どエスな肉食系男子:コーネリアス・ロジャー・ボイル
しかし、今は本物であるが本物ではないフィオナである。喜ぶ彼女を見てエミリアは少し心配になった。
「フィオナ様、お兄様好きね」
「うん。お兄様は、一緒にいて安心できる人だから」
今世もただのブラコンであれば良い。さすがに血の繋がった2人のドロドロな恋愛を生で見るのは堪えるのでエミリアは注意深くフィオナを観察した。
「昔、仲良く遊んでもらってたの。病気療養で田舎で過ごしてから、随分会ってないな・・・」
そうやって懐かしむ顔は、多分ただのブラコンだと思われる。
フィオナは設定通り体が弱かったようで、幼い頃にキレイな空気の田舎で病気療養するべく1人、家族と離れて過ごしていた。そこで彼女のお相手としてエミリアもその田舎にお呼ばれして出会ったのだが、その期間は随分と長く10年であった。
「久しぶりに身内に会えるんだもん。そりゃ嬉しいか」
「そうと決まれば行きましょう。お兄様は3学年ね。校舎を移動しなくちゃ」
今すぐにでも会いに行きそうなフィオナにストップをかけた。さすがにお昼休みもあとわずかとなっては、行くに行けない。エミリアは放課後に一緒に向かう約束をして、授業へと赴くのだった。
***
さて放課後、エミリアも楽しみである。どんだけ世間が草食系その他諸々流行っていようと、やはり強引にして我儘奔放などエス肉食系男子って言うのは女子憧れの存在である。
リードされたい、その優しさにギャップ萌えを感じたいと逸る気持ちを抑えて3学年の棟に迎えば、そこはさすがに1年女子にはたじろいでしまう先輩たちの生活空間があった。
「うう、お兄様どこかな・・・」
「こういう学年によって違う空気感って言うのはどこも変わらないのね」
廊下をこっそりと眺めながら、目的の人物を探すが見つからない。このアウェイを堂々と歩く勇気が元日本人女子のイケてないメンバーには持てなかった。
「あれ、どうしたの」
「誰か探してる?1年生かな。可愛い」
しかし中身が元イケてない系日本女子だとしても、今は麗しき貴族令嬢である。こちらに気が付いた男子生徒2人が声をかけてきた。何せフィオナはただいまヒロインのライバルの座に着く絶世の美少女である。男どもの食いつきも斯くやと言うべきか。
「あの、私たちは・・・」
「人を探して・・・あ、いた!フィオナ様、お兄様だよ」
「え・・・いないよ・・・?」
エミリアとしてはこんな見たこともないモブ男子はスルーである。何とか目的の人物を見つけ出してフィオナへと伝える。しかし、フィオナは見つけることができないようだった。
「お兄様?誰かの妹さんかな?」
「どこの家のお嬢様かな?」
「おい、お前ら」
フィオナはまだ15歳。この世界の貴族令嬢が社交界デビューするのは16歳からであった。それ故2人は彼女を知らないらしく、彼女の兄が分からないのだ。いまだそれが危険であることも分からないままフィオナにちょっかいをかけていると、低く怒りを含んだ声に呼びかけられた。
「え?」
「あ、あなたは・・・」
「なに絡んでんだよ、おい」
そこに現れたのは不機嫌さを隠さない藍色の髪をした背の高い男であった。男らしくがたいの良い体格は2人を威嚇するには十分であり、その身分もまた相手を恐怖に陥れるものである。
簡単にモブを追い払ってしまうと、面倒くさそうに舌打ちをしてダルそうな表情でフィオナへと向き直った。
「よう、久しぶりだな」
「・・・どちら様ですか・・・?」
男の威圧感に押され引き気味のフィオナに、エミリアは悪戯が成功したとでも言うように嬉しそうに耳打ちをするのだった。
「どちら様って、フィオナ様のお兄様、コーネリアス様だよ」
コーネリアス・ロジャー・ボイル。まず彼の攻略方法をお伝えするべきかもしれない。
彼はどエスな肉食系男子であり相当の捻くれ者であるが、そうなったのには理由があった。幼少期、彼は甘やかされて育ったが故にデブで嫌な性格であった。ブヨブヨに太って肉付きの良い体型とニキビ面で、性格も嫌味で我儘な少年だったのである。
それはもう貴族の付き合いの中でも、表立ってはないが嫌われ笑われていた。プライドの高い彼は周囲を見返すために、小等部高学年の頃、若さゆえに代謝が良かったことも手伝い痩せた。そして周りの変わり様にガッカリするのである。誰も彼も彼の見てくれにチヤホヤする。嫌味で我儘な性格も、イケメンだったら逆に良いと許された。
こうしてコーネリアスは見てくれしか見ない周囲に不信感を抱き、他人を信用できなくなった。そこに、見てくれでなく中身を見てくれるヒロインが現れて惹かれていくのが彼のストーリーなのである。
ちなみにゲームにおいては「幼少期ブサメンであり、人を信じられなくなった」程度の描写しかなくどんな見た目だったかをエミリアは知らない。だからどれ程までに彼が変身したのかをエミリアは知らない。
「お、おおお、お兄様、なのですか?」
なので、フィオナの衝撃を、エミリアが理解することはできない。
「フッ。そう。お前のお兄様だぜ」
さてはて、ちなみにゲームでは幼少期ブサメンの兄を毛嫌いしたが再会してイケメンに変わった兄に対してブラコンになり、コーネリアスの人間不信を煽る存在であるフィオナであるが。
今世のフィオナは、フィオナであってフィオナでない。自分の婚約者エルバートに劣等感を刺激されまくっていた今世フィオナは、コーネリアスの下種でどうしようもない性格と見てくれに安心感を得ていた。なので2人は実は今世の幼少期とても仲良しだったのだ。
「10年ぶりだな、フィオナ」
なので、コーネリアスは妹がこの学園に入学し、再会できることを楽しみにしていた。
だからまさか、この後こんな展開になるなんて思いもしなかったのである。
「い、い、いやあああああ・・・う、うわああああ・・・うわああ、おあ、お、ああああぁぁ!」
「フィオナ!?」
「フィオナ様!?」
まさかの大号泣。
齢15の立派なレディの、脇目も振らないほどの大号泣は凄まじいものであった。
フィオナは泣き崩れ、エミリアの胸に飛びつき制服を涙で濡らした。そんな表現は可愛らしすぎるくらいびしょ濡れにした。
「ど、どういうことだ・・・どうしたんだ・・・」
どエス兄貴もたじたじである。こんなところでギャップ萌えなんて、エミリアもさすがに楽しむことができずにフィオナをあやす他ない。
「どうしたんですかフィオナ様ぁ。お兄様ですよぉ。大好きなお兄様がいらっしゃってますよぉ」
「う、うああああぁ、うぐぁ、う、ちがっ・・・違ううううぅ・・・お兄様じゃないいいいぃ・・・おあああぁ、お、ううううおええぇ・・・」
「吐くほど泣かないでください、フィオナ様」
吐き癖でもついたか。さすがにこう何度も嘔吐してはゲロ女の称号は免れないぞ。
ドン引きで事態が飲み込めず呆然とする兄上もまた遠ざけて、近くにいた清掃員に後処理を任せるとエミリアは寮へとフィオナを連れて帰った。
泣き腫らし何とか落ち着いた頃、既視感を感じながらももう一度ミーティングである。
「ウソよ・・・私の知ってるお兄様じゃない・・・お兄様はスラッとしてないしあんな自信に満ち溢れた精悍な顔つきはしてない・・・」
愕然とするフィオナに、これには納得いかないとエミリアも憤慨する。
「イケメンになってんだから良いじゃん!なに逆贅沢言ってんの!」
「だってお兄様じゃないもん!あそこまで行くともう知らない人だよ!誰なのよ一体!」
「コーネリアス・ロジャー・ボイル様じゃ!」
エルバート殿下の影響は凄まじかったようで、前世喪女の性格も相まってイケメンに拒絶反応が出てしまっているようだ。せっかく『カメコン』の悪役令嬢サヨナラ逆転勝ちを目論んでいるというのに、由々しき事態である。
「ちょっと待ってよ。まさかイケメンとは恋愛できないってか!?」
「イケメンとかいいよ。いらないよ。私はもっと普通の人と普通に恋愛できたら満足だから」
欲がないと言うか逆に注文ばかりだと言うべきか。
エミリアの計画は早くもピンチであった。『カメコン』の攻略対象なんて勿論全員イケメンに決まっている。この我儘娘はその誰もが嫌だとでも言うのか。
「いや、1人くらい好みのタイプがいるでしょう!こうなったら、とにかく早く全員と会って、誰を落としにかかるか考えるよ!」
『カメコン』ファンの意地とでも言おうか、エミリアも自分が傾倒した男達がこうも簡単に袖にされれば腹も立ち燃えてくるのだった。