絶対的ヒロイン:キャロル・グローリア・オルコック
ついにやって来た。
少女は豪華な学園の校門を前に、ほくそ笑む。6月の中途半端なこの時期にこの学園の2学年に編入することになると、少女は昔から知っていた。
否。物心ついた時から、こうなる運命をすでに知っていたのだ。
「さぁ。『カメコン』の舞台にやっと突入よ。待っててね、王子様」
少女、キャロル・グローリア・オルコックは自分が迎えるハーレム生活を夢見て、その第一歩を踏み出した。この学園の内部が現在どのような状態になっているかも知らずに。
***
「やあ、いらっしゃい。我が学園へようこそ。ところで、私には婚約者がいるんだが、どうにも最近様子がおかしくて。こんなことは私も初めてだから困っているんだ。まさかこんなことに悩まされる日が来るなんて思ってもみなくて、今は戸惑っているんだよ」
キャロルはおかしいなと首を捻る。
爽やか王道系王子様のエルバート・クライド・ハワーズはヒロインとの出会いイベントで校内を案内してくれることになるのだが、口を開けば終始自身の婚約者に対する悩みである。
しかし挫折を知らぬ孤高の王子は今現在自分を悩ませる問題にやりがいを感じているらしく、相談の割に楽しそうにしている。
「どうしてだろう?やっぱり、現実はゲームと違う部分もあるのね」
気を取り直して次の出会いイベントへと向かってみる。
中庭の大きな木の下。絶好の昼寝スペースはまだ昼前だと言うのにすでに彼が使用していた。どエスな肉食系男子コーネリアス・ロジャー・ボイルである。
「こら、授業始まりますよ。サボりなんてダメなんだから」
ここでちょっとしたケンカになり目を付けられるのがきっかけとなる筈。しかし、うっすらと目を開けたコーネリアスは「そうだな」と素直に返事をすると立ち上がった。
「フィオナも真面目な奴が好きなのか?俺、全然相手にされねぇんだけど。何なの?昔はにーちゃんにーちゃんって後ろ着いてた癖に。今じゃあんな訳分かんねえ猫背男に現抜かして・・・」
何かにショックを受けているのかどんよりとした面持ちで歩き出した。キャロルとしては、ここで「うるせー」とか「俺の勝手だろ」とかそんな粗野な返しを待っていただけに呆然とその後ろ姿を見送ってしまった。
「何かおかしい」
驚きに首を傾げるが、まだ空振り2回。気を落とさず次に行ってみるべし。
次は昼休みだ。珍しい編入生に興味を持った百人切りの遊び人、ルーク・デリック・ピッツが昼食にて相席を誘ってくれるはずなので、1人寂しく学食へと向かいお弁当を広げる。
しかし、待てども彼は来なかった。と言うか、彼はいる。キャロルはちらりとそちらに目を向けた。
「だからね、フィオナっち。恋の駆け引きって言うのは、ふとした時のボディタッチがきくんだって」
「ルーク様、でもルーク様に肩を触られた時は怒りしか感じませんでした」
「それは好感度の問題かな?ごめんね、馴れ馴れしくしちゃって」
なぜか絡みの無いはずのフィオナとルークが向かい合って一緒に食事を取り楽しそうに談笑しているのだ。こちらに気付く素振りも見せない。フィオナの隣に座る取り巻きの少女は肩身狭そうにランチを取っていた。
「変だわ」
さすがにキャロルも『カメコン』の話が歪んでいることに気付く。
これがゲームではなく現実というものなのか?幼少期からこの時を楽しみにしていただけに、ショックは大きかった。
「それでもまだまだ!」
今度は訓練場へと向かう。ここでハプニングに見舞われ堅物真面目系騎士ハロルド・エドウィン・ガザードとお見知りおきになるのだ。彼は勝手に好感度上昇が約束された人物なので、不安に陥っているキャロルにはうってつけである。
しかし肝心の攻略対象がいなかった。絶対に、100%ここに来れば出会える人物がいないことに驚き、訓練場の男子生徒を捕まえて問い詰めると、彼はここ最近ずっと走り込みをしているらしい。校庭を探してみたら、ちょうど水飲み場で休憩しているのが見えた。
「とにかく、ハンカチの差し入れよ!」
キャロルは乙女の嗜みハンカチーフを常に身に着けていて良かったとポケットから取り出し、ハロルドへと駆け寄った。
「すみません、良かったらこのハンカチを・・・て、きゃあ!」
「え・・・?何ですかうわあああぁ!」
近づいたところ、蛇口が暴発し水が勢いよく噴射された。なぜかキャロルは正面から水をかぶりずぶ濡れの状態である。折しも本日は気候が暖かくシャツ一枚で行動していたため、その白い布は水分を含み下着が透けて見える状態になってしまった。
「お・・・おっぱい・・・」
ずぶ濡れのキャロルを見て、ハロルドは一言呟く。そうして、一息あいてから顔を真っ赤にすると、騎士としては失格であるが自身の上着を脱いでキャロルに掛け、そのまま逃げるように走っていってしまった。
「どうして!?」
何もかもが上手くいかない。とにかく着替えがほしくて救護室へと逃げることにした。
だが嬉しいハプニングもある。救護室にはなぜか可愛い系ショタ男子ジョシュア・デーヴィッド・ハワーズがいたのだ。
「びしょ濡れじゃない。お姉さん、大丈夫?どうぞ、タオルと替えの体操着だよ」
ジョシュアはゲームシナリオ同様優しく接してくれた。キャロルは思わず泣きそうになる。
カーテンの内に隠れ、着替えをしながらキャロルは「ありがとう、ジョシュア。攻略は君にするよ!」と決意を固め、自分史上最高の笑みでカーテンを開けた。
「どうもありが・・・て、あら?何をしてるの?」
「ああ。恥ずかしいな。見られちゃって」
ジョシュアは救護室の一角で机に勉強道具を広げていた。天真爛漫のジョシュアにしては珍しいがり勉である。
「フィオナちゃんが、あんな裏切りをしても兄上を傷つけることはできない・・・こんな方法じゃ兄上は気にも留めないんだ。もっと、僕自身が対抗できるような人間にならないと・・・」
思い込んだようにぶつぶつと呟くと、目を見開きジョシュアを見るキャロルに気付き、ジョシュアは困ったように笑ってみせた。
「ごめんなさい。ちょっと勉強をしたいから、終わったら出ていってください。恥ずかしいから、僕がここで勉強してたなんて、誰にも言わないでね」
実質追い出されてしまい、体操着姿になったキャロルはわなわなと震えた。おかしい。絶対におかしい。こんなのは、こんなのは・・・
「こんなのは、私の知ってる『カメコン』じゃなーい!!」
少女の虚しい叫び声が放課後の学園に響いた。