図書館+飛行
一冊の本との出会いが人生を変えることは?
そんなものは無い。何故なら本とはやはりその作品を消費するものに他ならない。だから自分を消費する行為だ。
いや、少し待ってください。それはどうでしょうか。確かに時間は消費されるでしょう。しかし、得るものはあるでしょう。自分の人生を豊かにする時間こそが、読書によって昇華されるのではないでしょうか。
それを言うなればエネルギー保存の法則のように、結局使われた時間はその本というものに還元されるだけで総量は変わらないというのも一つの考え方ではないのかい?
いや本はプラスだろう。
何故?
純増だよ。時間はただ小説なんかの本を消費するためのものであってそことは関係ない。混同しちゃダメだろう。本を読むことによって読み手は必ず得るものがある。それも1〜∞の果てしないものだ。
もっと単純な考え方はいけないの?小説を読んでる時間ってなんだか別の世界の出来事を小さな窓から覗き込んでいるみたいで、私一人だけの秘密っていう感じがするの。それに人と共有することも出来るものが作品の良さじゃないの?
いやその考え方は実は本質的な部分なんだと思う。単純に楽しいから本を読んでいる。これでいいし、それは素晴らしいことだと思う。
実際に本を開く瞬間って言うのはなんだか知らない駅にキャリーバックを引いてやって来たような気分になるんだ。そこに行ったことも無いのに頭の中では景色が広がって、それが実在の場所でも架空の場所でもなんら隔たりはない。その中では全く関係のない事なんだ。
確かに文章だけというのも良い。
想像という作業を読者に任せているからね。そういう意味ではやはり無限の可能性を秘めていると言っていい。
でも本当にそんな事を思って読んでいる人ばかりなのかな。
どういう事?
ほら、例えば作家を目指している人とか、その関係の仕事をしている人とかだと、多分なにも考えずに楽しいなあって読んでないんじゃない?
なるほど、プロットとか文章の言い回しとかいちいち考えてしまうかもね。それも職業病みたいなもんだから仕方がないんじゃないかな。
でも好きになっていくとどんどんそうなってしまいそうで怖い。
最初の話に戻るけど、本当はなにも無いところに意味を与えてしまうのかもしれないね。
そうだろうな。いや、結局美術品や音楽の歌詞なんかも、読み手が無意味に価値を付加させていくものなのかもな。
無意味ねえ。
存在に意味のないものなんてあるのか。
無いだろう。
いやだからそれは意味を与えてしまうんだよ。
例えば図書館に意味はある?
図書館?貸し出し自由な巨大な本の貯蔵庫みたいなもんだろ。
つまり器だろう。器は中に何かを入れるから意味が出来るんだ。本が無けりゃただのでっかい建物だ。
日除けにはなるよ。
だから図書館を人間だと見立てた時に、そいつ自身にはやっぱり意味がないんだよ。それを誰かが別のところから観測した瞬間に意味が付加される。
図書館ひろしさん。
いや、だから。
抽象化もそう?
まあそれはそうなのかな?
例えば、漢字ってなにかを抽象化してるじゃない?人って言う字は一人の人間が足を広げて大地を踏みしめて立っている姿を抽象化してるんでしょ?
抽象画もそういうところはあるよね。だからピエール・アレシンスキーとか篠田桃紅とかも文字というものを作品に投影するとこが多いよね。
それは結局人間が勝手にやってることなんじゃないのか?
確かに、人間は自分自身に意味を与えたがるし剥奪もしたがる特異な生き物ということだよ。
自分には生きてる意味がないだとかね。
人は物じゃないよ。
これどういう話だったっけ?
話が飛んだな。
飛行する図書館。
いやそれは関係ない。
でも別のものと別のものを混ぜて意味を与えるのも人間だよね。
つまり人間的ということか。




