一番綺麗な星は(3)
裏山の中腹には紫龍がいくつか用意してくれた篝火が辺りを照らすので、木に覆われた山道でも十分見通しが訊く。山道には中級神や妖怪などが20体ほど集まって、初春と火車の息子の鬼ごっこを見物に来ていた。
「まさか人間と、子供とは言え高位妖怪の火車の追いかけっことは――」
そのもの珍しさに見物客が集まっているのだった。
「さあさあ張った張った! 十日以内に坊やが火車を捕まえることが出来るか! 次の満月の夜に負けた者は酒の肴調達、勝った者はそいつをありつけるよ」
比翼が扇動してどちらが勝つかの賭け事まで始まっており、行き場のない神や妖怪達の格好の暇潰しになっているらしい。初春の敗色濃厚に票が寄っているようだが、よく比翼と共に家に来る妖怪の中には初春に賭けている者もおり、そこまで一方的な展開にはなっていないようだった。
初春は右手の腕輪からワイヤーを射出し前方の手近な枝に絡ませ、巻き取る力で身体を宙に浮かせる。
この巻き取る力での加速だけは火車の息子も警戒しているが、方向転換が出来ないので簡単に避けられる。火車の息子は絶対に方向転換できない進行方向の90度方向に回避行動を取った。
初春はそれを見て左手の腕輪からワイヤーを射出。アンカーが木の一本に刺さるとそのまま左のワイヤーの巻き取りスイッチを押す。
それと同時に右手の腕輪をワイヤーごと光の粒子に変えて消失させる。
「お」
左腕のワイヤーに巻き込まれて加速しながら、前方に太い枝が迫る。
「!」
初春は左腕のワイヤーに巻き込まれながら右の掌を開くと、開いた掌が光を帯びた。脇差くらいの長さの日本刀が現れる。
鞘からはじめから抜かれた剣で進行方向にある枝を一太刀で斬り取り、進行方向を確保する――はずだったが。
脇差を召還したと同時に左手のワイヤーが腕輪ごと消えてしまい、巻き取る力のなくなった初春はそのままべちゃっと地面に落下した。
「……」
「はあ、はあ……」
火車の息子は、初春の追撃が止まったのを見て体勢を整える。
初春ももう20分近く前回と同様、ワイヤーを使っての追走で火車の息子のスピードに食い下がっていたが、まだその身を捉えられないでいた。
「直線だけじゃ勝てないか……」
息を切らす初春は、今度は右手のみに腕輪を召還し、右腕の腕輪からアンカーを斜め上に射出して木の枝にワイヤーを絡めると、そのまま巻き取り木の上に登る。
火車の息子は上方を見るが、篝火が最低限にしかないために広葉樹の生い茂った梢の先はほとんど見えない。初春は密集した木々の枝から枝を飛び渡って自分に近付いてくるはずだが、その音も葉を揺らす風の音にかき消されて初春の大まかな場所は分からない。
「――考えましたな、神子柴殿」
警戒を強めると、火車の息子の鬣から徐々に青い炎が沸き始める。
「む、あの炎は……」
紫龍は息を呑む。
――初春は風が梢を揺らして音を出すタイミングで枝から枝を飛び移り、葉の中に隠れた。さながら忍者になった気分であった。
――こういう時にワイヤーが使えたら便利なのだが、射出する時にどうしても空気の圧力を使う大きな音が出てしまうため、気付かれずに動くためには使えない。かといって開けている場で手持ちのワイヤーだけであの馬以上の脚力がある火車を追いかけるには、方向転換が効かないため限界がある。
とっさに初春は木陰に身を隠して、ゆっくり距離を縮めていく作戦に切り替えた。
ワイヤーが使えない以上『行雲』で変化させた腕輪を短剣型のネックレスに変えて身軽になりたいのだが、どうしても自分の意志で変化させる時に白い光を発し、光の粒子を再構築するように新たな形を作るため、その強い光で暗闇に乗じる意味がなくなってしまう。腕輪を消すことも出来ないため、少しでも身軽になるために片方しか召還しなかった。
――しかし相手の視界に入らないのはいいが、これじゃ俺も火車の位置がよく分からないんだよな。葉の薄いところに出てしまっては折角死角に入った意味はないし。
――さて、ここからどうしようか……
そう思った瞬間。
初春の両腕の腕輪が強い光を発してそのまま散り散りの光の粒子として消失し、『行雲』本来の姿である太刀の姿へと戻って初春の右手に収まった。
「あ、あれ?」
「神子柴殿、そんなところにお隠れでしたか」
その光を見て皮肉を含んだ火車の息子の声が聞こえる。
「……」
一度位置がばれてしまってはもう奇襲は通用しない。初春は黙って枝から飛び降りて姿を現した。
「そうか――木に登った瞬間に腕輪をアクセサリーに変えておけば、光が出るリスクは関係なかったな……そうすればよかった」
「坊や、まだ続けるのかい?」
比翼が訊いた。
「――あぁ、火車の都合がよければな。だが、さすがに少し一息入れたいな……」
「私ならいくらでも付き合いますが――神子柴殿ももうずっと追いかけっぱなしだ。人の子の身ではもう随分お疲れと見受けますが」
「あぁ、さすがにしんどいんだが――のんびりしている暇がなくなったんでな……10分後に再開させてくれないか? 少し考えをまとめたいんだ」
初春は持ってきていたペットボトルの水を飲みながら、倒木の幹に腰掛けた。
初春は太刀の形に戻った『行雲』を確認する。
「しかし前回よりもその刀の扱いが上手くなったようだね」
そばに来た比翼が微笑んだ。
「この前は腕輪を腕から外していたけれど、今日は出したり消したりを繰り返したね」
「一度外すと回収できないからな。おっさんが剣や弓を出し入れするのが煩わしいと言っていたから、この武器はそんな切り替え時間は早いはずだからな――しかしワイヤーを片手に出しながらもう片方に剣とか、性質の違うものを二つ出すことはできないのか、それとも俺のイメージが悪かったのか……」
今まで自分に絡んできたような奴なら、多少の判断ミスや一撃貰う程度のことは十分挽回できるが、紫龍や火車の息子のようなスピードのある相手だとその判断のミスがもう取り返せないロスを生む――
初春は武器のイメージもそうだが、判断のレスポンスをもっと上げる必要がある。それを自覚するごとに自分の思考もクリアになっていき、たった数十分程度の稽古でも今まで基準にしていた相手とは比べ物にならないほど自らの経験値に還元されているのが分かった。
そうして使い続けているうちに、段々とこの刀のことがわかってきた。
この刀は紫龍かこれを作った人によってかは不明だが、携帯用の小型アクセサリーの形は元々記憶されているみたいだが、元々はこの太刀の形に戻りたがる性質があるようだ。長時間別の形を維持すればするほどその力が強く働いてくる。
時間が経つとちょっと気が逸れただけですぐこの太刀に戻ろうとするから、長時間変化させる毎に武器の形の安定に精度が必要になってくる。切り替えや出し入れをするとリミットは余計に早まり、一度の変化を留めるのもいいところ5分が限界らしい。
武器としての強度はやはり本来の姿である太刀の姿が最も丈夫で切れ味もよい。太刀は神力を使えない初春でも直径5センチはある樫の枝を一刀で真っ二つにすることができた。
変化する上で重要なのでデバイスの複雑性ではなく重量で、上限は約5キロ。その重量の範囲内であれば金属を含めば何でも変化可能だが、例えば繊維や鉱物、木材などの有機物のみに変化させることはできない。変化させたものの2割程度だけなら金属の中に別の性質のものを混ぜることができる。
その重量の上限を超えるイメージをすると変化は暴走する。一度わざと超重量の武器をイメージしてみたが、大変なことになった。
動力を仕掛けることも可能だが、ガソリンや火薬などの消費する媒体を動力にすることは出来ない。電動力だけは可能で初春のワイヤーもモーターで巻き取っているが、これも充電式の電池のようなもので使えば使うほど電力は小さくなり、パワーが落ちていく。
ひとつの形から別の形に変えることは、あまりイメージの定かではないものでは10秒近くかかることもあるが、はっきりしたイメージがあるものに関しては体感的に1秒以下でその形を維持でき、そのうちの一部でも握っていれば体のどこかに装着させた状態で変えることも可能。少なくとも最初にイメージで出し、今主に使っているアンカー付きのワイヤーと射出する腕輪のセットに関してだけは、1秒以内の着脱と両手のうちの片一方だけを消し、また出すというようなこともできるようになった。
「もう少し巻き取るモーターを強くしてみるか――自分の体重を支えるだけならワイヤーは少し強度を落として軽量化して……伸びきった時の体の負担が結構きついけど……」
初春は追いかけっこをしながら思ったことを口に出して呟いてイメージを定着させる作業を行う。戦闘の咄嗟の判断で安定した使用感を得るために、思ったことを呟いて脳に定着するようにしている。英単語などと同じで声に出した方が印象に残る。
そのうち独り言がキモイ、と周りの人間に言われるようになりそうだ――あぁ、でもそれは元々よく言われてたっけな。てへ。
「……」
そんな様子を神獣に乗っていた紫龍は審判も兼ね、ずっと見守っていた。
「あの小僧、あの刀の使いこなしにかけては紫龍殿よりも上では?」
神獣が訊いた。
「――あの小僧は自分に劣等感を抱えておる。『自分には出来ない』『自分には無理だ』ということを刷り込まれて、そこから抜け出せていない。その分選択肢――奴の言葉で言う『思想』がない。選択肢がないから判断が常に限定的で、少ない手数の中での取捨選択が早い――ここぞというときの集中力の高さは目を見張るものがある。戦闘の際に心を無にすることも、まだ完全ではないがそれでもかなりのものじゃ。あの小僧の適性と武器が非常に噛み合っておる」
だがこの時紫龍は初春のことを認めながら、思っていた。
「しかし、あと10日か……」
紫龍の眼下で初春がしばしの休息を終え『行雲』の鞘を握って立ち上がった。
「さあ、鬼ごっこの続きと行こうか」
「坊や、ひとつ忠告しようか」
身体をほぐす初春の背中に、比翼が声をかけた。
「木の上に登って身を隠す奇襲は、おそらく火車に通用しない――それを最初に頭に入れてみてやった方がいいよ」
病院に行ったことで自分の姿をとどめるほぼすべての力を使い果たしてしまった音々は、一人家に残り、初春が帰ってきた時のために夕食の支度をしていた。
初春は元々ファミレスの巻かないで食事を多めに取り、家での食事は軽くという生活スタイルをとっており、最近は朝の農場のバイトでも朝食を貰っているので、実際に初春の食費にかかっているのは月1万円にも満たない。神庭町の神や妖怪に酒を届け、山の警護をして弱い妖怪でも過ごしやすい環境を作っている紫龍へのお礼に、酒の肴になる山菜や野菜、川魚などを届けてくれる者もいるので、初春もその相伴に預かっている。
最近音々は料理をすることが楽しいと思えるようになっていた。パソコンが来たことで現代のレシピをまとめたサイトなどを見て現代の料理を研究しており、少しずつだが食事も現代の味付けに近いものを作れるようになっていた。いまだに「ばたあ」と「ちいず」のような白いものは理解できずに手を出してはいないが。
そんな中、秘かに研究しているのが。
「――うん、今日のはいい出来かもしれません」
味見する音々の前には、ぐつぐつと胡麻油で光沢を放つ蓮根のきんぴらがあった。
「ハル様、喜んでくれるといいけど……」
以前初春の気に入っていた蓮根のきんぴらを、秘かに練習していたのである。
「……」
でも――本当はこれじゃいけないんですよね。
外に出られないといっても、ハル様は『ねんねこ神社』のために火車様を捕まえようと頑張っていらっしゃるのに……
悔しさともどかしさが、音々の視界を滲ませる。
その折、がらりと玄関が開く音がした。音々は目を小紋の袖で小さく拭って、玄関に出る。
「ハル様、お帰りな……」
音々の出迎えの言葉が止まった。
初春の身体はところどころ擦り傷だらけになっており、泥だらけであった。
「そ、その傷は?」
「あぁ――『行雲』をまだ上手く使いこなせなくてな。不意に出したものが消えちゃったり、木から落ちたりしてるうちにこの様だ」
「しょ、消毒しないと」
「そんな薬買ってないからな――とりあえず泥を落としてくるよ」
初春はそう言って家に上がり、そのまま風呂場へと向かった。
「下手に痛そうな顔をしても心配する者もいないどころか、弱ったところを付け込み更に痛めつける奴がいる――あれも人間を信じていない故の訓練の成果じゃろうな」
後ろから神獣から降りる紫龍の声がした。
「坊やも生きにくい子だねぇ」
比翼も白蛇から降りて、マッチで煙管に火を点ける。
「お師匠様、比翼様、ハル様は火車様を捕まえられたのでしょうか」
「いくら子供でもそんな簡単に捕まるほど火車は甘い妖怪じゃないよ。私の神獣だって、中級神だって火車を単独で捕まえるなんて、できない奴の方が多い」
「……」
「でも――坊やはすごい速さであの刀の使い方を覚えているのは確かだ。前回よりも格段に動きはよくなっていた。火車の動きにも少し慣れてきたみたいだ。」
「じゃが――10日以内で火車を捕まえるのはまず無理じゃな。思ったよりもずっと早く捕まえられそうな気配はあるが、それでも10日では無理じゃ」
「そんな……」
「それに――火車は坊やの性質とは非常に相性が悪いからね。今日も何度か火車の息子は、それを見切っていたようだし……」
「性質?」
「瘴気さ」
「火車は元々使者の悪い心を浄化の炎で清めて冥土へと送り、悪人を黄泉に連れて行くのが仕事――小僧はそれでいて心の奥底には強い瘴気を封じ込めており、それは無意識のうちに微弱に垂れ流されておる」
「まあ坊やが普段どおりにして流れている瘴気なんて微々たる物で、私達やそこらの妖怪も、坊やが怒った時を除けば坊やの瘴気なんてたいしたことじゃないが、火車にはそんな微々たる瘴気でも探知できる――瘴気を伝って坊やの動きが手に取るように探知できてるってことなのさ」
「それじゃ……」
「ああ、坊やの方が移動に四苦八苦している上に奇襲が通用しないから、相当分の悪い勝負だよ」
「……」
――しばらくして、体の泥を洗い流した初春がTシャツと短パン姿で出てくる。
「その傷じゃ随分染みて痛かったろう。大丈夫かい?」
「別に初めてってわけじゃない。自転車にも乗れなかった頃はこれよりもっとコケたからな」
初春は首にアクセサリーにした『行雲』を身に着けて、縁側に出て、そのままごろりと寝転がって月を見上げた。
「さすがに疲れた……」
「そりゃ坊や自身の仕事と並行してるからねぇ。音々がご飯も作ってくれたみたいだから、しっかり食べて早く休むといい」
「――そうさせてもらうか。明日も仕事早いしな」
だらだらと立ち上がる初春。一度寝転がってしまってから身体を起こすと、さすがに疲れがどっと出てきてしまった。
ちゃぶ台の上には音々の作った豚挽き肉のそぼろご飯とイカと納豆の和え物、そして自信作の蓮根のきんぴらが並んだ。
「ありがとな、音々、お前は食べないのに」
「い、いえ、私は家から出られないので……」
「いただきます」
そう言って初春は蓮根のきんぴらに箸を伸ばす。
「あ、美味い。この前食ったのよりも胡麻油と唐辛子が効いてて」
初春がほっとしたような顔で蓮根のきんぴらに続けて箸を伸ばすと、そぼろご飯を一気に掻き込んだ。
「……」
――こうして美味しそうにご飯を食べてくれるのも、確かに嬉しいけど。
『ねんねこ神社』は、二人で頑張っていきたい……
「ハル様、火車様はやっぱり手強いですか?」
「そうだな――俺は相手の強さを見誤ったかも知れんな。10日以内ってのは相当きつい――今日は奇襲を試してみたが、火車には全く通用しなかったよ」
あれから初春は木の上に潜んで枝から枝を先に召還した鉤爪のついたロープを使って渡りながら火車を捉える戦法を試みたが、全く手応えをつかめなかった。
上からも火車の様子がよく分からないこともあるが、姿が見えなくても火車の息子は初春の移動している場所から離れてしまい、奇襲が出来る射程に近づくことができなかった。
「この前みたいに触手を瞬時に鉄の硬度にして火車を捉えるなら、せめて5メートル以内に近付かないといけないんだが――どうしたもんかね」
「……」
「まあ、ダメだったら頭下げて火車にその日だけ力を貸してくれってお願いしてみるよ。それが受け入れられなければ、あのお母さんとソウタに謝るのも俺がやる……」
「ハル様、明日からは私にもお手伝いさせていただけませんか?」
「え?」
初春だけでなく、紫龍と比翼も驚いた顔をした。
「だってハル様、『ねんねこ神社』のために、一人だけそんな頑張ってるんじゃ、私……」
「言っただろ、今外に出たらお前は消えちまうんだから、動けないうちは……」
「でも、私の分もハル様が頭なんて下げないでほしいんです」
若干強い口調で音々が初春の言葉を遮った。
「仕事が失敗したらできることなら私も謝りたいですが、私の姿は人間には見えない――どうせ謝れないなら、私はハル様を謝らせないように頑張りたいです」
「……」
「これでも私、動くのには自信があるんです。二人で追いかければ火車様も迷いが生じるでしょうし」
「いや、お前何もないところでもコケるような奴じゃないか……」
「う――で、でも私はアヤカシの声が聞けますよ。普通の耳もいいし、誰がどこにいるかなんて音で何でもお見通しなんです」
「……」
「私がハル様の目になることは、今の私でも出来ます――だから……」
「――でも、今のお前が俺に付き合って外に出たら」
「大切に思うことと、大切にすることは似て異なるものだ」
二人の平行線に紫龍が口を開いた。
「今お前がその刀の修行に躍起になっておる理由も分かる。記憶を消した、あの二人のおなごのことが引っかかっておるのじゃろう?」
「……」
紫流にそれを言われ、初春は紅葉と雪菜の顔を思い浮かべて。
たまらなく、悲しくなった。
「一人で何とかするなんてただの自己満足――仕事であればそれ以上に確実性を上げるのが何より優先される。自分で仕事を請け、金を貰うというのはそういうことじゃ。お前もその歳でそういうことをしていかなきゃならん」
「……」
「一人で背負いきれなくなると、ただ失うのみ――あの二人の記憶のように、守れないものから手をすり落ちていくぞ」
「……」
初春はしばらく押し黙っていた。
――そうか。俺は秋葉と柳の記憶を消したのは――俺が弱かったからだったな。
あの二人を笑顔に出来るような力が俺にないから……
そんな俺が一人でカッコよく何でもそつなく、なんて、少し欲張りが過ぎたか……戒める方向をまた間違えていたか。
「音々」
初春は目を開いた。
「俺は難しい理屈は分からないがね――ただ、俺自身の今の本音を言っちまうと――とにかく今余裕こいてる火車をギャフンと言わせたい」
「ふふ……」
普段からなるようになると何かに執着しない初春が、珍しく自分の思いを言い、しかもそれが非常に子供じみていることに、音々は笑った。
「ぶっちゃけ俺もあいつを従えて、空を飛んで星を間近で見たい。実は私利私欲でやってるから楽しんでたんだよ。そんな俺の都合で無茶もさせちゃうが――助っ人頼んでもいいか?」
「はい!」
初春に初めて何かを当てにされた音々は、満面の笑みで返事をした。
「ところでハル様、もし火車様を捕まえてもあの子に見せたい星って……」
「それは俺に考えがある。上手くいくかはお慰みだがな」




