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知的眼鏡男子:サイラス・バリー・フィッツクラレンス

「フィオナ様・・・」

「エミリア、今日は行かないよ。お兄様に謝りに行かないと」


 また次の日。

 意気揚々と放課後に迎えに来たエミリアだったが、フィオナに先手を打たれてしまった。毎日毎日攻略対象に会いに行く、紛うこと無き男漁りである。


「どうして。あと一人で終わりだからさ」

「人のこと男好きか何かだと思ってんの?恋愛はしたいけど、別にそれだけに固執してる訳じゃないのよ」


 フィオナはそう言ってエミリアを諌めると、3学年棟へと向かった。手にはクッキーの包みを持っている。兄に謝罪の気持ちを伝えるために買って来たものだ。

 もちろん手作りなんかしない。ずっと病弱で蝶よ花よと育てられてきた貴族令嬢のフィオナにお菓子作りの腕など皆無である。


「でも、私はあんたが恋愛したいって言うから・・・!」

「そりゃね。でも、成人してから十数年。仕事だけに生きていたら、結構達観するもんだよ。そりゃ、若く人生やり直せたと思ったから、今世では彼氏ほしいって思うけど」


 そうして立ち止まったかと思うと、フィオナは夢見心地の表情でエミリアに言う。


「ほら、恋愛って、よく言うじゃない。したいと思ってするものじゃない。落ちるものなんだって」

「ったく、これだから努力せず王子様が現れるのを待つ夢見がちの拗らせ女は!」


 その姿勢のせいで前世は喪女だったではないか。

 苦言を呈すために口を開きかけたエミリアだったが、突如聞こえるピアノの音色に思わず口を閉じた。フィオナにも聞こえたようで、その音源を探るように辺りを見回した。


「素敵な音色・・・一体誰が・・・」

「フィオナ様、ここって特別棟でしたっけ。なるほど、ならば!」


 エミリアは自分たちのいた位置に思い当たり、思わぬ偶然に瞳を輝かせた。

 1年棟から3年棟へは棟が違うため、一度渡り廊下を通り特別棟を抜けて3年生のクラスへとたどり着くことができる。そして、この特別棟にはちょっとした確率でエミリアのお目当ての人が出現するのだ。


「この音楽室よ!」


 扉をそっと開ければそこにいたのは攻略対象No.6サイラス・バリー・フィッツクラレンス。現行政大臣の息子でありエルバート殿下の良き友である。

 冷静沈着で頭脳明晰。彼も行く行くは大臣の跡を継ぎ、この国を担っていくことになる人物だ。


「すごい・・・」


 僅かの隙間から中を覗き見ると、こちらに気付いていないサイラスがピアノを奏でる。その指はまるで鍵盤の上を走るかの如く動き回り音色を奏でていた。彼は芸術面にも嗜みがあるようだ。

 サイラスはエルバートのことを友として、また仕える主君として大切に思い、とても気にかけている。あまりの親密な関係に一部腐ったファンにより彼と殿下のほにゃららな二次創作がネットに飛び交う事態もあった。

 彼とヒロインがルートに入るのは、実は単独では成しえない。ある程度エルバートの好感度を上げた時点で接触可能となり、平民の出身でエルバートに近づくヒロインを警戒するのが初期の段階である。そのうち、見張っている内に警戒していたはずが裏表のない真っ直ぐなヒロインに惹かれ恋へと気持ちが移行してしまうのだ。

 フィオナは言わずもがな婚約者であるので好感度云々以前の問題である。しかし、2人はまだ出会ったことはなかったらしくこの扉越しの隙間が初コンタクトであった。


「美しい・・・」


 フィオナは感嘆の吐息を漏らした。

 その呟きに、突如として音は途切れる。眼鏡のブリッジを人差し指で持ち上げ、緑青色の髪を揺らしサイラスは「誰ですか」と冷たい声音を吐き出す。

 フィオナは熱に浮かされたように扉を開け、姿を現した。サイラスはフィオナのことを見知っていたらしく少し驚くが、「貴女ですか」と興味を無くし、ピアノの鍵盤蓋を閉めた。もう演奏をする気はないらしく簡単に身支度を整えると見向きもせずフィオナとエミリアを残し場を去ろうとする。


「そうです、フィオナ様」


 しかし思い出したかのようにふいに立ち止まる。フィオナが緊張した面持ちで「はい」と掠れた返事をすると、また眼鏡がズレるのかブリッジを軽く持ち上げ、嫌味な笑みを浮かべたのだった。


「さすがは侯爵令嬢か、貴女のお噂がよく耳に入ります。ですが、妙な噂で自身を貶めるのはエルバート殿下のためにならないので。慎んでください」


 ツンツンである。

 サイラスは最も難易度が高い。なんせエルバート第一主義だからだ。

 エミリアもうっかりそっちに足を踏み入れかけるほど彼のエルバートへの忠誠心は高い。なので蔑み、敵意を受け、何やかんやして、やっとこさ心開かれるときは至高の瞬間とも言える。

 本来ならば。そう、本来ならばだ。

 しかしながら、彼は違う。実はエミリアも、サイラスエンドは一回しかクリアしていない。再度やる気にはならない。何故なのか。

 それは、彼がイケメンではないからである。断っておくがブサメンではない。しかし、癖のある見た目をしていた。三白眼の瞳。根暗そうな見た目。猫背の姿勢。だがしかし、逆にそんなのが良いと、ハマる一部の熱狂的ファンが一番多いのも彼である。正直一般受けではないのだ。

 エミリアは正統派が好きだ。イケメンは爽やかだったり、男臭かったり、無骨だったり、何にせよ甘いマスクをしているのが良いのだ。そうじゃなきゃ嫌だ。だから、別に嫌いではないがサイラスはジョシュアとは別の意味で食指が動かない。

 だが、彼女は違うようだった。


「素敵・・・」


 今までとは明らかに違い、フィオナは瞳を輝かせた。手を組み、まるで神に祈るかのポーズで消えていったサイラスの後ろ姿に視線を送っている。先ほどの言葉が暗に「お前ゲロ女って噂回ってんぞ。気を付けろよ」って意味だと気づきもしない。


「まさかとは思ったけど。サイラス様はツボなのね」

「素敵、何あの人!あの人も攻略対象なの!?」

「ちょっと、止めてよ!サイラス様は不細工じゃないからね!癖のある見た目なだけで、一番熱狂的信者とかコアなファンが多いんだから!」


 フィオナのイケメン拒否反応に引っ掛からないなんて、まるで侮辱を受けたような気持ちだ。しかしながら、やっとエミリアもフィオナの恋がスタートを切れそうで安心する。


「ん?待てよ。フィオナ様はサイラス様が好きで、サイラス様はエルバート様が好き(?)で、エルバート様はフィオナ様を婚約者として扱ってる・・・これってなんだか・・・」

「エミリア!どうしたらあの人を攻略できるの!?どうしたら好感度アップイベントに繋がるのかしら!」


 今までにないはしゃぎようのフィオナを宥めつつ、エミリアは6月のヒロインを待つ前に、先手を打つどころかとんでもない泥沼三角関係を作り上げてしまったことに気付くのだった。

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