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007 (1/2) この枝、桜成る時に

 〈イズモオオヤシロ〉での戦いを終え失意のままに〈ストームマウンテン〉への帰還を果たしたソードフィッシュ達は、主の居なくなった部屋に集まっていた。

 ここまでの道中で、後悔合戦には終止符を打った。それでも、各々の表情は暗いままである。〈ストームマウンテン〉の修道女であるジュリは、ダマの最後を告げると肩を落として「そうですか」と云っていた。そして、彼女はこちらに向かい「皆さんも落ち着くまで、ここにいはったらええですよ」と云ってくれた。

 もうここに到着して暫く経つ。ソードフィッシュ自身、元の世界に帰りたいと云う願望も薄れてしまった。それは恐らく失った記憶に起因するのだろう。このまま腐って行くのも悪くない。そんな風に考えていた。


「あー。追い討ちを掛けるつもりは無いんやけどなー」


 そう切り出したアイネは一冊の本を手に取りながら仲間達を見渡す。皆の視線を集め、咳払いを1つした後に彼女は続ける。


「ダマ嬢ちゃん、〈イズモの町〉に行く前から体調崩してた見たいやねん。ちゅーか、あーしと出会う前からかな」

「何で判るん?」

「この本、日記見たいやねん。そんで、頭痛いとか出発に間に合えへんとか書いとる」

「そんな風には全然見えませんでしたね。ダマさんは強い人だったんだ。僕なんかより全然……」

「エリュー、追い討ち掛けるつもりは無いっちゅーとるやろ。本題は別にある。ダマ嬢ちゃんは、ソードんの持っとる石に引き寄せられる見たいに感じるゆーとる。実際、その推測は当たったとったけどな」


 アイネはこちらに向かい「ちょい出してみ」と云う。抵抗する必要も感じず、云われた通りにコートの上着から〈エーテルシャード〉を取り出す。

 淡い緑色のその石は、暖かい光に包まれていた。アイネは石を指差して云う。


「この石のフレーバーテキストはこーや『エーテルシャードは、持ち主の周囲に漂うエーテルを吸収し蓄積する。蓄積されたエーテルは、持ち主の意思で還元され、枯渇した魂の力を回復させる』、これを頭の隅に置いといて欲しい」


 アイネはそう云うと本のページを捲っていく。そして手を止めて指で字をなぞる様に紙を撫でると顔を上げた。


「〈魂魄理論〉っちゅーモンが〈セルデシア〉にはあるらしい。これによると、死亡すると肉体から魂が抜けていって、〈大地人〉なら消えて、〈冒険者〉なら〈大神殿〉で肉体に対して集約された魂が戻り、甦るっちゅー理屈らしい。これもまー、頭の隅に置いといてや」


 アイネはこちらに視線を向けて続ける。


「ソードんは〈イズモオオヤシロ〉で、〈強奪の典災〉タラブに殺されてもダンジョンの入り口に復帰せーへんかった。これはダマ嬢ちゃんが云ってた通りやと思う。タラブの持つ刀が肉体から離れていく魂を拾い集めて、無理矢理身体に押し込んで蘇生したからや。まぁこれも頭の隅に置いといて」

「頭の隅に起きすぎて端っこから落ちてまうわ!」

「じゃかぁしぃ! ミオぴー、人の話は最後まで聞きー」

「ごめんごめん!」


 アイネは謝るミオぴーに微笑むと、真剣な顔になり話を続ける。


「あーしは〈フシミの村〉で〈大地人〉が死ぬんを何回も見た。そしてモンスターが死ぬんも。それらに共通する事は、死ぬ間際つまり消える前にガラス片のよーな、シャボン玉のよーな、キラキラした光が上がって行くっちゅーことや。これが〈魂魄理論〉で云う所の〈落魄〉やと思う。これを捕まえる事が出来れば、〈冒険者〉以外も強制的に蘇生出来るはず」

「しかし、ダマの肉体はもう無いぞ。蘇生も何も、そもそもそう云う話じゃないだろう」

「そーや、肉体は無い。あーしらはダマ嬢ちゃんが死んだ時に肉体を見てへん。それどころか、キラキラした魂の欠片のよーなモンも見てへん。少なくともあーしには見えへんかった」


 ソードフィッシュはアイネの言葉を元に、ダマの最後を思い出す。彼女は確かに、この世界に溶ける様に消えて行った。自身が死ぬ瞬間、良く見ていたガラス片の欠片も無くだ。ソードフィッシュが顔を上げると、アイネと目が合う。彼女はこちらへ頷いてから話す。


「あーしの予想やけど、ダマ嬢ちゃんはこの世界的にまだ死んでへんと思う。

 嬢ちゃんの体は、過去の蘇生の失敗でエーテル比率が高いっちゅー話や。要するに魂に近い存在やったんやろー。

 やから、ソードんが〈エーテルシャード〉を手に入れてから、その存在を吸われる苦痛に苛まれてたんやと思う。

 あーしの使った〈マナチャネリング〉で倒れたんも同じよーな理由やな。エーテルの再分配、存在を削られて行くよーな痛みやったんやろ」


 アイネは申し訳無さそうな顔を一瞬見せるが、直ぐに首を降って表情を戻す。ソードフィッシュもその様な顔は見せない。もう、後悔合戦は終わったのだ。


「ダマ嬢ちゃんは、〈エーテルシャード〉の特性に気付いとった。ソードんの魔法を見て、覚悟を決めたんやろー。魂の使い方の覚悟を……」

「死んでへんってどう云う話やねん?」

「嬢ちゃんの魂は、その石の中にまだあるんちゃうかっちゅー所やな。恐らくやけど」

「しかし、魂はその通りだとしても。ダマの肉体はもう無いんだぞ。結局堂々巡りだ。この世界に都合良く死体なんて存在しない」

「まー、そこが一番の悩み所やねんなー。けどちょっとは明るーなったやろ?」

「まぁな」

「せやな!」

「ボス、クレバーね」

「……」


 仲間達の顔が明るくなる。ソードフィッシュもアイネの理論には納得が出来たし、暗い気分に光が射した心地良さを感じる。そんな中で一人真剣に中空を見つめて黙るのはエリューだ。アイネも彼に気付き「どーした?」と聞く。するとエリューは大きく息を吐き、出会った頃の無気力な様子はどこかに捨てて来たかの様に意志を持って声を上げた。


「魂の抜け殻なら心当たりがあります」

「なんだと?」

「案内します。少し遠いですが……」

「どこやゆーんや?」

「……〈イズモの町〉です」

「出戻りかーい!」


 エリューの顔は、以前の様な落ち込んだものでは無かった。ただ、知っている事を仲間達に伝えたいと云う気持ちが判る。ダマの消失は、自身も含めて仲間達に前を向かせる切っ掛けとなったのだろう。目的も無いまま自堕落も良いかと思っていたが、やはり目的があると生きる力、進む力が湧いてくるものだ。


「ほんならほんなら、出発はいつにする? 明日か?」

「もし、魂に鮮度なんて云う物があるとすれば早い方がいいだろう」

「やったら明日にでも〈イズモの町〉向けて出発しよかー」


 仲間達はそれぞれにあてがわれた部屋へ戻る。ソードフィッシュも部屋を後にした。ソードフィッシュはアイネと別れる際に「ありがとう」と礼を云った。

 この暗闇に光を見出だしてくれてありがとうと。



 〈イズモオオヤシロ〉に向かう為、〈イズモの町〉の境内区にやって来た一行はエリューを先頭に先を進む。アイネは、彼の進む道に見覚えが無い事に気付き、どう云うつもりか、と問う。すると、エリューは立ち止まり、こちらに振り返る。


「〈イズモオオヤシロ〉には2つ入り口があります。社に沿って外周を回ります」

「何でそんな事知っとんの?」


 エリューはバツの悪そうな顔をしながら「直に判ります」とだけ答える。アイネとしてもそれ程突っ掛かる事は無いと思い、その回答で良しとする。

 外周を回るだけで〈イズモオオヤシロ〉は大きかった事が判る。竹林を掻き分けながら進むと、エリューが足を止める。

 彼は一行が着いて来ている事を確認すると、社に向かい歩き始める。程無くして社の壁に突き当たると、エリューは壁を横に引いた。引き戸であった壁の奥には人が1人進む事が出来る程度の幅の通路が見える。


「おお! 隠し扉やんけっ! 忍者屋敷やな、おもろいな!」

「へー。こんな仕掛けあったんかいな……」


 通路は外の光が届かず、視界に入る物は皆無だ。暗闇も束の間、直ぐ様オレンジ色の光源に照らされて、辺りを見渡せる様になる。ソードフィッシュが〈マジックトーチ〉を唱えたのだろう。


 通路は予想以上に長かった様に感じる。景色も無い場所だからそう錯覚している可能性もあるが、結構な時間が経っているのは間違いない。仲間の中では一番辛抱の無い親友が云う。


「長い長い長い! 後どんなけあんの……」


 エリューはミオぴーの言葉に答える様に足を止める。しかし、振り返る事もせずに彼は膝を折る。彼の背中が邪魔して良く見えないが、何かがある。


「やはり、ここにまだ居ましたか」


 エリューは小さく呟くと、仲間達へと振り向き「着きました」と云う。彼は壁に寄り掛かり、こちらへ視界を譲る。そこには横たわる女性が居た。アイネより1回りも年上に見える女性は微動だにしない。精気を感じさせない顔は、生者のものとは思えない。そしてその姿には既視感を禁じ得ない。


(この人、どっかで見たか? 何か見覚えあるゆーか、なんちゅーか……)


「エリュー、彼女は何なんだ?」

「僕の……姉だった人です」

「彼女は死んでいるのか?」

「それは判りません。ただ、肉体はこの通りありますが、魂は入ってないと思います」

「何故そんな事が判る?」

「〈落魄〉自体は目撃しましたから……彼女もまた、〈冒険者〉ではありませんから。彼女の肉体を使ってください。彼女もそう望むでしょう。間違いなく」


 エリューの姉と云う女性に対する既視感は彼と、どことなく似ているからだった様だ。それにしても消えない死体とは初めて見る。と云ってもこの世界にそれ程長く居ない訳で、実は他にも稀にある事なのかも知れない。


「エリュー、その人の名前は何ちゅーん?」

「それは知らない方が良いでしょう。ダマさんになる人ですよ。それ以下でも、それ以上でもありません」


 こちらを見て、柔和な顔で云う彼は憂いている様に見えた。エリューはソードフィッシュの顔を見て「さて」と続ける。


「ソードフィッシュさん、始めましょう。この魂の抜け殻にエーテルを……」

「……判った。エリューの姉よ、すまない。そしてありがとう」


 〈エーテルシャード〉の輝きが増していく。〈マジックトーチ〉の何倍も明るい光が通路を照らし、真昼の空の下にいるかと思うほどに明るくなる。横たわる女性に向けて〈エーテルシャード〉を構え、ソードフィッシュの添えた手からエーテルが流れ込む。しかし、再び〈エーテルシャード〉へ逆流している様に見える。


「押し返される!」

「こらアカン。ちょい、ちゅーししぃ! 圧力が足らんのや」


 圧力が足らないと考えた。石から放出されたエーテルは横たわる女性に向かって行った。しかし押し戻される様に〈エーテルシャード〉に再度入った。肉体に押し込む程の圧力を出力出来ないのだろう。


「〈エーテルシャード〉やと、なんちゅーか霊圧が足らん。これやと魂を戻すんは無理や。もっと圧力を上げられる何かが無いと」

「圧力向上の条件は?」

「判らへん。ソードん大人やろ! なんかこー、無いの?」

「知らんな……」

「もっと大きかったらええんちゃう!?」

「おー。流石ミオぴー。ほんで理屈は?」

「いや、何となく」

「んー。タラブの持ってた刀やったら行けるんやろうけど」

「その刀なら多分まだありますよ。同じ物が」


 エリューには心当たりがあるらしい。この女性の亡骸と云い、何か色々と知っている見たいだ。それについての言及はしない。したところで「直に判ります」と返されるだろう。


「どこにあんの?」

「〈イズモオオヤシロ〉の2階、僕達があの敵と遭遇した場所ですね。この通路の奥から入れます」


 エリューはそう云うと、姉と呼んだ女性を横切り奥へ進む。アイネ達も急いで後を追う事にした。


 エリューは仲間達を先導して進む。この地には並々ならぬ思いと忘れ得ぬ記憶があった。自身を守ってくれた姉の肉体を見て、悲しくなかった訳では無い。寧ろ、彼女の身体を勝手に使う事に対しての葛藤があった。

 〈ストームマウンテン〉で、今回の提案をした時から覚悟は決めている。彼女だって同じ境遇であれば、同じ選択をしただろう。生まれ落ちて幾数年、姉弟として幾つもの使命を果たして来たのだ。選択は違えない。


(僕達は〈冒険者〉じゃない。けど、人形でもないんだ)


 目の前の扉を開き部屋に入る。部屋の壁には刀が刺さっていた。仲間達にそれを伝えると刀の方へ駆ける。刀の前に立ち引き抜こうとするが、深く刺さっていて微動だにしない。ソードフィッシュは「俺がやる」と云って抜こうとするが、やはり結果は変わらず微動だにしなかった。


 ーー何だ、お前らまた来たのかい?ーー


 忘れもしない声が部屋に響く。仲間達は声のする方へ身構える。声のする先には、見覚えのある修道服を来た少女が立っていた。ソードフィッシュの呟きが部屋に響く。


「ダマ……?」

「いーや、表示見てみー。〈強奪の典災〉タラブや」

「いやいや、格好全然ちゃうやん! あんなんダマ姉やんか」


 ミオぴーとソードフィッシュの云う通り、エリューにもダマにしか見えない。しかし、エリューは知っていた。タラブの持つ能力について。その説明は可笑しそうに笑うタラブの口から告げられる。


「アタシは強奪するのさ。戦った相手の姿や力をねぇ。この体もそうやって手に入れたんだ。どうだい? 感動の再開だろう?」


 エリューは心に沸々と湧き上がってくる怒りを、叫びに換えて吐き出す。


「僕の仲間の姿でそれ以上喋るな!」

「あぁん? 人形風情がしゃあしゃあと煩いんだよ」

「僕は……僕達は人形じゃない。生まれた理由がどうであれ、運命がどうであれ、自分の意志で生きてきた。これまでも、これからも。それは変わらない!」

「なら、この姿で相手をしてやるよ。これなら心置きなくやれるだろう?」


 タラブはそう云うと、ダマの姿から以前戦った騎士の姿へと変化した。使い捨ての様に変幻自在に姿を変えるタラブに対して激しい怒りが湧く。心置きなくやれるはずは無い。その言葉への返事は叫びだ。


「貴様ぁーッ!!」


 かつて〈セルデシア〉から背を向けて、その存在を失った事がある。世界は自分に失望したのだと思っていた。けれどそれは違う。世界が失望したのでは無く、自分が自分に失望していたに過ぎない。これ以上、友が辱しめられる事を享受してはならない。刀を掴む手に力が湧いてくる。湧き出した力は微動だにしなかった刀をいとも容易く引き抜く。

 煌々と光る刀を抜き放ち、正眼に構える。かつて逃げ出した臆病な自分を切り捨てる様にタラブへ向かって走り出す。



 煌めく刀を手にしたエリューはタラブへ突撃する。アイネは不味いと思った。何故ならば、エリューのレベルは高々25であり、タラブに突撃して行く事は無謀でしか無いからだ。制止の声を掛けようとした時、エリューのタグ表記がぶれる。それはまるで、自らを〈典災〉と呼ぶタラブの様に見えた。

 ぶれるテキストの表示は明滅を繰り返す。

 名はエリュシオンと読めた。断続的に明滅するテキストは、エリューの動く速さもあって目で追い辛い。

 エリューはタラブの上段からの切り下ろしを切り上げる事で回避する。激しい力で刀ごと腕が上がるタラブ。

 次に読めたのは職業だ。〈近衛桜大和(インペリアル・ヤマト)〉と云う見たことも聞いたことも無い職業だった。

 その職業の字面の如く、エリューの剣撃にピンクの花弁が舞う。その花弁は1合ごとに数を増して行く。そして桜の花弁がタラブを包み込んだ直後、花弁は炎と化してタラブを焼く。


「ぐっ……人形の分際で!」

「同じ事しか繰り返す事が出来ないのなら、貴様こそが傀儡と知れ!」


 タラブの体力は既に半分を下回っていた。エリューの方は僅かに減っているだけだ。そして種族が見える。それはアイネの想像通りであり、ヤマトの守護者のみに与えられた物、〈古来種〉であった。

 ソードフィッシュを何度も殺し、息も絶え絶えで逃げることしか出来なかった相手に対して、ヤマトの守護者はその名に恥じぬ戦いを見せる。


 エリューとタラブの切り合いは激しい閃光を伴って続く。仲間達を振り返る。

 ミオぴーはソードフィッシュに肩を抑えられて飛び出すのを制止されている。今の自分達にはヒーラーが居ないのだ。出て行った所で、物の数分で死んでしまうだろう。

 ゴゴルは弓を構えてかぼちゃ頭をこちらに向けて動かない。こちらの指示を待っている様子だ。

 アイネはエリューに強化魔法を施す。〈キーンエッジ〉をエリューの刀に掛けると、緑の淡い光が刀身から生まれる。


「このヤマトに貴様の様な存在を許す訳にはいかない!」


──続きます

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