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春の終わりに(1)

「ほぉ、剣速が上がって来たじゃないか」

 紫龍は錫杖を操り初春の竹刀を受け止める。家の裏山で足場も悪い中、寸分も違わぬ動きで初春の攻撃をいなし続ける。

「……」

 竹刀を全ていなされ続け、それでもまだ前に出る初春は、時に片手で竹刀を持ちながら拳を繰り出し間合いを取りながら紫龍の目をけん制する。

「ふ」

 紫龍はそのまま小刻みな動きでしゃがむと、初春の足元に足を滑らせ足払いをかけた。

「!」

 しかし初春はそれをジャンプでかわすと、そのまま竹刀を両手持ちに持ち替え、空中から背筋を使って思い切り一の太刀を振り下ろす。

 だがその剣は空を切り、初春が顔を上げると紫龍は自分の横を取り、錫杖を初春の横顎に突きつけていた。

「くっそ。神力を使ったらあんた速過ぎだ」

「しかしあの足払いをかわしたのはよかったぞ。足元が留守になっておると思った。儂はあれで決めるつもりじゃったからな」

「……」

「火車の息子のスピードに慣れたおかげで、随分と反応速度が上がっておる。戦闘で頭も回る実感があるじゃろう」

 ――確かに。ここ10日、火車の息子と追いかけっこをしながら、『行雲』の制御、ワイヤーでの高速移動と姿勢制御など、秒速での判断を問われる訓練を行ったことで、前よりも紫龍の動きがよく見える。

「毎日半刻でも付き合ってやる。続けていればお前の剣はもっと速くなる――お前があと必要なのは『行雲』の武器としての使用の洗練と制御と、アヤカシの骨まで断てる『剛』じゃ。お前の剣は速さは申し分ないが、やや力に欠ける」

「……」

「今夜はここまでじゃ。お前も明日早いのだろう?」



「治癒術の心得その一、生命力の循環」

 音々は比翼と共に、家の庭の隅に立っている。二人の足元には葉の落ちかけた蒲公英がいくつか生えている。季節はもう5月――蒲公英が花を散らし、綿毛を作り出す季節である。

 比翼はそこにしゃがみ込み、目の前の蒲公英の花を覆うように両手をドーム状に広げ、手をかざした。

 比翼の白い肌を隠すような白い光が比翼の掌から優しく注がれると、葉の落ちかけた蒲公英は次第に頭を上げ、黄色の花弁を満開に開かせた姿になった。

「あんたもこの程度は高天原でやっただろう?」

「はい――私は全然びくともしませんでしたが」

「本来高天原に生まれた時点でわずかながらに神力は持って生まれるはずだが――でも今回、あんたに神力に目覚めた兆候があるから、術もきっと使えるはずさ。やってごらん」

「は、はい!」

 比翼に言われ、音々は比翼の咲かせた蒲公英の隣の花に手をかざす。

「力む必要はない。まずは掌の周りに意識を集中させて、花がまだ生きていること――相手の生命の循環を感じること。その流れを感じたら掌に神力を集めて流れに乗せる――血液が血管を巡るように、自分の生命力を相手の生命力に同調させる」

「……」

 だが音々はその開いた手から、相手の生命力を感じることができない。神力が掌から注がれている感覚はあるのだが、その気を流れに乗せるセンスに欠けているようだった。

 流れに乗らない神力は拡散し、花弁を少しだけ戻しただけであとは空に流れて行ってしまう。

「はあ、はあ……」

「まあ少し反応があっただけで上出来だよ。少し前のあんたなら手から神力すら出ていなかった。私も命の流れを完全に把握できているわけじゃないしね。それを感じる技量が治癒術の基本にして究極さ」

「……」

 確かに、傍から見たら全然な結果だけど。

 高天原にいた時に同様の訓練をした時はびくともしなかった。治癒術や土地を清める術の適性がない、落ちこぼれの烙印を押された頃にできなかったことが、今は少しだけ、前に進んだ。

「やったぁ……」

 それが音々にはとても嬉しかった。声を震わせる歓喜の声は、高天原を追放される前の頃からの悲願をまた一つ叶えた、長い苦難の時間を現していた。

「この段階で喜ばれちゃ困るけどねぇ――まあいいさ、あんたはあんたで」

 比翼は家の縁側に座り、煙管を手に取る。

「しかしあんた、『徳』を積んで神の修業を本格的に再開したいってのは分かるが、何で最初に治癒術を選んだんだい?」

「ハル様が無茶をした時に、何もできないのが歯痒いんです……今もハル様はお疲れの中働いてくれますし――せめてハル様を少しでも癒してさしあげられたらな、と思いまして」

「……」

 比翼は苦笑いを浮かべる。

「まったく――駄目駄目の才能だけど、二人も使いを持った神としての答えとしては悪くないかね」

 この家も、坊やが来る前に比べてずっと賑やかになった。

 紫龍殿はなんだかんだで坊やの鍛錬をすることが楽しそうだ。

 音々はこうして新しい生き甲斐を見つけ出しているようだし、それに感化されて住処を追われた神々達もまたやり直そうと奮起している者も出始めている。

 坊やを通じて、段々私達も変わっていく……

 その行く末――これからどう変わるか。悲劇になるのは勘弁してほしいけどね……

「たっだいまぁ……」

「ハル様、お帰りなさい」

 今日も初春は紫龍に絞られたようで、半刻の鍛錬でも酷く消耗していた。

「お風呂も沸いてますよ。食事も……」

「じゃあ風呂に入ったらすぐ寝る――明日は3時起きでダブルワークなんだ。飯は朝起きられたら食べる……」

 そう言って初春は風呂場へと行く。音々はそれを見て、居間でパソコンを開いた。

「依頼は――なし……」

 夜になって音々がやる日課が『ねんねこ神社』のHPからのメールチェックだ。相変わらずいたずらが大多数を占めている。

「でも坊やの方針自体は間違ってなかったってことだ。この割り箸のお社もちゃんとあんたを神として人間に認識させるものとして機能したしね」

「そうですね――次の依頼、来るといいなぁ」



 元々初春は小学5年生から5年間、朝のトレーニングを欠かさず行っていたため早起きは得意であった。疲れているとは言え早朝の3時起きでの仕事にも徐々に慣れてくる。

 人間とコミュニケーションを取らなくていいという理由でちまちました手作業や単純作業が嫌いではない初春は、まだこのバイトを初めて一ヶ月足らずだが、こちらの仕事でも十分戦力として認識されていた。

 今日は牛舎の掃除をした後、トラクターでお爺さんが運んだ藁を牛舎に敷詰め、それから鶏舎で卵を拾い、それが終わると大根の収穫を手伝った。

 8時になったらお婆さんの用意した朝食を食べる。つきたての餅に採ったばかりの大根をおろして醤油をかけて餅を食べる。手作りのきな粉、自家製の納豆を絡めた餅に雑煮も美味かった。

「しかし神子柴くんはよく動くなぁ。都会人にはきついと思っていたが、随分仕事に慣れたようだね」

 お爺さんも無口ではあるが初春の仕事ぶりには感心していた。

「結構牛舎とか、臭いを嫌がるものはこの町にもいるんだがなぁ」

「まあ慣れちゃえばどうってことないです」

 初春は言った。牛や鶏の生活のために排出された糞なんて、人間の悪意から放たれる臭気に比べたら随分とマシだ。

 そんな話をしていると、お婆さんが大皿に山盛りのおはぎを持ってきた。デザートもご飯が出てきたことに初春は苦笑いを浮かべた。

「今度時間があるときに、農協についてこないか? 手伝いが欲しいって農家もあるだろうし、君を他のところにも紹介しておくよ」

「ありがとうございます」

 腹がいっぱいになり非常に満ち足りた思いで仕事が終了するのだが、初春の場合はここの仕事が終わればそのままファミレスに直行するコースがほとんどである。

 初春は気にしないが牛舎や鶏舎の臭いの染みたまま飲食店ではクレームになりそうなので、表の手洗い場で上半身裸になってホースで頭から水を被って臭いを落とすのが、仕事終了時の日課である。

「結構脱ぐといい身体しておるよなぁ。その腕と肩の筋肉じゃあれだけ重い野菜をほいほい運べるわけだ」

 食後の腹休めにお爺さんが煙草を一服吸いながら初春の肩口を見る。

「だが時間短いとは言えそれなりに重労働だ。これからファミレスだってキッチンは暑いだろう。体力持ちそうかね」

「大丈夫じゃないですかね。無駄に丈夫なのが取り得なんで」

「あ、そうだ」

 そう言って一度お爺さんは家の敷地に戻って、何かを押しながら戻ってくる。

 お爺さんが押していたのは、埃を被ったちょっと年季の入った原付だった。

「この町で暮らすんだったら足があった方が便利だろう。自転車じゃ疲れている時は大変だ。もうくたびれているがこいつもまだ走るし、免許取ったらこいつを譲ろうか? 俺もあまり乗る機会がないしな」

「……」

 元々将来の可能性をあまり考えず、高校に行けていたとしても何をするか明確に決めていなかった初春にとって、原付免許を取るという選択肢は現実的かつメリットの大きい選択肢であったので、強い興味がわいた。

「――ありがたいですが僕は3月生まれなので、あと丸1年経たないと原付の免許も取れないんで」

「――そうか。しかし足がないのは不便じゃろうなぁ」

「……」

俺を守るわけでもない人間の法は、ことごとく俺の邪魔をしやがる。この前俺から働き口を奪って俺を野垂れ死なそうとした連中が法に裁かれず、そいつらに殺られる前に殺りにいっても俺は法に裁かれるわけだ。

 まあ無免許で乗り回す方法もあるが、ルールとしてある以上、ソクラテス張りに従ってしまうところが俺の小市民たる所以だが。

 しかし――足、か……火車の息子が仲間になったとはいえ、俺がいつもあいつを乗り回すわけにはいかないからな。俺の姿は隠せないし、空を飛んでいたら目立ちすぎる。

 何かあいつが使えない時の手を考えておくか……

「まああと1年経ってここにいられるようだったら、お願いします」

 帰り際にお婆さんに飯の礼を言おうと思い、初春は辺りを見回す。


 お婆さんは家の庭の敷地外に出て、家の前の畑のあぜ道にぽつんと立っている小さな祠の前に立って手を合わせていた。お婆さんの目の前には、さっきお婆さんが作ったおはぎが一個置かれている。

「あぁ、神子柴くん、今日もありがとうねぇ」

 背後に初春がいることに気付き、お婆さんは立ち上がった。

「これはこのあたりの土地神様が奉られているんでね。折角おはぎを作ったから、お供えに来たんだよ」

「……」

 見たところ今ではほとんど参拝をする人も居ないのだろうちっぽけな祠であった。板を張り合わせたが所が風雨に削られ隙間が出来ているし、雨漏りもするだろうに直す人もいないような祠だ。

「――そんな風に神様に祈って、土地が豊かになるものなんですか?」

 初春は訊いた。

「さぁ――どうだろうねぇ」

 だがお婆さんはあっけらかんと笑って答えた。

「ただ何にしても、この畑のおかげで私達は生活ができていますから、何となく感謝の気持ちは常に伝えておきたいんですよ。人に『ありがとう』って言われると、神様も何か返してあげたくなってくれるかもしれませんしねぇ。まあ、何となくなんですよ」

「何となく……」

 その言葉が妙に初春の脳裏に残響した。お婆さんはどっこらしょ、と言いながら立ち上がり、昼の農作業へと向かった。

「……」

 初春はそこにしゃがみこみ、祠に目をやる。

「――ん?」

 ふと、ちりんと鈴のような音がしたような――その気配に初春は気付く。

「――んにぅ」

 扉の小さく開いた祠の中で、差し込む朝日を浴びながら何やら黄土色のふさふさした毛むくじゃら――毛の長い猫のような――フェレットのようなものがすやすやと眠っているのが見えた。

「鼠――じゃないなこれ」

 初春はそれを見た瞬間に気配で分かった。体長は20センチもない小さな生き物だが、近くにいたお婆さんが気にも留めなかったところを見ると、これは恐らく。

「おい、お前」

 初春は声をかけながら、指でそのフェレットもどきの身体をつついてやる。ふさふさした毛並みが気持ちよく、もこもこである。

「――んにゅう」

 不意に腹をつつかれ、寝ぼけながらそれは目を開ける。

「ん?」

 初春の姿を見て、それは立ち上がる。

 それは小さく毛むくじゃらで二本足で立てるが、両手が水かきがついているように大きくなっていて土竜のような手をしていた。耳が非常に大きく垂れ下がっていて、まるで翼のように小刻みに上下に揺れた。その左耳に鈴の付いたリボンをしており、度々ちりりんと音を立てた。

「あー、どうもどうも……折角お参りに来ていただいたのに、居眠りとは申し訳ないでし」

 非常にのんびりした口調で喋り出した。

「あ、でも人の子に僕の姿が見えるなんてことは、あまりないはずなんでしが……」

「挨拶をした後にそれを気にするか? 抜けた奴だな」

「わぁ、今日はおはぎがお供えにあるでし!」

「目の前にあったのに、今気付いたのか……」

 変な奴……反応がワンテンポ鈍いな。

「ん?」

 毛むくじゃらは初春の左の肩口に目をやった。

「あなた、神使なのでしか? 人間なのに」

「あぁ、何かそういうことになったらしいな」

「そうですかぁ、人間が神使なんて珍しいですねぇ。僕はこの祠を棲家にしております土地神の土筆(つくし)と申すでし」

「俺は神子柴初春」

「よろしくでし――僕は寝ることが好きなので、会いにいらしても寝ていることが多いかもしれませぬが……」

 そう言う土筆のつぶらな目は早くもうとうとしていた。

「……変な奴」

 もう眠そうになっている土筆を見て、初春は備えてあるおはぎが埃をかぶらないようにおはぎを祠の影に入れた。



 バイトが終わり家に帰ると、沢山の神や妖怪が居間のちゃぶ台を囲んでおり、その中心では音々がコップに挿した、まだ蕾の芍薬があった。

「何をしているんだ?」

「比翼殿が音々殿にしている治癒術の修行じゃ。治癒術の基礎が出来れば根から切り離しても花は咲く。われわれも高天原にいた頃にやった修行なので懐かしくてな」

「植物が水を吸う理屈で生命力を花に流していく――その流れを分かりやすくするために水に花を挿してみているのじゃ」

「うううう……」

 音々はコップを両手で包み込みながら掌に神力を込めるが、小さくこぽっと水面に泡が立つくらいで、蕾には特に何の変化もない。

「はあ、はあ……」

「これに関してはお手本を見た方がよさそうだねぇ」

 比翼が言うと、煙管で音々の向かいにいた顔の大きな老人を指した。

「元土地神の力、見せてもらいましょうか」

「ほほ、昔の話ですが……どれ」

 老人は音々からコップを受け取ると、掌に神力を込めると水面は静かなまま、その膨らんだ蕾がまるで成長記録のビデオを倍速で見ているかのように徐々に花開き、立派な薄桃色の芍薬の花が満開に咲いた。

「おぉ」

「さすが元土地神だ。こういう術はお手の物だね」

「私の神力もとうに衰えてはいます――この程度なら大した神力がなくてもできることです。音々殿にも出来ますよ」

 そう言うと老人はもう一度コップに神力を込めて、芍薬を蕾に戻した。

「ですが(ことわり)を変える術ですので、あまり無闇に使ったり、乱暴な力みを流し込むとかえって相手の生命力を削ることになります……まずは力みを捨てることです」

「力みを捨てる……」

「まあいずれにせよあんたも少ない神力を集中させすぎだ。この花も開かせたりしぼませたりを短時間にやらせ続けたらかえって弱ってしまう――今日はここまでだね。坊やも帰ってきたことだし」

「……」

 初春はその術を見ながら、朝に見たあの毛むくじゃらの土地神のことを思い出していた。

 修行の合間に音々は食事を作ってくれていたようで、今日は豚肉の味噌炒めであった。

「そういえばさ、お前らって土筆って土地神を知っているか?」

 不意に初春は食事をしながら部屋にいる神々達に訊いた。

「あぁ、土筆殿か。そういえば最近姿を見ておらんな」

「あのお方はいつも祠で眠っておるからなぁ。だがあの方の土地の清めや豊穣の術はかなりのものであったな」

 返答が所々で返ってくる。

「土筆様――私は会ったことはないです。この家にいらしたことはないのではないですか」

「坊や、土筆殿がどうかしたのかい?」

「今日の朝、祠にいた時に会ってな。変な奴だったから印象に残ったんだ」

「……」

 紫龍は徳利から酒を猪口で汲み上げた。

「小僧、その土筆とはどんな姿をしておった?」

「え? まあそれこそ筆みたいな毛並みをした毛むくじゃらのちっちゃい奴で、妙にのんびりした話し方をする奴だったよ」

「……」

「ふむ……」

 紫龍は頷いた。

「そういえば明日は満月か……」

「ここらの彼岸の者の、月に一度のお楽しみさ。そう言えば土筆殿は甘党であまり酒を飲まなかったね」

「久し振りに顔を見に行こうか――小僧、明日その土筆のところに迎えに行ってやろう」



 初春と音々は神獣となった火車の息子の背に乗り、紫龍の山犬の後をついていく形で早朝の神庭町の空を走った。

 日が昇る直前の薄暗い道、祠の前、誰もいない場所に降り立ち祠の前に立つと、土筆は昨日とまったく同じ体勢をしてすうすうと寝息を立て眠っていた。

「……」

 紫龍はしばらくそんな土筆の様子を黙ってみていたが。

「んに……」

 しかし今日は近付いてくるなり土筆は目を覚ました。

「久し振りじゃな、土筆よ」

「あぁ、紫龍殿でしかぁ。さすがに僕もそんな神力を持った方が来れば目を覚ますでし」

 しかしまだふわふわした視線をしながらゆっくりした口調で笑っていた。

「あぁ、先日お会いした神使の方も」

「会ったのは昨日だよ。どんだけ寝惚けてるんだ」

 初春は呆れた。

「この小僧は最近、後ろにいる火車の子供と一緒にこの娘に仕えた者じゃ。こいつは音々といって、高天原から公認されていないが、とりあえず神の卵にはなれたのでな。紹介に来たのじゃ」

「あぁ、それはそれは……よろしくでし」

「は、はい、こちらこそ」

 音々もどちらかというとトロくてドジだが、自分以上ののんびり振りに面食らった。

「お主は酒をあまり飲まんようじゃが、今夜は満月なのでな。久々に皆に会いに来んか?」

「あぁ――」



 満月の夜に裏山の和泉に集まり、紫龍が泉の水を酒に変えると、1ヶ月が過ぎ皆の空になった徳利が並々と酒で満たされた。

 その帰り道、珍しく顔を出した土筆を見に来る神々が集まった。

 土筆は初春の肩に乗ってちょこんと小さく座り、小さなお猪口でくいと酒を飲んだ。

「くーっ。染み渡るでしぃ」

「――おい、何で俺の肩の上に乗る?」

「ここが丁度収まりがいいのでし」

「――まあいいけど、ほとんど重さを感じないし……」

 そう言って、初春は周りを見回す。

 月に一度の酒が補給できる日なので、この家に集まった連中はさぞ朝まで飲みつぶれるのかと思えば、今日は騒ぐ者もおらず、ちびちびと静かに皆酒を飲んでいた。

 紫龍は専門外の『酒池の術』を使い疲れたらしく、居間の畳にごろりと横になっていた。

「しかし土筆殿。あなたも寝てばかりとは言え、随分とお仕事に勤しんでいるようだね」

 あまり酒を飲まない比翼が言った。

「は?」

「土筆殿は土地神――土地を清めて豊穣豊作を人にもたらす土着の神だ。今年の神庭町も豊作のようだしね」

「――今は神が何かをやらなくても土地を肥やすことは人間が自分でやるでし。この町の人間はみんな働き者でし。僕はそれでどうしようもない時に力を貸しているだけでし」

「そうかい……」

 比翼も力なく煙管をふかす。

「――意外だな、ずっと寝てるだけみたいな感じだったけど」

「坊やだってそうさ。何だかんだ言っても『ねんねこ神社』を作ったじゃないか」

「ねんねこ神社? それは何でしか?」

「土筆殿は情報に疎いようだねぇ――この坊やが、その主の子を神にするって言って作った何でも屋さ」

「何でも屋――でしか」

 土筆はしばし黙り込む。

「――神子柴殿、折り入ってお願いがあるでし。その何でも屋の力を貸していただきたいでし



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