年頃+回し
少女は14才であった。
まだあどけない顔に新しい制服がやけに大きい、可愛らしい少女である。
彼女の眼に映るものはまだ憂の中にはいない。
抱きしめたくなるほどのふわふわとした世界の中に彼女は身を預けるようにしていた。
全てが美しく見えた。
ただ、その中でも一際美しく見えたのは、同じクラスのカナエ君であった。
彼は男の子とは思えないほどの大きな目を持ち、艶やかな瞳はいつも綺麗に光を集めている。筋のよく通る少し上がった鼻先が凛としていて、あばた一つない美しい肌の上にそれらが完璧に配置されていた。
年頃の少女は、いつも彼のことを見ていた。
彼には人を引き付けるような何かがあった。
彼女は今でもそう思う。
彼は少しだけ変わっていた。
その行動の全てが少女の目を引いた。
いつも変わった形の枝を持って登校したり、
「あれはミセコ雲に似ている。
あれとあれは佐藤大作雲っぽい」
と、雲を架空の雲に例えていたり、歌の時間では一人だけ綺麗な鼻歌を歌っていたり、何故か植物に詳しかったり、朝礼の時、校長先生の前で立ったまま寝ていたり、その寝顔が可愛かったり、体育の相撲の授業では、一人だけ本格的な回しを着けていたりした。
少女は少し恥ずかしく思った。
他の女の子たちもそう思っただろうか。
悪目立ちでなかったのは、彼が美しかったからかもしれない。
冬の一番寒い日であった。
少女は朝から寒さで凍えるように手を擦り合わせていた。
身体の寒さを紛らわすために家で一番長いマフラーを巻いて学校に行ったが、それでもひどく寒かった。
その日はずっと眠かったように思う。
いつまでも冷めない嫌な夢の中をぐるぐる回されたあとに歩くようだった。
そんな少女を、彼は見ていた。
彼女も少ししてそれに気付き、どきっとした。
滲むような視界の真ん中に居る彼だけがはっきりと見えた。
彼はゆっくり近づいてきて、
「治してあげる」
と言った。
少女も
「うん」
とだけ言った。
初めて話しかけられた言葉であり、初めて話した言葉だった。
彼は少女の胸の丁度真ん中辺りに手を置いた。
少女は何が起こったのかわからなかった。
時間があくびをしながら過ぎたような気がした。
ポカポカとした暖かい感情が胸に広がり、やがてそれは強い熱として少女の胸を焼いた。
意識を取り戻した彼女はすぐさま彼の手を振り払った。
この熱さへの驚きか、年頃の少女の羞恥のせいか、それはわからなかった。
彼も少女も驚いたようになり、その場に立ち尽くしていた。
「治ったよ」
授業開始のチャイムが彼の声を消すように鳴った。
彼女はもう少女ではなく大人になり、恋人も出来た。
昔を思い出すような年にもなり、瞳に映る世界はそれほど華やかなものではないことを知った。
胸が暖かくなることもそんなにはなくなった。
ただ、あの日のことを思い出して、時々恥ずかしくもなる。
その感じが好きだった。
あの時と同じくらい、あの時が好きだった。
彼女は冷たい街に、彼女を迎えに来る恋人を待ちながら考えていた。
記憶の中にいる彼は14才のまま、今も彼女の中で、美しく生きている。