007 (2/2) この枝、桜成る時に
〈セルデシア〉は再びエリュシオンと云う存在を認めてくれたのだと感じた。それは自らの技である〈百火桜乱〉が成したことで判る。斬撃の度に幾弁の桜が舞い、5合の後に花弁が相手を包み込む。花弁は炎と変わり相手を焼くのである。
タラブの斬撃を切り払う。返しの刃は刀の腹で受け止める。エリュシオンは刀を右手だけに持ち替えて、左手でタラブの体を押し退ける。左手を伸ばしきった後に右手の刀で突く。タラブの胸に真っ赤な花が咲く。至近距離からの刺突は〈血糊牡丹〉だ。
タラブは後方へと距離を取る為に跳躍する。逃がすまいと〈飯綱突き〉を放つ。〈冒険者〉が使う〈飯綱斬り〉と似た技は、同じく離れた敵を攻撃するものだ。追撃を受けたタラブは受け身もとれず落下した。
「ここは……? エリュシオン、何をしている」
タラブは体を起こして云う。その声はとても聞き覚えのある仲間の物だった。その声、姿は数々の日々を喚起させる。仲間達と共に駆け巡った世界が、背中を預け合った戦いの記憶が甦る。
だがその振り返りは痛みによって中断された。
「人形じゃあ無いなら、こう云うやり方も乙なモンだろう?」
タラブは刃をこちらの胸に突き刺して笑う。この状況に自身も自傷めいた笑いが溢れる。
「何が可笑しいんだい?」
「……いや、あの日逃げ出した自分を諌めるには丁度良い手だと思ってね」
全ての責任を放棄して、仲間を放置して逃げた自分を清算したかった。勿論、この程度で許される事では無い位判っていた。それでも、丁度良いと思えたのだ。
アイネが「エリュシオン!」と叫ぶのが聞こえる。彼女の口からその名を呼ばれるのは初めてで、こんな状況にも関わらず可笑しくなった。
彼女もまたヤマトの民だ。不安な心持ちにさせてしまう訳にはいかないだろう。
タラブに袈裟斬りを繰り出し、回避させる事で間合いを取る。大きく距離をとったタラブとは逆にソードフィッシュが近付き云う。
「エリュシオン、君は強い。しかし〈古来種〉には……」
「云いたい事は判ります」
〈古来種〉には敵を倒しきる事は出来ない。それは〈セルデシア〉が定めたルールだ。恐らくこの戦いにおいてもそのルールは変わらないだろう。表情が暗くでもなっていたのだろうか、ソードフィッシュはこちらの肩を軽く叩き、気にするなと云う様子で話す。
「最後は俺がやる。エリュシオンは可能な限りダメージを与えてくれ」
「判りました」
そう返事をし、タラブへと跳躍する。落下に合わせて振り下ろす刀は、刀の腹で受け止められた。押し退けられる様にして横薙ぎに払われた刀に合わせ、横飛びする。空いた脇腹に対し切り払う。返しの刃は逆袈裟に切り上げる。そして再び水平への斬り払い。最後は袈裟斬り。〈乙斬操〉と呼ぶ4連撃の技だ。その連撃の全てに茨による追撃が加わっていた。アイネもまた、この戦いに積極的に参加しているのだろう。
タラブは堪らずと云った様子で呻き声を挙げ、後方へと距離を取る。そして再びその姿を変化させる。ダマ姿を模して彼女は云う。
「そんなに痛め付けるのはやめて! 私達は仲間じゃないの! そうでしょうエリュシオン」
エリュシオンは〈飯綱突き〉でタラブへの距離を詰め、直撃の瞬間に〈血糊牡丹〉へと切り替える。刀の柄まで突き刺さる一撃は少女の背中から刃を覗かせる。
「人形と下手に見て観察を怠ったな? 彼女はそんな喋り方じゃ無いし、僕の事をエリュシオンとは云わない!」
「ああ。それは失敗したねぇ」
「姿形だけを模した所で、貴様である事に変わりは無い」
直後、タラブの真横へソードフィッシュが現れる。彼の手から放たれた氷の魔法はタラブを貫いた。刀と氷の槍を体から生やし、タラブは笑う。そこには今までの下卑た雰囲気は無い。
「成る程。……これが死と云う感覚か。引かれ、飲まれる様だ」
タラブの体から生じた泡の粒は、あるものは景色に溶け、あるものは刀へと吸い込まれて行く。そこにアイネの号令が響いた。
「今や! ソードん!」
「ああ!」
ソードフィッシュは短く答えると、左手に緑に輝く〈エーテルシャード〉を持ち、魔力を放出する。タラブの体から出た泡も全て彼の魔法の光によって白く塗り尽くされた。
◆
ソードフィッシュはアイネに釘を刺されていた。それは、〈エーテルバースト〉の使用の禁止だった。
ーーあの石にはダマ嬢ちゃんの魂が入っているはずや。そのエーテルを放出してもーたら、嬢ちゃんの魂はホンマに消えてまうかも知れんーー
その彼女が考えを変えたのは、タラブがダマの姿をとった時であった。
ーーあの姿ん時にタラブの魂だけを除いて入れ換えたら、嬢ちゃんの体は元に戻るかも知れんーー
そんな事が出来るのか? 大人しくエリュシオンの姉だと云う女性の肉体を使う方が安全では無いか? アイネと二人で意見を交換し合う。
そこで出た結論はタラブの肉体を利用すると云う物だ。まず、エリュシオンの姉の体が本当に死んでいたのか確証が無い。仮に肉体に魂が十分に残っている場合、元の魂に吸収される事も考えられた。それに出会ったばかりとは云え、仲間の身内の肉体である。抵抗感は少なからずあった。
タラブは自在に姿を変える。これは彼女が〈古来種〉では無い証と考える。それは〈典災〉の能力だと考えた。
次に幻視の魔法かと考えたが、自身のステータスに異常は見られなかった。この事から自身の外見とステータスを、記憶の中の物とすり替える〈スキル〉を使っていると云う事だろう。
また、タラブの行動は〈エルダー・テイル〉の基本的なシステムからは逸脱していない様にも思えた。どうせシステム外の動きをするのであれば、全部そうすれば良いにも関わらず。この事から〈典災〉は種族的な意味を成さないタグであると考えた。
〈古来種〉でも〈大地人〉でも無いタラブは、恐らく本質的には〈冒険者〉である。これがアイネが導いた答えだ。そうだとすれば倒しても再び復活する可能性もあったが、肉体を失った場合は、さまよい続けるだけだろう。
エリュシオンの刀がタラブを貫いた時、自己強化魔法と近接戦闘用魔法は準備が出来ていた。
〈ルークスライダー〉を使いタラブへ肉迫する。タラブの体力はギリギリの所まで減らされている。〈エーテルバースト〉を使うまでも無いだろう。ダマの姿を模したタラブを激しく傷付ける様な魔法は使わない。〈フロストスピア〉はタラブの体を貫く。彼女の体力はゼロになり〈落魄〉が始まる。
アイネがこちらに向かい号令を掛け、それに短く答える。取り出した〈エーテルシャード〉を使い、〈エーテルバースト〉を起動する。
◆
最初に目が覚めた時は、世界が暗闇に閉ざされて何も視認する事が出来なかった事を覚えている。
次に目が覚めた時は、世界は真っ白に閃光を放ち何も視認する事が出来なかった。
最初に目が覚めた時は、晩年研究で寝不足と云った顔の男が泣きながらこちらを覗き込んでいた事を覚えている。
次に目が覚めた時は、年の割りにえらく疲れた様子ではにかむ男、利発そうな表情の微笑む女の子、元気一杯に喜び跳ねる女の子、安堵の表情でこちらを見る男の子、そしてカボチャ。
「姉やん! おかえり!」
「ぐふぅ……」
「こらアホ! 嬢ちゃんはまだ蘇生したてやねんで! タックルからのハグで死んでもーたらどないすんねん!」
「あ痛っ!」
こちらに突撃して来たミオぴーを手にした杖で殴るアイネ。そのやり取りに涙が溢れる。そして視界に現れた物に驚く。
『戦闘行動中』
アイネの頭上に浮かんだ文字は明滅する。アイネの顔を見ると別の文字が視界に現れた。
『アイネ〈付与術師〉〈冒険者〉レベル65』
そして他の仲間達を見つめると同じ様に文字が浮かぶ。エリューの表示には驚かされた。
「……エリュシオン?」
そう口にした瞬間、仲間達がぴくりと動いた様に見えた。皆の表情には緊張の色が浮かぶ。アイネは慎重な口調で聞いてくる。
「ダマ嬢ちゃんやんな?」
「左様どす。けど聞きたいんはこっちでおます。エリューはん偽名やったんですね」
「どうして僕の名前を?」
「やって、エリュシオンって名前書いてありますし」
「書いてあるっちゅーことは……嬢ちゃん、〈冒険者〉ってなっとる」
「はい?」
アイネは何かを考える様に黙った後、彼女の考えを話始める。それによると、タラブの依り代であった〈冒険者〉の肉体を元に蘇生されたからでは無いかと云う話だった。
まずは仲間達に云わなければならない言葉がある。
「皆さん、おおきに。後、エリューはん、人形や無かったでっしゃろ?」
「はい。ダマさんの勇気のお陰です」
「あとはそうどすね。ただいまでっしゃろか?」
「「おかえり!」」