ある昼下がりの誘惑(3)
「うおおお! こ、こいつぁ、べっぴんさんじゃぁ……」
「こりゃ葉月がここに来た時以来の衝撃だな」
結衣は今、目を丸くする男達と対峙していた。
「半日だけですが、売り子をやらせていただきますのでよろしくお願いします」
結衣は夏帆に連れられて、神庭町の山間――初春の家がある山とはまた別の山の麓にある木工家具の工房に来ている。神庭町は海に面しているが、それ以外の三方を山に囲まれた盆地である。
夏帆が休日に修行させてもらっている縁で、結衣が宿代代わりに働きたいと言い出したので、今日連れてきたのだった。
工房はインターネットでのオーダーメイドが主だが、一部のスペースは現地の人間や、ごくたまに来る観光客のために商品を展示している家具屋になっている。
「しかし助かったよ。私も今日は半日で抜けるから、店番していると作業が進まないから。どうも女が少ないのもあって私、店番押し付けられちゃうことが多くてね……」
店の中の展示スペースの一つに夏帆は椅子を置いて、ヤスリの準備をしている。椅子の作りは荒く、まだ木材を組み合わせただけという感じだ。これから木目の角を落とし、滑らかにしていく作業をするのだろう。
「で、でもすごく沢山の方が働いているんですね」
結衣は驚いた。作業スペースがそれぞれに設けられており、顔合わせをした職人だけでも軽く30人を超えていた。
「ここは土地が余っているから、自治体が木工職人の町にしようって職人を誘致しているの。住宅手当をちょっぴり出したりね。だからここは仕事場ではあるけど、いわゆるコミュニティなの。自宅で主に作業をして、時々ここで作業して情報交換したり、仕事のない時に別の人のネット注文の助っ人をしてお金をもらうような人もいるし、ここを出て独立した人が後進に授業をしてくれたり、色々な人がいるのよ」
夏帆は普段自分が作っているエプロンを結衣に渡す。
「やっぱり可愛い娘は何着ても似合うなぁ」
「これ――葉月先生の描いた絵ですよね」
結衣はエプロンに描かれた絵を見る。昨日の夏帆の家のカオスと言っていいような絵には度肝を抜かれたが、夏帆のその写実的なタッチは頭に入っていた。
「最近は陶磁器の工房も作ろうって話も出ていて、実際にカップとか簡単なものは作り始めてるの。私は木工家具の作り方を教わってるんだけど、実際はこういう仕上げとか、家具に着色や模様をつける依頼に対応することが多いかな」
「依頼……」
不意に初春がやっている何でも屋のことを思い出す。
「基本的には普通の接客をしてくれれば大丈夫。と言っても、土日でもお客が来ることが稀なんだけど――商品は税込みの値札が付いているからその値段を取れば大丈夫。過去にオーダーメイドで作ったカタログもあるから、それも勧めて。私も様子は見ているから、ひとりでできなさそうな時は呼んでね」
そう言って夏帆は自分の作った椅子にヤスリをあてがう。
「……」
ぎこぎこと木目を削る音だけが小刻みに響く。
売り場は20畳ほどのスペースがあり、テーブルセットやテレビ台、ベッド、タンスなどが陳列されている。
結衣が店内の掃除のために窓の近くに行くと、鳥のさえずりが外から聞こえる。
店の外に出て、入り口前の夏草をどかして道を箒で掃く。
山の麓は気に覆われて夏の日差しが随分涼しい。木漏れ日に小さく梢を揺らす風の音。
「……」
――なんて静かなんだろう。東京にいてこんな静寂なんて、団地の中にいても経験したことがない。
掃除を一通り終えた結衣が店に戻ると、夏帆も一通り背もたれ部分のヤスリがけを終え、一息ついていたところだった。
「お疲れさま」
夏帆はそう言って、結衣にレジカウンターへと促す。
「また沈み込んだ顔をしてますなぁ」
「何か――この雰囲気でハルのことをまた考えちゃって」
この町、この山――静寂は――どこか初春のことを思い出させる。
小さな頃の初春はとても物静かな少年だった。
都会の喧騒の中でひとり音無しの世界にいるように。
人間に目をつけられず、誰の迷惑にもならずに気配を殺して、自己主張をまるでしないでひっそりと生きる――そう自分に課しているようだった。
「私はハルに東京に帰ってきてほしいって思ってこの町に来ました――ハルもきっとそうなんだって思って。でも――違うのかな、って今は思い始めていて」
人間嫌いの初春にとって、人の喧騒の多い東京はさぞかし住みにくい場所なのだろう。
この神庭町のように、静寂の中に少しの風と鳥のさえずりがある――
それは本当に、初春のイメージそのものだったから。
「私はハルのこと、幼馴染だし何でも分かっているつもりでいました。でも何も分かってなかったんです――この町で会ったハルは私達の見たことのないハルだったけど――でも何だか、すごくハルらしい生き方をしているとも感じたんです」
夏帆はその言葉に肯定も否定もなく頷く。
それはこの娘を前にして、普段の人間に対する嫌悪感を脇にどけたように穏やかになった初春を見て感じたことだったからだ。
必要がなければ人間と関わらない初春が、この娘と直哉を前にすると無条件で人間のために動く。
それが普段の初春を知っている者から見れば、実に不自然だ。
「ハルのこれまでの生き方って――私達が縛り付けていたんでしょうか。私達と一緒にいたから、ハルは人間をあんなに嫌いになっちゃったのか――そんなことを」
「……」
しばしの沈黙が流れた時。
店の入口の扉についている鈴がカランと鳴りながら開かれた。
「いい香り……」
入ってきた二人――歩き始めたばかりといった感じのまだ小さな男の子と女性は、まだ新しいこの木造の店舗に漂う木の香りにうっとりした表情を見せる。
「い、いらっしゃいませ」
結衣はお客様が来て、今の不安を切り替えつつレジカウンターへと向かう。
「……」
カウンターに行った結衣も、展示スペースにいる夏帆も、その客に目を奪われていた。
子供のようにあどけない顔で、とてもこの子供の母親とは思えない程の童顔だが、気品のある女性で、実に穏やかな微笑を常にたたえた美女であった。
山道を登ってきたのだろうTシャツの上に薄手のパーカーにジーンズ、スニーカーという洒落っ気のない格好だが、それでもその凛とした美しさが霞むことがない、目の覚めるような雰囲気の女性である。
その周りを離れない幼児も、好奇心の塊であろう年頃らしく店の中の家具を物珍しそうにきょろきょろと眺めているが、奇声を発するでもなく、どたどたと走り回るでもなく、実に利発そうな目で見ている。
女性と言い幼児と言い、明らかにそこらにいる人間と毛色の違う雰囲気を持っている。
「何をしていらっしゃるんですか?」
展示スペースで作業をしている夏帆の前に来た幼児が、夏帆に声をかける。
「え? あぁ、今はイスを作っているんだよ。わかるかな? おうちにあるイスだよ?」
「イスですか。その手に持っているものはヤスリですね」
「よ、よく知ってるね……」
こんな年端の行かない子がヤスリという名詞をしっかり認識していることに夏帆は驚く。
言葉のイントネーションも幼児らしいたどたどしさがなく、実に落ち着いた喋り方をする。利発さの塊のようだった。
夏帆が自分を子供扱いしたことも理解していることを知り、その気遣いは無用だと目で訴えるようであったが、品のいい優しさをたたえた利発そうな目であった。
「パパも仕事でそれ、使っているので――ちょっと触ってみていいですか?」
「どうぞ。お母様もよろしければ」
幼児と美女は夏帆のヤスリで削りつるつるになった足と、まだ磨かれていない生の木目のままの足を交互に触る。
「結衣ちゃんも来たら?」
「は、はい……」
そう言われてカウンターにいた結衣も磨きたての椅子の木目を手でなぞる。
「もし椅子にご興味がありましたら、この椅子もどうぞ」
そう言って夏帆は席を立ち、店の広い場所にあるテーブルセットの椅子を一つ引いて見せた。
その椅子は特に派手な意匠もなければ飾りも着色もない実にシンプルな椅子だが、店の中で異彩を放つ光沢を放っていた。
「すごい――木が光って見える」
そう言いながら幼児は自力で椅子に座れないものの、その手触りを確かめる。
「えっ? すごい!」
初めてその利発そうな幼児が嬉しそうに声を上げた。
「ママ、これすごい! 触ってみて!」
やっと年頃の幼児らしい好奇心に顔をほころばせながら、幼児は美女を手招きした。
「本当――さっきの足もあんなにヤスリで綺麗に磨いてあったのに、これに比べると肌触りがかなり落ちますね。こっちは本当に木が生きているみたい」
美女も頷きながら見る。
「それは鉋で最後まで仕上げた椅子なんです。ヤスリで磨くと確かに綺麗になるんですが、木目の繊維がつぶれてしまってどうしてもざらつきがわずかに残るのですが、綺麗な木目をしっかり鉋で削ると、木目が立ったままこうして滑らかさも出るんです」
「へぇ……でも鉋だけでこんなに椅子全体を仕上げるなんて」
「えぇ、これができる職人はあまりいません。恥ずかしながら私は見習いなのでヤスリじゃないと仕上がらないのですが……」
「パパもつれてくればよかったなぁ。パパ、こういうの好きだから」
幼児はキラキラした顔で椅子の木目を触り続けている。
「そうだねぇ」
「あの――旦那様も何かの職人様ですか?」
夏帆は職業柄、ヤスリを使うという幼児の言葉が気になった。
「今はカメラマンの見習い――ですかね。この町に流星雨を撮りに来て。今日も山に入っているので、私達はその間、山を散歩していたらこのお店を見つけて」
「流星雨……」
結衣の脳裏に、あの流星雨の下での出来事が反芻された。
「そうだったんですか」
「でも――すごい。この椅子は本当に、素人の私でも分かります――感銘を受けましたよ」
美女はにこりと子供のようにはにかんで笑った。
「……」
そうして目を輝かせた美女と幼児の隣で。
結衣もその木の肌触りの細やかさに息を呑んでいたが。
――今の自分の心が、その感動を真に感じることができない程に弱っている。
すごいのは分かるのに、今の自分の心が動かない。
ずっと初春のことばかりが心を支配している。
あの流星雨の下で――初春は迷いもなく私のことを見ていた。
初春がいなくなった東京で――ぐちゃぐちゃになってしまった自分と直哉のために、全力で。
「俺がユイを好きかどうかなんて、俺があいつを守れない以上瑣末な問題だ。それよりもユイが東京で笑って暮らせることの方が今の俺にとって重要な問題だ」
その後の初春の真剣な目――迷いのない表情。
単純にそれは、初春が優しいから――私はそれに甘えに行ったのだと思っていた。
でも――違った。
私はしっかりと、初春のことを見れていたのだろうか。
初春の幸せを考えられていたことが、少しでもあったのだろうか……
「浮かない顔をしていますね」
ふいに美女がユイの顔を間近でのぞき込む。
「す、すみません」
結衣はびっくりして後ずさった。
「ちょ、ちょっと考え事をしてしまって……」
そう言いかけた結衣の表情を、美女は柔らかな微笑を浮かべたまま見つめる。
「なんだかあなたを見ていると、昔の自分を見ているようだわ」
「え?」
「あなた、大切な友達はいますか?」
「……」
「悩んでいることがあれば、友達に話してみるといいですよ。そういう人って、結構お節介だから――意外と自分の悩んでいることとか、寂しい時とか、力を貸してくれるものだから」
「で、でもずっと頼りきりのままだと……」
「私もずっと友達に頼りきりなんですけどね。でも、その友達がそう言ってくれたんですよ。俺は馬鹿だから、お節介を焼き続けるって……きっとあなたの友達も、そうなんじゃないかな」
「……」
その美女があまりにも幸せそうな顔で笑うことが、今の結衣には印象的で頭から離れなかった。
「ごめんなさい、初めて会ったのに説教じみちゃって」
美女ははにかみながら舌を出す。
「ここの家具って配送か予約ってできるんですか?」
「は、はい、全国どこでも、ネットでも注文できます」
夏帆はそう言ってパンフレットを渡す。
「ありがとうございます。でも一度、今度は連れを連れてここにまた来ます。その時はもしかしたら取材になってしまうかもしれませんが」
「そうですか。是非。お待ちしております」
「行こうリューくん、パパ達とお昼に会う約束だからね」
「はい、ママ」
そう言って二人は会釈をしつつ店を出て行った。
部屋の中が静寂に包まれたが、二人の発する利発さと爽やかさの余韻が空気に溶けているようであった。
「いやぁ――すっごい美人だったなぁ……あの子も何者? 何かもう小学校の中学年くらいな落ち着きぶりだったけど」
「そうですね……素敵な方でしたね」
「あんな美人が惚れるような人って、興味あるなぁ。連れてくる人が楽しみだわ」
初春は携帯を確認する。
「音々は俺の言うとおり、仕事に出かけてくれたみたいだな。ユイは葉月先生が仕事につれていって、ナオは――柳と買い物?」
それぞれから来ている連絡を確認しつつ、初春は砂浜に寝転がる。
日の登り切った夏の砂浜の砂はフライパンで焙られているのかと思うように熱い。
神庭町の砂浜も海開きを迎えて人が集まってはいるが、首都圏の海水浴場に比べて閑散としている。客層も家族連ればかりだ。市民プールもない町だから、子供か家族連れがやたら目立つ。
「神子柴くん」
後ろから声をかけられて振り返る。
「うっ」
思わず初春は息を呑む。
そこには真新しいライトブルーのビキニに身を包んだ紅葉が立っていた。
「……」
「ど、どうかな……ビキニ着るの、初めてなんだけど……」
「あ、あぁ……」
あまり意識したことはなかったが、紅葉のプロポーションはこうして見るとすごい迫力だった。部屋で無防備に見せる夏帆の肌艶にさえ初春は揺らぐのだから、これを直視するとなると、何だかいけないことをしているような気分になる……
あからさまに目を背ける初春。
「――結衣ちゃんのこと考えてるんでしょ」
紅葉は自分から目を背ける初春の膝元に、持っていたコーラを置いた。
この人は義理堅いから――それが分かってしまうから。
どこか放っておけない。
「俺のことはどうでもいい……」
初春は腕を目に当てて日差しを隠しながら、疲れた体を休めるように寝転んでいる。
「秋葉――さっきの言葉――あれは何なんだよ」
視線を隠したまま、初春は秋葉に訊いた。
「私は――神子柴くんを止めたいから」
「……」
「今のまま結衣ちゃんのことが片付いたら――神子柴くんにすごく危険なことが起きる気がして……」
その言い知れぬ不安を紅葉も感じ取っていた。
紫龍の言うとおり、初春が人を斬るのかもしれない。あるいはもっと別のこと……
「何が起こるってんだよ……」
「二人のいない世界なんかに、未練――ないんでしょう?」
「……」
「その未練だけで、人間への復讐を抑えられたんだもんね……それがなくなった神子柴くんは――」
「よくわからんがな……俺は小市民過ぎて、正直今の状況についていけていないってところもある」
元々初春は自分の未来を想像することが苦手だ。
水は方円の器に随う――自分はその場その場で意志を持たずに流されることが自分の生き方であると教え込まれていたし、思想を持つことを許されなかったからだ。
だから夏帆の高校入学の誘いも、上手く自分の中で整理できないでいる。
「ただ――ひとつ今回のことで分かったことがあったよ。俺は――ちゃんとユイの役に立ってたのかな、って」
「え?」
「俺のせいであいつらはいつもいらんことを言われて、蔑まれて――俺のせいであいつらの株が落ちるのが嫌で――だからせめてあいつらを罵声から守れるように――俺と一緒にいて、あいつらが恥ずかしくない男になりたくて、ここまでやってきたけど……ユイは本当に、お情けじゃなく俺を頼ってこの町に来てくれたんだな……」
「……」
そんなことは紅葉は結衣に会った瞬間分かったことだったが。
中学の生徒会で結衣が自分を副会長に任命したのは、自分を頼ってではなく、非社交的な自分を見ていられなくてお情けで面倒を見てくれていたのだと。
外の世界を見ようとしない俺に、お節介を焼いてくれていただけだと。
だから俺は元々、結衣を守る男としては結衣の眼中にないのだと。
そう思っていたのだ。
「そうか――俺は――ちゃんとあいつらの役に立てていたんだな――」
俺は――自分の生きる意味が分からなかった。
思想もなく、ただ水が流れるようにその場その場を乗り越えてきただけだったけど。
俺はその度に、あいつらと何かができることが、楽しいと感じていたんだ。
二人に頑張れと――ありがとうと言われるだけで――ちゃんと意志を持っていたんだ。
気付かなかっただけだ。
そして結衣が、経緯はどうあれ俺のことを好きだったという……
「俺は――それなりにいい線行っていたのかな……あいつらに頼られるなんて考えたこともなかった――俺が前に進んでいるかどうかも考えもしなかったが――俺はちゃんと、あいつらと共に歩くに足る男になれていたのか……」
何も言わずとも結衣が自分を頼り、ここを探して訪ねてきた。
俺にとっては最後に恩を返せるチャンスだという程度の認識でしかなかったが。
昨日の直哉の言葉と言い……俺はちゃんと直哉に相手として認識されていた。
「俺は――ちゃんとあいつらとこの先も歩ける未来が、目の前にあったんだ――それを人間に奪われて――もう二度と手の届かないものになって――」
言いかける初春の声が、無念さや怒りを孕むように静かに震える。目元を隠しているので見えないが、歯を食いしばって悔しさに耐えているようだった。
「そうか――俺――想像以上に失ったもの――でかかったんだな……」
「……」
その初春の断片的な言葉を、紅葉は掬い取ることしかできなかったけれど。
瘴気を感じるような訓練も紅葉は受けていないけれど。
初春が今どうしようもないような絶望や、怒りを二人にだけじゃない、自分にすら見せないようにタガを締めているのが分かった。
いつものように、自分の思い通りにならないのだと諦めることを納得させようとして、怒りを殺そうとしている。
そんな殺気と隣り合わせの理性を、必死に抑え込もうとしている。
それが分かるから――紅葉も何かしてあげたいという気持ちだけが逸る。
「神子柴くん」
「いや、当面は心配しなくていい――俺はナオを立ち直らせて、ユイにちゃんと気持ちの整理をつけさせるために、そのナオと勝負する――それでちゃんと、悩みを消して二人を東京に帰してやる――その目的だけはブレさせる気はねぇから」
そう言って初春は起き上がる。
「それに――お前達にももう……」
「あ、クレハじゃん」
ふいに二人の背中から声がかかる。
二人が同時に振り返ると、男女合わせて6人のグループ――二人と同世代の男女が水着を着てそこに立っていた。
「里穂――」
皆紅葉が幼い頃からこの町で知っている、学校のクラスメイトだった。
「何? 新しい水着も買ったから誘ったけど、返事返してくれなかったのに……」
「あ――」
期末テストあたりから鳴沢達の件や、初春とあの家の彼岸の人々との交流に夢中になって友人達との連絡が疎かになっていたのだった。
「……」
後ろに立つ男達が紅葉の水着姿――特に胸元をチラチラ見ている視線は初春にも分かった。
「あ、あなたのこと知ってる! この前学校で夏帆ちゃんと一緒にいた人だ」
先頭にいた里穂が初春の方を見る。
「え? じゃあこの人が噂の『ねんねこ神社』の人?」
他の女の子達も食いつく。
「あの鳴沢市長が急遽辞任して、鳴沢先輩も転校に追いやった、何でも屋の!」
「は?」
神庭高校では、あの一件以来『ねんねこ神社』の名を知らぬ者はいない。
その知名度でミーハーな依頼がネット上に今でも断続的に飛び込んでいるのだ。
「クレハ、この人とどういう関係なの?」
「え? 私――」
「秋葉には俺の仕事を手伝ってもらっているんですよ」
初春は紅葉の言葉を遮って立ち上がる。
「初めまして。ねんねこ神社の神子柴初春と申します」
初春は背を正してグループに礼をした。
「……」
その初春の雰囲気が、同世代とは思えない凄み――静けさの中にびりびりした空気を放っていることは、その一連の挨拶で一部の人間は察した。
この人が、学校の1クラスを壊滅させた人……
そんな恐ろしい人だという認識をしたけれど、初春特有の空気の静けさが、それをあまり強く感じさせない独特の存在感。
「成程、こりゃクレハが最近付き合い悪い理由も分かるわ」
「り、里穂!」
紅葉の顔がかあっと赤くなる。
「いいじゃん、見たところ真面目そうな人だし」
「でも意外――クレハってこういうタイプの男の子とあんまりいないからさ」
「ちょ、ちょっと!」
女子だけで盛り上がりだす。
「本当にそうなのか?」
不意にグループの男子一人が一歩前に出て初春ににじり寄る。
「リョウ……」
細身だが筋肉がしっかりついている。浅黒い肌をした男だった。
「おいあんた、クレハは俺達にとって大事な仲間なんだ。それをあんなことの片棒担がせるつもりか? それであんたがしたことでクレハに危害が及んだらどうする?」
「り、リョウ!」
リョウと呼ばれる男は紅葉がたしなめるように止めても、初春のことをじっと見ている。
「あんた、クレハにあんなことまでさせるんだったら、今すぐやめて……」
「はぁ……」
初春は言葉が終わらないうちに溜息をついた。
「要するに痴話喧嘩がしたいわけ? あんたが秋葉を好きだから、俺が気に入らないのか、それもどうでもいいけどさ。言われる方からしたらそういうのは鬱陶しい以外の何物でもないぜ」
「!」
紅葉はまた戦慄する。
初春の口調や目が、嫌いな人間を見る時、対峙する時のそれに変わり始めたのを察したからだ。
「悪いけど明日は大事な仕事があるんで、あんたに長く構えないんだ。俺が気に入らないなら、俺とこの場で何か勝負しようぜ」
ようやく転居先でPCが使えるようになりました。
これからも細々と書いていきたいと思います。仕事の合間と、嫁のいない時に…




