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こんなの、人間じゃない

「はあ、はあ、はあ……」

 少年は走りながら、今も思っていた。

 どこかへ行きたい……

 ここではない、どこかへ……

 この状況で自分が他責的だとか、社会の最底辺だとか……

 そんな雑音から離れられる場所を探した。

 だが、もうそんな場所がないことも分かっている。

 こうして夜の街を全力で走れば、悩みも風に流され飛んでいくかもとも思ったが。

 そんなことはないことも分かっている。

 まだ家と駅までの道以外、ろくな土地勘もない道をでたらめに走り、少年はお情けのような街路灯の灯る公園に入っていた。

 どうしようもなく息が切れ、足が止まる――膝を抱えて、肩で息をすると、少年はそのまま地面にどさりと倒れ込んだ。

「う……」

 自分の今の情けなさに、息が震えた。

 つい数か月前までは、生まれながらに何も与えられなかった自分が、初めて自分のやりたいことが見つかって、前に進むエネルギーが絶えず溢れていたというのに。

 あっという間に、社会の最底辺に転落した。

 俺は、クズだと思っていた人間の、そのまた下――

最底辺のクズだ。

 中卒だからって体のいい奴隷と人を見下しているババアより、無抵抗の障害者いじめてるような奴よりもクズ。

「……」

 ――いや、俺は人間なんかじゃなかった。

 思想も親のぬくもりも与えられず、両親は家裁に言われたから俺を飼っていただけ……

 そして最後は、犬や猫のように、俺を捨てた。

 こんなの、人間じゃない……

 俺は、人間なんかじゃなかった……

「は――ははははははは……」

 失笑が漏れる。

 ――生まれて初めて、悔しいという感情を知った。

 あれだけ憎んでいた人間の言葉を信じ、思想もなく、流されるだけ生きて。

 小石に躓いて、転んで初めて自分は誰かの手の中で弄ばれていたことを知った。

 俺は、なんて無駄な時間を過ごしたのか……

 あれだけ人間を嫌っていたのに、運命をその人間に委ねていた。

 俺はそんなことも分からなかった。

 教えられなかったからじゃない、知ろうとする努力もしなかった。

 それでこの様だ。

 15歳の誕生日を迎える前に、俺の人生は滅茶苦茶だ。

 戦うことも、何かを決めることもできないまま、終わってしまった。

「……」

 唇を噛む。

「――死んじまえよ、どいつもこいつも……」

 そんな言葉を呟いた時。

 ――不意に、少年の耳に、小さな声が聞こえてくる。

 小さくすすり泣くような、か細い泣き声。

 少年は倒れ込んだ上半身だけを起こして、暗い公園の辺りを見回した。公園はそれなりに大きく、ジャングルジムや滑り台が置かれている、昔ながらの公園だった。都内だったら危険だからと撤去されそうな回転遊具やシーソーまである。

 そのうちの一つ――鎖で吊るされたブランコに一人の少女が座っていた。年齢は7~8歳ほど。小学校に上がったばかりというような年齢だ。泣き声の正体は彼女で、もう泣き疲れ、歩き疲れたのか、もう泣き声にも力がなかった。

「……」

 迷子だろうか――もう9時を過ぎているから、家の人は心配しているだろう。

 ――って、人のことを心配している場合かよ……

 ――大体、中卒フリーターの俺がこの子を連れて家まで送り届けて、この親が俺に何て言うかよ。

 ありがとうの一言もなく、誘拐犯や変態扱いされる可能性の方が高い。

「……」

 そうなったら、その場でその両親を殴り殺すか?

 そうなったら、法廷で叫んでやる……

 親切にしたのに最初に言う言葉がそれなのか、俺達はどんなに踏みにじられても、文句ひとつ許されないのか。

 生まれて一度だって人間扱いされなかった俺を、何であんた達は人間の法で裁く? あんた達が俺を人間扱いしないのであれば、俺が人間の法に従う理由はない……

 さあ、人間じゃない俺なんかさっさと殺せよ! 保健所の殺処分みたいによ! 俺は両親にそうなってくれって願われた命なんだ!

 ――そんなことを叫んで、自分と同じような虫けらみたいにされている奴の思いを吐き出してやれば、このクソみたいな自分も少しは報われるか……

 そんなことを考えていた。

「――ぐすっ……ひっく……」

 だが、変わらずに、少年の耳には少女の泣き声が聞こえてくる。

 小さい頃から、少しでも泣けば迷惑そうに怒鳴りつけた母親との思い出を思うと、子供の泣き声は、酷く少年の耳に障った。

 まだ3月の肌寒い夜に、少女は小さなビニール袋を下げていた。小さいダウンジャケットにジーンズ。恐らく両親の愛情をいっぱいに受けた子なんだろう。服も洒落ていて、小さな手に付けている手袋には、ポンポンの飾りがついている。

「――くそっ」

 少年は立ち上がって、少女のいるブランコの前に駆け寄った。

 俯いて泣いている少女は、少年の足音に気付いて、顔を上げると、ひっと息を漏らした。

「待て、大声とか出さないでくれ」

 少年は両手を開いてその場にしゃがみ込んで、少女の目線まで顔を下げた。

「……」

 ――何やってるんだよ、俺は、と思った。

「こんな遅い時間に、どうしたんだ?」

「……」

「家に帰る道が分からないのか?」

 なるべく優しい声を作ってみるが、如何せんあまり優しくされたことのない少年である。元々不愛想であり、笑顔を作ることも早々に諦めている。

「……」

 少女は怪訝な顔をして、少年の顔を見つめていた。逃げるでもなく、ただ少年の顔をまじまじと見た。

「――どうした?」

「――し、知らない人に話しかけられても、ついていっちゃいけない、って……」

 涙声でたどたどしく、子供は少女に言った。

「――まあ確かに」

 少年は頷いた。

「偉いな。ちゃんと言いつけを守ってるわけだ」

「――うん」

「でも、そうお前に教えた家族は、お前がそんな奴についていったんじゃないかって、心配してるぞ。早く帰りな」

 少年は言いながら思った。我ながら子供に好かれなさそうなものの言い方だと。

「……」

 少女は俯いた。

「――何だ?」

「――お姉ちゃんにもらった、お財布落としちゃったの……」

「……」

「お母さんに頼まれて、八百屋さんでタマネギとニンジンを買って――その時はあったんだけど……」

 確かに少女の持っている袋には、玉葱と人参の入ったビニール袋が入っていた。

「沢山お金が入ってるのか?」

「――ううん、500円しか持っていかなかったから」

「……」

「でも、お姉ちゃんがくれたお財布なの。ココロはもうお姉ちゃんだから、お母さんのお手伝いに、これでいっぱい買い物に行ってね、って」

「……」

 どうやら、この少女の名前は、ココロと言うらしい。

「せっかくお姉ちゃんが買ってくれたのに……」

「それでずっと探してたってのか」

「――うん……」

 そこまで言うとココロは、また改めて悲しみがぶり返したのか。

「う、うぇぇぇぇぇん……」

 また堰を切ったように、大声で泣き始めた。

「……」

 余計なことに首を突っ込んだ、と思った。

 だが……

「ほら、ココロ、泣くな」

 少年はココロのさらさらの髪を撫でた。

「俺も一緒に、もう少し探してやるよ。見つからなかったら、一緒にお姉ちゃんに謝ってやるから。だから、泣くな」

「――ひっく……」

「元気出せよ」

「……」

 ココロは嗚咽を落ち着かせると、ブランコから立ち上がった。

「――ありがとう、おにいちゃん」

「……」

 少年は首を傾げた。

「――なあ、その呼び方、少し変えてもらってもいいか?」

「え?」

「まあ――いい響きではあるんだが――俺の今の立場上、幼女にそう呼ばれるのはな……」

 現実にそう呼ばれることに妙な背徳感を感じた少年は、何となく背中がむずがゆくなった。

「――俺のことは、ハルでいいよ」

「ハル――くん?」

「――ああ、学校で一番人気の男女がそう呼んでても浸透しなかった、残念な愛称だがな……」

 少年は自嘲を浮かべたが、こんな幼い幼女には何を言っているのか分からないだろう、と思った。

「ハルくん――」

「で? どんな財布なんだ? 形とかは?」

「ネコちゃんの形をした、頭のところがパカッて開くやつなの」

「――がま口財布か。子供用の、小銭を入れるだけのやつだな」



 どうやらココロは、帰り道にトイレに行きたくなってしまい、公園のトイレに入って、それから少し水飲み場で水を飲んで、公園を少し寄り道してしまったらしい。

 子供用のがま口財布なら、首に紐をかけて吊るしておくだろう。トイレに入った時に紐を取り、そのまま首にかけずに手に持ってしまった時に、無意識に落としてしまったのだろう。

 ココロの話を聞いた少年は、時間も少ないし、公園の中を探し回ることにした。

 まず、ココロの入った公衆トイレを探してもらった(勿論女子トイレなので少年は入ってないが)が、そこにはなく、公園の中をしらみつぶしに歩き回った。

 だが、街路灯もほとんどない、薄暗い公園は、割と広い。植木も植えられていて、死角になっている場所も多かった。

 土管の中や、遊具のトンネルの中などは、携帯のライトで照らしながら探したが、ほとんど中が見えず、捜索の効率はなかなか上がらない。

「……」

 植木の中に入って、手分けして探したが、ココロは段々と無口になっていった。

 もう時間は、夜の9時半を過ぎていた。八百屋が開いている時間から探したのであれば、ココロは幼い足で、3時間近くは歩き通しだったのだろう。

「疲れたのか?」

 少年はココロの元気が次第になくなっていくのを感じて、声をかけた。

「――だいじょうぶ……」

 植木をかき分けて、低いところを探すココロの声は、明らかに張りを失っていた。

 もう分かっているのだろう。財布が見つかろうと見つかるまいと、もう帰ったら親に怒られることは確実で。

 それもココロを追いつめている。普段悪いことをしない、いい子なのだろう。家の人に迷惑をかけていること、怒られ慣れていないから、不安になる……

「……」

 少年はココロの頭を撫でると、そのまましゃがんで、ココロの体をひょいと持ち上げ、肩車した。

「歩き疲れたんだろ。だったら少し休んでな。これ持って地面を照らしといてくれ」

 そう言って少年は、ココロにライトの点灯した自分の携帯電話を渡した。

「ハルくんは、疲れてない?」

「平気だよ、これでも鍛えてたから」

 ――そう、過去形だ。

 そんな自嘲を脳裏でしていると……


 ――水飲み場の横の、ベンチの影です。


「ん?」

 酷く小さな声だったが、ココロのではない、別の女性の声が少年の脳裏に響いた。

 少年は辺りを見回すが、人はいない。

「……」

「どうしたの? ハルくん?」

 肩の上に乗っているココロは、ふいに頭を動かした少年を怪訝に思った。

「水飲み場のベンチ……って言ったか?」

 少年は首を傾げながら、公園の公衆トイレに一番近い水飲み場の前に来て、辺りを見回した。

 植木の陰に隠れて見えなかったが、そこに白いペンキの塗られた、プラスチックのベンチがあった。

「ここの影……」

 少年は植木の影にしゃがみ込んだ。

 そこには、植木の枝の中に半分埋まっていたが、白い猫の耳がぴょこりと顔を出した、可愛らしいイラストの猫のがま口財布があった。

「うお! あったぞ!」

 少年は財布を手にとって、ココロの前にかざした。

「わぁ! これ! 私のお財布!」

 さっきまでどんよりしていたココロが、はじめて満面の笑みではしゃいだ。

 もう大丈夫だと思い、少年はココロを肩車から降ろした。

「あ、そっか――私、おトイレに行ってから、お水を飲んで、少しベンチで座ってて――そしたらネコちゃんがベンチの前を通りかかって。私に寄ってきて」

「そうか――その猫とじゃれてる時に、ふとベンチに財布を置いちゃって、落ちたんだな」

 いずれにせよ、盗まれたりしてないでよかった。

「ハルくん」

 ほっと一息ついている時に、ココロは少年の手を引いた。

「ありがとうね」

 ココロの満面の笑みが少年を出迎えた。

「でも――すっかり遅くなっちゃった……お母さんとお姉ちゃん、怒ってるかなぁ」

「……」

 少年は、ココロの頭を撫でた。

「俺も一緒に謝ってやるよ。だから――大丈夫だ」

「――うん!」

 ココロは張りのある返事をすると、少年の手を取った。



 ココロの先導で、少年はココロの家に着いた頃には、ココロの指差した家の前には、白い原付が止まっていた。

 もう夜の10時を過ぎてる――警察を呼んだのか。

 少年にはその心情は上手く理解できなかったが――まあ、ココロは利発そうで、見た目も可愛いからな――それだけ愛されているということなのだろう。

 この田舎町には、マンションというのがほとんどなく、指定した家があるのも閑静な住宅街だった。家は古いものが多いが、坪数は多く、ほとんどの家に多少の庭がついている。練習用のゴルフネットが備え付けてある家がちらほら見えた。

 少年は溜め息をついて、少女の指定した家――小さな門扉の前に数段の石段が備え付けてある、東京23区なら、相場5000万は下らなさそうな瓦屋根の家――『秋葉』という表札のかかった家のインターホンを押した。

 すぐに脱兎の如く、門扉の向こうのドアが開いた。40歳前後だろう、髪を軽く茶色に染めた、スタイルのいい女性が出てきた。

「お母さん」

「ココロ!」

 母親は門扉を開けて、前に立っていた少年を突き飛ばすような勢いでココロに駆け寄り、抱きしめた。

「バカ! 今までどこに行ってたのよ」

 母親はカン高い声でヒステリックに叫んだ。

「ココロ!」

 不意に家の方からまた女性の声がした。

 少年は振り向くと……

「あ……」

 そこには、制服を着た年配の警官が一人と。

 少年が今日、バイト先で出会った、ホールに出ていた茶髪の少女がいた。

「……」

「あんた」

 少年に、母親が詰め寄った。

「あんた、うちの子をこんな夜遅くまで連れまわしたの? 変なことをしなかったでしょうね。家まで案内させて、これからあの子をつけまわしたりなんかしないわよね」

「は?」

「君、少し事情を聞かせてもらえないかな。このあたりじゃ見ない顔だね。住所と親御さんの電話番号を控えさせてくれる?」

 家から出てきた警官も少年に詰め寄った。

「……」

 少年は思った。

 ――予想通りだよ。

 この母親と警官――俺をペドフィリアか誘拐犯でも見るような目をしてやがる。

 その誤解を頑張って解いたところで、こういう連中は今までの侮辱を、まるでなかったかのように扱う。謝罪も言動の撤回もしない。

 そこからこっちが反撃すれば、それこそ大騒ぎする。

 ――結局、やったもん勝ちなんだよ、人間なんて。

 初対面でこうして相手を見下す奴が、イニシアチブをとるんだ。

 結局……

「ハルくんは悪くないよ!」

 少年の怒りの思考を、ココロの声が遮った。

「ハルくんは、ココロの落としたお財布を探してくれたんだもん!」

 そう言って、ココロは自分の首に下げた、猫のがま口財布を見せた。

「ココロ――あなたそれを探すために、こんな時間まで?」

 少年と同僚の少女が心に駆け寄った。

「バカ、こんなののために……」

「――だってこれ、クレハちゃんが初めてのお給料で、プレゼントしてくれたものだから……」

「ココロ……」

 少女はしゃがみ込んで、ココロを愛おしげに抱きしめた。

「――俺も申し訳なかったです。先におうちの連絡先を聞けばよかったんですが……俺の責任なんで、あまり怒らないでやってください」

 少年は腸が煮えくり返っていたが、ココロに、一緒に謝ってやる、と約束した手前、一言謝った。

「でも――君、このあたりで見ない顔だし、素性も分からない以上、ちょっと駅前の派出所に来てもらえるかな。詳しく話を聞きたいんだけど」

 警官はそれでも少年に詰め寄った。

「……」

「ま――待ってください!」

 憮然とした顔をした少年に、少女が割って入った。

「もう妹も見つかりましたし――夜も遅いですし――そこまですることないですよ」

 若干声が裏返りそうなほどいっぱいいっぱいになっている。

「この人は、きっと善意でココロを家に届けてくれただけだと思うんです」

「何でそう思うのよ?」

 母親が少女を問い詰めた。

「そ、それは……」

 少女は言葉に詰まった。

「……」

 人間ってのは、面倒な生き物だとつくづく思う。

 自己完結できないものってのは、煩わしい。

 俺は、そう思いながらも、実際は他人に完結を委ねているような愚かな男だったが……

「――だからって、こうして妹を送ってくれた人を、事情も知らずに疑ってかかるのは、なんか違うっていうか……」

「……」

 少年は思った。

 多分この娘は、ちょっと頭の弱い子なのだ。

 言いたいことはあるのだろうが、言葉のチョイスと、感情の言語化が覚束ない。

「うぅ……」

「ハルくんをいじめないで!」

 助け舟を出すように、ココロが割って入った。

「悪いのはココロなの! ハルくんは一緒に謝ってくれるって、ココロについてきてくれただけなの!」

「……」

 その半分泣きそうになるほど興奮したココロの声に、母親と警官は気圧された。

「うむむ、まあ本人がそういうのなら、事件性はないということですね……」

 警官も引き下がった。

 ――軽くココロのフォローを入れながら、少年は母親に謝罪したのを見届けると、母親は家に引っ込み、警官は原付に乗って交番へ帰っていった。

「ハルくん、ごめんね」

 ココロが少年に擦り寄った。

「いや、こっちこそありがとな、ココロ」

「えっへへ……」

 少年に頭を撫でられ、ココロは嬉しそうに微笑んだ。

「――すっかり懐いちゃったのね」

 それを見ていた少女が少年に微笑みかけた。

「……」

 少年は思った。

 しかし、年頃の女の家を知ってしまったってのは、確かに怖いものかもな――俺、東京じゃ学校外でクラスメイトの女子とすれ違っただけでストーカー扱いされたこともあるしな。

「――悪かったな。あんたの家だって知らないで来ちまって」

「え?」

「それと――助かった。フォローを入れてくれて」

 少年は少女に頭を下げた。

「ありがとう」

「……」

 少女はきょとんとした顔で少年を見ていた。

「――何だ?」

「あぁ――うん、なんていうか――色々意外っていうか……」

「は?」

「意外と面倒見がいいとか、意外とちゃんとありがとうとか言うんだな、って……えへへ」

「……」

 姉妹だけあって、この少女の挙動はココロとよく似ている。はにかんだ笑い方もそっくりだった。

「――じゃ、夜も遅いし、用も済んだから、俺は帰るわ」

 そう言って、軽く手を振って少年は踵を返した。

「ハルくん、おやすみなさい!」

 ココロが満面の笑みで少年に手を振った。

「あ、あの」

 少女が踵を返しかけた少年を呼び止めた。

「ま、また、バイト先でもよろしくお願いします……」

「……」

 バイト先、か……

 あんなことをした後だしな、どうなることやら。

「おやすみ」

 不確かな未来の保証はできないから、少年はそれだけ言った。


 帰り道の夜道で、人と誰もすれ違わないのは、東京生まれの少年にはカルチャーショックの一つであった。

 そして、街路灯が少なく、少年の家は近づく度に坂を上り、山の麓に行く。

 おかげで街路灯が少なくなると、夜の星が本当によく見える。明るすぎて空の星が見えない東京とはまるで違う夜空は、月や星の光で青白く見えるほどであった。

 住宅街を抜けて、家への途中の田園地帯に差し掛かると、少年は道半ばで立ち上がった。

「家にいた女だろ? 財布の場所教えてくれたの」

 少年はそう言った。

「俺を追いかけてきてたんだな」

 少年がそう言うと。

「あはは……私だってばれてたんですね……」

 酷くくぐもった声だが、少女の声がした。

「聞き覚えの声だからわかったんだよ……」

 そう言って、声の方を振り向いた時。

 少年は、こちらに歩いてくる少女の姿を見て、目を見開いた。

「お前――その体は……」


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