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されど、空の深さを知る(5)

パソコンのキーボードのキーがいくつか反応しなくなり、書けませんでした…

「……」

 初春は目を閉じる。

 初春の予感は当たった。

「最近?」

「うん――夏休みに入った頃かな」

「……」

 ――むしろ、まだ告白していなかったのか。

 あいつは高校受験が終わったら結衣に告白すると言っていたのに。

 ――いや、それを俺がどうこう言えることじゃないか。

 もしあいつが今まで告白をしなかったのだとしたら、その原因は……

「それで何を悩んでいるんだ?」

 初春は首を傾げる。

「あいつに告白されたら女なら誰が見ても喜びそうだけど」

「……」

 結衣は初春から少し目を伏せる。

「ハル――ナオはね、今すごいスランプなんだ」

「スランプ?」

「うん――上手く言えないけど、ナオは今すごく苦しんでるんだよ。勉強も、部活も……」

「……」

 それは、初春が今まで想定もしていなかった状況であった。

「――想像できないや、あのバケモノがね……」

 初春が天井を見上げた。

「いや――でもそういう傾向はあったかな。あいつはムラっ気があったからなぁ」

 直哉はまぎれもなく天才だが、それゆえに好不調の波の出やすい傾向があった。

 あいつは相手の強さに応じて力を発揮する。

『激アツ』の場面を好んだが、そういう場面の直後に大したことない相手に足元掬われたとか、そういうことも剣道でよくあった。

「受験の頃はそれでもまだよかったんだけどね、高校に入ってからのナオはどうも糸が切れたみたいになっちゃってね……神高の剣道部のレギュラーも確実って言われていたけど、落ちちゃってね」

「何? あいつが? 確かに神高は県立じゃそれなりに剣道は強いけど、あいつが落ちるなんて」

「勿論練習じゃ誰よりも動きがいいの。でも試合になるとどこか上の空で、相手に押されちゃうって言うか……気持ちの問題なのかな……勉強も普通にやっていれば全然いいの。でもテストとかになると点数がついてこなくて――期末テストで私がナオを抜いちゃうんだよ? そんなのずっとなかったのに」

「……」

 確かに――結衣も十分才媛だが、直哉の才能は圧倒的だった。

 俺は一度だけ、中学剣道の最後の大会が終わり、俺と試合で当たれなかった不完全燃焼さを引きずった直哉にテストで一度だけ勝ったことがあったが、あいつとまともな条件では一度も勝ったことはなかった。

「お前が言うんじゃ相当深刻なんだな」

 勿論結衣だって気持ちのムラの大きい直哉のことを知っている。それがいつものように一過性のものならこれだけ心配はしないだろう。

「しかし――そんな矢先にあいつはお前に告白したのか」

 それはいつもスマートで格好良かった直哉には考えにくい行動だ。

余程今の直哉が深みにはまっているのだろう――

「ハル――私、全部ナオから聞いたんだよ?」

 結衣は少し怒ったような目で初春を見る。

「ハルはナオが私に告白すること――知ってたんでしょう?」

「……」

 初春の背中が勝手にピンと正されるような緊張を覚えた。

「ナオはそうなって上手くいった時、ハルに祝福してほしかった――ハルは祝福してほしければ俺を倒して、私を守れる男だって証明してみせろって言ったって……」

「……」

 沈黙。

「中学の最後、二人があんなに盛り上がってたのはそういうことだったのね……」

 初春は答えない。

「そういうことを私を抜きにして――私のことを商品みたいに話をしていたの? 私、それ聞いてナオにちょっと怒ったよ。ハルにだって、ちょっと怒ってるからね」

「――すまん」

 初春は結衣の目をまっすぐ見据えながら言った。

「――そうか、ナオがこのタイミングで告白したのはそういうわけか……」

 初春は直哉の心情を察した。

「あいつは俺がいなくなって、お前への想いを切り出すタイミングがなくなっちまったのか……」

 小笠原直哉という男はそういう奴なのだ。

 俺に義理立てをしたのだろう。

 東京を夜逃げ同然に敗走した俺が大変な目にあっているのに、俺だけ幸せになるわけにはいかないと。

 そして――

 直哉が俺に対して行った義理立てはそれだけではない。

 あいつは――俺が結衣を想っていることを言わなかった。

 俺のことを言うのはルール違反だと思って。

「あいつのスランプは、そういうわけか……」

 初春は全てを察した。

 あいつは俺と結衣をかけての全身全霊の勝負を果たせず、不完全燃焼を引きずったまま、次の戦いを迎えられずにいるのだ。

 そして――俺に気を遣うばかりに結衣を自分のものにしようとも出来ぬまま、その強い想いを封じ込めてしまった。

 そのバランスの悪さが、あいつを長い不調に落としてしまったのだろう。

 なら、今の奴は……

「で? お前は何て返事したの?」

 恐らく今の直哉は、結衣を本当に必要としている。

 あの義理堅いあいつがそれを曲げてでも、結衣への想いを抑えきれなくなった。

 今のあいつが熱くなれるものなんて、結衣しかいないのだろう。

 それくらいのことは初春にも分かった。

「うん――気持ちの整理をつけるために、ちょっと待って、って、言っちゃった……」

「……」

 初春は首を傾げる。

「――即答、できなかったのか?」

 直哉に告白なんてされたら、いくらスランプだろうが大抵の女の子は即決でOKを出すだろう。

 それを保留できるのはそれこそ結衣のような――自分の気持ちを偽る必要のない美少女だけだが。

「私――ナオに告白された時、嬉しいって思ったの……」

「……」

「ずっとナオのすごさに憧れてたし――沢山の女の子が集まるナオが、それを全部断っても私を選んでくれたのも……お前が必要なんだって言ってくれたことも」

「……」

 ――まあ、当たり前か。

 あのまま俺が東京にいたって、もう勝敗は目に見えていた。俺の横恋慕で――こいつには最初から男としては見られていなかったんだから。

「でもね――今のまま一緒になっちゃったら、何だかふたりとも甘えが出て駄目になっちゃう気がして……頼ってくれるのは嬉しいんだけど――それは調子の悪い今すべきことなのかって」

「……」

「ナオに告白された時、嬉しいって気持ちと同じくらい悩んで――そしたらハルのことを思い出しちゃって……」

「は?」

「ハルに――この話を訊いてほしかった。そしたら何て言うだろう、って思って……」

「――何だよ、それ」

「何かいつの間にか――私、困ったことがあるといつもハルに愚痴を言ったり、話したりしていたなぁ、って……いつからだったかな……私とハルが中学で生徒会をやり始めた頃かな」

「……」

「今思うと、そうしてハルが私の話を聞いてくれて――それですごく私の気持ちって整理されてたなぁって――きっと――ちっちゃい頃からそうだったんだよね。ハルはいつも話を真剣に聞いて、一緒に悩んでくれて、弱っているといつも私の欲しい言葉をくれて」

「……」

「そういうの嬉しかったんだよね。昔のハルは確かに泣き虫で、ナオに比べて頼りなかったけど――そうやって一緒に悩んでくれるから、私はひとりぼっちじゃないって思えた」

「――お前の周りにはいつも人が大勢いただろう」

「でも、自分の立場が悪くなればすぐに離れていく人達ばかりだよ。実際今のナオがそうだもの。調子が悪くなったら、今まで努力をしてこなかったとか、ナオを悪く言う人も出始めているから……」

「……」

 人間は自分より下の人間を探さないと自己の安定性を保てない。

 そんなことは初春はとっくに知っている。

 けど結衣や直哉はそれを知らないんだ。

 それを知らない場所で生きていられるから。

 ――このふたりは生き方が綺麗過ぎると思う。

 万人に好かれる人間なんてありえないのに、それをそれっぽく見せられる人徳がある。

人間がみんな損得勘定抜きに自分と一緒にいると信じられてしまう。

 だから人間の汚い部分を見た時に、裏切られたように思う。

 俺はそういう勝手な期待で一喜一憂することが煩わしくて、人間に自己都合の期待をすることをやめたが。

 恐らく直哉はそれにショックを受けているだろうな……

「――悪いけどさ、俺に話したところでお前の答えになるものなんて何もあげられないよ」

 初春は少し迷ったが、そう口にした。

 俺個人でのことであれば言えることはいくつかある

だがそれを言えば言うほど自分が安っぽく思えそうだった。

俺の言うことは弱者、敗者の発想で、地べたに這いずる蟻のような低い視点のものしかない。

 直哉と結衣はそんな視点で生きる人間ではない。

 ふたりはノーブルオブリゲーションを課されるような人間だ。

 調子の悪い時の人間の僻みや妬み、やっかみも二人の背負う義務になる。

 俺にはもう背負えない荷物を持っていて。

 俺はもうその荷物を一緒に背負ってやることもできない。

 そんなふたりに、俺の弱者の狭い真実が一体何になるだろう……

 だが……

「お前達はそれでも恵まれているじゃないか。生きることが認められているならそれだけで儲けもの――日銭を稼いでその日暮らしの俺からすりゃ、そんなことで悩めるお前等が羨ましいけどな」

 ――何を言っているんだ、俺は。

 こうして口にすると、俺はこっちの方がみっともないことを言っているのではないかという疑心暗鬼を覚える。

 こんなことしか言えないのが自分の現状であることは理解しているが……

 こいつの前でこんなことしか言えないことが、酷く情けなかった。

「俺とお前達とじゃ住む世界が違うし――もう俺には俺の生活がある。それに直哉だって調子が悪いのは今だけだろう。どうせすぐに立ち直るさ。大体こうして離れている俺があいつにしてやれることなんてほとんどないしな」

 人間に地べたに這いつくばらされ、砂を噛むような思いをしても感じなかった悔しさを、言葉を発しながら初春は痛いほどに感じていた。

「安心するといい。ナオについていけばいいさ。あいつはお前を必要としていることは間違いないよ。それだけは保証できる――お前を大事にしてくれるよ」

「……」

 それを聞くと結衣は、また少し心が弱くなる。

「そうだね――ハルはもう、この町で自分の新しい生活を始めているんだもんね……それを勝手に押しかけて、何かを勝手に期待して――ハルの気持ち、全然考えてなかったよ……」

 この町に来て、すぐに思い知らされたこと。

 もう初春が東京ではなく、この町で生きようとしていること。

 そしてその生活の為に、現実と言う厳しい世界をたった一人で迎えうっていること。

 ――確かにもう、私のことなどを思い悩むような余裕はハルにはない……

 そう思った結衣は、途端に弱気になった。

 それを感じた瞬間に、結衣の目から大粒の涙がぽろぽろとこぼれてきた。

「え……」

 さすがの初春もその涙に驚いた顔をした。

「大丈夫、大丈夫だから……ごめんね……」

 結衣は初春から一度顔を背け、目から涙を拭うと目を細めて笑った。

「明日――東京に帰るね。もうハルの生活に、これ以上迷惑をかけたくないから……」

 そう言って結衣は立ち上がり、初春の部屋に逃げ込むように階段を上っていってしまう。

 ドアの閉まる音。

「……」

「は、ハル様、どうして」

 その様子を一部始終見ていた音々が駆け寄った。

「はぁ……」

 初春も座ったまま自分の顔を手で覆った。

「――あいつを救ってやるのはあいつの側にいれない俺じゃない……下手に何かをしてしまったら――忘れられなくなりそうで……俺はやっぱりあいつらと一緒の道に帰りたいとか、みっともない後悔ばかりが出そうで……そんなものをあいつにぶつけるくらいなら、俺はもう身を引くしかできないじゃないか……」

 初春の声が震えていた。

「恥ずかしい話だが――俺はもうナオがユイを幸せにしていることも覚悟していたんだよ。むしろそれが一番いいって――そうすりゃ俺もきっと諦めがつくって――納得する覚悟もしていたつもりだった。けどそうじゃなかった。それが分かった時――俺は本気で結衣が欲しいと思った。まだ誰のものでないのなら俺にも、って欲が出ちまったんだ。それを抑えられなくなりそうで……」

 そう、初春は結衣がまだ直哉のものになっていないことにほっとしたのだ。

 それが分かったら、結衣のことがどうしようもなく欲しいと思えた。

 もう自分は結衣の側にいられないことも知っていながらも、抑えきれなくなりそうだった。

 だがそれをしたら、東京においてきた未練とか悔いとか、色々なものが自分に襲い掛かってきそうで……

 理性と衝動がせめぎあって、結衣の事を滅茶苦茶にしかねないほどに想いが歪んだ。

「……」

だが、甘えていたのは自分の方なのだ。

 自分ができないからって、結衣を幸せにすることを直哉任せにして。

 そうなれていない直哉を糾弾しようという気も起こったものの、弱った結衣に俺が何をできるというわけでもない。

 自分の好き勝手な理屈――自分本位の都合。

 何もできないくせに文句だけは多い傍観者――

 結衣と直哉との関係で、自分がそんなものに成り下がったことを心底恥じた。

 今回ばかりは心底自分の小市民振りと、力、思想のなさを恨んだ。

 それを考えたら――自分の発する結衣の心が軽くなるような言葉が全て詭弁に思えて。

突き放す以外、何も言えなくなってしまった。

「……」

 様子を見ていた音々達も、初春が苦しんでいることは分かる。

 初春が人間として、彼女に与えられるものはあまりに少ない。

 それが人間ではない音々達にも分かるからだ。

 元々初春は、自分は人間として生きられるかが見えていなかった。

 綺麗事で生きていける気がしなかったから、先日は自分の『悪党の才能』を試して自分の生き方を模索していたような男だ。

 それ程苦しんでいる。

 彼女を人間として生きさせてやる為に、そんな自分が相応しくないという考えも分かる。

 でも……

「ハル様。ですが結衣様は泣いていましたよ」

 音々が俯く初春の目を覗きこんだ。

「まだハル様にできることはあると思います――このまま終わりなんて悲し過ぎますし。まだハル様だって話したいことがあるはずでしょう……何よりハル様は、泣いている方を見て見ぬ振りの出来ない、お優しい方ですから」

「……」

「ハル様は結衣様のことを考えて、悔いのない選択をしてください――いざとなったら私がハル様を守りますから――だから……」

「……」

 初春は少し戸惑っていたが。

「音々――ありがとな。少し頭が冷えた」

 初春は音々の頭を撫でながら立ち上がる。

「でも――まだ頭沸いてるな……結衣のことを考えるとどうしようもなくなる……」

「なら少し煩悩退散に付き合ってやろうか。多少暴れれば少しは気も晴れよう」

 紫龍がそう言って体をほぐす。

「おっさん……」

「そうして隅で落ち込まれても、見ているこっちが滅入ってくる。瘴気を出されでもしたら困るからな」



 それから初春は一時間ほど、家の庭でがむしゃらに体を動かした。

 結衣のために何もできなかった自分への怒りや憤りが溢れて――

 それが一通り終わった後に、そんな自分が結衣のためにできることを探して。

 とりあえず頭をリセットするために、何も考えずに体を動かす。

 そんな時に初春がやるのは決まって自分のジークンドーの型の確認だ。

 相手の完全に後の先を取るためだけに集中する『無』に自分を追い込む。

 特に紫龍を相手にしていると、余計なことを考える余裕は一切ない。

 紫龍は淡々と初春の攻撃をいなし、初春はそれに従いどんどんと研ぎ澄まされていく。

 初春の右縦拳が紫龍の頬を掠めると、紫龍はその縦拳を手で払って初春の体を正面に向けさせた。

 軽く掌底を胸に当て、体勢の崩れた初春は尻餅を突くように倒れた。

「はあ、はあ……」

 初春は息も絶え絶えだったがすぐに立ち上がる。

「……」

 紫龍はそんな初春をずっと観察していた。

 この機会に、初春の『あの力』の発動があるかもしれないと期待したのである。

 ここ最近、初春のあの謎の力について調べていた紫龍は、今回の件でまた初春が目覚めるかもしれないと危惧していた。

今回は自分の無力感や、誰かを守りたい気持ち――それによる発動があるかもしれないと考え、初春の頭を冷やすのに付き合ったのだが。

――やはり発動はない。

 今までに発動した二度の発動――あの時にあって、今にないものを探していた。

 あの力は危険だと紫龍は感じていたのである。

「しかし――ひとつだけ分かったことがある」

 紫龍が初春に言った。

「お前は自分が戦闘狂ではないと言っておったが――こうして暴れて頭を真っ白にする奴じゃ。もっと本能のままに生きればよいのに」

 確かに初春は基本大人しく、戦闘向きの性格ではないのかもしれない。

 だが本当はもっと活発で、抑えこんでいるものが強いのではないのだろうか。

 さっきまで悩んでいた顔が、手合わせをしているうちにどんどん目が澄んでいくのを見て、紫龍はそう感じた。

「あぁ――そうだな」

 初春は泥を払う。

「あんたのおかげで随分頭がすっきりしたぜ。うん。少し頭が回ってきたらしい……」

「ハル……」

 不意に縁側から声がすると。

 結衣が降りてきていた。

「ユイ――どうした? 何か入り用か?」

「ううん、何かハルの部屋で星を見ていたら、下でハルが体動かしているのが見えたから」

「……」

「すごい星空だねぇ――こんな星、東京じゃ見たことないよ」

 結衣は空を見上げてゆっくりと息をついた。

「あぁ――そうだな。この家から少し山を登ると平地がある。そこからだともっとよく見えるよ」

「そうなんだ……」

「……」

 沈黙。

「――ねえハル。その場所に――星を見に行かない?」



 結衣の誘いで、初春はいつも紫龍達と鍛錬を行う山の中腹の平原に結衣を連れ、二人きりでいる。

「わぁ。ここだと光がないから星の光が新鮮ね」

 神庭町を見下ろす景色には、人家の明かりはまばらで、星の光の方が明るいくらいだった。

「足元が悪いから気をつけろよ」

 初春は赤いセロハンを巻いた懐中電灯を持って言った。天体観測のために目を慣らすための知識は、以前の依頼で少し勉強していた。

「……」

 そうして結衣の足元を照らす初春を、結衣はじっと見つめていた。

「――ユイ?」

「この星とハルを見れただけでも、この町に来てよかったよ」

 月と星の光に照らされた結衣の顔は、明かりのない山道の中でもよく見えた。

 まるで黒い暗幕に真珠をばらまいたように見える星空は明るく、静かな夜だった。

「ユイ――さっきは悪い。俺も……」

「いいのよ、私が勝手に押しかけて、ハルに甘えすぎてたわ――私の方こそごめん……」

「……」

 その笑顔はさっきと同じ――満面の笑みだが今にも涙が零れ落ちそうに思えた。

「……」

 背の高い草と木々を揺らす夏風が、二人の間を駆け抜けた。

「ハルは強いね――本当はハルの方がずっと悔しい思いをしているのに、私達の前でそれをちっとも見せてくれなくて……ハルはどれだけ苦しくても、絶対に目の前のことを投げ出さずに努力して、強くなって、いつも私を助けてくれた……」

「……」

 その結衣の声は気丈な張りを必死に繕っているように聞こえた。

 その今にも折れそうな声が、初春の心を強く締め付けた。

「ハル――私――そんなハルがずっと――ずっと好きだったの……」


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