面白いことを考えるなぁと思って――神子柴くんがそんなメルヘンなことを言うとは思わなくて……」
「メルヘンって――あれって結構バイオレンスな童話だぜ」
「でも――重い物を貰ってすぐにそういうことを考えるなんてすごいなって。ふふふ……」
「あのおばさん、渋柿を投げつける意地悪な猿みたいだったろう?」
「ふふふ――や、止めてください……おなか痛い……」
どうやら無骨な初春がそんな冗談を言ったことが雪菜の笑いのツボに入ったらしい。
「……」
だが初春は別に冗談で言ったのではなく、さっきのおばさんに本気で何かかますつもりでいた。『行雲』を使えば直接攻撃は出来なくても近くに忍ぶ程度のことはワイヤーなんかでいくらでもできる。
ああいう言っても分からない連中には実力行使しかない。だがその癖に泣き寝入りする側がそれをすれば法に問われる不条理が人間の社会にあるからああいう手合いが付け上がるのだ。
人生が終わっている俺だからこそできることもある――初春はそう考えていたのだが。
「――しかし本当に本が好きなんだな、柳は」
きっと音々が柳の持っている本を持ったら、きっと柳のことを話す言葉が沢山出てくるのだろう、なんてことを少し考える。
「え? は、はい、本は大好きです……」
「そうか、まあ本はいいよな。変な人間と話すよりも気楽だしな」
「……」
そう初春が言った時、雪菜は心の中で何度も頷いてしまうのを必死にこらえた。
どうしよう――なんだろうこれ。自分と同じ感情を持っている人に出会うと何か嬉しい。
誰かとそういう気持ちを共有するって、初めてかも……
――初めてのはずなのに、何だろう、この前からこの気持ちを知っていたような感覚。
そう言いながら初春の横顔をじっと窺う雪菜。
さっきは思いもしなかったけど――これって、いわゆる夜の乙女達が現を抜かす、『でえと』というものなのでしょうか……
「あー喉痛ぇ……」
それからしばらく町を回ったのだが、結局家の前に多少本が置かれていたものを拝借しただけで、ほとんど本が集まらなかった。初春の引くリアカーはスカスカである。
初春と雪菜は住宅街をぐるりと一周して商店街に戻り、駅前のベンチに腰を下ろしていた。日曜日の神庭駅は通勤に使う人もいないために本当に人がいない。神庭町は一日の乗車数が平均500人を切っている
「ほら、熱中症になる前に水分補給しておけよ」
初春は雪菜に買ってきた水のペットボトルを渡した。
「あ、ありがとうございます……」
初春と雪菜は水を飲んで汗ばんだ体を冷やした。
「もうお昼時ですけど――集まらないものですね」
「あぁ――つーか元々本屋もろくにねぇ町だからな。元々住民が本を持ってないんじゃねぇの?」
「年に度々回っているみたいですし、そう度々本を買って読む人も少ないかもしれません」
「おまけに回覧板回したって言っても、ほとんど知られてねぇし――」
勿論あの図書館のお姉さんもこのリアカーいっぱいの本なんて期待していなかっただろうが、それにしても寂しい結果である。
「――何かアプローチ方法を変えるべきかも知れんな」
「え?」
「元々人間ってのは、お願いをする場合対価を用意しなきゃ言うことを聞いてくれないからな。こうして町を無計画に練り歩いて一方的なお願いをするだけじゃ本が集まる気がしない……そもそも飛び込み営業ってのは最も難易度が高い癖して成約に時間がかかる上に成功率の低い三重苦の営業方法だからな。一日二日で結果を出すってのが無理がある」
「――何か策がおありなんですか?」
「ない」
「……」
「――まあもう飯時だし、取り合えず腹ごしらえをしよう。腹が減っては戦は出来ないってね。近くのスーパーにあるレストランに行こうぜ」
「え?」
「何だ?」
初春はベンチから立ち上がって、驚く雪菜を見る。
「いえ……」
雪菜は頭を振る。
――男の人と一緒に食事なんて。
これは本当に、夜の年頃の女子がうつつを抜かす『でえと』というものみたいじゃない。
そう考えて、どうしようもない恥ずかしさが襲ってきたのだった。
初春が図書館帰りに行くスーパーには地下にちょっとしたフードコートがある。フードコートとはいっても大衆食堂やラーメン屋、ハンバーガーショップなどが4、5店舗あるだけのさびれたものである。どれも味を期待できそうな佇まいではない。ましてデートに使うような代物ではないが、神庭町の若いカップルにはこれでも利用されているようである。それだけこの神庭町では人が集まれる場所は稀なのだ。
このスーパーのフードコートは、初春と音々が頼み込んで『ねんねこ神社』のポスターを貼らせてもらった場所のひとつである。
「ん?」
雪菜と一緒にそこに降りてきた初春は首を傾げる。
フードコートの入り口にある掲示板の前に30人ほどの人間が鈴なりになっている。3分の1は子供で、それ以外は若い男女やらおじさんやお爺さんといった年齢の人もいる。
「あ、ハルくん!」
不意に初春を呼ぶ声。
秋葉心がその人ごみから初春を見つけ、こちらに駆け寄ってくる。
「ココロ」
「秋葉さん……」
雪菜の視線は、その後を追いかけてくる秋葉紅葉に向いた。紅葉は7分丈のボトムスに白のフリル袖のトップスと、雪菜に比べると随分ガーリッシュな格好をしていた。
「……」「……」
その瞬間、紅葉と雪菜の心に同時に同じ軋みが走った。
「あ、あれ? 神子柴くんってもしかして柳さんと……」
その違和感が紅葉の言動を妙に逸らせ、白々しい笑顔を作らせる。
「な、何だ、二人って休みの日に一緒に食事するような仲だったんだね……は、ははは」
「は?」
初春は首を傾げる。
「俺は仕事だよ。ほら」
初春はそう言って腕章を見せる。
「町立図書館――」
「寄贈してくれる本を探してるんだよ。昼飯時なんでここに来ただけさ」
「な、なんだぁ良かった……」
紅葉はほっと胸を撫で下ろす。
この前のお花見の一件以来、紅葉は初春の事を見るたびに心を揺さぶられている。
「……」
だがそれを見て、今までずっとリラックスしていた雪菜の心が少し弱くなる。
確かに言っていることは正しいのだけれど――あっさり否定されてしまう。
やっぱり神子柴くんは、誰にでも優しいんだよね――私にだけじゃなくて。
「それにしても、何だこの人だかりは」
「アンゴーがあるの、アンゴー!」
やや興奮気味に心が言った。
「アンゴー?」
「ハルくん! ハルくんがこれといてよ!」
そう言って心は初春の手を取って人だかりの前に初春を引っ張っていく。
「み、神子柴くん?」
心に捕まった初春を見て、雪菜と紅葉もそれについていく。
初春は心に引っ張られ、フードコートの公共掲示板に目をやる。
やや風雨で紙にシワができているが、ねんねこ神社のポスターは健在。
しかし掲示板の中心にある真新しいポスターに注目が集まっていた。
一杯のクリーム色をしたラーメンの丼の写真をバックに文字が掲載されている。
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『ラーメン屋『影法師』
6月15日にオープンしました。
当店の自慢は豚骨スープに魚粉を合わせた
濃厚ながら後味のすっきりしたスープです。
6月15日~20日の間にご来店のお客様は、
このチラシを見たと言えば、サービスで餃子3個を無料でおつけします。
更にこの暗号を解読できた先着1名の方はラーメン無料、
またこの暗号の意味を答えられた方にはラーメン10杯無料の優待券を差し上げます。
1=J 一=H 零=R 日=S 山=Y
一五⑪羊獅8⑪一土。
魚天射七⑩零483土⑪金4九8七蠍土五日射549五十8。
牛零土一4射天日魚⑫土瓶羊⑩三8十五9一射木土六4獅魚。
アルバイト募集 ――』
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「何だこりゃ」
「暗号――みたいですね」
「みんなラーメン10杯無料を狙って頭をひねってるの。私もココロと一緒にお昼を食べに来たんだけど、丁度ここに来たばかりであれを見たところなんだ」
「6月15日――ってことは今日か。まだこの暗号の解読者は出てないかもな」
よく見るとこのチラシの最後に『暗号の答えの分かった人はこのチラシを掲示板から外し、『影法師』にいらっしゃってください。答えが正しいことを確認し、その時点で終了となります』と書いてある。
「この街は娯楽が少ないからね、こういうのに食いつく人はそれなりに多いんじゃないかな」
「ハルくんならわかるんじゃないの?」
「――生憎俺は頭が固いんでな。こういう言葉遊びやパズルってのは苦手なんだ」
中学で成績を飛躍的に上昇させた初春であったが、それは反復の結果であり、決して自頭やIQの類が高いわけではない。初春の思考は基本経験に基づいたものであり、未知のものに対しては頭が固いのでこういうものの対処は不得手であった。ましてや初春は仕事中である。
だが心に自分が当てにされたことは初春も無碍には出来ないと考え、初春は考えを巡らせる。
「――柳。これは使えるかも知れんぞ」
しばらく手を口元に当てて思案の後、初春は言った。
「え?」
「こいつを一番に解いて、答えを知りたがっている奴に答えを売るんだ。その対価にいらない本を持ってこさせる」
「え、えぇ?」
「少なくとも今目の前にこの暗号のために足を止めてる奴がいるからな。こいつらの中には答えが気になってしょうがない奴がいるはずだぜ」
「で、でも――そんなに上手くいくでしょうか……」
「それは柳次第だな」
「え?」
「ホームズ――と言うよりも、クリスティの脳味噌に期待だ」
初春は雪菜の目を覗き込んだ。
「え、えぇ?」
作者が考えた暗号ですが、何かあっという間に解かれてしまいそうな気もする…
取り合えず次回掲載までに解かれないことを祈ります。




