大将の心得(2)
雪菜もフォームを確認しながら、既に40球近くを投げていたが、初春のミットになかなか届かない。
ワンバウンドの球をひたすら前に止める初春のブロッキングが続く。
「す、すみません、神子柴くん」
「いや、でもどんどん距離は伸びてるぜ。いい感じだと思う」
初春は下投げのゴロで雪菜に返球する。
「はあ、はあ……」
この中で一番体力のない雪菜は、この河川敷の日陰のない炎天下で立っているだけで体力を消耗する。すぐに肩で息をしてしまう。
「こりゃ本当に無駄球は使えないな……柳、少し休憩しよう。ちゃんと水分を取れ」
そう言って初春と雪菜はベンチに戻る。
「はい」
シオリが初春と雪菜にドリンクを渡した。
「ありがとうございます」
ベンチから野手陣のノックを注意深く見る初春。
レフトに飛んだ後方の打球を、紅葉は落下点に走りながら振り向きざまキャッチした。
「おぉ、秋葉、上手くなってる……」
フライの追い方が最初に比べ格段に上手くなっている。もう既に全ポジションが童顔の男によって、定位置から徐々に離れた距離の打球を捕る段階に入っている。
「すげぇな、あの人……とんでもないバットコントロールだな」
「よし、投げる場所を変えるぞ。内野はゲッツー、外野はバックサード! セカンドとショートが中継に!」
童顔の男の指示に、初春はぴくりと反応する。
ノックがセカンドに飛んだ。ゲッツーの捕りやすい、ベース寄りに飛んだイージーなゴロだ。
結衣は基本に忠実な動きでベースの後ろに回り込むように打球を捕ったが。
その後のセカンドのトスが、ベースに入るのが速い直哉のタイミングでは逆を取られる形になってしまう。直哉は走りながらファーストへの送球体制を整えようとしていたが、ベース上のトスを受けて体勢を崩した。
直哉は一回転して体勢を立て直しファーストに投げたが、崩れた態勢で投げたボールはファーストベースから大きく外れ、御伽がジャンプをして止めるので精一杯だった。
「あ……」
「おいおい、二人とも普通のゴロはちゃんと出来ているじゃないか。相手の呼吸や目を全然見てないぞ」
二人に一番近い、センターを守る大男が首を傾げた。
「もう一回だ。ショート行くよ」
童顔の男がショートにゲッツーコースのおあつらえ向きのゴロを打ったが、直哉は軽やかな足取りでゴロを捕るものの、捕ってからボールを持ち替えるのにもたつき、長い助走を止めることなく投げたトスがセカンドベースを大きく外れ、ベースに入った結衣のグラブを大きく逸れた。
「あ……」
ベンチから見た雪菜も明らかにわかった。
ここに来る前に見たフリースローやビーチフラッグ――その時の柔らかく力強い直哉の動きが明らかに固くなっていることに。
勿論初春も同じ――
あの時紫龍と対峙した時と同じ――判断が遅れている。
そして何より……
「君達」
童顔の男が声をかける。
「二人とも、セカンドベースを見てないだろ」
「……」
「ファーストに投げる動きと全然違う。バラバラだ。それは別に君達の技術の問題じゃないだろう?」
「……」
直哉も結衣も黙り込む。
「はぁ……柳、少し休んでいてくれるか」
初春はベンチから立ち上がる。
「ナオ、ユイ――ちょっと来い」
二人が抜けたことで他の野手陣もベンチに戻って休憩を取ることになった。
初春は直哉、結衣をブルペンの方に呼んで3人で話をしている。
「どんな話をしているんだろう……」
初春達の様子を、3人の関係を知っている紅葉、雪菜は心配そうに見ていた。
「どうやら複雑な事情があるみたいだね、君達のチームは」
ベンチに戻っていた童顔の男は、水を飲みながらベンチにいる皆を見た。
「その事情の中心にいるのは――キャッチャーをやっている彼かな」
「……」
「そ、そんなにすぐにわかっちゃいますか……」
「――まあ、僕ももうそれなりに大人になったからかな」
「そう、お前は本当にそういう人様の感情の機微に関しては酷かったよ」
そう言ったのはセンターに入った助っ人の大男だった。
「それでシオリさんをいつも呆れさせていたからな」
「――色々なものを経て僕もそんなことが分かるようになった。僕ももうおっさんだからな」
「……」
皆は童顔の男を見る。
「ん? どうしたんだい?」
「あの――失礼ですが、皆さんっておいくつなんですか?」
紅葉が皆が気になっていることを先んじて訊いた。
「ん? 32だよ――みんな同い年さ」
「えぇ!」
皆仰天する。大男はともかく、この童顔の男とシオリは20代はおろか、10代と言ってもおかしくないような爽やかさがある。神庭高校の教室にいても違和感はないだろう。
それでいてこの町の農業従事者にはない大人の男の落ち着いた甘い魅力がある。女性陣はいきなり来たこの男の言うことを何となく聞いてしまうのは、その妙にある甘い魅力に何となく逆らい難いものを感じてしまっていたからだった。
「はは――女子高生に年齢を驚かれるなんて、僕も捨てたものじゃないね」
「まったく、こいつといると俺が妙におっさんみたいで嫌になるよ」
大男はそう言った。確かに髭を蓄えてはいるが、この男も年相応かそれよりも若々しいくらいだ。
「しかし――あのキャッチャーの子は妙な雰囲気があるね。あんな大人しい顔をしていて、殺気というか……」
大男が言った。
「――そ、そう感じますか?」
「なんて言うか――多感であるはずのあの歳で空気が静かすぎるんだよ。まるで水が流れているみたいに自己主張がない動きだ。だがそれは単なる消極性じゃなく、それさえが意志みたいにね。俺も海外で貧しい国の子供なんかを何度も見ているけれど、まるで戦争で親を亡くした子供みたいな目をしているよ――ただ生きるって行動をしてはいるが、死ぬことを常に隣り合わせに感じているような目だな」
「……」
「カメラマンなんかしていると、ふとそう言う機微を感じる表情ってのを感じちまうんだ。君がキャッチャーの彼を想っていることなんかは、喜怒哀楽の中でも一番分かりやすかったけどね」
大男は人懐っこく紅葉を見た。紅葉は気恥ずかしそうに頬を抑える。
「でも彼にはそういう機微がなかった。ありゃあ――カメラマン泣かせだよ」
「思考より反射――そういう訓練を随分積んでいるような動きだね、彼は。だから思考が行動に乗っていない――そんな感じだね。勝負師の香りがするよ」
童顔の男も頷いた。
「そしてあのショートの子は、すごい才能の持ち主だ。俺達の友人でプロスポーツ選手もいるが、高校時代のそいつより上かも知れないな――そいつよりも自頭がいい」
「あぁ、あのショートの子はすごい。はっきり言ってあの子とサードのあなたの二人がいるだけで大抵の草野球チームは倒せるでしょう。あのキャッチャーの彼の戦術もお二人がいるから成立する――大会も勝てる公算はあるでしょう。皆さんは面白いチームだと思います」
童顔の男は紫龍のことを見た。
「まあ、逆を言えば何か迷いを抱えているらしいあの子の頑張りがないと、相当厳しいが……」
「しかしあのショートの子――昔のお前に雰囲気が似ているな」
大男は童顔の男を見た。
「そうかな――」
口を開いたのはシオリだった。
「私は――あのキャッチャーの子の雰囲気が、昔のあなたに似ていると思ったけれど……」
「……」
「あれだけ静かな空気って――ひとりぼっちの人じゃなかったらあんな風にならないもの。自分を捨てることを自分で選べちゃうことを、誰も止めてくれなかったってことでしょ……」
「……」
そのシオリの言葉が、皆の胸にずしりと堪えた。
そう、初春があれだけ思想を捨てられるようになった理由は。
初春が思想を捨てること――初春の存在が、いらないと皆が判断したから。
その意味が改めて分かった。
自己否定の末に行きついた初春の思想のなさ――その地獄を、シオリは見抜いたのである。
「――お、大人ですね、皆さん……」
雪菜が目を丸くした。
「今日会ったばかりで、神子柴くんのことをそんなに見抜けるなんて」
「私も人の親になって、分かったこともあるってことですよ。そしてひとりぼっちの辛さも知っていますから……」
「……」
雪菜は少し心がくじけそうになる。
本当に今初春は、直哉と結衣のために自分の心まで殺して、自分の一番大切な、二人との思い出すら自ら壊そうとしている。
それが分かっているのに何もできない自分がもどかしくて。
――思うようになった。
もっと大人になりたい、と。
ちゃんと初春の心を見つめ続けて、しっかりと側で支えられる――
そんな人になりたいという思いが雪菜を急き立てるのだ。
「でも、いくら彼がひとりぼっちだからって、あなた達が彼に合わせてひとりぼっちになって、彼を分かろうとすることはないのよ」
シオリが雪菜の懊悩に言葉を投げかけた。
「孤独な人を救う方法は、自分も孤独になって、同じ苦しみを味わってみることじゃないから――何も知らないからこそ、できることがあるのよ。苦しい時ほど、相手とは別の者を見ることが大事よ」
そう言って、シオリは天使のように微笑んだ。
「別のやり方で……」
「シオリさんが言うと重みがあるねぇ」
「みんないい子達みたいだし――つい口を挟みたくなっちゃった。えへへ……」
その笑い方が、本当に幸せそうで――今の幸せを噛みしめるように、シオリは微笑むのだった。
「しかし――あの二人は全く似ておらんぞ」
その二人の会話に割って入ったのは、ベンチの隅でバットを握って感触を確かめていた紫龍であった。
「この鞠遊びも、それを奴に分からせるために、あの小僧の仕組んだ一芝居じゃ。今小僧はそのことについて話しておるんじゃろう」
「……」
雪菜は首を傾げた。
「あ、あの――」
戦神という恐ろしい立場の人に声をかけるのにまだ抵抗のある雪菜は、紫龍におずおずと声をかけた。
「私は――神子柴くんはやっぱり、小笠原くんと似ていると思うんです」
雪菜は半日直哉といて、直哉の佇まいに初春の影を感じた。
初春の優しさや、体のこなし――穏やかな話し方や曇りのない目――
そのどれもが、初春達3人の幼馴染として培われた成果であると感じた。
「でも――神子柴くんも、自分の真似なんかするのは無意味だって言うし――い、一体小笠原くんが今見失っているものって、一体何なんですか?」
「それはな……」
ブルペンの前で初春を前に対峙した直哉と結衣は、気まずそうに立ち尽くし、初春の仲立ちを期待するかのようにそわそわしていた。
「まあ、お前達は子供の頃から喧嘩はよくしていたよな。ナオはよくユイを子供扱いして、ユイはナオに負けるのが嫌いで――子供の頃からよく張り合っていた。それでいがみ合ったら、俺がべそべそ泣いて、二人に仲直りしてくれってお願いに行くってのが、いつも定番の仲直りだったな……」
初春にとっては、我ながら情けない思い出だなと思った。
「ハル――ごめんなさい、私」
つい自分の気持ちを吐露してしまいそうになる結衣の言葉を、初春は結衣の口元に指を立てるようにして制した。
「悪いけど、俺はもうお前達の前では昔みたいに泣けないよ。俺がいつまでもお前達に心配をかけられないと思ってここまでやってきたから――昔のやり方でお前達に仲直りさせてやることはできない」
「いや、お前にそんなことをしてもらうことは……」
直哉が少し驚いたように言った。
「よく分かっているじゃないか」
「え?」
「俺としても俺がお前等に泣いてお願いしなきゃお前等が仲直りできないんじゃ困るんだよ。俺はもう東京には帰れないんだからな。もういちいちそうして仲を取り持つことも出来ん。仲直りも二人だけでやってもらわなきゃ困る」
「……」
その一言が、二人の心を重くする。
結衣はもう初春と同じ未来を見られないことに。
直哉は自分のために結衣を諦めようとする初春の心が、自分のことばかりの今の自身に比べ、酷く卑小に思えたからだ
「それに――お前達が告白ひとつで全部関係が壊れちまうような薄い関係じゃないことも、俺は知っているつもりだからな。それはお前達に依存していた俺だけが思うことかもしれんが」
「……」
二人ともようやくまともに顔を見合わせた。照れるようにすぐに目を逸らしてしまったが。
「二人ともいくつか勘違いしている――説明もちゃんとできないままでこんなことになっていて悪かったけどな」
初春は二人の目をしっかりと見た。
「まず、俺は別に自己犠牲や同情や哀れみでお前達に仲直りしてほしいなんて思ってないぜ。俺はお前達のために役に立てるなら本望なんだ。もうそれだけのものをお前達から沢山貰っている――ガキの頃に何の取り柄もない俺を、ずっと信じてくれたからな。だから俺のことで悩むのをもうやめろ」
そう言って、初春は胸を張る。
「何故なら、俺は人間嫌いだからな。俺が人間のために報酬も貰わずに骨を折るなんて御免だってことは、お前等が一番よく知っているだろ」
「……」
「――ぷっ」
それを聞いて、二人は思わず笑ってしまう。
理屈は滅茶苦茶だが、確かに何よりも説得力があると納得してしまったのだ。
「それとあと3つ――お前達に言っておきたいことがある」
初春は二人の前で指を3本立てた。
「ひとつはこの野球への参加は、俺がお前達に強制しているわけじゃない。俺がお願いしているんだってことだ」
そう言って初春は、ベンチにいる皆を見る。
「はっきり言って、おっさんがいるとは言えこの町の戦力で経験者揃いのチームに勝つなんて無理だ。でも仕事で受けちまった以上は勝たなきゃならないし――だからお前達にお願いしているんだ。俺は相当お前達を当てにしているんだってことだ。そして……」
初春は3本立てた指を一つ折る。
「ふたつめは――俺はユイのことがまだ好きなんだぜ。だから――今のナオがユイを守れない男だと分かって無条件でお前達をくっつけるような真似をするほど、俺はお人好しではないってことだ。そうなればいいとは思っているが――駄目なら俺が離れていてもユイの支えになれる道を探すつもりだ。俺の今回の目的は、ユイの不安を取り除くことだからな」
「ハル……」
そう言いながら、初春は二本目の指を折り、残った人差し指を直哉の前に出す。
「ナオ、お前の迷いが晴れないなら、ひとつヒントをやる」
「――ヒント?」
「俺が明日の野球大会でお前に求める仕事ってのは、たった一つ――それだけだ。それ以外だったらどんなにへまをしようが構わない。それは多分試合をしているうちに、俺を見ていればはっきりしてくる。そのためにこの野球の試合をお前とやる――俺とお前、同じルールでの土俵でな。別にこの野球で、俺とお前――ユイを賭けての蹴りをつけようって話じゃない」
「え?」
「お前がそれに気付いたら、その時が俺とお前の勝負の時だ。お前がそれに気付けなきゃ、俺には勝てないぞ」
「な、何だよそれ、答えが分かっているなら教えてくれ!」
直哉が言った。
「言っただろう? 口で言うのは簡単だが、それはお前が自分で気づかなきゃ意味がないって」
「俺は別に、お前もユイも困らせたくないんだ。俺に出来る努力なら何でもする――だから俺は何をすればいいのか、分かっているなら……」
「――じゃあお前、俺が東京に帰って、お前達とまた一緒に過ごしたい、そのために何をすればいい――そう訊いたら答えられる?」
冷たい声――対岸の者を見るような目で初春は言った。
「う……」
「少なくとも答えがあるもので悩めるなんて、結構なことじゃないか……望んでも答えのない問題なんていくらでもあるのに……」
そう言って、初春は結衣の方を見た。
「ユイ――でもナオは別に、お前を苦しめたり、困らせたりする気はないってのは、これで分かっただろう?」
「――うん」
結衣はそう返事をして、直哉の方を見る。
「俺はお互いの言い分も聞いている。別にナオも、告白しちまったことでユイを苦しめる気もなかったし、ユイだってナオを嫌いになったわけじゃない――まあ、あとは少し話し合ってみたら? 俺は練習に先に戻っているからな」
そう言って初春はひとりベンチに帰っていく。
「あ、神子柴くん」
皆が戻ってくる初春が気になって声をかける。
「ハルくん、大丈夫なの? あのふたり」
「多分大丈夫だと思いますよ……あいつらは俺みたいにひねくれてないから」
初春がそう言うと、ブルペンにいる直哉が結衣に深く頭を下げるのが見えた。
それを結衣がかぶりを振って、頭を上げさせる。
顔を上げた直哉の表情は、少し腫れものが落ちたように安心した顔をしていた。
「ひとまず大丈夫そうだね」
童顔の男も頷いた。
「しかし神子柴さんも人がよいですね。敵に塩を送るようなことを」
御伽が皮肉めいて笑っていた。
「別に俺とナオは敵同士ってわけじゃないですよ。それは明日同じチームに入れば嫌でも分かることです……」
「……」
その言葉が、皆に殺気訊いた紫龍の言葉を、初春も考えていることを確信させた。
「み、神子柴くん」
雪菜がベンチから立ち上がる。
「ちょ、ちょっと私の球、受けてくれませんか……」
「お」
雪菜の目を覗き込む初春。
「――柳、やっぱりお前、髪を上げてた方がいいよ。目がよく見える」
初春はにこりと笑って、グラウンドのホームベース上へ走り、雪菜をマウンドに促した。
傾斜のあるマウンドに立って、雪菜はその手には少し大きなボールを確かめる。
「よし、来い!」
初春はホームベースの後ろに座り、ミットを構えた。
「……」
私は、神子柴くんの怒りも苦しみも――
その思想を捨てられるまでに追い込める凄絶さもない。
だけど。
ちゃんとこの人の――水のような流れに、ついていきたい。
――そばにいたい。
だから――今は自分ができることを届けるしかない。
いつか届くと信じて。
日も暮れた頃になると、初春、紫龍、直哉の3人は雷牙に乗って初春の家に帰ってきた。
「ハル様」
机の上にはいくつもの紙が広げられ、音々が待っている。
「音々――お前に頼んだやつ――できそうだったか?」
「大丈夫です。ちゃんと今日試してきましたから」
「そうか――じゃあまず第一段階はクリアってところか」
初春は泥にまみれた顔を台所で洗った。
「直哉様、服が泥だらけですので、お風呂に入ってください。服は洗濯いたしますので」
「あぁ、ありがとう……」
直哉は音々に礼を言ったが。
「ハル」
その前に、初春を呼び止める。
「ありがとう――お前のおかげでちゃんとユイに謝れたよ」
「……」
「俺の変な告白でもつれていたものが――少し元に戻った気がする」
「ユイも分かっていたんだろ? お前のこと、嫌っているわけじゃないからな」
「……」
初春も泥まみれ汗まみれのTシャツを脱ぐ。もう洗濯機に放り込む準備だ。
「風呂を浴びたら、一旦は休みな。明日は期待している」
「――ああ」
結衣のことで一つ前進はできたものの。
いまだ自分の見失うもの――初春に見えているものの正体が分からない直哉は少し弱い返事をした。
直哉が風呂場に入っている間、初春は上半身裸のまま居間の畳に座り込んだ。
「音々、お前の今日の仕事を確かめさせてくれないか」
「ハル様――ハル様こそもう少し休まれては?」
「いや――もう少し準備をしないとな。あいつに立ち直ってもらうためには、俺もお膳立てをしないといけないからな」
「そうじゃな。あの娘が頑張れても、お前の見通し通り、いいところ五回だ。それまでに試合を決められんようにせねばな」
「ああ」




