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堅物真面目系騎士:ハロルド・エドウィン・ガザード

 ルークの時には上手くいかなかったが、得られた物もあった。

 誠実さである。そうなれば次はこの人しかいない。


「フィオナ様!今日も行くわよ!」

「え・・・?今日も行くの・・・」


 教室へとエミリアが迎えに来れば、フィオナは嫌そうな顔をした後、クラスメイトをチラチラと窺っていた。ちょっと鼻の大きな男子生徒や、一重で幸の薄そうな男子生徒など、どこにでも居そうな平凡でちょっと見た目残念なモブ男たちだ。どうやら彼らに興味があるらしく、声を掛けたいんだか掛けられたいんだかチラチラと視線を向けている。

 おい、昨日の身持ちが固いだとか会って数分で恋は始まらないとか、あの言い分はなんだったのか。下心見え見えではないか。どうやら幼少期の「エルバート殿下=嫌悪、コーネリアスお兄様=安心」の図式から、彼女の人に対する美醜は歪んでしまっているようだ。

 そして彼女は侯爵であるお家柄のフィオナ・ニコラ・ボイル令嬢である。周りの下級貴族はみな恐れおののき感じる視線も気づかないフリでそそくさと去っていく。


「本当に『カメコン』のフィオナ令嬢は嫌われ者の設定なのね。悲しいな」

「いや、今のは設定関係ないと思うけどね」


 全くおめでたい性格を持っているものである。

 この図太さで前世も生きてきたのだろう。できれば今世こそ彼女に愛しの彼氏の1人や2人、プレゼントしたいものである。

 さてはて本日連れていくのは訓練場であった。この学園は色々な施設が充実していることも魅力の一つであり、その中には心身を鍛えるための訓練場もまた用意されていた。何せ下級貴族に位置する騎士階級の者も通う学園であるので、己が技を磨きたいという生徒は少なくないのである。


「訓練場なんてどうするの?」

「いやいや、ゲームの筋書き通りなら絶対いるはずなのよ」


 ここに毎日が如く通っているのは攻略対象No.4堅物真面目系の騎士ハロルド・エドウィン・ガザードだ。ヒロインとの出会いもこの訓練場近辺が主である。と言うよりも、選択肢として訓練場を選べば常に会うことが可能なキャラクターだ。ファンからはその一辺倒なパターンから愛着を持たれ、「アホの子」「肉体追込み系のバカ」「愛すべき訓練兵」と慕われていた。


「いた、ハリーだ!」

「ハリー?」


 ついつい彼を愛称で呼んでしまったが、接点は今のところ無い。

 烏の濡れ羽根のように艶めく漆黒の髪に、鍛え抜かれた肉体。己に厳しく鍛え上げるストイックさがその真剣に細められた瞳から伝わってくるようである。

 実は一番攻略難易度の低いキャラクターでもある。出会える場所は分かり切っていて、尚且つ堅物真面目を連想してこちらも誠実に関わっていれば彼のある属性のこともありガンガンに好感度を上げることが可能なのだ。それ故「カメコンのチョロイン」と名高い。多分一番のいじられキャラでもあった。


「でも、訓練頑張ってるみたいだけど、『カメコン』ではどうやって出会うの?」


 フィオナが珍しく積極的な質問を投げかけてきた。エミリアは思い出すように自分が見てきた展開を伝える。


「訓練を見学してた時に、1人の学生の剣がすっぽ抜けちゃって、あわや大怪我をするところだったヒロインに・・・」

「ちょっと待って、あわや大怪我って、剣でしょ!?冗談じゃないよ!」


 思いがけない展開を聞いたフィオナは青ざめた。そんな命がけの出会いなんて願い下げである。

 どうして男と出会うために自分の命をかけなければならないのか。フィオナはエミリアを連れて逃げようとその腕を引いた。


「死なないから!大丈夫、そういう流れなだけで!」

「いやいや、エミリア分かってる?これゲームじゃないよ?現実だよ?」


 そうこう揉みあっていたら、突然他にも見学していた女子生徒から「危ない!」と悲鳴に近い叫びが上がった。反射的に訓練場内へと視線を向けると、大剣が一本こちらに飛んできていた。

 すっぽ抜けてますよ、誰ですかこんなことをするのは!

 まさかのイベント発生にエミリアもフィオナも咄嗟には動くことができなかった。2人して悲鳴も出ないまま抱き合い、これから来るであろう痛みに耐えるよう目を瞑った。


「『断障壁ブレイクシールド』!」


 突如、聞いたことの無い凛とした声が聞こえ間近で金属の弾かれる音が響く。

 恐る恐る目を開けると、目の前には透明のガラスのような壁が張られており、飛んできていた大剣はその壁に弾かれ床に転がっているところだった。


「大丈夫か」


 件のハロルド・エドウィン・ガザードが駆けてきた。どうやらこの壁は彼が張ってくれたものらしい。スゥッと音もなく端から消えていく壁を見ながらフィオナは「剣と魔法の世界なのね・・・」と気絶した。



 ***



 フィオナが気を失ってから幾分か時間が過ぎた。

 彼女が目を覚ましたのは救護室のベッドの上でだった。


「気が付いたか」

「貴方は・・・」


 ベッドの脇には椅子に座りこちらの様子を窺う彼の姿があった。


「ハロルド・エドウィン・ガザードだ」

「助けてもらって、あ、ありがとう・・・ございます・・・」


 さすが真面目キャラ。倒れたフィオナの気が付くまで着いていてくれたらしい。もう窓の外は赤く染まり、夕暮れ時となっている。


「怪我はない。ショックのあまり気絶していたようだ」

「なるほど・・・そうでしたか・・・」


 エミリアの姿は見えなかった。どうせ変に気をきかせて2人っきりになるよう仕組んだのだろう。フィオナはクラスの地味系男子とかその辺の当たり障りない男子生徒と恋愛ができれば満足なのだから、こんなハードル高い相手を見繕ってくれなくても良いのにと内心ため息を吐いた。

 救護室内はその後、どちらも喋ることなく無言となった。

 それは堅物で恋愛事に疎く興味を持たないハロルドと、喪女にして積極的になれずイケメンには拒否反応を示すフィオナの2人が揃っているのだから、会話が弾まないのも勿論のことである。

 ちなみに、『カメコン』においてこんな性格のハロルドは恋愛を進めるために属性が設定されていた。

 なんせ自身も疎く、相手にも誠実さを求めるハロルドである。恋愛に発展させるには少し強引さがなければ遅々として進まず甘酸っぱい展開も望めない。

 そんな訳で。


「それでは、これで俺は失礼す・・・と、とわっ!」

「あ、はいご丁寧にどうもってえええええ!?」


 彼の属性、ラッキースケベが発動し、立ち上がった瞬間にバランスを崩しベッドの上にいるフィオナの上に倒れ込んだ。そうして運悪くフィオナの胸元に顔面ダイブをかますのである。


「わわわわわ!す、すまない!これはワザとではなく・・・!」

「・・・」


 これにより彼は「ムッツリ騎士ナイト」「鈍感ハーレム主人公」とファンから称号を頂いている。


「も、申し訳ない!」


 顔を真っ赤に染め、どうして良いのかも分からず短い詫びだけ伝えると、ハロルドは救護室から慌てて逃げていくのだった。呆然とするフィオナを残して。


「ワオ・・・」


 この世界の魔法を初めて目撃したと言うのに、違う衝撃が強すぎてフィオナは一言呟くくらいしか力は残っていなかった。

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