爽やか王道系王子様:エルバート・クライド・ハワーズ
エミリアは言う。6月になるまでが正念場だと。
「どういうことなの?」
「主人公が編入してきちゃうのよ。ヒロインが!それまでに色々と先手を打っておかないと!」
「先手を打つって・・・どうしてヒロインと戦わないといけないの?」
フィオナは学食のテラス席で向かいに座る彼女に、疲れたように疑問を投げかける。その姿すらも学食に居合わせた他の学生たちには哀愁に満ちた所謂守ってあげたくなっちゃうような仕草であった。
「それは勿論、あんたは悪役だから!彼女と男を奪い合うのがシナリオなのよ!」
「えぇ?奪い合うって」
予想していなかった今後の予定に驚いて、フィオナは目を丸くする。そうしてちょっと考えてみた後、「ムリムリ」と首を振って頼んでいたカフェオレを口にした。
「私にはハードルが高いから、もっと穏やかな恋愛が良いな」
「そんな欲のないこと言って!あんた性格さえあんなじゃなきゃ絶世の美少女なんだから!もっと高みを目指すべきなのよ!」
「あんなって、どんなだったの?」
自身の本来の姿というのが少し興味深くて聞いてみたが、好奇心など出さない方が良かったと後悔するはめになった。
「病弱で甘ったれで、依存症が激しいかまってちゃん。しかもブラコンでありフィアンセがいて人目も憚らずベッタリしていて、みんな自分を気にしてくれなきゃヤダってタイプ」
「それはなかなか・・・」
「まぁ、今も違う意味で厄介な性格だけど」
ジト目で睨まれてしまうと、フィオナも慌ててしまった。
「厄介なんて。確かに令嬢ってタイプではないけどさ」
「そう。本当、前世が喪女様だからな」
「モジョ?」
元々、エミリアが悪役令嬢の手助けをしようと思ったのは実はここに理由があった。フィオナ・ニコラ・ボイルの前世は、どうも話を聞く限り喪女だったのである。
喪女とは。モテない女子って言うのが一番簡単な説明である。
エミリアはフィオナから「私ね、どうも誰ともお付き合いしないまま前世を終えちゃったみたいなの。成人して十数年後に」とカミングアウトを受けた時に今世ではぜひ幸せにしてやろうと決めたのだ。
しかも話をすればするほどフィオナは拗らせ系女子という類の生き物であった。どんな生態があるのかと言うと、『自分に自信がなくて卑屈で恋愛に臆病で、でも夢見がちで自分じゃ動く努力もしないくせに少女漫画みたいに空から勝手に王子様が降ってくるのを心待ちにしている』・・・そんな感じ。
「しかし、恐れることは無い!今は絶世の美少女の外見を手に入れている!あとは私の指示に従っていれば必ず彼氏どころかハーレムだって手に入れられるから!」
「エミリア、怖いよ目が怖いよ」
こうして2人は同じく前世の記憶を持ちつつ協同して、フィオナ・ニコラ・ボイルの初めての恋愛を花開かせようとしているのであった。
「あ!」
突然、エミリアが立ち上がった。学食の入り口の方が何やら騒がしいのだが、何かを発見したようであった。フィオナは特に興味がわかず、カフェオレを飲みながら気に掛けるポーズだけ取るべくエミリアに問う。
「何かあった?」
「早速、攻略対象発見だよ!さ、行くわよ!」
「え!?」
エミリアはもたつくフィオナの首根っこを掴み、学食入り口まで引きずっていった。そうしてアワアワと慌てるフィオナを攻略対象様の目の前に放り出したのだった。
「大丈夫。フィオナ様の婚約者様だから、お話も簡単でしょ」
「げっ!?」
良かれと思いニコニコとしながらエミリアが告げれば、フィオナの顔は見る見るうちに青ざめていき、流石の変化に「おや」と首を傾げると。
「フィオナじゃないか」
前世で何度もリピートして聞いた絶世の王子様ボイスが生耳に届いた。
攻略対象No.1なんちゃら王家の第一王子殿下エルバート・クライド・ハワーズ。正統派王子様。金髪碧眼の王子様。爽やか何でもそつなくこなす甘いルックスの王子様。
乙女の間でもゲーム内人気No.1にしてメインヒーローとも言うべき完璧王子様である。エミリアは彼の攻略をご褒美として一番最後にとっておいた程であった。
「入学おめでとう。まだお祝いも伝えられていなかったね」
「エ、エル、エルバーとうおええぇぇ・・・」
「フィオナ様!?」
突然の嘔吐である。勿論生徒たちはパニックであり、エミリアも大パニックであった。
エルバート殿下との初コンタクトも有耶無耶となり、とにかく清掃員を大至急に呼びつつ心配する彼を遠ざけ、エミリアは緊急会議を開くこととした。
「どうしちゃったのフィオナ様。嘔吐?何故嘔吐?」
「うう・・・もう学園で生活していけない・・・絶対明日からゲロ女って言われちゃう・・・」
「大丈夫よ侯爵令嬢に表立ってそんなこと言う輩いないんだから」
泣きじゃくる彼女には申し訳ないが一大事の為、慰めもそこそこに事情聴取である。
「いや、エルバート殿下は・・・ちょっと苦手で・・・」
エミリアが問い詰めるとフィオナは少しずつ白状していった。
「何て言うか・・・ああ言うキラキラしたリア充みたいな男の人?ってなんか苦手・・・と言うか、陰でこっちのこと笑ってんじゃないの?大体、こっちは成人して十数年の精神年齢なんだから、年下の男が気取ってんの見るのは何かいけ好かないって言うか」
「おい、てめぇも性格最悪じゃねぇかよ。さすが彼氏いない歴イコール年齢か」
フィオナとしても初めからこうだった訳ではないようだ。詳しく白状させてみることにした。何せ、一番の候補であったのだから諦めるには惜しい。
「殿下とはお家柄、幼い頃から縁あってお会いしてたんだけど・・・想像できる?あんなに美しい人形みたいな顔してて、性格まで汚れなく美しいのよ?あれ、私って彼に比べてなんて汚いのかしらって、もうゾッとするレベルよ。彼を見るたびに自分の汚さとかダメさ加減を意識させられて、罪悪感に押しつぶされる勢いなんだから」
まるで世にも恐ろしい話でもするかの如く、思いつめた表情でフィオナは語った。とにかく、生理的にムリだったようだ。純真無垢な少年エルバート様とかエミリアにとってはヨダレものだが、前世喪女のフィオナにはハードルが高すぎたようである。
さすがに憔悴してしまったフィオナに、エミリアは何とか気持ちを持ち直してもらおうと提案する。
「そうだ。なら、癒されにお兄様に会いに行く?」
「お兄様って・・・コーネリアスお兄様?」
途端にフィオナの表情は輝いた。
コーネリアス・ロジャー・ボイル。肉食系どエスにして、攻略対象No.2である。フィオナの実兄だ。暴君のように振る舞う彼がヒロインにだけ優しくしてしまうとか、でも照れ隠しに意地悪しちゃったり素直になれないとか。そんな典型的な心をくすぐられる演出に、エミリアも身もだえさせられたものだ。
本来のゲームでは「ブラコンなので兄に手を出すヒロインが許せない」という役割で邪魔してくるフィオナであるが、今世でもまさか恋愛対象にはなるまい。どうやら彼のことを慕っているようなので、気分転換に会いに行こうと思ったのだ。