黒ひげ危機一発+凝固
「貴方は播種性血管内凝固症候群という病に侵されています」
私はカルテを見ながら、不安そうな顔つきで私を見ている患者にそう言った。彼の事はプライバシーの問題で仮名を林と呼ぼう。
林は眉を寄せ、それはどんな病気なんですかと言った。
播種性血管内凝固症候群とは、出血などに見られる血液の凝固反応が血管内の至る所で無秩序に行われる病である。早期治療を行わなければ、血中の凝固によって出来た血栓が心臓や脳の血管を塞ぎ、最悪死に至。
林は今にも泣き出しそうな顔をした。
「血液内の血小板、並びにフィブリノゲンなどの血漿タンパク質の数値が異常に低い」
この病の特徴は、凝固により血中の血小板や血漿タンパク質が消耗され、その数値は低く出る。また血小板の低下が凝固障害を引き起こす事もあるのだ。
「とにかく、血小板濃度があまりにも低い。その為、まずは輸血をします。その後、血が固まりにくくなるペパリンという薬を投与します」
林はそれは治るのですかと言った。
「手は尽くします」
私はそうとだけ言った。
「まずは出血時間を測定します」
林はそれはどんな検査ですかと言った。
血小板の消耗により出血の際に血が固まりにくくなることから、その出血時間を測定し、厚労省で決められている点数を付け、症状を評価するのである。
私は小さな針を用意した。
「アルコールを塗って炎症が起きた事は?」
林は大丈夫ですと言った。
私は林の腕にエタノール綿を塗る。彼は少しだけ嫌そうな顔をした。不安だろうと思う。聞きなれない病名に、自分が病に侵されていると宣告されるその気持ち。私は林のような人間に今まで何度も告げてきた。何度も林のような人間の顔を見てきた。
皆、林のような表情で私を見る。
助けを乞うような、少しイラついたような、それでいて落ち込む事も許されないような、どうすることも出来ない、そんな表情。それらがない交ぜになって、皆眉を寄せるのだ。
「大丈夫ですよ」
私は何度も言ってきたその言葉を言った。もはや淀はない。それは林に言ったようで、自分に言ったようでもある。
この言葉を発する時、自然と笑顔が出来るようになったのはいつからだろうか。
私は林の腕に針を刺した。
すると林の頭はポンと軽快な音を立て、体から勢い良く飛び出した。