百人切りの遊び人:ルーク・デリック・ピッツ
「あっれぇ、エミリア嬢じゃん」
「どうも、ルーク様。ちょっとお友だちを連れてきました」
次の日、エミリアは知人を訪ねフィオナを引きずり2学年棟へと赴いた。
「なになに、女の子?大歓迎だよ」
彼こそは商家の息子にして遊び人、関係を持った女子は数知れない百人切りの攻略対象No.3ルーク・デリック・ピッツである。襟足の長い赤髪をかき上げ、男であるはずが色香の漂ううなじを見せつけてくる一つ上の先輩である。
「可愛い子だね。お名前は?」
「フィオナ・ニコラ・ボイルと・・・申します・・・」
すでに逃げ腰のフィオナの肩を強く掴みエミリアはルークの前に押し出した。
「その家名、もしかしてコーネリアス・ロジャー・ボイルの妹さん?お兄ちゃんもイケメンだけど、妹さんは絶世の美少女だね」
フィオナは眩しそうに目を細めた。どうやらもう吐きはしないようだが、それでもイケメンというだけで彼女の中では逆に対象外らしい。
しかしながら彼のストーリーもなかなか良い。彼は商家の息子であるが、所謂成り上がりの家柄である。幼少期は貧しい生活を送っており、とても苦労したようだ。彼の親は一山当てることに成功し財を得た後、今度は権力を欲してこの学園に息子を入学させるのである。最も、その貴族令嬢と結婚させたいという親の目論見に反抗するためルークは手当たり次第に女の子を口説くようになってしまったのだが。
苦労人であるがそれを匂わせないところがグッとくる。遊び人だけあって慣れた風なのだが、ヒロインにだけは上手くいかず途端に不器用になってしまうのも良い。ちなみにヒロインは平民の出身であるため、彼らは親の賛成を得られず最終的には駆け落ちエンドとなる。
エミリアは親が彼の商売と何やら縁を持ったらしく、入学前から知り合いであった。そりゃ出会った時は興奮したが、なかなか本音の掴めない彼とは距離を詰められずにいた。
「そんな・・・美少女とか、ないです・・・」
「そんなことないよ。こんなに可愛い女の子、初めて見たな」
フィオナは『カメコン』においてルークとの接点がない。なので、逆に良いのではないかとエミリアは紹介してみた。それに、案外恋愛をしたことの無い女の子が遊び人にハマってしまうっていうのも、よくあるパターンだと睨んでの采配なのだが。
ルークは遊び人よろしくグイグイと距離を縮めていく。オドオドと対処に困っていたフィオナであったが、彼が何気なくその肩に触れた途端、急に勢いよくその手を弾き飛ばした。
「うら若き女子の体に気安く触るなぁ!」
「え・・・」
「イケメンなら何しても許されると思うなよ若造が!」
「若造って・・・」
ちょっとしたボディタッチに対して烈火の如く怒りだしたフィオナを、エミリアはとりあえず廊下の端まで引き寄せ引き離した。ルークに聞こえない位置でコソコソと喋る。
「ちょっと、どうしたどうしたお嬢ちゃん」
「調子に乗った若い奴はいけ好かなくて。だって、神聖な女子の体に触れるなんて」
「神聖て随分お偉い体ですな。身持ち固すぎてビックリするわ」
「いや、これに関しては偉いでしょ。身持ち固いのがダメみたいな今の若い子の性に開放的な考えには賛成いたしかねるわ」
「まぁね?それはね?大事にするのとっても良いことよね。でも、ちょっと肩に触ったくらいでこんな激怒しなくっても」
確かに、ルーク攻略の方法については、彼の奔放な誘いを窘める行動が必要である。その絶妙な距離感を経て彼の浮気癖を改心させ自分に夢中にさせるのが醍醐味なのだ。
でもこんな窘める通り越して拒絶はさすがに彼を篭絡できまい。
恋の駆け引きって、そういうとこも含まれるのではないかとエミリアは問う。エミリアは対応間違えてますよと伝えるつもりだった。
「恋の駆け引きって。まだ会って数分なのに何もないでしょ」
しかしこれに関してはフィオナが正論であった。エミリアも焦り過ぎていたようだ。ついNo.1と2が見事にヒットしなかったため、事を急いてしまったようである。
「ルーク様、ごめんなさい。私間違えてたみたい」
「うん・・・?よく分かんないけど、何か2人が納得したみたいで良かった」
さすが女の子に優しい遊び人。こんな訳の分からない対応をされても笑顔で受け止めてくれるのは褒められるべき彼の美徳である。
「ところでルーク様はお兄様をご存知なのですか?」
「ああ。君のお兄ちゃんは有名だからね。面識はないんだけど」
「そうですか。お兄様の噂なんて興味があります。一体どんな話が上がっているんですか?」
「聞いちゃう?止めた方が良い気もするけど」
しかし意外にもおしゃべりはスムーズである。話題も自ら振っていたし、一体どうした心境の変化かとエミリアはワクワクした。ある程度のおしゃべりにキリをつけた後、エミリアはでばがめか近所の噂好きのおばちゃんか、厭らしく笑いながら揶揄していった。
「ちょっとちょっと、あんな嫌がってたくせに、案外仲良くしゃべるじゃん」
「だって、確かに見た目は良いけど、性格は女たらしとか欠点じゃん。そういう人は見てて安心するし、それよりあんな変貌を遂げたお兄様の方が気になると言うか」
何だそれは。期待虚しくやはり対象外のため意識することも無かったようだ。エミリアとしては面白くないものである。実はエミリアにとって、一番攻略した回数の多いキャラクターがルークなのだ。女遊びしていた男を征服する快感というのは、意外と癖になるものだった。
「顔は!今度からとりあえず顔のことは置いといて!彼はどうだった?」
「遊んでる人はちょっと・・・まずノリが合わないし。それにやっぱり付き合うなら誠実な人に限るじゃない」
「自ら教育して誠実にさせるのが良いんじゃない」
「初めっから誠実な人もいるのに。なんでそんな回りくどいことするの?」
惨敗である。選り好みしやがって一体喪女の癖にそんなことできる立場か?今世はできる立場か。
「それよりも良かった。お兄様の噂。男子生徒からの評判は最悪みたいよ?やっぱりお兄様は見た目は変わってしまっても中身はお変わりなかったみたいね!安心した!」
「その安心の仕方もいかがなものかと」
「あんな泣いてしまって、お兄様には謝りに行かないといけないな」
エミリアの思惑は叶わず、フィオナは自身の兄の変わらぬ下種さに安心して嬉しそうである。妹が兄のそんな評判に喜んでいるとは、兄本人もまさか思うまい。