一番綺麗な星は(6)
翌日、初春がメールで千穂を朝一番に呼び出し、病院の面会時間と共に初春は蒼太の意思表示に立ち合った。
千穂は病室でベッドに伏せるいつもの風景だが、そこにいる息子の表情がどこか精悍な印象になっているのに違和感を覚えたが、どこか頼もしく思えた。
「お母さん、僕、手術を受けてみたいんだ」
「え?」
千穂にとっては随分待ち望んだ蒼太の言葉だったが、意外な言葉でもあった。
「お母さん――本当はね、僕はずっとこんな醜い、足手まといな自分が嫌だったんだ。こんな自分、いなくなってしまった方がいいって――死んで綺麗な星になって、いつかは流星になって――そんな風に、短くても綺麗なものになりたいって思ってたんだ。でもね、昨日お兄さん達に見せてもらった星空を見て知ったんだ。夜空には、本当に数えきれないほど星があって――その空にも僕みたいにちっぽけな星もあって……でもそんな星もちゃんとあったんだよ。金星が見えなくなる空で、そんな星は輝けない星なりに戦ってたんだ。お母さん――お母さんはこんな僕に自分の時間を割き続けて、それでも僕に文句も言わなくて――そんな生き方も、きっと空から見下ろしたら、ちっぽけな星みたいに見えるのかもしれない――でも、そんなお母さんの生き方をちっぽけだって言わせないでやれるのは、僕しかいないんだ。僕が生きなきゃ……」
「……」
「お母さん、僕にとって一番綺麗な星はお母さんだよ。そんなお母さんが生かしてくれた僕は、ちっぽけな星でも生きてみたいよ――そう思ったんだ」
「……」
辛いこともあった。自分の人生を犠牲にして、蒼太のために尽くすことを、重荷に感じたり、お荷物と感じたことがないとは言えない。
だが――当の息子からそのことを認めてもらえたその言葉は、疲れの色濃い千穂の心――そして辛かったこの数年間を全て肯定できてしまえるだけのものであった。
「ソウちゃん……」
顔がぐしゃぐしゃになりながら千穂は蒼太の体を抱きしめ泣いた。
蒼太もその母のぬくもりをしっかりと感じていた。以前は当然のものと思い分からなかったものが、今は少し見え始めた気がして。
母に遅れ、そのぬくもりの温かさ――心地よさに、蒼太も静かに涙を流した。
「……」
初春はしばらく病室の隅でそれを見ていたが、この状況で金の話をするのも野暮と思い、何も言わずに病室のドアを開けて出て行った。
「あ、あの」
階段を下り、病院の受付の前で追いかけてきた千穂に呼び止められた。
「本当にありがとうございます。なんとお礼を言っていいやら……」
「いえ、手術を受けると決断したのは蒼太くんです。私達は依頼通りできる限りの星空を見せただけですよ」
「あ、あの、それでは報酬は……」
「それは手術後に、蒼太くんの容体が落ち着いたらでいいですよ。1週間後にまたここに来ますので、その時にでも」
そう言い残して初春は病室を出て行った。
「うううう……」
病室でその様子を初春の横で見ていた音々は千穂に負けず劣らずのぐしゃぐしゃの顔で大粒の涙をこぼしていた。
「ったく、お前は涙腺の枯れん奴だな」
「すびばせん、でも……」
「別にいいけどさ……」
初春は自転車を押しながら、音々と並んで帰り路を歩く。
「でも――ハル様は蒼太くんのこと、ちゃんと分かっていらしたんですね。心の奥底に、お母さんへの感謝の気持ちがあるって」
「たまたま上手くいっただけだ――実際あいつはお母さんに対して申し訳ないって気持ちがあるのは分かったからな。それにお母さんのやつれ方にしても――あれで心が痛まないなら救いようがなかった。ソウタがそんな人間じゃなくてほっとしている」
「そうですか?」
「――少なくとも俺が『生んでくれた母親に感謝しろ』なんて言われたら、そいつぶん殴るぜ――全ての人間を共通に救う方法なんてないさ。たまたまソウタとあのお母さんにはまっただけだ」
「……」
音々の耳には初春の靴や衣服から、東京にいた頃に初春が人間にされた仕打ちを伝える声が聞こえていた。
そして、思っていた。
初春も蒼太と同じ――子供の頃には能力に劣り、姿も特に冴えないことで周りから馬鹿にされていて。
そんな時、母親が味方になってくれたらどんなによかっただろう、と思っていたことを。
もう初春は覚えていないような記憶だが――初春はその時、母の愛を欲しがっていた。肉親が自分の味方であってほしかったと――そう願っていたのだ。
だが母親は初春に興味を示さなかった。そんな母の代わりに、女性としての優しさを初春にくれたのが結衣だった。結衣は当時の弱々しい初春をいつも励まし、肯定してくれていた。
蒼太はそれを持っているのだから――きっと立ち直るだろうと、初春はそんな忘れているような記憶の中からそう感じたのだろうと。
「……」
自分の横を歩く初春は、恐らく母親のことを思い出しているのだろうと思った。
ひとつもいい思い出のない母親――蒼太の母親を見て、自分もあんなものが欲しかったと、心の底――恐らく初春も気付かないくらいの感情で思っている。
「……」
そんな初春を見て、音々は思った。
私の力はものに宿るアヤカシの声を聞けるけれど――本当に聞かなければいけないのは、人のこういう痛みの場所を訴える声なのだと。
「この仕事って、お医者様みたいですね」
「え?」
「私はこの力で、そんな心の痛みの処方箋を作ってお客様の心のつかえを外してあげる――今回ハル様がやったのを見て、私、そうしなきゃって思います。私はそんな風になりたいです」
「心の処方箋、か……俺はそれよりも、体の処方箋が欲しいがな……」
それから2日間、初春は連日続けた火車との限界ギリギリでの追いかけっことそれによって負った諸々の怪我や体の痛み、並行して行っていたバイトでの疲労が重なり、仕事をする以外は食事を摂ってすぐに眠るという生活を繰り返した。
元々掛け持ちのバイトで週の初春の労働時間は60時間近い。『ねんねこ神社』を作っても初春はこのくらいバイトをしないと生活を維持できないのが現状である。疲れているのも当然で、音々もこの2日、初春とろくに顔も合わせなかったという有様である。
――そして3日目の夜、初春の家の庭に、火車の息子が降り立った。
「火車様、いらっしゃいませ」
家の中に上がれない巨体の火車の息子に、音々が挨拶に庭に出る。
「音々殿。先日はあなたと神子柴殿にしてやられました。神子柴殿はご在宅ですか?」
「はい――でも今日もお仕事から帰ったら、部屋に上がって降りてこないので――多分今日も寝ているのかと」
「――左様ですか」
「折角来たんじゃ、ゆっくりしていくといい。酒を馳走するぞ」
今日も初春の家には多くの中級神や妖怪達が集まり、宴を開いていた。火車の息子も子供とは言え、齢は80歳以上である。樽に保管した酒を飲み、染み渡るように嘶いた。
「いや、しかしあの小僧と音々殿が火車を捕まえるとは」
「しかし、火車殿は本当にあの小僧の神獣になるのですか? だとしたらあの小僧、とんでもない味方をつけることになるな」
子供とは言え、高位妖怪の火車を神獣として従える人間が現れるかもしれない――山に隠れ住む温和な神々達にとって、初春の噂は瞬く間に近隣にまで広まっていた。
「まあ坊やもこの10日で体中に擦り傷を作りまくって、何度も引っ張られたり、木にぶつかったりしたんだ。しばらくは無理もできんだろうさ」
比翼が言った。
だが、その矢先に階段を静かに降りる音がして、初春が寝起きの顔でのたのたと怠惰な足取りのまま居間に降りてきた。
「おや、噂をすればだね」
比翼は煙管の灰を落とした。
「坊や、体は大丈夫かい?」
「あぁ――体の痛みはお前の術でほとんど消えた。ありがとう」
比翼は神力があっても戦闘は全くできないと自分で言う分、紫龍ほどではないが様々な術が使える。本来は心の病(特に失恋の痛み)を癒す術の方が得意らしいが、外傷を治す術も使え、初春も何度か術をかけてもらっていた。
「だが――たった二日食っちゃ寝するだけで太る方が問題だな」
初春は普段から体重制限を行っているので、体重計がなくても大体自分の体重がオーバーした時は感覚ですぐに動きが鈍くなったのが分かる。
「ハル様、鍛錬に行かれるのですか? まだ怪我も完治してないですし、もっとゆっくりなされば……」
「そうしたいんだが俺は意志薄弱なんでな。一度休むと癖になる――続けるってことを体に意識づけるために、毎日ちょっとでもやらないとな」
台所で運動前に軽く水分を入れようと、冷蔵庫の水を手に取り一口含むと、初春は庭に火車の息子がいるのを確認する。
「ああ、丁度いい。先日は礼を言いそびれた。お前のおかげで初の依頼は何とか及第の結果が得られた。礼を言う」
「礼には及びません。私を捕まえればあなたの神獣になると誓いましたから」
「おぉ」
周りの神々もざわつく。もし初春が子供とは言え火車を神獣に迎えれば、それこそ神の間では番狂わせである。
「――しかし、俺はお前を一人では捕まえられなかった。音々と『行雲』の力がなければお前を捕まえられていない。主が自分より弱いのに、それでいいのか?」
「はい、私はこの十日余りで思いました。あなたと音々殿、どちらも実に楽しそうに私を追ってきていた。私を追っているお二人の目は、実にまっすぐだった。私もこんなに楽しいと思えたのは久し振りです――これからあなた方がやろうとなさっていることを見せていただきたいのです」
「――そんな大層なものじゃない。俺は生憎小市民なんでな。この世に生きながら大志なんて抱いているわけじゃない。自分の生きる意味すらよくわからん社会の最底辺だ」
初春は水の入ったペットボトルを置く。
「でかい理想を叶えるなら、俺よりも音々に仕えてくれ。こいつにはお前が必要だ。俺一人じゃこいつを神にするのに手が足りない」
「ハル様――で、でもこの『ねんねこ神社』はハル様が一人で」
「いや、俺じゃない。お前の志があったから――俺はそれを手伝っただけだ。今回の件も、お前がいなかったらこいつを捕まえられなかった」
そして口には出さないが、初春は分かっていた。
音々がいなかったら、俺は既にこの神庭町で人を斬っていただろう。
俺は、こいつがいなかったら……
「残念ながら俺は人の上に立つ才能はないんでな。俺に仕える気があるなら、俺が命令する。その力、音々のために使ってくれ」
「……」
その初春の目に、火車の息子は見た。
その一片の曇りもない音々への感謝を――忠誠を。
「――かしこまりました。これからは音々殿のために力を尽くしましょう」
火車はそう言って、縁側に立つ音々に深く頭を垂れた。
それを見て音々が戸惑った表情を見せている折、初春の持っている携帯が鳴った。名前を見て初春は電話に出る。
「はい、ねんねこ神社です」
『ソウタの母です。その節は大変お世話に……』
「あぁ、どうも」
『無事に手術が終わりまして――お医者様も経過観察に入ると仰っていただきましたので、その御報告を……』
「そうですか。手術は成功したんですね、よかった」
『はい――あの子、手術の直前まで皆さんのことを嬉しそうに話していましてね。看護婦さんを呼んで、あの無口な子が一日中……』
「……」
『私は知らなかったのですが、真夜中に皆さんが迎えに来て、星を見せてくれたって……そして、お母さんの生き方は綺麗だったって言うんです。だから手術を受けると……』
「……」
『あの子は私よりずっと辛い思いをしていたのに――そんなことを言ってもらえるなんて……』
既にその話をしている千穂の声は、受話器越しにも涙をこらえているのが分かった。
『本当に――これからの経過がどうであれ、あの子の笑顔を見せてくれて――本当にありがとうございました』
「――はい」
初春の電話の声は、耳のいい音々にも聞こえている。
その心からの感謝が、『ねんねこ神社』に向けられている。自分は火車を捕まえる手助けをして、星を見せることは初春に任せてしまったけれど――それでも自分の少しでも携わった仕事が「ありがとう」って言ってもらえることが、音々には何よりの報酬であった。
それが、音々の長年の夢だったから。
『つきましては、お金を支払わせていただきたいのですが』
「ありがとうございます。ええ、僕達も何分はじめてなもので、口座もないので――手渡しでいいですか?」
受け渡しの場所と日付を決めて、ひとまず電話を切る。
「手術後の経過報告が3日後にあるんだってさ。お母さんもそれを聞くまでは安心できないだろうし……報酬を受け取るのは5日後にしたよ」
「は、はい。これで報酬を受け取ったら、『ねんねこ神社』の初仕事は完了ですね」
「あぁ……」
「……」
その夜、神庭町の誰もが寝静まったような真夜中――手術前日に向け、鎮静剤を与えられよく眠る蒼太の病室の窓が小さく開いた。
音もなく窓から忍び込んだその人影は、寝息を立てる蒼太のすぐ横に立ち、静かに掛布団をめくると、腎臓のある胸元あたりに右手をそっと置いた……
5日後――初春は自転車で、音々は火車の背に乗って病院に一緒に向かい、病院の入り口の前で合流し、そこで待っていた千穂に初春は会釈した。
最初に話した時に座ったベンチに座り、千穂は持っていた白封筒を初春に差し出した。
「どうもありがとうございました。こちら、報酬になります
「確かにお受け取りしました。ありがとうございます」
初春は慇懃に頭を下げた。中身を確認し、ピン札の一万円札があることを確認する。
「……」
しかし千穂は、初春が持っているかなり大きな物体にさっきから目が行っていた。
「あの、それは?」
「あぁ、私達は一応『神社』と名乗っているので、私達の御神体みたいなものです」
初春は自分の持っていたもの――初春が作り、音々が今日火車の背に載せて持ってきた、割り箸製の音々の社を差し出した。初春の手で塗装が施され、鳥居に丸くなって眠っているころっとした三毛猫が粘土で作られ乗っていた。賽銭箱の前に小さな鈴が細い紐に通されぶら下がっている。
「差し出がましいですが、お仕事に満足していただけたら消費税代わりと思ってこの賽銭箱にいくらかお気持ちを恵んで、この鈴を鳴らしていただけませんか? 本当に仕事の満足していただけた場合の気持ち程度で結構ですので」
この賽銭箱にお客が賽銭を恵んでくれ、神社での参拝の作法を人間が行ってくれれば、『ねんねこ神社』――その中に属する音々に感謝が集まり、信仰が集まったということがより明確になる――そう初春は考えていた。
自分に信仰が集まる瞬間というのを音々に見てもらいたいと思って、今日は音々も同行させた。二人の座るベンチの前で音々もその様をじっと見ていた。
本来追加料金など嫌がるものだが、その社の賽銭箱はとても小さく、コインひとつでもいっぱいになってしまうようなもの――紙幣など沢山折りたたまなければはみ出してしまいそうだ。
千穂もそれを見て、あこぎな商売目的のものではないと思ったのか、財布から百円玉を取り出して、賽銭箱に入れ、紐を引っ張り何となく手を合わせてくれた。
「これでよろしいですか?」
「ありがとうございます。本当に……」
初春はほっとした。
「……」
音々は感極まって口元を押さえ、静かに涙を流した。
自分の仕事が初めて人間に認められ、自分のお社に人間が参拝してくれた――その事実だけで、音々は感無量であった。
「そういえば、蒼太君の術後の経過はいかがでしたか?」
このお願いを聞いてくれたと言うことはよい兆候が出ているのかと思い、初春は訊いた。
「それが――お医者様が信じられないと言うくらい経過が良好でして。いくら手術をしたからといって、これだけ血中の淡白濃度が一気に下がって平常値を出すなんて信じられないと、お医者様も驚いていました」
「……」
「あと一週間経過を見て、もし数値が安定していたら少しずつ学校への通学も認められそうなんです。本当に、あなたのおかげです。何とお礼を言っていいか……ありがとうございます……」
千穂も感極まって途中で声が詰まった。恐らく蒼太が生まれた時から一緒に戦い、蒼太を産んだ身としては自責の念に苛まれることもあっただろう。そこからようやく解放され、長年張り詰めた糸がほころぶ――そんなほっとした想いに溢れた笑顔だった。
「……」
初春はその帰り道、駅前のスーパーに立ち寄った。
報酬の一万円はまだ手を付けず――手持ちのお金を少し下ろして初春は音々と一緒にカートを引いていた。
当然音々はこのような場所に買出しに来るのもはじめてである。
「うわあぁ、今は市場もこうして何でも売っているんですねぇ……わぁ、お野菜が売られている時点で冷やされているんですね」
「――別にお祝いだし、飯くらい俺が作るぞ。大したもんはできんけどさ」
「ふふふ――いいんです。今日は私、自分で自分をお祝いしたいので」
初春が最初に手伝うと言った時のように、音々の頬は緩みっぱなしだ。
「お祝いなら、お前はやっぱりあれだろ」
初春はそう言って、目の前のコールドケースからプリンを手に取った。コールドケースにはロールケーキやシュークリーム、エクレアのような音々が見たことのないようなお菓子が沢山載っている。
「な、何ですかこれ! これがハル様が前に言っていた『けえき』ですか?」
「お前が仕事すれば、いくらでも食えるって言っちまったしな。好きなのを食ってみたらどうだ?」
「ほ、本当ですか? で、でも迷っちゃいます……」
目移りする音々を見て、これなら洒落たケーキ屋にでも行けばよかったかと思った。初春はまだこの町のケーキ屋を知らない。
「……」
お祝い、か……
そういえば初春もこういう時に何かお祝いなんてものをしてもらったことがほとんどないな。ケーキなんて直哉と結衣が小さい頃に誕生日会に呼ばれてご馳走になった頃くらいしかない。小学校の高学年になると、周りから二人と一緒にいることを疎まれて、誕生会にも行くことがなくなったからもう随分長いことケーキなんて食べていない。
そんな俺が親に捨てられて自分でケーキを食えるようになるんだから、皮肉なものだと思う。
親に人生を滅茶苦茶にされたことは間違いないのに恨むことが筋違いと言われているようで、まるで両親に正しいことをされたかのようになっていることが酷く不快だった。
「あ、ハルくんだ!」
不意に元気な声が背中に届いたかと思うと、足元にしがみつく何か小さなものがあった。
振り向くとそこには、三毛猫の財布を首に吊り下げた秋葉心が立っていた。
「あ、あの時お財布を落とした子……」
「ハルくん、今日はおしゃれだねっ」
「おしゃれ?」
首を傾げたが、報酬を受け取りに行くためにスーツを着ていることを言っているようだ。
「ココロは今日もお手伝いか――偉いんだな」
初春は心の持っていた買い物メモを見る。牛肉400グラムに人参、玉葱にジャガイモ、白滝……牛肉はまだ入ってないが、他には抜けも余計なものも入っていない。
「――肉じゃがだな、今日のココロの晩御飯は」
「ハルくんすごぉい。なんでわかったの?」
「はは……」
その正直な心の笑顔に、また瘴気を出しかける初春の心が和まされる。
「お肉はお肉屋さんで買うようにいわれてるの。いいところをえらんでもらえるんだって」
「ハル様、あの――この子にお願いしてほしいことが……」
その様子を見ていた音々が、初春に耳打ちした。
「なるほど――うん、そうだな」
音々の提案を名案と思い、初春は心の前にしゃがみ込んだ。
「――ココロ。ちょっとお願いしたいことがあるんだが、いいか?」




