俺がおまえでオレが俺で
竜楼亭二階、上流部屋。
さすが勇者。
中々の厚待遇で、部屋は広く、ベッドもかなり高級だ。
ソーニャの部屋とは全然違うな、うん。
俺は壁に立てかけられていた。
ソーニャは、窓を開け、外を眺める。
風の感触が俺に伝わるが、気温はわからない。
寒いとか熱いとかないんだよな……。
ソーニャはベッドにぽふっと座ると、頬杖を突いた。
「これからどうしよっか」
『観光くらいしかないんじゃねえの?』
「そりゃそうだけどね。あんまりお金使いたくないし」
「おまえ、その年で倹約家って、将来いいお嫁さん候補になる気かよ?
若いんだから、もっと『金なんてなくなったら稼げばいいんだよぉ!』とか言いながら遊べば?」
「……うるさいわね、バカ!」
怒られた。
まあた、最初に出会った時みたいなムスッとした顔になっちゃってるじゃないの。
もう、どこに地雷があるからわかんないんだもんなぁ。
俺は嘆息したつもりになりながら、会話を続ける。
『なあ、テストってなんだろうな』
「さあ、剣の強さとか」
『おまえ、ダメじゃん』
「……拳で戦えば!」
『おい、俺の存在意義どこ行ったの!?』
「…………どうしよ」
『俺に聞くなよ。俺は扱われる立場なんだからさ』
「普段馬鹿なことしか言わないのに、こういう時だけ正論言うのやめてよね!」
『不条理!?』
「はぁ、もう、なんでこんなことになっちゃったのよ」
『時として、人間とは過ちを犯すものだしな。後悔しても後戻りできないこともあるだろ。
だから、後悔しないように常に全力を尽くす。そうすることしかできないからな』
「……おっさんくさっ」
『いいこと言ったつもりなのに!?』
ソーニャは枕に顔をうずめて、足をバタバタとし始める。
おお……見えそう。
くっ、だが絶妙に角度が悪い。
くっそ! スカートとかって案外パンツ見えないよね!
このチラリズム、まるで目の前で手招きされているような感覚!
たまらねぇぜ!
と、ソーニャが顔を上げたので、俺は心を無にした。
「ねえ、私って勇者っぽい?」
『なんだよ、急に』
ソーニャは俺を真っ直ぐに見つめる。
ちょっと不安そうに見えた。
そんな顔をされると興奮しちゃうのでやめてほしい。
女の子の切なそうな顔っていいよね。
あ、困り顔とかアヒル顔とか作った顔は無理なんで。
ああいうのはごめんなさいだけど、ちょっと寒気がしちゃうくらいなんで。
やっぱり自然体じゃないとダメなんだよ。
男って案外そういうの気づいているから。
その上で、受け入れているだけだから。
勘違いしないでよね!
「なんか流れで勇者になって、実感ないのよね。
ここまで来たけど、なんかこのままでいいのかなって」
『そんなん知らんがな』
突き離すように言うと、ソーニャはムッとした。
「何よ、そんな言い方しなくてもいいじゃない」
『あのな、勇者なんてどんな存在かなんて誰もわからんだろ。
自己犠牲で人のために頑張る奴が勇者か?
正義感に溢れて困っている人を放っておけない人が勇者か?
それとも魔物を倒しまくるほど強い奴が勇者か?
この世界の勇者の定義を聞いている感じ、そんな風には俺は思わないね。
きっと魔王を倒せた奴が勇者なんだよ。
だって勇者にしかできないことは魔王を倒すことだろ?
だったら、現段階で勇者っぽい奴なんてこの世にいないだろ。
俺だって聖剣かどうか微妙だし、ってか俺は元人間だし、よくわかんないしな』
なんてちょっと上から目線で偉そうに言ってみたが、ソーニャは意外と真面目に聞いていた。
茶化すでもなく、馬鹿にするでもなく。
真剣に俺の話を聞いていた。
『ってことで、勇者らしくなんておまえは考える必要なし!
今まで通り、生意気で、むかついたら俺を叩いて、魔物を素手で殴る……のはやめた方がいいかもだけど。まっ、そのままでいいんじゃねえの?
ソーニャがいきなり、勇者らしくなるって言って、正義感満々になったら気持ち悪いからな』
「……最後の一言、余計だわ」
なんか真面目に話してたら恥ずかしくなったので茶化してしまった。
まあ、たまにはこういうのもいいよな。
『とにかく! 好きにしたらいい。俺は結構、今の感じは気に入ってるしな』
不満はあるよ? そりゃもう無数にな。
でもそんなもんだろ、何でも。
不満はあるけど、満足もしてる。
まだ数日だけど、俺は結構ソーニャを気に入っている。
たまに叩かれるのも悪くない。むしろいい! もっと! ぶひぃ!
生意気なのも可愛げがあると思えるし。
だめ? むかつく? もっと素直に? 媚びろってか?
余裕を持てよ。そしたら結構、可愛く見えるもんだから!
誰しもいいところはあるもんだよ。
ただ。それが短所を補えるかどうかは個人差があるけどね。
ま、ぶっちゃけそんなのはいいんだ。
ソーニャは見た目が最高にエロいし!
剣なのに、最近はちょっと人っぽく扱われる時もあって嬉しいし。
美少女だし。
見た目が最高にエロいし!
ってことで、俺は転生してよかったと思い始めてるわけだ。
何も始まっちゃいないけど。
出会いは終えたわけだしな。
これからどうなるかはわからないけど。
ま、楽しくやるさ。
おっと、物思いに耽っていた。
ふと見ると、ソーニャは俺から視線を逸らし、枕に顔をうずめていた。
なんだか、じたばたしている。
『おい、どうした?』
「う、うっさい! うっさい、ばか!」
『なんだよ、いきなり……俺、気に障るようなこと言ったか?』
「な、なんでもないわよ!」
こうなるとダメだ。
なんか、時々ソーニャは子供みたいに会話ができなくなるんだ。
目も見ない。俺にはないけど。
まあ、しばらくしたらいつものソーニャに戻るだろう。
俺はやれやれ、困ったお嬢ちゃんだぜ、と胸中で呟き、気長に待った。
すると、突然、ソーニャがガバッと立ち上がった。
「お腹空いた」
『外に行くか?』
「うん」
俺を腰に携えて、ソーニャは身支度を整える。
といっても精々がケープを羽織るくらいだけど。
いつも思うんだが、寒くないんだろうか、こいつ。
気温がわからんが、周りの人達の服装を見ると春?
ってか四季あんの? この世界、ってかこの国。
ちょっと露出するのは肌寒そうだ。
亜人は人間とは体温が違いそうだし、露出があってもよさそうだけど。
ま、俺は目の保養ができるから何も言わないけど。
絶対に言わないけど!
はあ、触りたい。
目の前に乳房。
揺れる乳房。
豊満な乳房。
回れ舞う乳房。
オーマイ乳房。
でも触れない。
目の前で揺れるのに触れない。
尻は歩く度に横に揺れる。
張りがあり、適度な弾力があるのは明白だ。
ああ、両手でむんずと握りたい。
絶対、ふわああああああってなるから。
ふああああああってなりたい。
まさに生殺しだ。
ソーニャは部屋を出て階下に降りた。
そのまま受付に外出する旨を伝えて、街路に出る。
夕方。人通りもそれなりにあるが、大人ばかりだな。
ふむ、そろそろ子供は家に帰りましょうって感じか。
どこの世界も一緒なのは当たり前か。
「適当に歩きましょう」
『まあ、俺はおまえに任せるよ。ってか、連れて行ってくれるんだな』
初日、俺を部屋に置いて、みんなで楽しくしてた癖に!
遠くで、わはは、きゃははとか聞こえる俺の気持ち考えて?
死にたくなるから。
俺は部外者だったよ、でもね、でも、きっついんだわ、あれ。
完全な孤独ならいいんだ。
周りに誰もいないのはいい。
学校でグループ作る時に余るみたいな状況は本当に辛いんだ。
自分だけ仲間外れにされるのってかなり精神にクルよ?
わかる?
わかる人は俺の仲間、うぇーーーい!
ま、それはいいとして、だ。
俺の質問に、ソーニャは無視を決め込んだ。
ちぃ! この娘、聞こえなかった風を装っていやがる!
その証拠に、瞬きが異常に多い!
ちょっと汗を滲ませて、小鼻がピクピク動いている。
こんな下手な誤魔化し方する奴いるか、普通。
ソーニャは普通じゃないもんね!
いいだろう。
そんな風にするならスルーするのが人情ってもんだよな。
うんうん。
それに、あんまり踏み込むと面倒そうだ。
うんうんうん。
でも、やっぱり踏み込んじゃおうっと♪
『初日は俺を放置したのに、今日は連れて行ってくれるんだな?』
「……あ、あれぇ? お、おいしそうねぇ」
棒読みにも程があるだろ!
演技、下手すぎんよぉ……。
なんだか楽しくなってきた。
普段は攻められてばかりだ。
でもたまには自分が攻めてるのも悪くない。
いや、これは。
この感覚は。
この高揚は!
こういう格言がある。
『生粋のSはMになれる。つまりMもSになれる』
俺はこれを聞いた時、そんな馬鹿なと思った。
だが、今は思う。
真実はそこにあったのだ、と。
ゾクゾクしてきやがった。
くっ、くくっ、ソーニャの困った顔、いいじゃない。
ちょっと可哀想とか思うけど、嗜虐心をそそるのも事実。
ここでやめたらマゾじゃない!
さあ、行くぜ!
『初日は俺を放置したのに、今日は連れて行ってくれるんだな?』
「……お、お腹空いたわねぇ」
『初日は俺を放置したのに、今日は連れて行ってくれるんだな?』
「…………あ、あそこ! 可愛いアクセサリーが」
『初日は俺を放置したのに、今日は連れて行ってくれるんだな?』
「………………えと」
『初日は俺を放置したのに、今日は連れて行ってくれるんだな?』
「……………………」
『初日は俺を放置したのに、今日は連れて行ってくれるんだな?』
『初日は俺を放置したのに、今日は連れて行ってくれるんだな?』
『初日は俺を放置したのに、今日は連れて行ってく』
「だああああああああああああああ、うっさああああああああああああい!」
ソーニャ、激昂!
俺を抜き、地面に全力で叩きつけ始めるソーニャ。
今までが嘘のように全力である。
その証拠に、俺の意識は吹き飛びそうになった。
周りの人達がぎょっとして見ているのも気にせず、ソーニャは絶叫していた。
もう、完全にアレな人だ。
『んぎゃあああああああああああああああ!』
「折れろ! 折れてしまえ! 死ね死ね死ね死ねええええええええええええいいぃ!」
『ギャアアア! ちょ、調子に乗りました、ごめ、ごっめ! ギャアアアアアアアア』
尋常な痛みではない。
だが、この刺激!
バカな!?
安全ラインを越えてやがる……っ!
もうだめだ。
意識が遠のいて……。
その瞬間、俺に電流が走った。
そこにいたのは昔の俺だった。
忘れたかった人間の俺だ。
その俺が柔和な笑みを俺に向けている。
すっげえブサイクだな。
こりゃ、みんな避けるわ。
そんな元俺が両手を開き、妙に気持ち悪い姿勢で俺を見据えた。
『オレよ、それでいいのか』
『な、なんだと?』
『俺は、こんなオレでいいのか? それで本当に自分をさらけ出していると言えるか?』
『な、何を!? 俺は自分に嘘を吐かない!
嘘や建前ばかりの、そういう気持ち悪い奴らを見て来たからだ!
だから俺は本能に従って正直に』
『本当か?』
俺はオレに語りかける。
『思い出せ。おまえはもっと振り切って頭がおかしかったことを。
小学生の時のミヨコちゃんを思い出すんだ。
体操服がなくなった途端、犯人にされた時のことを』
そう、あれは俺が小学五年生の時。
クラスのマドンナであるミヨコちゃんの体操服がなくなったのだ。
俺は犯人を知っていた。クラスのムードメーカーだったユウキ君だ。
彼はミヨコちゃんが好きだった。
そりゃもう好きでしょうがなかったのだろう、ソプラノリコーダーも舐めていた。
彼は俺が密かに作り上げていた変態生徒リストの中でもかなりの大物であり、俺は一目置いていた。
だが、彼は俺を犯人に仕立て上げた。
最悪な奴だ。
しかしそんなことは問題じゃない。
そう、あの時、俺は弁解をしなかった。
誰を責めるでもなく、誰を疑うでもなく。
自分の罪でもない罪を受け入れたのだ。
庇ったのかって?
そんなわけないじゃん。
女子全員に『最低!』『キモイ!』『死んでよ!』『この世から消えてなくなればいいのに』『臭い!』『土下座しなよ!』『エロデブ』とか言われて、責め立てられて気持ちよかっただけなの!
特にエロデブとか、も、もう、女子の口からエロとか出たことに興奮したものだ。
そう、小学生にして俺はかなりの域に達していたはずだった。
だが、今はどうだ。
こんな程度で苦しむなんて。
雑巾を投げつけられ、箒で複数人に叩かれても快感を得ていた小学生の時を思い出せ!
……すっげえ、気持ち悪い小学生だな。
でも、それが俺なんだ!
『俺を受け入れるのだ、オレよ。そして解き放つのだ、本能を。
それがおまえ、おまえ自身。おまえがおまえであるおまえのおまえで俺がおまえでオレが俺で!』
『いや、もう意味わからんから』
『…………己を解き放て、放て……放て…………放て………………』
最後辺りはなぜかエコーがかかっていた。
俺は、はっとして我に返る。
まだ俺は地面に叩きつけられていた。
ソーニャは相当に怒っておられるご様子だった。
痛い。
だが、先ほどまでとは違う。
この痛みは……!
んぎぃもぢぃぃッ!
オレは追憶のスキル:マゾヒストを手に入れた!
そんなもんはないけどね!
『お、おお、いたい、痛い、グフフフッ』
「き、気持ちわるっ!」
ソーニャは心の底から嫌悪感を抱いているように俺に蔑むような視線を向けた。
『お、なんだ、やめるのか』
「……も、もういいわよ」
ふ、勝ったな。
数々の変態を相手にしただろうソーニャであっても、俺には勝てなかったか。
くくく、所詮は烏合の衆よ。
やれやれ、俺に勝てる変態はいないのか。
ふぅ。
……少しだけ心に虚しい風が吹いた。
俺はどこに向かっているのか。
それは俺にもわからない。




