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春の終わりに(5)

「う……」

 目を開けると、初春の眼前には見慣れた家の縁側の屋根裏が映っていた。

「ハル様――よかった……目を覚ました……」

 透けていた体が元に戻り始めていた音々が安堵したように涙を流した。

「おお、あれだけの怪我をしてもう目を覚ましたのか」

 首だけ動かすと、もう深夜の2時を回った時分だというのに家には沢山の神や妖怪達でごった返していた。

「音々――お前身体は――うぐっ……」

 身体を起こそうとしたら激痛が走る。

「坊や、動いちゃダメだよ。紫龍殿が山にいる治癒術が使える者に招集をかけてね。交代で坊やに治癒術をかけているんだ。坊やは肋骨が二本折れた上に左半身広範囲の火傷だ。こりゃ医者にかかったら全治三ヶ月ってところだね」

 比翼が音々の横から顔を出す。その言葉を聞いて自分が紫龍に家に運び込まれて縁側に寝かしつけられていたことを知った。

「そうか……」

初春はがっくりと力なく目を閉じた。

「俺の初陣は散々だな――おっさん、すまねぇ。俺はあんた達の力を借りなきゃ、何もできなかったよ」

「この葉を咥えているといいでし。鎮痛鎮静作用の神力を込めた僕秘伝の薬草でし。骨にも効くでしよ」

 土筆が持ってきたその小さな広葉樹の葉を初春は口に咥えると、ミントのような清涼感が少し体の痛みを和らげてくれた。

「落ち着いたようだね。火傷の方は随分収まってきたけど、骨の方は完全にくっつくには時間がかかるね」

「そうか――まあ折れたのが足じゃなく肋骨ならまだましだな。保険にも加入してないから動けなくなったらその時点で死あるのみだからな。入院費も払えないし」

「――こんな大怪我してそんな心配かい……」

「人間様は俺が弱ってても助けてくれないしな――その上金を払えん奴は死ね、って理屈を脚色しやがる。お前みたいなゴミは死ね、って、はっきり言われた方がまだ気分がいい」

「そんなこと言っちゃ嫌です……」

 その音々の涙声が、初春の自嘲を止める。

「ハル様は、ゴミなんかじゃ……」

 音々の方を見ると、身体の実態を取り戻しかけている音々の手の指が(あかぎれ)を起こして血を滲ませているのが見えた。

 自分の体の横に水の入った桶があるのが見えた。そして上半身を脱がされた自分の左半身には、濡れたタオルがいくつも巻かれていた。

「音々――お前がずっとこれを替えていてくれたのか?」

 初春は葉を咥えたまま、聞き取りにくい発音で言った。

「……」

 初春がそう問いかけると、音々は初春の前に蹲って初春の肩に寄りかかった。

「ハル様――ハル様が死んじゃうと思ったら、私――すごく怖くて……」

「……」

「すごく――怖くて……」

 音々の体が震えているのが、火傷でまだ肌の感覚の薄らぐ初春にも伝わった。

 そして――火傷の熱とは違う、音々の体の温かさが。

「音々殿――申し訳ありません。私の炎が上手く制御できていなくて神子柴殿を危険に……」

 縁側の外にいる火車の息子が沈んだ声で頭を下げた。

「――いや、俺がドジったんだ。お前の炎がなかったら俺はまるで足手まといだった……」

 初春は無事な右腕で音々の頭を撫でた。

「――すまん、音々。お前が力を貸してくれたんだろう? おかげで何とか生き延びられたよ」

 音々は涙で潤んだ目を初春に向ける。

 そうすると目の前に初春の顔があることに思わず照れて、ばっと初春の胸から身体をどける。

「わ、私は特に何も……」

「けどあれ、音々の力が俺に宿ったんだろ……俺はあんな力なんて持ってないし、そうじゃなきゃお前が消える寸前になっちまうなんて説明つかないし」

「その話はさっき私達も紫龍殿から聞いたよ。坊や、何でもすごい力を使って小鬼を滅茶苦茶にのしたそうじゃないか」

「本当にすごかったんでし! 閃光が走ると小鬼がぼーんと吹っ飛んで……光線でも発射したみたいに」

「……」

 初春は無事な右手を自分の額に乗せた。

「――正直、あまり覚えてないんだけどな。捕まった手から逃れた瞬間に、すごい頭がクリアになったのと、気持ちが昂ぶったことまでは覚えてるんだが――俺、光線なんか出してたのか?」

「えぇ――あの時のハル様、羽織袴姿になって、白い閃光で目の前の鬼を吹き飛ばして……」

「――あれは光線ではない」

 奥の台所の椅子に座って酒を飲んでいた紫龍が口を開いた。

「あれは打撃や蹴撃じゃ。お前は格闘で猛攻をかけながら『行雲』を命中の瞬間にのみ手甲や沓に替えて威力を高めておったのじゃ。あまりにも短い時間に『行雲』の形を変化させるから一撃一撃が閃光のように見えたのじゃ。『行雲』は変化する度に光の粒子に変わるからの」

 紫龍の視力で何とかその動きを追いきれるほどの動きである。他の者にはただ閃光が走っただけのように見えても無理はなかった。最後の居合の際に『行雲』を声で呼んだということは、それ以前に何かに変化させていたということである。

 何せ初春は拳と蹴りだけで初春の3倍近い重量がある小鬼の身体を浮かせ、吹き飛ばし、居合は小鬼の身体を真っ二つにして見せた。

「そんなことをしていたのか?」

「どうやら思考を完全な『無』に追いやって、反射の領域で『行雲』を使いこなせるようにしておったようじゃな。身体速度だけでなく思考速度も上げた後遺症で、記憶が錯綜しておるのじゃろう。一時的な記憶障害が起こっているのじゃ、じきにその時のことを思い出すかも知れん」

「――そんなことができる力ってのは」

「瘴気を抑える衣も未熟ながら顕現しておったな。どうやらあの時お前に音々の神力が宿ったのは間違いないようじゃ。お前も音々も未熟な力しかなかった故に10秒程度しか持たなかったがな」

「……」

 ――確かに初春の今の力で小鬼を一方的にやっつけるなんて出来ない芸当だ。本人が一番それをよく分かっていた。

「しかしいくら神使とは言え、神の力である神力をそのまま直接使えるなんて私も聞いたことがない。本来神使や神獣は神力とは別の道術や結界術に目覚めるものだからね」

「そうじゃな。本来なら人間が神力を使うなんてありえないことじゃ。直接譲渡が起こったということは、何かしらの契約や発動条件が音々と小僧の間で起こったのではないか……」

「紫龍殿、恐らくそれが『絆』なんだと思うでし」

 土筆が前に出て言った。

「神子柴殿と音々殿――この二人はきっとそんな強い絆で結ばれているのだと僕は思うでし。二人とも互いのために支えあって生きている――神と人間がそうして分かり合えるなんて、素晴らしいことだと僕は思うでし」

「……」

 初春はその『絆』なんて歯の浮く単語は妙にむず痒かった。

 比翼は煙管をふかしながら音々の横顔を窺った。

「そうだ、音々殿、神子柴殿に治癒術をかけてみてはいかがでしか?」

 土筆がそう提案した。

「え?」

「土筆殿、この娘の治癒術はまだ形になってない――下手な治癒術で坊やの体がおかしくなるかもしれないよ」

「でも――生命力の循環が分かるきっかけになるかも知れないでしよ。力の譲渡まで行えるのだから、恐らく音々殿は神子柴殿のことをちゃんと分かろうとしている証拠でし――花にかけるよりも神子柴殿の方が分かりやすいかもしれないでしよ」

「……」

 音々は逡巡した。

「で、でも、ハル様が私の術で余計悪くなったら……」

「――別にいいんじゃねぇの?」

 初春は言った。

「お前が神様として力をつけることが『ねんねこ神社』の目標だ。俺は身体張るくらいしかできないしな」

「確かに面白い――試す価値はあるかも知れん」

 紫龍もやや遅れて頷いて、音々を促した。

「僕が見ているでし。駄目ならちゃんと結界で術をせき止めるので安心するといいでし」

 土筆が音々の小紋の肩口に乗った。

「……」

 他の神々達も音々の方を見ているのを見て、音々もやや不安ながら初春の横に座り、小紋の袖を少しまくって初春の火傷をした身体に手をかざした。

「……」

 今までの比翼達との鍛錬では感じたことのない力みを感じた。初春に自分の未熟な術をかけることがこんなに怖いと思うのか、音々も気持ちの整理がつかずいっぱいいっぱいだった。

「音々」

 怯えるように力む音々に初春が声をかけた。

「俺――あんまり覚えてないんだけどさ、小鬼に捕まってこのまま首もぎ取られんのかなって時に、お前の声がはっきり聞こえたよ」

「え……」

「お前は沢山の『声』が聞けるんだろ――俺は生憎お前みたいに耳は良くないけど、優しいお前の声はちゃんと聞こえてるよ――そんなお前の術だ。きっと大丈夫さ」

「……」

「音々殿、力まずに初春殿の周りに神経を集中させるでし。掌よりもまずはそれ以外の場所で、神子柴殿のことを感じるでし」

 その初春と土筆の言葉に、音々は自分の記憶のピースが一つ揃ったような感覚が身体を駆ける。

「『声』……」

 音々は目を閉じて、初春の身体や、この家の初春の持ち物の気配から初春の息吹を読み取る。

 緊張が解け、感覚が研ぎ澄まされていく――いつも聞こえている小さなアヤカシ達の声がよく聞こえる。

 中でも物持ちのいい初春の荷物は主人である初春のことを雄弁に語る――初春の優しく、温かいイメージが音々の心にも伝わる。

 音々の身体が金色を含んだ白色に輝いて、その光が初春を柔らかく包んだ。

「こ、これは……」

 その音々の放つ光に来ていた神達も面食らう。

 やがて光が静かに収まっていき、音々は目を空ける。

「ん――あれ?」

 初春は30秒ほど目を閉じ、光の中に包まれていたが、自分の腰元辺りに手を伸ばした。

「骨折が繋がってる――火傷の痕も消えたぞ。まさか――完治?」

「え?」

 当の音々が信じられないという顔で、疑いの目で初春を見た。

「ほ、本当ですか? 嘘、ついてないですか?」

「嘘なんかついても意味ないだろ。ほら、肋骨触ってみろって」

 そう言われたので音々は初春の肋骨を小さく押したが、先程はぐにゃりとしていた場所に今は明らかに肋骨があるのが分かった。

「これは――すごい治癒術でし……」

 土地神としてかなりの術の使い手である土筆も驚いた。

「術の出力は弱いよ――だが基礎の循環が完璧だった――坊やの生命力の流れがちゃんとつかめていたんだ」

「音々、お前……」

「……」

 音々は自分の掌を見て、何か掴んだ手応えのようなものを見た。

 私はまだ自分だけで生命力の循環を感じる力は弱い――けど、その周りにいるアヤカシの声に耳をちゃんと傾ければ――それもちゃんと見えてくる。

「――何かコツを掴んだようじゃな。今までお前が真面目に馬鹿正直に鍛錬を続けた証拠じゃ」

「――はい」

「こりゃあ――お前が率先して桜を生き返らせられるかもしれない。すごいじゃないか、音々」

 初春は音々の力を実際に肌で感じて、『ねんねこ神社』を通じて音々の力が強くなっていることに手応えを感じていた。

「俺の初陣は散々だったが――みんなにも礼を言う。こんな夜分に術をかけてくれて、ありがとな」

 その言葉がお開きの合図となり、来客達はそれぞれ自分の山の住処に帰っていく。

 初春と音々は玄関を出て庭で彼らを見送ったが、居間に戻るとまだ比翼と土筆が残っていた。

「――治してもらって悪いが、俺は明日も仕事だからな。先に寝かせてもらうよ」

 そう言って初春は自分の部屋へと戻っていく。

「……」

 初春がいなくなったのを確認して、音々はほっとしたように息をつくと。

 そのまま畳の上に倒れ込むように崩れ、眠った。

「力を一度使い果たした直後に、戻りかけの神力であんな術を使ってしまったでし――限界だったろうに、神子柴殿に心配かけまいとしたんでしね」

「いやはや、今日は坊やといい音々と言い、いきなりとんでもないことをやってのけたね」

 比翼が呆れるように微笑んだ。

「……」

「どうやら紫龍殿は気になることがあるようだね。坊やが寝ている間、ずっと難しいことをしていたからね。坊やが使ったという力の事かい?」

「それも気になるがな。だがそれとは別に気になることがある」

「神子柴殿の初陣でしね」

「何じゃ、お前は気付いておったのか」

 紫龍はまた新しく煙管に火をつけた。

「――あの小僧、初陣にしてはあまりに落ち着き過ぎじゃった。アヤカシとはいえ、何かの命を絶つことをあそこまで無頓着に行うとはな」

「――僕もそれは気になったでし。それに――神子柴殿は小鬼に捕まった時――あっさりと自分が生きることを諦めた――そんなように見えたでし。音々殿の呼びかけでやっと抵抗をはじめて――でも、神子柴殿がどうしても生きたいと思っていたようには見えなかったでし」

「そう言えば音々の未熟な治癒術もあっさりかけられることも了承した。下手すりゃ自分の身体が変になったかもしれないのに――自分の身体がどうなろうとかまわないっていうのかい?」

「正直儂はあいつがこの初陣でもう少し生に執着した姿を見せると思っていたんだが――比翼の言う通りかもしれん。あいつはもう自分が仕事の中で死ぬことすらもう受け入れ始めている」

「人間の世に未練はない、ということなんでしね……そんな矢先に神子柴殿は神力らしき力まで発動させて――どんどん人間から目を背けていってしまうでし。でも――人間はどう逆立ちしても神や妖怪には認められないでし。このまま神になりたがっても人間に狂った奴だとつまはじきにされて、神からは相手にされないだけ――辛いだけでし」

「無理もないさ。実の親に『死ね』って言われたようなもんだし、実際この町でもからかい半分で生きていけなくさせられかけたんだろう? そんな扱いを受けていれば、死ぬことをある程度心の準備もするだろうよ。」

「……」

 3人とも、同じことを懸念していた。

「坊やには今、心が必要だね――生きるってことを思い出させる、周りの心が――そうじゃないとあの子は道を踏み外す――人にも神にもなれない――坊やの居場所はどこにもなくなっちまう」

「紫龍殿、比翼殿。神子柴殿の説得は、僕に任せてくれないでしか?」

「土筆――お前は」

「僕は音々殿と神子柴殿を見て、とっても嬉しかったんでし。神と人間が支えあって弱いところを補い合って生きていく――人はみんな僕達のことを忘れていっているのに――二人を見ていて思ったんでし。この二人は『ねんねこ神社』を通じて、この町で生きる意味を失った僕達力のない神の運命も変えるような――そんな二人になるような気がするんでし」

「土筆殿――でもあなたはもう……」

「今回の報酬がまだ決まってないでし――今の僕が二人に出来ることは、それを見せることしかないでしから……」



 次の日の夜、初春達は大勢の神やアヤカシ達を引き連れて、小鬼達の血の臭いもまだ残る桜のある岬に来ていた。

 先頭に立った音々は紫龍と共に前に出る。今回に限っては初春は何の力にもなれないため、火車の息子と最後尾で護衛と見物である。

「じゃあ、このあたりの土地の命の声を聞け。儂がそれを念写して道筋を映像化してやる」

「はい……」

 紫龍は音々の額に自分の右手を置き、音々は目を閉じる。

 初春の部屋で初春の過去を見た時に使った術を、紫龍が展開する。

「う……」

 瘴気の濃いこのあたりの命の息吹を感じようとすると、音々の苦手な瘴気に触りに行くようで頭痛のような不快感がある。

 でも――確かに感じる。

 この土地の――目の前の桜の――『生きたい』と思う心が。

 音々の足元から、虹のように淡いが色とりどりの線が桜の木に向け、色々な方向にまるで血管のように伸びていく。

「さあ、この流れに従って術を使うんだよ!」

 比翼の号令で治癒術を使える神達は手を伸ばし、神力を集中させる。

 音々も自分の足元に向けて、自分のありったけの神力を優しく流していく。

「お」

 小さな光が蒲公英の綿毛のように無数に浮き起こり、夜空に星のように帰っていく。光の絨毯が瘴気に穢された地面を覆い、桜の大木さえ光に包んでいく。

「すげぇ……」

 光に照らされた土からは小さな双葉が生えたかと思うと、ゆっくりと、だが確実にその背丈を伸ばし。

 桜の木はその光の中で小さな蕾を徐々に膨らませ、やがてそれがはじけていく。

 そして光が消えた頃には。

 瘴気で穢された地は色とりどりに彩られた花畑となり、その奥では鮮やかな薄桃色の桜の木が満開の枝をまるで大きな鳥が翼を広げるように見事な佇まいで姿を現した。

「ま、まさか……」

 自分達の弱った神力でここまで見事に土地が生き返り、花が咲くなんて信じられないといった具合に周りの神達ですら半信半疑になる結果である。

「これ――桜が一本じゃ寂しいと思ったが、とんでもねぇ。これで貸し切りじゃ世界中どこ探してもこれ以上の花の名所はねぇよ」

 初春も感嘆したままだが、その花の美しさに今回の仕事の大成功を確信した。

「よし、秋葉にはこの前バイト先で今週の日曜、おばあちゃんの家にココロと一緒に行くように頼んだ。あとは俺達でその日の畑仕事を終わらせるだけだ」

 初春達はその日のうちに山を下りて、暗闇に紛れて土筆のいる祠に程近い畑に降り立って、皆で今日の分の野菜の収穫をはじめた。

「普通に考えたらこんな時間に畑で人間一人とか、泥棒みたいだけどな。今日やる仕事の内容は事前にリサーチしてあるんで、よろしく頼むぜ」

 畑には多くの神や妖怪達が降り立って、初春と同じく収穫を手伝っていた。おじいちゃんの家の倉庫から組み立てた段ボールをこっそり引っ張り出して、皆で収穫したキャベツや大根を勝手を知った初春が指示を出して企画毎に箱に詰め込み、パレットに積んでいく。火車の息子や紫龍の神獣である雷牙はさながらフォークリフト並みの馬力でひょいとパレットを持ち上げトラックに積み込んでいく。

 小さなアヤカシ達は牛舎や鶏舎に行って卵を回収したり、牛舎の掃除。土筆はいつもこの近くの祠でおじいさんおばあさんの働きぶりを見ているし、この町の農業を何十年も見ているので初春以上に農家の仕事も心得ている。土筆がこちらの指揮官になって仕事を進めた。

野菜の収穫の後、おじいさんとおばあさんはこれを毎日行っており、畑の収穫時期は一日働きっぱなしだ。

 だが今回初春達は20人近い(通常神様の単位は『(はしら)』を用いるが)人数を集めており、中には火車の息子のような馬力が桁違いなマンパワーもいる。あっという間に仕事が片付いていき、3時間もやると畑の収穫、牛舎と鶏舎の仕事は全部完了した。

 搾乳場に牛を入れるのも普段は一頭一頭引いて行うので一苦労だが、今日は火車の息子と雷牙が牛以上の馬力で引っ張ってくれるし、初春も道に逸れないように『行雲』で網を張ったため簡単に運びこむことができた。

「搾乳は時間に決まりがあるし、これだけは後回しだな」

「こりゃあミチコさん達、びっくりするでし。目が覚めたら仕事がほとんど全部終わってるんでし」

「こういうのドラマとかだと素人の勝手な判断って怒られそうなんだけどな――まあ俺が怒られるのはいいや。それも仕事のうちだ」

「こういう誰かを驚かせるために働くのもいいものだな」

「この仕事で我々の『徳』も集まればなおいいのだが」

 なんだかんだで初春も他の連中もサプライズパーティーの計画を練っているような感覚で、妙に楽しい思いで仕事を進めていた。

 初春は東京にいた頃も、誰かのためにサプライズを仕掛けるようなことはしなかったし、そもそもそんな相手も特にいなかったが、ただ働きとは言え、こういうサプライズを仕掛けるのって結構楽しいと少し思った。

 そうこうしているうちに、朝の4時になりかけた頃におじいさんとおばあさんが畑に出てくる。

「おはようございます」

 畑には既に服を泥だらけにした初春が立っており。

「お、おじいさん、これは……」

 畑は今日の収穫分のキャベツや大根が既にパレットに積まれてラップが巻かれており、鶏舎の卵は全部回収され餌やりを終え卵の洗浄済み、牛舎も全ての牛が搾乳場に移動され、牛舎の藁やおがくずが全部取り換えられていた。

「あとは農協への出荷と、牛の搾乳だけで仕事全部終わりですー」

「……」

 おじいさんとおばあさんは、あまりに予想外――初春がこの仕事を一人で全部終わらせたのかとびっくりして、ぽかんとそこに立ち尽くした。


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