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追憶~とどまるな、我が心

 うお、という声を飲み込む少年。

 声でかすぎだろ……こんな大声で告るなら、何で体育館裏なんかに呼んだんだよ。

 そんなことを思った後。

「……」

 さて、どうしよう、と思った。

 告白されているのは結衣だ。別に自分には関係のないことで、結衣にとってはこんなことも日常茶飯事なのだろう。そして恐らく、結果も断るだろう、と分かっている。少年としても、聞き耳を立てるのは気が引ける。

 だが――

 結衣が学校で非常に高い人気を誇っているのは知っているが、実際に告白をされているところを見るのは初めてだった。

 少年のところには、結衣と一緒にいることに嫉妬した連中が、少年に罰を与えに来た、そんな押し込みも何度も来ている。

 断ったとしても、強引な奴だったら止めに入るべきか……

 心配になった少年は、足音を殺して体育館裏へ向かい、様子をうかがうこととした。

 体育館の物陰に隠れ、様子を窺うと。

 背を向けた結衣と、結衣に向かい合う、少し気弱そうだが、なかなかに顔立ちの整った生徒――恐らく同級生が立っていた。

 少年はそれを確認して、顔を引っ込める。

「――ごめんなさい」

 結衣の声がした。

「私――気になる人がいるんです」

「……」

 結衣――気になる人がいるのか。

 それは単に告白を断る、結衣のお決まりの口実なのかもしれないけれど……

 直哉がいるんだから、あながち嘘でもないか?

「そ、それは小笠原ですか? まさか――神子柴なんかじゃ」

 相手の男は興奮した口調で訊いた。

 しかし――自分の名前の前に、まさか、が付き、後ろには、なんか……

 否定的な副詞、副助詞を随分盛った、強調表現法だな。どんだけヘイトを集めたんだ。

 そんな俺が、1年結衣と生徒会を務めて、よくもまあ五体無事でいられたものであると、少年は自分の一年を総括した。

「それは秘密です。誰にも教えられません」

 興奮した相手に対し、結衣の声は優しく、落ち着いていた。

「今はその人を、見ていたいんです。そんな気持ちを他に持ったまま、誰かと付き合うなんて、できませんから」

「うぅ」

 未練がましく、相手の男は呻いた。

 その呻きをかき消すような、昼休み終了のチャイムが、校内に響き渡る。

「ごめんなさい」

 結衣が再び頭を下げると、相手の男は何も言わずに、そこを走り去ってしまった。

 足音が遠くなる。

「……」

 まあ、あの感じを見ると結衣のことを強引に奪おうとする奴でなさそうなのは安心したけど。

「は、ハル!?」

 ほっと一息ついたところに、結衣の声が少年を引き戻した。

「も、もしかして、見てたの?」

「あ―……」

 少年は後頭部を掻きむしる。

「――悪い、偶然通りかかってしまった」

 聞き耳を立ててしまったのは、確かに申し訳ない。少年は素直に謝った。

「……」

 結衣は逡巡したのを誤魔化すように、首を横に振った。

「――まあ、仕方ないか」

 すぐに気持ちを立て直して、結衣は自嘲じみた笑みを浮かべた。

「でも――誰にもナイショだよ」

 結衣は人差し指を立てて、口元に持っていった。

「……」

 その仕草、男は悶絶するな――可愛すぎて。

 昨日一晩、彼女のことで懊悩した少年は、改めて、14年間ずっと一緒にいた結衣の姿をもう一度確認する。

 いつの頃からか、本当に自分と結衣の体つきというのは変わってきて。

 昔は直哉はおろか、結衣にも体力で勝てなかった少年だが、今では少年の方が体力では圧倒的に上になってしまっただろう。

 自分とは別の生き物であるように感じ始めていた結衣は、いつの間にか、昔はそれを思いもしなかった少年にも、その姿を美しいと感じさせていた。

「どうしたの? ハル」

 そんなことを考えているとは露知らず、結衣は少年のその様子を怪訝に思い、少年に歩み寄った。

「ん?」

 不意に結衣が首を傾げる。

「……」

 まずい――さっき喧嘩したことがばれたか? 腹には貰ったが、顔には貰ってないし、返り血なんかもついてないはずだけど。

「ハル、今日はあまり寝てないんじゃない?」

「え?」

「なんか目が腫れぼったいし。3年間朝練皆勤だったし、ハル、今も早朝のトレーニング、欠かしてないんでしょ? 朝に強いハルにしては、珍しいなぁ、って」

「――何だ、そっちか」

「そっち?」

「――いや、何でもない」

 少年は被りを振った。

 しかし――随分と自分のことを見ているのだな、と、少年は驚いた。

 もしかして、さっき言ってた気になる奴ってのは、自分の事じゃ――なんて、思えたらいいのだが。

 直哉の存在と、さっきのやり取りの中で見たものが、そんな思考にさせることをすぐに止めた。

「色々、悩んでいるみたいだね」

「それよりも、授業始まってるぞ」

「ハルこそ。どうせ受験勉強のための自習だから、こんなにのんびりしてるんでしょ」

「……」

 沈黙。

「――ユイ。受験勉強の邪魔にならない範囲でいいから、話を訊いてくれないか」

 少年は、気が付けば勝手にそう口にしていた。

 直哉が結衣を好きなことを知って、自分も色々考えはしたが。

 少年は、結衣への想いをまだ認識できず、直哉への想いも応える術が見つからず。

 だが――それを黙って見過ごすことに、酷く苛立った。

「――初めてだね。無口なハルが自分から、話がしたいなんて私に言うの」

「……」

「それだけ私達のあげた時間で、いっぱい悩んでくれてるってことか――うんうん。私も受験勉強している甲斐があるってもんだ」

 結衣は腕を組んで、しみじみ頷いた。


 二人はさっき少年が来ていた、格技棟の裏へ来ていた。ここなら校舎から教師に見られることもないし、格技棟は体育で柔道や剣道の授業をしていなければ、まず使われない。

「懐かしいなぁ、ここに来るの」

 どうやら結衣は、女子剣道部を引退してから、ここに来ることはなかったらしい。少年の隣で格技棟に背を預けて座って、当時の思い出を噛みしめている。

「あんな風な告白、結構されるんだな」

「――うん。でも最近は強引な人が減ってきたから、割と断るのは難儀してないかな」

「――そうか」

 少し病んでいる位の奴は、結衣に行く前に、大体少年のところに来る。

 ――だが、結衣はそれを知らない。

 少年としても、今まで自分がのしてきた奴等が、結衣に危害を加えていないのであれば、それでいいと思っていた。

「――モテるんだな、お前」

「ハルだって――髪型とか、服装とか、もっとちゃんとしたら、きっとモテちゃうよ」

「……」

「少なくとも、高校では、確実に女子の評価は変わるね」

「……」

 少年はもともと思春期の到来が遅い。昨日の直哉の告白を聞いて、ようやく結衣を女性として認識し始めた程度なのだ。

 別にまだ会ったこともない女子から評価されるなんて、考えても大して心は踊らない。

 さっきの強者の愉悦と同じだ。奴隷を作ってみたり、人を叩きのめしたり――それは今の自分の心を動かすものではないんだ。

「――受験勉強の調子はどうだ?」

「おかげさまで神高、A判定だよ」

「――敵わねぇな。ナオも、お前も」

 少年は梢に目をやりながら、自嘲した。

「俺は一般受験でも、恐らく神高のA判定は恐らく出てないだろうな」

「ハッキリ言うね」

 結衣が言った。

「ただ――そんな話をしたいんじゃないでしょう?」

「……」

「初めてハルが私に、話を聞いてほしいなんて、ちょっと嬉しかったよ」

「え?」

「初めてハルが、自分のことを考えてるんだな、って思って」

「……」

 少年は、今の気持ちを、なるべく直哉の思いに触れずに、結衣に話した。

 自分の両親さえ、自分の話を聞いてくれない少年にとっては、あまりしたことのない経験。

 自分のほしいもの、自分のしたいこと、自分の居心地のいい場所。

 一晩考えたが、わからなかったことを。

「……」

「俺――今までお前達に大きく劣っていて、周りの人間から、沢山罵られてきたけど――俺のせいで、お前達まで馬鹿にする連中が現れた時、ずっと、奴等を見返したいと思っていたんだ。すごく悔しくて、もう二度とそんな思いをしたくなくて。だから何とか、お前達を侮辱させない程度にはならなくちゃ、って、この5年間、やってきて……」

「――うん、そのハルの努力は、私もずっと見てたよ。他の人は誰も知らないけどね」

「それで今回の、神高の推薦の話だ……俺はずっと前から、お前達と同じ高校には行けないし、俺達が3人でいられる時間は中学で終わりだと思っていたんだ。それが――何か色々と、話が変わってきちまって」

「……」

「俺――お前達が推薦を譲ってくれた時から、ずっと自分のことを考えてた。大したことはわかっちゃいないけど――でも、俺はもう、5年前のあの時のような、ただ周りの連中を見返したいって思いでいるわけじゃないってことだけは、分かったんだ」

「……」

「俺は人間が嫌いだ――俺を見下して、まるで俺を『傷つけてもいい存在』だって決めつけたような眼をして――笑いながら俺を痛めつけて、それを詭弁で正当化していた人間が嫌いだ。でも――だからこそ、俺は嫌いなそんな連中と同じことをしてはいけないんだって――勿論憎いし、やられっぱなしで癪に障る――でも俺は、もうそんなことをしたくない、って……」

「――弱い者いじめは、ハルは楽しくなかった?」

 結衣が訊いた。

「それだけ努力して得た力で、今まで自分を馬鹿にした人を超えるのは――気持ちよくなかった?」

「……」

 気持ちよくなかった、といえば、嘘になる。

 さっきだってそうだ。

「自分達がいつも冗談だったと済ませられるような逃げ道をあらかじめ作って、集団で囲んで、自分たちは無傷のまま、相手を痛めつける快楽的な衝動――それに任せて突然自分を襲ってきた時――その逃げ道を塞いで、人を傷つける代償を思い知らせてやる――自分達は安全だと思いあがった奴の顔が、恐怖に歪むのを見るのは、それは素晴らしい快感だ」

「……」

「だが、快感ではあるが、快楽じゃない……そんな奴等を反省させるまではいいが、そいつらにそれをずっと強いるような――例えば奴隷にするとか、そういうのは、なんか違う気がする……自分から相手を捕まえて、相手の事情も関係なく、誰彼かまわず力を振りかざす――そんなことはしたくない」

「正常な感情だと思うよ」

「……」

 少年が一日中考えて出た結論。

「俺は――本当の意味での強さを知りたい。そのために――今まで自分の生き方を決めていた、俺を弱者だと思っていた――そんな連中に教えられた、理屈とか……そんな奴等に見せられ続けた目の前の世界から、出たいって……」

 そう。それがさっきの連中との対峙で見た答えだ。

 初めて人間を殴った時の少年は、確かに自分を踏みにじり、謝罪も侮辱の撤回もしない人間に贖いを求めるため――つまりは復讐、天誅のために、歯を食いしばった。

 だが――それができるようになった今、その当時の目的と、今の自分がリンクしていないことが、少しずつ分かってきた。

 それを強く感じさせたきっかけが、直哉の想い……

 結衣に告白する――そんな単純なことだが、これは少年達にとっては小さくない問題で。

 少年に、そんな私怨でふらふらしている場合ではないと、急かしてきた。

「ふふふ……」

 ふと、突然結衣が、少年の横で小さく笑った。

「――なんだ?」

「ごめんね。ただ――ハルはどんどん成長していくなぁ、と思って」

「は?」

「昔はいつもおどおどしながら、私達の跡をついてきて、よく泣いていたハルが――どんどん強くなって、ましてや、それで自分をいじめた人間の報復なんかよりも、もっと別のところに行きたい――なんて」

「……」

「あのハルが、どんどん成長していってるんだなぁ、と思うと、なんか嬉しいような寂しいような……そんな気分になっちゃったの」

「……」

「本当に、強い男の子の顔になっちゃったね、ハルは」

「……」

 沈黙。

「ねえハル。もし剣道部の最後の全国大会――お互いあと一つ勝っていたら、ハルはナオと戦っていたわけだけど――もしあの時、二人が勝負していたとしたら、ハルはどっちが勝っていたと思う?」

 結衣はそんな質問を、少年に投げかけた。

「……」

 それは――昨日考えた、結衣の告白をした直哉に対して考えたことの一つと同じ。

 幼い頃から、二人の邪魔をするな、お前は二人にとっては劣勢の存在でしかないと教え込まれた少年にとって、直哉の欲しいと言ったものは、強制的に譲るように教え込まれている。

 つまり、勝負になった瞬間に、自分は……

「同じ質問をね、ナオにもしたんだ」

 結衣は少年の答えを待たずに言った。

「ナオは即答だったわ。間違いなく、俺が勝つだろう、って言ってた」

「……」

「どうしてそう思うの? って聞いたら、ナオは言ってた。あいつは強いが、勝負に対する執着心がない。勝っても負けてもどちらでもいいし、むしろ勝利を譲るくらい、負けることに抵抗がない――特に俺に対しては」

「……」

「俺は自分が興奮するような場面、絶対譲れない大一番って場面――いわゆる『激アツ』な場面では、ノッて実力以上の力が出るタイプ――ハルはそんな俺を小さな頃からよく乗せていた。剣道部の団体戦も、俺に大将を任せて、自分は先鋒や副将に回ったのも、俺のその本質を見抜いていたからだろう、って――だが、それを易々と俺に譲るハルは、恐らく俺に対して闘争心を向けないだろう――だから俺が勝つ――そう言ってたわ」

「……」

「それを聞いて、私も合点がいったわ。二人とも全国大会で、二人が当たる直前で負けたけど――二人の負け方は、ナオの言ったとおりだった。ナオは次の相手がハルだってことで、目の前の相手に集中してなくて負けた――でもハルは、次の相手がナオだって時点で、どうしよう、って考えてた――その時のハルからは、闘争心がまるで感じられなかった」

「……」

 その通り。少年はあの、これに勝てば直哉と戦うことになるかもしれない、という一戦中に、考えていた。

 次に直哉と戦うことになった時――直哉に対し、どんな剣を振るえばいいのか。直哉を引き立たせるために、今まではずっと自分は敗者の役だったが、実際に対峙すれば、直哉はそれを見抜くだろう。それを見破られたら、おそらく直哉は激怒する。

 そんなことを考えていたら、剣が鈍って、負けていた。

 だが、その時の少年は、直哉と戦うことにならなかったことに、ほっとしたほどであった。

「でも――今のハルは、きっと……」

「え?」

「さっきハルが言ってた。自分が今まで戦っていた場所から出たい、って――きっとハルは、戦いの目的が変わったんだよ。5年前は悔しさから始まったけど――また今、別のもので、心がたぎるものができたんじゃない?」

「……」

「ナオと――初めて本気でぶつかってみたいって、思ったんでしょ?」

「え……」

 結衣の笑顔が、少年の心臓を掴むように、強い昂ぶりを与えた。

「ハルが今、たどり着きたいのは――ハルが今まで見た中で、一番強い相手――ナオの強さなんじゃない? それを超えてみたい――そう思っているんじゃない?」

「……」

 俺が――直哉を超える?

「はは――ありえねぇだろ。あいつを超えるなんて」

「ハル」

 少年の自重を、結衣が遮った。

「水は方円の器に随う――ハルの好きな言葉だよね。水は本来形を持たない。状況に応じて姿を自由に変えられる――ハルの理想の生き方は、そんな意味の方だよね。でもこの言葉って、もう一つ、意味があるのを知ってる?」

「――水は、器の形によって、形が変わる……」

「そう。周りの人間次第で、水も人もどんな風にでもなってしまう、って意味ね」

「……」

「ハル。多分ナオは、ハルっていう水を受け止めるくらいの器だと思うよ。きっと今までのハルの相手とは比べ物にならないくらいの――ね」

「……」

「結果が見えているからって、無駄や迷惑だって思うような器じゃない――ナオはきっと、ハルが流れてくる場所を、いつでも空けてるわよ。だから結果はともかく、当たってみて損はないんじゃない?」

「……」

「それにね――水は同じ器の中にずっとい続けたら、そのままどんどん淀んじゃうよ。水や空気が淀まないためには――流れ続けないといけない。今ハルが抱えている焦りや苛立ちは、ずっと長い間とらわれてきた場所で溜めた淀みなのよ。今ハルは、それを綺麗にしたいから、どこかに流れることを望んでる――そうでしょう?」

「……」

 長年溜め込んだ淀み――か。

 その言葉が、自分のこの、昨日から感じていた妙な異物感を、非常に明確化した。

 二人の間に、ポプラの木の梢の葉を揺らす、爽やかな秋風が吹いた。

「急ぐなよ また留まるな 吾が心 定まる風の 吹かぬ限りは……」

 その風に呼応するように、結衣がゆっくりと、空に向かって、そう呟いた。

「――カッコいいな、今の」

「島津忠良って戦国武将の辞世の句よ。私の好きな言葉なの。今のハルに相応しいと思って」

「……」

 少年の心は、この風に震えた。

 そして――その言葉を諳んじた、結衣に……

 そうだよ――そうだ。

 未熟なのは、もう重々承知。

 でも、それでも。

 こんな奴等を前に、じっとしてなんかいられないだろ。

 俺がこうしてヘタレている時に、笑って背中を押してくれて、頑張れと言ってくれる――

 俺が復讐なんてものよりも、もっと大きな場所を見れるのは、こいつのおかげ。

 こんな大切な奴を、指咥えてはいそうですかって、たとえ直哉にでも、譲るわけにはいかないだろ。

 少年は、すっくと立ちあがる。

「――ハル?」

「――ありがとう、ユイ」

「え?」

「今――はっきりと見えた。俺の進むべき道が……」

 少年は、携帯電話を取り出して、直哉にメッセージを送った。



 その日の夜、塾の講義を終えた直哉が、団地に戻ってきたのは、もう夜の10時半を過ぎた頃だった。

 少年はいつもの通り、夜間のトレーニングだが、少し時間を伸ばしていた。

 夜風が冷たくなり、冬の始まりが近いことを告げていた。

 直哉は団地の前で竹刀を振っていた少年を見て、立ち止まった。

「どうした? 昼にメールで、話がある、ってあったけど」

 直哉は肩をすくめた。

「あれから一日中、考えた。お前のユイへの思いに、俺なりにどう向き合うか」

「……」

「ナオ。俺はお前のように、ユイを女性として好きかは、まだ結論は出てない」

「……」

「だが――大切な奴なのは確かだ。だから、今まで俺はお前に、お前の欲しいものは全部譲ってきた。おやつでも、剣道の勝利でも――だが、ユイだけは、そんなものとはわけが違うんだ。お前が欲しいと言っただけで、はいそうですか、って譲るわけにもいかねぇ。黙ってお前に譲って、素直に、おめでとう、なんて言っても、ただ虚しく単語が並ぶだけ……」

「――そうか」

「ああ、だから」

 少年は右手に持っていた竹刀の剣先を、直哉に向けた。ぴっ、という空気を切る音が鋭く響き、直哉の眼前に剣先がいきなり伸びてきたような、そんな鋭い剣だったことが、直哉を驚かせた。

「俺は――お前と全力で勝負がしたい」

「え?」

「俺なんかに苦戦する奴に、ユイを任せて祝福できるかどうかわかんねぇし、このもやもやも収まらねぇ――何より、お前のユイの想いに、俺がどう応えてやれるかなんて――俺が全力でやらなきゃ失礼だろ」

「――ふ」

「俺――ユイのことがかかっているなら、お前と全力でぶつかれそうな気がするんだ――俺がずっと憧れていた、他人を踏みにじることとは全く別次元にいるような、お前の強さに対して、全力で向き合える気がする……それが俺の、高校に行って、やりたいことだ」

「ふ――ふはははははは……」

 その言葉を聞いて、直哉は高らかに、夜空に笑い声を響かせた。

「――どうした?」

「いや――血が滾る、ってやつかな。ふいにお前と()るって考えたら、武者震いがしてきた」

「――俺なんかで、相手が務まるか?」

「――激アツだよ。ユイの想いをぶつけるのに、その相手が長年見知ったお前だなんて――お前は俺とはまた別の強さ――どんなにやられても、必ず這い上がる強さの持ち主だ。特にここ1年のお前の成長のすさまじさは、俺だって正直ビビった。本気のお前には、勝てるかどうかわからん」

「……」

「そんなお前を超えることで、俺もユイを守れる男になれるって思えるってもんだ」

「俺もだよ。もしお前が俺に負けたら――その時は、お前にはユイは渡せない」

「お前がユイの側に行くのか?」

「それはこれから考える――今はお前達に対する思いを、お前にぶつけることのみ考える」

「ふ――上等」

 直哉は闘志をむき出すように、歯をにっとむき出して笑った。

「だが――今は受験中。剣道じゃ毎日そうしてるお前に利が、勉強じゃ毎日塾にこもってやってる俺に利がありすぎるな――」

「受験が終わってからでいい――やり方もその時に決めよう。なんならユイに見届けてもらってもいい」

「――よし」

 少年が手を差し伸べると、直哉も手を握り返した。

「――これだよ。このマメだらけにした手に勝ってみたかった。お前と全力で」

「俺もだよ――お前に一度、勝算なしでも本気で自分をぶつけてみたかった」

「お前もユイを女として好きになれば、もっと強くなるぜ、この数か月で」

「多分そうなると思う。そのうえでお前と想いの強さの差で勝負だ」

「ふ――剣道の全国大会の時のように、俺に勝利を譲る気は全くなしか」

「かかっているものがユイだからな。勝算は高くないが、負ける気はないぜ」

 そうだ。大切なのは立ち止まらないこと。

 この場に留まらず、淀みが消えるまで、今は進め。

 心はどこまでも自由に――谷を目指す川のように速く。

 元いた場所にとどまるな。

 俺の心は、もう自由なのだから。


戦国武将の辞世の句は、カッコいいのが割と多いですよね。

作中の島津忠良、信長の野望とかだと、島津日新斎の辞世の句は、作者は特に好きなので使ってみました。

作者は他に、島津歳久と、別所長治の辞世の句がおすすめです。

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